上田城(うえだじょう)

上田城の基本情報

通称・別名

尼ヶ淵城、真田城

所在地

長野県上田市二の丸

旧国名

信濃国

分類・構造

梯郭式平城

天守構造

不明

築城主

真田昌幸

築城年

天正11年(1583)

主な改修者

主な城主

真田氏、仙石氏、松平氏

廃城年

明治7年(1874)

遺構

曲輪、櫓、石垣、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

県宝(南櫓、北櫓、西櫓)、国史跡(上田城跡)

再建造物

門、石碑、説明板

周辺の城

戸石城(長野県上田市)[4.8km]
岡城(長野県上田市)[7.0km]
横尾城(長野県上田市)[7.1km]
真田氏館(長野県上田市)[7.2km]
真田本城(長野県上田市)[8.2km]
塩田城(長野県上田市)[8.9km]
葛尾城(長野県埴科郡)[10.0km]
松尾古城(長野県上田市)[10.7km]
荒砥城(長野県千曲市)[12.8km]
長窪城(長野県小県郡)[15.0km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

27 上田城

設置場所

上田市立博物館[地図
上田市観光会館[地図

上田城の解説文



上田城(うえだじょう)は、長野県上田市二の丸(旧・信濃国小県郡上田)にあった日本の城。なお、現在残っている城は仙石忠政によって江戸時代初期の寛永年間に再建築城されたものである。

概要 

上田盆地の北部に位置し、千曲川の分流である尼ヶ淵に面していたので、築城当初は「尼ヶ淵城」と呼ばれることもあった[1]。北に太郎山、南に千曲川があり、築城前は土豪小泉氏の古い城館が存在した(現在、二の丸より西側の小泉曲輪と呼ばれている場所)と伝えられる。城の南側は千曲川に接し、北側と西側に矢出沢川を引き込んで総構えとし、唯一の攻め口である東側にも蛭沢川や湿地帯などがある。

上田城は末期、信濃国小県の真田氏館(真田本城)の真田昌幸が真田氏当主であった1583年(天正11年)に築城が開始された平城である。1585年頃に真田氏館などから本格的に拠点を移したと考えられている[2]。天正11年、天正13年、天正18年と何度かの過程を経て築城をされたものである[3]。上田を含む信濃国は、支配していた武田勝頼を甲州征伐で滅ぼした織田信長が本能寺の変で横死した後、天正壬午の乱と呼ばれる争奪戦が行われた。甲州征伐で生き残った真田昌幸は、臣従する相手を次々変えたうえに徳川家康についたが、天正壬午の乱の戦後処理を巡り対立。1585年(天正13年)の第一次上田合戦で攻め寄せた徳川軍を撃退した。

その後に天下人となった豊臣秀吉亡き後に起きた関ヶ原の戦い(慶長5年)で西軍についた真田昌幸は、連動する第二次上田合戦でも東軍別動隊の徳川秀忠軍をよく防いだ。本戦で西軍が敗れたため、昌幸は紀伊国の九度山に配流され、翌1601年に上田城は徳川軍に徹底的に破却され、堀も埋められた。

江戸時代には上田藩の藩庁が置かれていた。昌幸の嫡子である真田信之は関ヶ原の戦いで東軍についたため、上田など真田領を安堵されたが、上田城が破却されていたため元々の居城である上野国沼田城を本城とし、上田城三の丸跡地に屋敷を構えて統治を行った。この頃、城下町の整備が行われた。真田信之は江戸幕府に対して元和7年(1621年)に城の再整備・拡張を申請するが却下され、元和8年(1622年)9月には信濃国松代へ転封された。後は小諸藩より仙石氏が移封された。仙石忠政は破却されたままの上田城の再建を申請し、寛永3年(1626年)から現在の上田城が普請されることとなった。真田氏時代の縄張りをも利用していると推測されているが、徹底破却の後に近世城郭として新たに築城された。本丸には櫓7棟、櫓門2棟、それらを繋ぐ塀が普請された。現在ある本丸の3棟の櫓(南櫓、北櫓、西櫓)など建物の外壁は煤と柿渋で防水した板を用いた下見板張の黒い外観である。二の丸にも櫓や櫓門を再建するため、櫓台なども構築されたが、寛永5年(1628年)4月20日仙石忠政の死により工事は中断され、これ以上の増築は行われないまま、仙石氏の転封および松平氏(藤井松平家)に藩主家が交代し、幕末を迎えた。

明治以降は、破却や城外への移築が行われて城内には石垣と櫓(西櫓)が1棟残るのみであった。昭和期に、移築されていた本丸の櫓2棟が元の位置に復元され、平成期には櫓門や塀などが木造復元されている。今後、二の丸の土塁や塀なども復元されることになっている。

現在は旧二の丸内が上田城跡公園になっており、毎年花見の季節になると、多くの市民や観光客で賑わう。また、敷地内には上田市民会館(平成26年(2014年)閉館)、野球場、市立博物館、招魂社などが置かれている。

本丸跡にある真田神社は、上田合戦で「落ちなかった」城であることにあやかり、受験生の祈願も多い[4]。神社境内には古井戸があり、「城外への抜け穴になっていた」との伝説がある。三の丸の藩主居館跡には、松平氏時代の屋敷門と堀が残されている。同地は現在上田高校の敷地として利用され、門は学校の正門として使用されている。

構造 

本丸を南側に置き、二の丸が本丸の北・東・西を囲み、二の丸と東の大手門の間に三の丸を置く、梯郭式といわれる縄張りとなっている。これは千曲川に接する断崖となっていた南側が最も天然の防御力が強く、当初は天正壬午の乱において後北条氏による上州方面からの、上杉氏による越後方面からの攻撃に対するものであった。翌1584年に真田氏が徳川氏と断交したため、当初は越後方面に予定していた大手(防御正面)を対徳川を想定して東側に変更した。

通常は本丸や二の丸など城の中心に置かれる政務用の建物が、三の丸に置かれているのが特徴である。これは、真田信幸が上田領を継承した際に、上田城は破却されており、城下町に近い三の丸跡地に居館を建てたことに始まる。その後、上田城は仙石氏により再建されたが、不完全なまま終わっている。真田昌幸時代の上田城について正確な構造は、わかっていない。なお、堀底の発掘調査により、真田氏時代と想定される金箔瓦や、菊花文軒丸瓦、金箔鯱の破片などが出土している[5]

上田城に天守があったのかを確認できる資料はない。第一次上田合戦の様子を叙述した山鹿素行の『武家事紀』には、「天淵殿守モ無之小城」との記述が見られ、江戸時代に仙石氏により再建された上田城にも天守はない。ただ第一次上田合戦当時の上田城は未完成とされていることや、寛永年間の作成という絵図には上田城本丸に「御天守跡」と記入されていること、桃山時代のものとみられる金箔を施した軒丸瓦や鬼瓦、鯱瓦の破片などが出土していること[6]、同時期の近隣諸城(小諸城松本城高島城)や嫡男真田信幸の沼田城に天守があることなど、いくつかの傍証から真田昌幸時代に三層四階建ての天守が存在した可能性はある(第一次上田合戦から第二次上田合戦後に破壊される間の資料が残されていないため、直接的な証拠はない)。

本丸は東西に延びた長方形だが、その北東の角のみ鬼門を避けるため欠いた構造をしている。

城下町 

上田城を中心に形成された城下町のうち、北国街道に沿った海野町、原町、横町、柳町、田町、鍛治町、紺屋町が宿場町の機能を担った[7]。海野町には本陣と問屋を兼ねた柳沢家があり、原町には問屋の滝沢家があって、宿役を勤めた。

歴史・沿革 

  • 1583年(天正11年) 上杉氏に対する徳川氏の最前線の基地として、徳川家康の命で築城。
  • 1585年(天正13年) 上杉氏により徳川氏に対する基地として増築普請。第一次上田合戦。真田氏が徳川氏の軍を撃退。
  • 1590年(天正18年) 大規模な改修が行われる。後に金箔瓦が出土[8]していることから、織豊城郭を意識していたことが窺われる。
  • 1600年(慶長5年) 第二次上田合戦。真田昌幸および昌幸の次男の信繁の軍が徳川秀忠率いる東軍を撃退。
  • 1601年(慶長6年) 昌幸・信繁父子が紀伊国九度山に配流になり、上田城は徳川氏により破却。東軍についた昌幸の長男の信之は昌幸の旧領(上田領)を引き継ぎ、三の丸跡地に居館(陣屋)を構えた。
  • 1616年(元和2年) 真田氏は城下に7か条の領内法度を出した。
  • 1622年(元和8年) 真田氏が同国松代に移された。
  • 1626年(寛永3年) 上田に移封された仙石忠政により再建が開始されたが、2年後の1628年(寛永5年)忠政の死により城普請は中断され、以降江戸時代で本格的な再建は行われなかった。
  • 1871年(明治4年)廃藩置県、東京鎮台第二分営が上田城に設置され、上田城は明治政府に接収された。
  • 1873年(明治6年)分営が廃止。
  • 1874年(明治7年) 廃藩置県により廃城となった上田城の土地、建物が民間へ払い下げられ、本丸に7棟あった櫓は、一つ(現・西櫓)を残して解体、売却された。このうち2棟は上田市常磐城(新地)にあった遊廓に6円で払い下げられ、一つの建物に連結されて金秋楼と万豊楼として使用された[9][10]
  • 1929年(昭和4年)西櫓内に「徴古館」(上田市立博物館の前身)開館。
  • 1934年(昭和9年)本丸と二の丸の大部分が国の史跡に指定される。
  • 1941年(昭和16年)移築されていた2棟の櫓が目黒雅叙園に転売されるという話が持ち上がったが、市民の運動によって、翌年、1,800円で買い戻された。
  • 1949年(昭和24年)市民によって買い取られた櫓は、現在の北櫓と南櫓の場所に移築復元された[11]
  • 1953年(昭和28年)西櫓「徴古館」を上田市立博物館に改称。
  • 1959年(昭和34年)本丸の櫓3基が長野県宝に指定される。
  • 1963年(昭和38年)二の丸に上田市民会館が開館。
  • 1965年(昭和40年)上田市立博物館の新館(現・本館)が開館、西櫓は閉鎖。
  • 1994年(平成6年) 南櫓と北櫓の間を結ぶ東虎口櫓門と袖塀が古写真を基に復元され、いずれも上田市立博物館の施設の一部となる。南櫓と北櫓の内部公開開始。
  • 2006年(平成18年)4月6日 日本100名城(27番)に選定された。
  • 2016年(平成28年)1月4日 西櫓の内部公開再開(12月28日まで)。
  • 2016年(平成28年)8月-9月 上田市教育委員会により二の丸の発掘調査が行われる。
  • 2020年度から 旧上田市民会館建物を解体し、二の丸の復元工事が行われる予定[12]

真田氏の城郭 

上田での実際の支配期間は40年ほどであるが、小説『真田太平記』『真田十勇士』や時代劇の舞台として真田氏の居城「上田城」が登場する。戦国期の真田氏城郭にはほかにも以下の城がある。

友好城郭 

2005年(平成17年)10月10日、大阪市と上田市は大阪城天守閣二階会議室で提携書に調印した[13][14]

現地情報 

所在地
  • 長野県上田市二の丸
交通アクセス
  • 北陸新幹線・しなの鉄道線・上田電鉄別所線上田駅から徒歩約10分
料金
  • 大人:250円
  • 大学・高校生:180円
  • 中学・小学生:60円
  • ライトアップ 22時まで
  • 2007年(平成19年)6月から全国規模の日本100名城スタンプラリーが開始された。

登場する作品など 

真田十勇士関係
NHK人形劇版、真田十勇士 (柴田錬三郎・本宮ひろ志の漫画)などに登場。
上記以外
アニメ映画『サマーウォーズ』 - 舞台となる家の門が、上田城の城門を参考に描かれている。
アニメ『おねがい☆ツインズ』 - 登場する陸上競技場の情景には城跡公園のものが用いられている。

脚注・出典 

注釈

出典

上田城の口コミ情報

2022年06月12日 仙石権兵衛駿河守秀久
上田城



真田信之が形見に持ち帰ろうとしたが微動だにしなかったという真田石。

博物館では我が殿、仙石権兵衛秀久様の甲冑が展示されております!幾分肩幅が広く思えたので同時としては立派な体格であったと想像します。

2022年05月12日 尼崎城淡路守一口城主
上田城



5月3日、上田市に宿泊してから3日目で満を辞して上田城に登城。今回は、極力真田家の歴史年代順に周ってみたいと思い、5/2真田の郷(真田氏発祥の地)、5/3上田市街(上田合戦の舞台等)、5/4(江戸時代の真田家10万石の城下町)という順に周ってみた。100名城のスタンプ帳を確認したところ2015年8月以来7年ぶりの2回目の登城でした。

また長い枕になってしまいました😅今回は宿泊先から歩いて登城🚶前回見落としていた上田高校の上田藩主屋敷門と堀跡を見学。その後上田城址公園に向かい二の丸堀のプラットホーム跡や上田城南面の尼ケ淵を見学。その名の通り真田氏時代は千曲川の流れが淵をなしていた天然の要害だったようです。一部変わった感じの石垣の面があるなと思ったらみな櫓下の石垣で長雨により一部崩落したことから修復工事を実施したとの説明板があった。散策している間に上田市立博物館や上田城櫓の観覧時間になった為、共通券(¥500)を購入して博物館に入館。博物館をでてすぐの所にある本丸東北隅の土塁を見学👀北東(丑寅)隅を切り込んでいるとガイドマップにありました。いよいよ東虎口櫓門に向かい真田石🪨と対面。櫓に登りここで徳川軍を2回も撃退したのかと思うと改めて凄い場所に居るのだなと感動してきました。

櫓から出た後、北虎口石垣に向かい歴史番組で紹介されていた百間堀の樋を見学。現在の陸上競技場が大きな堀だったと説明板にありました。

下城後、芳泉寺の小松姫のお墓🪦参りをして映画の🎬ロケ地になった高橋を訪れました。その後は真田家ゆかりの海禅寺、月窓寺、願行寺、上田電鉄別所線🛤に乗り生島足島神社にお参りして当日の街歩きは終了。ゆっくり周ったつもりでしたがもっと色んな所を周ってみたくなる街でした😄

2022年05月05日 しろ飛騨守ばか
上田城

真田昌幸の凄さが伝わるお城。今は街になってるけど昔をイメージして城を見ると上田城の難攻不落が伝わってくる。仕上げは仙石ちゃん(笑)

2022年04月03日 ゆきぽん出羽守
上田城

初めての上田城。 今の時期は千本桜まつり。桜にはまだ早かったですが、屋台もでてにぎやかです。美味だれ鶏おいしかった。

2021年11月25日 長尾平蔵景虎
上田城



上田城本丸跡にある眞田神社にはねがい玉というものがあり、その玉に願い事を書き投入口に入れると本殿の下を玉か通り神に願いが届きます。その後手元に帰ってきます。その玉は袋に入れ持ち帰ります。

2021年11月22日 Marky武蔵守
矢島城[上田城  周辺城郭]



村上連珠砦の1つで背後の尾根に牛伏城、荒城があります。曲輪内部は畑になっており稲荷神社があります。

2021年08月03日 赤かぶ【】
岩門城[上田城  周辺城郭]



上田市古里にある岩門城(館)は中世(鎌倉時代後期)上田の庄の地頭であった大田氏が城主と言われます。その中心には現在、岩門大日堂が建っていますが、活文禅師と佐久間象山先生の出会いの御堂として有名です!

2019年の発掘調査の結果 城跡として確認が得られました♪行き方ですが県道79号線 岩門の交差点を南へ行くと集会所の駐車場があります。ここに車を止める事が出来ます。案内板もあるのですぐ分かるかと思います!

遺構は一部土塁などが確認出来るくらいで、ほとんどが畑になっています。
堀跡などのお城の痕跡の案内板・大日堂・秋葉神社がありますので色々想像しながら見るのも楽しいかも知れませんよ!!城内には畑・周りは住宅もありますので見学の際は十分な配慮をお願い致します☀︎

① 登城口の案内板
② 西側の土塁
③ 秋葉神社
④ 大日堂 城跡についての説明板
⑤ 国分寺道の案内
⑥ 東側の土塁

2021年07月24日 きむねこ
上田城

真田の里を見学してから上田城に行くと、砥石城からの距離感含め、より上田合戦含め楽しめると思います。

2021年03月11日 赤かぶ【】
須々貴城[上田城  周辺城郭]



上田原の戦いで村上軍が布陣!
上田城から約5.5km西へ行った須々貴山神社にあるお城です。

鹿棚のゲートを開け須々貴山神社の赤い鳥居をぐぐると約530段・傾斜50度以上の石段が目の前に現れます!
まじでこれを登るのか!と一瞬絶句します。
階段の手前右側に登山道が付いています。自分は帰路でこの登山道を使いましたが、急斜面&滑りやすい細かい砂利の道で結構苦労しました。
どっちのルートも決して楽ではありませんでした(笑)
さてゼェゼェ息を切らしながら階段を登って行きます、途中狭い踊り場で休みながら。
振り返り下を見るとあまりの急勾配に目がくらみそうに。
ただ景色は素晴らしいです!上田原を一望!!疲れを一瞬忘れさせてくれます。ほんの一瞬‪w
階段を登りきると平地に出ます。東屋もありひと休み出来ますよ!
右側には須々貴山神社が建てられています。
左側は主郭へと続く山道が!
主郭への途中小さな祠や石垣が見られますが、どうも後世のものらしいです!
主郭には御嶽神社の石祠が祀らております。背後には二条の堀切がありますが、結構埋まってしまっているため分かりずらいかと。
キノコシーズンには止め山になるのでご注意を!
須々貴山神社北側(帰路方面)には竪堀が見られます!
上田原を一望出来るお城でした☀︎
① 登城口
② 上田原を一望
③ 後世の物と思われる石垣
④ 主郭
⑤ 主郭直後の堀切
⑥ 二条目の堀切
⑦ 登城ルート500段以上の石段

2021年02月21日 赤かぶ【】
尾野山城[上田城  周辺城郭]



上田市生田にある尾野山城は第一次上田合戦で真田昌幸公が自らが尾野山城に布陣。2度の真田VS徳川の合戦において、上田城の側面防備の重要な役割を果たした城とされております!
行き方としては丸子八景愛宕山の愛宕神社を目指して下さい。
愛宕神社の駐車場がありますが、車幅が狭くて脱輪しそうな坂を上がります。舗装はされていますがちょっと大きめの石が転がってるいるので車を傷つけたくない人や運転に自信が無い方は避けた方が良いかと思います。
自分は運転が下手なので500mほど離れた公民館の駐車場をお借りしました <(_ _٥)>
登城口からひたすら山を登って行きます!中腹には愛宕神社が祀らております。
愛宕神社から更に西へと登って行きますと二条の堀切・高低差のある切岸を経て主郭へ!
主郭からの眺望は良く上田・東御・依田窪方面が良く見えます♬︎ここに陣を置いたのも納得!
主郭の西側背後には二重堀切が形成されてます♪主郭側の堀切の深さは10mほどはあろうかと!!
お城は保存会の方々のお陰でよく整備されており巡り易いと思います。
ただでっかい拡声器や電線などがあり、いささか残念な部分はありますが (笑)
真田氏ゆかりのお城に足を運んでみて下さいませ☀︎
① 登城口
② 主郭切岸
③ 主郭東側の堀切
④ 主郭
⑤ 二重堀切 外側
⑥ 二重堀切 内側

2021年01月11日 赤かぶ【】
上田城



真田神社と西櫓の間に青年 真田幸村(信繁)公の像が設置されておりました!
また真田神社ではオリジナルマスク全3色(ブラック・グレー・ピンク)も新たに販売されておりましたよ(笑)
初めての方はもとより一度訪れた方も新たなスポットを見に改めてお越しになってみてはいかがでしょうか♪

2021年01月04日 内記かずりヾ(・ε・。)
小牧上の城[上田城  周辺城郭]



小牧上の城は上田城の南東約3.7km、千曲川南岸の山塊尾根上、標高約710mのピークの一つに主郭が存します。

築城年代、築城者共に不明ですが、天正壬午の乱の際に真田氏の利用があったと推測されています。

行き方は同じ上田城のリア攻めマップにある小牧下の城を参照して下さい。此処から尾根伝いに登るだけですし、距離も比高も大して無いので楽に行けると思います。ただ実際に現地を訪ねてみて気付いたんですが、小牧上の城から更に南に少しだけ登ると、この尾根上最高所の山塊稜線上に辿り着きます。此処にもお城への案内板が立っていてびっくりしましたが、南麓からなら林道を使って簡単に行けるみたい。この山塊稜線上になんで上の城を造らないのか疑問に思うかもしれませんが、南麓はゆるゆるの緩斜面なのでとても守れないと考えたのがその理由でしょう。

お城はほぼ単郭ですが、山側を3連続堀切で断ち切っていて竪堀なんかも付いていたようです。ただかなり浅くなっていました。主郭は二段で東家と祠が建っていまして、景色を眺めながらおにぎりを食べてお祈りも出来る仕組みになっています。

さてさて下ノ小屋、下の城、上の城と紹介してきた小牧城ですが、他にも大手砦なんてのがあったりします(スポットだけ作成しました。)。皆さんお気付きかもしれませんが、下ノ小屋があって上ノ小屋がないじゃん…実はこれがあるらしく比定地にも行ってみましたが、もうここまで来ると「何が何だか判らねぃよ…」レベルなので無視して大丈夫です。

2021年01月03日 内記かずりヾ(・ε・。)
小牧下の城[上田城  周辺城郭]



小牧下の城は上田城の南東約3.6km、千曲川の南岸山塊尾根上、標高639.2mのピークの一つに主郭が存します。

築城年代、築城者共に不明ですが、天正壬午の乱の際に真田氏の利用があったと推測されています。実際に現地を訪ねてみて気付いたんですが、東は佐久平を遠望出来る他、西は和合城、北は松尾古城の遠見番所からの狼煙すらキャッチ出来そうなロケーションです。

小牧というからには律令制の官制の牧場「御牧」に関係する土地柄(塩原牧に入るのかな?)だったと思うんですが、お城のある山塊南側には須川湖や上池といった小規模ながらも水場が点在し、牧場経営には最適な立地でもあったようです。

行き方は同じ上田城のリア攻めマップにある下ノ小屋を参考にして男坂をそのまま尾根筋に沿って登って頂いても構いませんが、かなりの恐怖を感じますので優しい行き方を…

北麓には「真田幸村と十勇士の石像」という無理矢理作った名所?があります。Googleマップに位置登録されいるので目標に設定して下さい。この石像群は見ても何の感情も湧かないので通り過ぎましょう。此処の入口から30秒ぐらい山側に向けて進むと「至小牧城跡」の石柱にぶつかりますので、後は迷う事無くお城に行けるでしょう。こちらの道は女坂という登城路でして自分は帰りに使いました。

お城はほぼ単郭で、縄張図を見ると主郭から北側に副郭、東側に段郭数段、山側に二重堀切が付いてます。これだけだと物見砦の範疇に入る規模ですが本当にそうなのかな?女坂を通って感じた主観ですが、大手とされるこの堀切の1条から続く竪堀底道の登城路、周囲にはとても自然地形と考えられない何かが沢山あるように思えます。竪堀底道の終点は虎口(木戸ぐらい付いてそうだ…)を形成してるし、それまでだって竪堀様地形や段々地形(殆ど崩落してるが石積みも散見される…)が数多く見られ、登城路に沿って何かがあったように思えてなりません。お城の規模は縄張図より遥かに大きい詰城の趣きがありました。

実はそう感じたのは前日に禰津下の城という滋野三家の一つ、禰津氏の詰城を訪ねたからです。小牧下の城の大手筋と禰津下の城の東斜面は何となくですがコンセプトが一緒の様に思えたんです。今となっちゃ何とでも言える事ですが、実際に現地に赴き様々な想像を逞しくする…リア攻めの醍醐味ですね!

2021年01月01日 内記かずりヾ(・ε・。)
下ノ小屋[上田城  周辺城郭]



下ノ小屋は上田城の南東約3.5km、千曲川の南岸山塊尾根上、標高約542mのピークの一つに主郭?が存します。北麓からの比高は60m位でしょか。

自分はプアーなお城の口コミは結構すっ飛ばしてるんですが、これから口コミする小牧城(上と下がある。)に関連する城郭?であること、そしてリア攻めを終えた今だからですが、苦労と恐怖に打ち勝ち何となく愛着すら湧いてきたことから口コミさせて頂きます。

行き方ですが、楽な方法はたぶん無いです。この山塊の北側は谷筋を除けば全て急崖(山塊全体が岩盤なのかな?表土は堆積土の趣き。)でお城?は正にそういう場所に築かれているからです。とりまGoogleマップに位置登録されている上田エンゼルパークを目標に設定して下さい。駐車も出来ます。この背後に林道が東西に走ってますので歩けば案内板「小牧城址(男坂)急崖」にぶち当たり、沢筋を南に進むようになります。1分しないうちに右側急崖上に中尾城比定地、左側に急崖(写真1枚目)が現れますので左側に進んで下さい。誰も行かないとは思いますが、登り始めると後戻り出来ないので覚悟を決めましょう!帰ろうとすると逆に危険です。

実は男坂という登城路?は坂とは名ばかり…平均斜度60°以上はあろうかという急崖に端っこばかり歩かされる道が一応付いてます。北斜面で残雪が凍り、冬枯れの季節で掴む草木も少なく、土を掘り返して木の根を支点にする有様…戻ろかと思いましたが、右側支点で登るのは強いけど左側支点で下りるのが極端に弱い(転びますw)のでそれも諦めました。新年早々のリア攻めで久しぶりに絶望感を感じましたわ。又、途中に虎ロープの設定が所々ありますが、全く信頼出来ないので使わないのが正解です。

お城?は…写真見て下さいwびっくりすることに主郭部には祠と男坂の案内板が平然と立っています。意外な程削平されてますが、急崖の上にある事を忘れないように…

この上にある小牧下の城に行くには別に女坂という楽なルートがあるんですが、何でこんな危険を冒すかというと、下ノ小屋に行くにはこのルートが一番ましだからっす。男坂はこの下ノ小屋で半分位…つまりは下るより登る方が遥かに安全てことですね!

そして小牧下の城を目指し地獄は続く…マニア向け。

2020年12月22日 兵庫頭たけちゃん
上田城



駐車場が目の前にあります。御城印帳と御城印は真田神社で売っています。御城印帳は1500円でした。戦国無双とコラボした物も売っていました。12月から2月までは櫓の中は入れません。

2020年11月24日 Rocky丹波守
上田城



駐車場がすぐ近くにあります。本丸東虎口櫓門右の石垣に真田石。昌幸の形見として信之が松代に持って行こうとしたが動かなかったとか。この櫓は300円、博物館との共通券は500円で上がれます。中の真田神社で御城印や御朱印、御守りなどがあります。真田井戸や西櫓が近くに見えます。本丸跡の周りに堀があります。本丸の隅には櫓跡が。どこの虎口も枡形になっており難攻不落の印象を受けました。家康が壊したのも分かります。今の城は江戸以降に建てられましたが真田時代の城が残って居ればとの思いにかられました。

2020年11月16日 桔梗左衛門佐まる
上田城



真田昌幸公が築城した当時の上田城は、徳川により、徹底的に破壊されてしまいました。現在残っている上田城跡は、仙石忠政氏によって江戸時代初期の寛永年間に再建築城されたものですが、 東虎口櫓門手前の橋から、千曲川(新幹線側)に背を向けて、山の方を見ると、真田昌幸公、信幸公、信繁公が見たであろう、変わらぬ山の風景が広がります。信州上田おもてなし武将隊の真田幸村公に以前、教えていただきました。

2020年11月03日 ムッシュ荒木ムラ村重
矢島城[上田城  周辺城郭]

車で横付けできる高コスパ城です😋高コスパながら、本来は車道の部分も堀切凹で二重堀切凹凹だったらしく、車道整備が怨めしくもなります👻主郭北側の土塁凸&堀切凹はしっかりと残っており、特に堀切凹は虚空蔵沢にズドンと落ち込んでいるのがよくわかります。

2020年08月17日 三尺坊左近衛中将影ちゃんII号
上田城駐車場[上田城  駐車場]

【バイク用駐輪場】
バイクで上田城を訪れた際、本丸下にある上田城址駐車場に駐める事ができます。駐車場入り口とトイレの間に駐輪スペースがあるのでそこに駐めて下さい。アスファルトに"二輪車"と書いてあったと思います。後、近くにルートイン(全室禁煙)があるので、予約して早めにチェックインしてからリア攻めするのもアリかもしれません。

2020年08月15日 上田刑部少輔雪娘
上田城

歴史歩きをしてください。
上田高校の門がお勧めです。

2020年08月15日 遠江守ぽんきち
上田城



御城印は、真田神社で書いてもらうことができます。

石垣の真田石は、大きくてとても立派でした。

2020年05月10日 今年いい年を願います
上田城

さすが難攻不落の城、徳川軍を2

回も負けさせたのは、さすが

2020年02月17日 内記かずりヾ(・ε・。)
飯綱城[上田城  周辺城郭]



飯綱城は上田城の北西約2.6km、標高1077mの虚空蔵山から南東へ延びる支尾根の一つにある支峰、標高757mの飯綱山の山頂に主郭が存します。南麓からの比高は320m位でしょか。

築城年代は不明ですが、築城者は村上氏で虚空蔵山周辺にある城砦群、村上氏連珠砦の一つです。村上氏連珠砦は武田氏への備えとして築かれたそうですが、葛尾城の自落と共にその役割を終えたようです。この城砦群が再び歴史の表舞台に登場するのは天正壬午の乱の際でして、当時徳川氏に従っていた真田氏と東信濃に勢力を伸長させた上杉氏の境目の城となりました。家康は真田昌幸に上田城を築城させてこれに対抗しますが、当の真田氏が上杉氏に従ったために家康の目論見は水の泡となりました。上田城築城の際に上杉氏はこれら城砦群に兵を入れて牽制したとの記録があるそうです。その後はこの地域と共に真田氏の持分になったのでしょうか、上杉、真田時代に城砦群の幾つかは修復、改修されたとも言われています。飯綱城はこれら城砦群の中で最も規模が大きいそうで、砦と言うよりは皆が想像する山城そのものです。

お城は凄いです。郭は大きく見て4つ、尾根を2つの二重堀切、連続堀切等でぶった斬り。凄まじいのは通称1郭と通称2郭間の大堀切で堀切底部に土塁を設けて二重堀切を形成していますが、通称2郭側の切岸は岩盤を切削したのかガチの垂直(アルミ製梯子付)!見たら誰でも絶句します!今でも梯子が無いと下りれませんし登れません!(ちなみにこの二重堀切、デカ過ぎて普通の堀切写真が撮れないです。)このお城の通称2郭周辺は見所満載、DOPEです!

今回ミスった点は先人様のブログを斜め読みした結果、「送電線のNo.20鉄塔から直登」を「送電線のNo.20鉄塔まで直登」と勝手に勘違い…死ぬ程疲れましたわ…

2019年09月04日 相模守かとみぃ
上田城

2019年2月に匿名の市民から「櫓再建の為に!」と、なんと10億円が寄付されました。
本来は7つあった櫓のうち、現存するのは3つだけ…
これは凄いことになりそうだ!
と、思ったのですが、実証に基づいた図面や写真が無いため、再建計画は遅々として進んでいません(泣)

2019年08月13日 大納言Z大納言369
公園前駅跡[上田城  寺社・史跡]



上田交通真田傍陽線が二の丸堀跡に1972年まで通ってました。

2019年08月13日 大納言Z大納言369
煙硝蔵[上田城  遺構・復元物]

仙石氏が上田城主だった1686年に新設され、本丸内の櫓に保管されていた煙硝を移しました。

2019年05月31日 龍馬備中守【】
上田城



天然の要塞「尼ヶ淵」の上に聳える南櫓と(奥)西櫓☆当時は千曲川の分流が堀の役割として機能☆崖の高さは約12m☆上田泥流層の垂直な崖により防御は強固だった☆

2019年05月31日 龍馬備中守【】
上田城



本丸を北側を守る土塁☆後に徳川様に攻められるも実は徳川様の援助を受けての築城☆流石【表裏比興の者】真田昌幸様大好きです☆

2019年05月31日 龍馬備中守【】
上田城



西虎口は枡形造り☆(奥)西櫓☆(手前)煙硝蔵☆真田昌幸様により築かれる☆築城後まもない時期に昌幸は二度も徳川氏の大軍に攻められるも城に立て籠り撃退☆

2019年05月30日 あおっち左馬助
上田城



上田真田まつりの日に行きました。城敷地内にある真田神社の社務所か何かの表札が真田幸村になっていました(^^)
資料館のような設備も整っていて子連れでも安心して回れるのでありがたかったです。

2019年05月11日 まさある甲斐守
上田市立博物館[上田城  スタンプ]



上田市立博物館別館の1階に在ります!2階のVR映像は凄く良かったです!

2019年05月11日 まさある甲斐守
上田城尼ヶ淵駐車場[上田城  駐車場]



上田城跡駐車場(尼ヶ淵)無料です!

2019年05月05日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
最古の石垣[上田城  遺構・復元物]



現在眞田神社を支えているのが上田城内に現存する最古の石垣!(上田市教育委員会和根崎氏お墨付き)昌幸時代!

2019年05月04日 わる爺陸前守
小泉曲輪[上田城  遺構・復元物]



敵を招き入れる為に防御の構えがない捨曲輪が体育館の建つ敷地にあった。

2019年05月04日 わる爺陸前守
上田観光会館 お土産屋[上田城  関連施設]



窓口は二階。内には甲冑、刀剣などが展示。スタンプはカウンターにありました。

2019年04月27日 龍馬備中守【】
尼ヶ淵の天然の崖[上田城  その他]



尼ヶ淵の断崖の崖☆この地で2度激突する真田VS徳川☆世に言う「上田合戦」☆真田昌幸は主に上田城に籠り戦い2度撃退に成功☆神川が堀となり尼ヶ淵が鉄壁となり地の利を生かす☆

2019年04月27日 龍馬備中守【】
真田石[上田城  遺構・復元物]



真田石☆真田信之が松代に移封を命じられた際に父は昌幸の形見に持って行こうとしたが微動だにしなかったと伝わる☆

2019年04月27日 龍馬備中守【】
東虎口櫓門[上田城  遺構・復元物]



東虎口櫓門☆真田にかわり上田藩主となった仙石忠政は幕府の許可を得て上田城復興工事に取り掛かる☆櫓は本丸にだけ建てられた☆ほとんど同じ形の物が全部で7棟☆

2019年03月28日 真田西市佑
上田城

上田城公園ポイント1真田石は最高!2真田神社の御朱印と御朱印帳と御守りはカッコいい!3南北櫓、櫓門は復元でもgood !4近くのそば処千本桜の六文銭かき揚げはうまい!(そばチップとお茶もうまい!)

2018年12月01日 安倍相模守宗任
上田城

尼が淵側の駐車場は無料です。
尼が淵は埋められて公園になってますが、それでも崖は攻めるに大変。是非こちらから行かれることをお勧めします。

2018年05月11日 織田上総介晃司
上田城

上田城トリビア①
真田昌幸の上田城は徳川の手によって徹底的に破壊されたので今の上田城は真田の城ではないのだが、六文銭の旗を見ると真田の城に見えてしまう。

上田城トリビア②
南櫓と北櫓は明治にはニコイチで妓楼(遊郭)へと姿を変えていたが櫓を取り戻し、もとの鞘に納まった。

上田城トリビア③
尼ヶ渕散歩道(二の丸東堀)は昔、汽車が走っていた。

上田城トリビア④
松代城から上田城までの国道18号線は蕎麦屋よりラーメン屋のほうが多い。

2018年02月14日 まるき〜主殿助
上田城

上田城には城門を映すライブカメラがあり今の状況をリアルタイムで映し続けています。
これから行かれる方、現地の天気や混雑具合を確認したり雰囲気を感じてみたり城友さんにアピールしてみたり、はたまた現地で自分が映る姿を見て喜んでみたりと…
色んな活用法があると思います(笑
(個人を特定できるほど大きく映りませんが…目立つ動きをすればすぐにわかります。よ)

ドラマ真田丸が終わりブームが去ったのか…それとも、冬で寒いからなのか時間帯なのか?それといって混雑もなく見学する人はまばらでした。

検索→UCV上田城公園ライブカメラ

リアルタイムと書きましたが、実際は10秒程遅く再生されます…。

2017年04月17日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
上田城

つい最近道路が改良されて上田市サントミューゼや某ショッピングセンターから踏み切りを渡ってすぐに上田城尼が淵へ歩いて行けるようになりましたよ~休日の渋滞時等困ったとき等はここの駐車場を借りて出撃なんて手もありかな~と思います。勿論帰りにショッピングしてから帰って下さいね!(^_^)v

2016年05月18日 櫻守
上田城

前出の口コミにあった、室賀温泉行ってきました!良いお湯でしたよ(*'▽'*)
露天風呂も温度が違って二つあったり。まったり出来たなぁ

2016年03月07日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
上田城

室賀ファンの皆さんへ!上田城の西、青木村方面へ車で20分くらい行ったたところに室賀正武が守った上田市室賀地区があります。大河ドラマの紀行にもあったように、地元の方の尽力で、前松寺内に約100年ぶりに室賀正武のお墓等が整備されました。正武の城笹洞城もよい感じの石垣跡が残っていますよ!城廻の一角に加えていただきたいものです。室賀地区といえばなんといっても室賀温泉です!お湯は単純硫黄温泉でとろみがありお肌がすべすべになります。室賀温泉ささらの湯は、朝風呂も5時から8時までやっていて大人一人300円で入れます。昼風呂は10時から21時までやっていて大人一人500円で入れます。お食事処もあります!サウナつきで広いですよ!注意すべきは毎月第二、第四木曜日な休館ところです。室賀正武ファンの皆さん一度いらっしゃいませ!温まっていって下さい!!室賀地区にバスでいくには、上田駅からバスが出ていますので、室賀線に乗ってください。田舎ですので時刻表はよくお確かめください!前松寺には「中組」で下車してください!ちなみにひとつ手前か「室賀温泉」です。室賀に行ったなら山の中で黙れ小わっぱ!叫んで下さい!(笑)

2016年03月03日 潤んだ瞳は♢征夷大将軍クララ姫
上田城

上田城で開催されている『大河ドラマ館』は基本、館内撮影禁止ですが、信繁の赤甲冑と上田城砦のみ撮影OKでした。係の方に撮影をすすめられました。

2016年03月02日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
上田城

久しぶりに行きましたら、大手門北東に位置する上田市立博物館に国指定重要文化財を始めとする、真田昌幸、信繁、信幸、石田三成、長束、徳川家康、北条氏邦らの直筆の書状や、犬伏の分れの絵図、昌幸、信繁、信幸の肖像画と鹿角六連銭文旗指物、矢沢頼綱の金鳥居の旗指物などなどヨダレが出るくらいの品々が展示されていました。一時間位うろうろしてしまいました。
ちなみにこれらは期間限定の展示で、3月27日までやっているそうですよ!
入館料大人一人300円ですが、期間限定の櫓内入場料とあわせて500円で入れます。ちなみに大手門上の櫓のなかに真田信繁使用の具足、兜があったり、模擬火縄銃をさまから撃つ真似ができたりと楽しいですよ!
あと、VR上田城というアプリのチラシがおいてあり、そのアプリを携帯に落とすし、指定された城内に行くと復元された建物など携帯を通して見ることができこれもとても面白いですよ!
真田丸大河ドラマ館もやってます。是非上田城にお越し下さい!ちなみに私はただの城好きですよ(笑)

2016年01月17日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
上田城

上田城にいったなら真田太平記を書かれた池波正太郎さんの記念館にも是非足をお運びください!上田城から東へ進んで行ったところにある原町という交差点のそばにあります。池波正太郎さんが小説を書き上げるまでにどんな取材をしていたのかよくわかり楽しいですよ!記念館の前にバス停もあります~歩き疲れたらどうそ!それから今回の大河ドラマと大河ドラマ真田太平記を見比べて見るのも面白いと思います。

余談ですが上田市街中の10箇所に真田十勇士像がひっそり建っています。時間が充分あるかたは、町中を歩いて十勇士を見つけてみてはいかがでしょうか。よい有酸素運動になりますよ~疲れます(笑)ちなみに池波正太郎記念館前には猿飛佐助くんが建っています。
霧隠才蔵の建つ柳町の街並みは城下町を感じられて美しいですよ。由利鎌之助の建つ近くの刀屋の蕎麦はこしがあって旨いですよ~ 運動靴を履いてお越し下さい☺

2016年01月17日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
上田城

上田城東側にある観光案内所1階の食堂で六文銭にまつわる蕎麦を注文すると何故だか忍者ではなく黒子がお蕎麦を持ってきますよ~!?

2016年01月17日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
上田城

大河ドラマ館は1月17日からは来年の1月15日までやっています。入館料は大人600円です。太鼓門前の駐車場の横にいくと真っ赤な垂れ幕がかかっていますから、すぐにわかりますよ~

2015年12月23日 上田の左衛門佐紺絹地六連銭
上田城

太鼓門の直ぐそばに真田丸大河ドラマ館なるものが1月にはオープンするそうです!
施設の中では期間限定で千鳥掛などの上田城内の仕掛けが体験できたり、真田丸が復元されたり!?するそうですよ!出城からとびでた尖った木材触りにいきましょう!!上田城に真田丸が出現!!楽しみですね~

2015年12月20日 陸前守仙臺むすび丸JUN
上田城

二の丸橋から入って見える東虎口櫓門に付属する南櫓と北櫓は例年12月〜3月までの冬期間は入場不可でしたが、平成27年度は冬季間も入場可能です。『真田丸』放映開始に合わせての対応かどうかわかりませんが…。

西櫓は平成28年1月4日から入場できるという掲示もありました。


2015年11月04日 アマビエ土佐守
上田城

上田城口コミの続きを述べたいと思います。

上田市グルメ★★★
昼は蕎麦に夜は上田市御当地グルメの美味だれ焼鳥が有名である※パンフレット確認要。

上田市~上田市真田町へ★★
車で上田市~真田町の真田氏本城迄は20分は必要となる。
上田市郊外には、国道18号線交差に上信越道の上田菅平lCがあり、この日も小規模の渋滞に合った事から余裕を持ち30分程は必要である。

上田市観光会館★★★★
1Fにはお土産処があり、一画には真田家グッズが揃い一見の価値あり!
2Fは上田市観光案内所や休憩処があり、この日は上田市観光ボランティアの会合が行われてており、大河ドラマ真田丸と上田城・おもてなし観光について会合が行われていました。
上田市観光案内所では、上田城・上田市グルメ・循環バス案内等のパンフレットが頂けます。


最後にこの場をお借りし上田市観光案内所の皆様に大変御世話になり御礼を申しあげます。

2015年11月04日 アマビエ土佐守
上田城

上田城★★★★
現在、大河ドラマ真田丸に向け西櫓の石垣・瓦等の点検、整備が行われている!
また、真田神社では参道右側に社務所が新築され、真田井戸や参道の石畳への整備が行われている。

上田城二ノ丸★★★
小規模の駐車場横に上田市市民会館があり、ここが真田丸大河ドラマ館になり既に、足場が組まれており準備、改装中である。

上田城駐車場★★★
二ノ丸、小泉曲輪に小規模の駐車場に南櫓下の尼ヶ淵芝生広場に大規模駐車場があり、上田市では市内17ヶ所に契約駐車場を用意※パンフレットにて確認要!

上田市循環バス★★★
市内には循環バス専用レーンが整備され、上田駅を起点~上田城~木町横には旧北国街道宿場の柳町~原町には池波正太郎太平記記念館~上田駅を結ぶ、また月別で運行形態が変わるので※パンフレットにて確認要であるる。

2015年08月24日 まさ宮内卿猛虎
上田城

上田城ニの丸橋を渡ったのが、16:05分頃。名城スタンプ欲しく先を急いだ。
16時で資料館入場停止表示出されていたが、係員から、『本日は入場停止になりました、後日訪問願いたい』と言われた。
『100名城スタンプが欲しい』と、伝えると、『どうぞとスタンプ貸してくれた』滑り込みセーフやった、やったと、心中で大騒ぎ。
係員に感謝、話してみるべきですね。

2012年10月14日 ムッシュ荒木ムラ村重
上田城

上田城を守り抜いた真田家会心の一戦「神川合戦」
これまでは古戦場であることを示す石碑や解説板が設置されていませんでしたが、ようやく昨年のぼり旗が立ち並ぶようになりました
是非、上田城とセットで訪れ、真田スピリットを感じてみてください

2012年09月28日 すかんぴん左馬助
上田城

堀の外側を堀に沿って西へ向かい、野球場、体育館の前を抜けた先に小松姫(稲姫)の墓のある芳泉寺があります。
小松姫はこちらでは人気があるらしく、駅の自由通路にも小さなレリーフがあります。

2012年05月20日 傾奇揚げ仙兵衛
上田城

上田城の城下町にして北国街道の宿場町『柳町』
柳の木が多い事が由来らしい
一見の価値有りかも

2010年11月06日 tomm加賀守
上田城

今日から14日(日)まで「紅葉まつり」を開催しています
昨年以上に沢山のイベントがあるみたいなのでお時間のある方はぜひぜひ〜

2010年10月07日 tomm加賀守
上田城

現在の櫓下の上田城駐車場は昔は信州ハムの工場でした
100名城スタンプは時期によって櫓にあったり市立博物館にあったり観光会館にあったりするので注意が必要です
また旧二之丸堀のけやき並木の紅葉したライトアップは綺麗ですよ〜


2010年09月26日 徳川内大臣源朝臣康武
上田城

真田幸村や十勇士グッズでなく、上田城のグッズが欲しいとお嘆きのあなた
城前の観光センターにある、発掘で出土した金鯱の小型レプリカはいかが六文銭の紋所付き
全く目立ってないから、知られてないんじゃないかな
なかなかリアルな出来です

2010年09月25日 徳川内大臣源朝臣康武
上田城

[武将像]真田幸村像
甲冑馬上像。上田駅前の巨大な水車の近く。同型の像が、城前の観光センター内にあり。

2010年08月10日 上杉謙信
上田城

街が六文銭だらけですね…w(゚o゚)w

2010年06月21日 傾奇揚げ仙兵衛
上田城

真田幸村がブーム 城より幸村くんグッズが多い

上田城の周辺観光情報

上田原古戦場

天文17年武田信玄が村上義清との激戦を繰り広げ、生涯初の敗北を味わうことになった上田原合戦。平成19年NHK大河ドラマ「風林火山」のゆかりの地として注目された。

情報提供:上田市観光課

上田城の周辺スポット情報

 真田石(遺構・復元物)

 西櫓(遺構・復元物)

 北櫓(遺構・復元物)

 東虎口櫓門(遺構・復元物)

 百間堀用石樋(遺構・復元物)

 上田藩主屋敷跡(遺構・復元物)

 大手門跡(遺構・復元物)

 真田井戸(遺構・復元物)

 小松姫墓所(遺構・復元物)

 空堀と石樋(遺構・復元物)

 石切丁場(遺構・復元物)

 海善寺(鬼門避けの寺)(遺構・復元物)

 隅欠(遺構・復元物)

 上田原合戦場(遺構・復元物)

 高橋(クランク)(遺構・復元物)

 石切丁場(遺構・復元物)

 最古の石垣(遺構・復元物)

 二ノ丸北虎口(遺構・復元物)

 武者溜(遺構・復元物)

 二ノ丸東虎口(遺構・復元物)

 二の丸堀跡(けやき並木遊歩道)(遺構・復元物)

 尼ヶ淵と石垣(遺構・復元物)

 南櫓下の石垣(遺構・復元物)

 本丸西虎口(遺構・復元物)

 本丸西櫓(遺構・復元物)

 本丸北西隅櫓跡(遺構・復元物)

 本丸北東隅櫓跡(遺構・復元物)

 南櫓(遺構・復元物)

 南櫓(遺構・復元物)

 二の丸西虎口(遺構・復元物)

 二の丸北虎口(遺構・復元物)

 小泉曲輪(遺構・復元物)

 百間堀跡(遺構・復元物)

 土塁(遺構・復元物)

 百間堀跡(遺構・復元物)

 南西隅櫓跡(遺構・復元物)

 煙硝蔵(遺構・復元物)

 真田井戸(遺構・復元物)

 天然の崖(遺構・復元物)

 尼ヶ淵石垣(碑・説明板)

 本丸西櫓 説明(碑・説明板)

 染谷城(周辺城郭)

 飯綱城(周辺城郭)

 矢島城(周辺城郭)

 下ノ小屋(周辺城郭)

 小牧下の城(周辺城郭)

 小牧上の城(周辺城郭)

 大手砦(周辺城郭)

 尾野山城(周辺城郭)

 須々貴城(周辺城郭)

 岩門城(周辺城郭)

 庭園(寺社・史跡)

 公園前駅跡(寺社・史跡)

 真田神社(寺社・史跡)

 上田原古戦場(寺社・史跡)

 上田市立博物館(スタンプ)

 上田市観光会館(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 上田城駐車場(駐車場)

 上田城尼ヶ淵駐車場(駐車場)

 上田城駐車場(未舗装)(駐車場)

 赤松小三郎記念館(関連施設)

 柳町(関連施設)

 上田観光会館 お土産屋(関連施設)

 愛の鐘(関連施設)

 尼ヶ淵の天然の崖(その他)

 甲陽流忍者道場(その他)

 喫煙所(その他)

 常田池(その他)

 喫煙所(その他)

 青年期真田幸村公銅像(その他)

 17アイス自動販売機(その他)

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