松尾古城(まつおこじょう)
松尾古城の基本情報
通称・別名
- 松尾城
所在地
- 長野県上田市真田横沢
旧国名
- 信濃国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 真田氏?
築城年
- 不明
主な改修者
- -
主な城主
- 真田氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、石積、堀切
指定文化財
- 市史跡
再建造物
- 説明板
周辺の城
-
真田本城(長野県上田市)[2.6km]
横尾城(長野県上田市)[3.8km]
真田氏館(長野県上田市)[3.8km]
戸石城(長野県上田市)[5.9km]
上田城(長野県上田市)[10.7km]
富士見城(長野県小諸市)[14.3km]
葛尾城(長野県埴科郡)[15.2km]
小諸城(長野県小諸市)[16.1km]
尼厳城(長野県長野市)[16.6km]
岡城(長野県上田市)[17.6km]
松尾古城の解説文
松尾古城の口コミ情報
2026年06月18日 内記がずりヾ(・ε・。)
上野屋敷の館[松尾古城 周辺城郭]
さて、居館廻りよFOREVER…
居館廻り=耕作地探訪…て言っても過言ではないぐらい田地や畑地に変貌している事が多いんだけど、そもそも論でこれ等に城館としての形状、形態、縄張、遺構なんかを最初から期待しちゃいない。極端な話、地方史を通じて知り得た数多くの無名の殿様達が、どんな場所に居館し、どんな環境にあったのかを現地に赴いて確かめる事(地域として広く見る必要がある。)に意義があるて常々思ってる。城館跡として殆ど何も残っていないのは事実だけど、探せばこれ等に繋がる色んな断片が周辺地域には幾つも転がっている。
今回、紹介するのは、皆さんがよく知る歴史上の人物が居していたのかもしれない…て想像出来るような物件、あの真田氏に関係しているのかもしれない居館跡だ。そう考えると畑や草むらの写真も何となく違った形で見えるでしょ。小県郡のスーパーエース、有名な真田幸綱や矢沢頼綱は此処で産まれたのかもしれない。訪ねれば誰でも調略名人や乗取名人にはなれる筈…
上野屋敷の館は松尾古城の南西約0.5km、角間川北岸(右岸)、神川東岸(左岸)、標高1610mの山稜山頂から西南へ伸びる尾根末端部直下、標高約825mの緩斜面上平場に立地した居館です。簡単に言えば松尾古城の南西麓に当たり、後背地からは同城への登路が伸びている。
行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。少し判り難いが、同じく位置登録がある「(有)ビッククリエート」の工場の向かいから居館地へと登る農道が付いている。既に畑地は一部を残して放棄されているので車を適当に捨てても誰も気にしない。ちなみに松尾古城へ最短距離で登れるのは此処から、大して変わらないが少なくとも九十九折りの一辺分ぐらいはパス出来る。
築かれた年代は不明、お住まいになられていた方には真田氏が推測されている。松尾古城の麓には真田氏最初期の居館地と推測されている、同じ松尾古城のリア攻めマップにある日向の館が立地しているが、発掘調査の結果にはこれを裏付ける出土品は無く、同氏の菩提寺であった常福院の跡との見方が強くなっている。上野屋敷の館がこれに代わるものとの確証も存在しないが、推定居館地の下段には「上野屋敷」の小名が残っており、少なくとも該地の松尾を知行地とする真田氏に関わる何らかの屋敷跡であった可能性が非常に高い。
居館地の西側下段には神川に沿う上州道が南北に通っており、北行すれば菅平口において大笹道に合流し、鳥居川に沿う同道を東行すれば鳥居峠を越えて上野国吾妻郡大笹へと至る。平安時代には同郡への進出が認められる海野氏にとっては重要な道筋の一つであったろう。真田氏が当初住したと推測される所は、角間渓谷のとば口にして、上州道が狭隘な谷筋へとに入る正に関門の地に当たっている。
居館の現況は…耕作地、耕作放棄地、空地等となっており、居館地の東端部には送電線の鉄塔が建っている。城郭遺構は完全消滅しており見るべきものは特に無いが、一概に後世の改変とも思えない五段程度の広めの段が設けられており、雰囲気や纏まりだけなら何とか感じ取れる。ちなみに「長野県町村誌」の長村の項、「上野屋敷」の字地の記述には、「(長村)寅(東北東)の方、東西一町四十間(約182m)、南北三町(約327m)。」とあり、一族等の集住を窺わせるような敷地面積がある。
発掘調査によってかわらけや陶器片等が出土しており、中世の遺跡である事がほぼ確実視されている。真田氏が実際に居していたのかは別として、位置関係から松尾古城の根小屋であった事に間違いは無いだろう。又、その占地から必然的に道押さえの館でもあったと考えられる。戦国時代に機能していたのかは知る由も無いが、遠く上州へと出張する武田勢や真田勢を一段上から見送っていた筈だ。
※角間渓谷〜角間川沿いの一帯は熊さんの巣窟だ。地元の方は「熊に会うから気を付けてね。」てな感じで注意を促し、角間温泉の岩屋館さんでは熊鈴の持参を推奨し夜間の外出を控えるよう来館者に求めている。ちなみにおいらは令和二年の元日に松尾古城の後背地で元気な奴を目撃した。
※角間温泉の岩屋館さん〜若い頃に仕事にむかついて旅に出た際に泊まった事がある。その頃は山城なんてどうでもよい存在だった。
2026年05月11日 カズ讃岐守
松尾古城
登山装備と登山経験のない方はやめたほうがいいと思います。目印もなく道迷いしやすいです。
2025年07月22日 佐渡守:ダークスカル
松尾古城
真田氏の郷 駐車場がありそこから徒歩40~50分かなりハードな山道(登山)でした(笑)
2025年07月21日 雷桜
山家の館[松尾古城 周辺城郭]
住宅化されて遺構は見当たりませんが案内板はあります それだけでも有難いですね 車を停める場所はないですので、近くの真田家縁の山家神社を参拝して車を置かせて頂いたりするのが良いかなと思います
2025年07月21日 雷桜
日向の館[松尾古城 周辺城郭]
松尾古城登城口の日向畑遺跡、角間区民広場、安智羅神社この辺りが館跡と案内板にあります 近く散見する石積みは年代不明ですが雰囲気は感じますね 安智羅神社の案内板にある御神体の真田幸隆の幼少期の像は安智羅神社の秋の例祭の時参列すると拝見できます
2025年05月09日 sigesige主税頭信繁
松尾古城
日向畑遺跡の近くに駐車場があり、そこから少し坂を登った所に登城口がありました。所々岩が剥き出していたり、急な坂などありますが比較的登りやすかった印象です。それでも主郭まで30分くらいかかりました。上田市は熊の目撃情報が多いのでラジオと鈴をしっかり装備して臨みました。
2025年04月07日 式部大輔あお
松尾古城
駐車場にも登城口にも看板あってわかりやすいです。リア攻め判定地迄は20分ちょっと、看板のある主郭迄でも25分。往復40分程で完了。尾根沿い以外にも脇道多数有り道迷いに注意。迷ったら尾根を目指せばオッケー。熊出没注意の看板あり、登城路に大型獣の糞がありびっくり。気をつけてリア攻めを楽しんでください。
2022年08月02日 たまちゃん
松尾古城
駐車場から主郭まで1時間くらいです。
日向畑遺跡の脇に登城口があり、ほぼ水平に移動した後、神社手前の尾根を登ります。岩場がありますが、迂回路もあります。
各郭の石積が良く残っています。
2022年06月17日 ᴿᴱᴰ副将軍
松尾古城
牛蒡積みの石積みの他にも主郭背後の堀切は必見✨
オススメ度 ★★★★★
築城時期、築城者は不詳。
上野へと通じる角間峠・和熊峠・鳥居峠の峠道が集中する交通の要衝。
真田氏初期の居城と考えられています。
真田幸隆の時代からは真田郷の詰城。狼煙台、街道監視の役目もありました。
見所
尾根道を閉塞する石塁。石塁は信濃特有の平べったい割り石を用いた「牛蒡積み」。
主郭のすぐ背後にある堀切。恐ろしく深い。石垣だけ見て下山してしまう人も多い。必見です。
登山道は岩山の尾根。両サイドが崖で寝不足登山にはキツかった。
2022年05月08日 尼崎城紀伊守一口城主
松尾古城
5月2日、長谷寺を参拝した後に向かいました。日向畑遺跡を目指せば登城(登山)口が分かると思います。しかしながら熊注意🐻の看板🪧があり今回は熊ベル🔔を所持していなかったこともあり登城を断念しました😢
引き返して、真田相伝六神社巡りの最後①山家神社、②真田神社をお参りして山家神社で他のお参りした神社の写真🤳を社務所の方に見せて六神社分の記帳をしてもらいました。
最後は信綱寺に向かい、長篠の戦いで戦死した幸隆公の長男信綱公、次男昌輝公のお墓参りをしてきました。信綱公、昌輝公が戦死したことにより三男の昌幸公が真田家を継ぐことになります。
この日の真田の郷巡りは、快晴に恵まれ高地にあることもあり程良い気温で気持ちよく回れました。いつかはやりたいと思っていた念願が叶い良い日になりました。
2019年11月30日 絆✨左衛門佐紺絹地六連銭
松尾古城
登山口から更に角間渓谷に入ると真田昌幸、信幸、信繁が♨️温泉軍議を繰り返した角間温泉宿(日帰り可能)がありますよ。炭酸泉が気持ちいい‼️これで頭の血行も良くしつつ軍議を繰り返していたのでしょうか😊冬場飲めない真田家が客をもてなす際に使っていた清水も同じ温泉旅館内で飲めます😊思わず「美味い!」と叫んでしまう冷たさ美味しさ!因みに旅館下の「一杯清水」は昔の部下が山奥まで取りに行かなくてはならない清水を「ここも同じく美味しいじゃん」とズルをしてここから真田家に清水を汲んでいた、水汲み場の跡なんですよ😊ここの清水は夏体験してみて下さい🤗
2019年05月05日 わる爺陸前守
駐車場[松尾古城 駐車場]
この先に駐車場ありませんの表示。4台スペース
2018年03月19日 武蔵守黒鍬
松尾古城
早歩きで松尾古城主郭まで30分 その先鉄塔まで30分 更に20分で遠見番所に着きました ただ主郭から先は道が曖昧なので注意が必要
熊避けグッズも必要でしょう
2017年09月18日 あゆとも治部卿
松尾古城
日向畑遺跡からの登城をしました。本丸の松の木の洞にスズメバチの大群が巣を作っており、大変危険な状態です。通報しようと思いますが、登る方は気をつけて下さい。
2017年08月12日 征夷大将軍ヒトリモン
松尾古城
登城口の150m手前に4台分の駐車場ありました。主郭まで登って愉しんで、降りてきたらピッタリ1時間。
2016年06月05日 絆✨左衛門佐紺絹地六連銭
松尾古城
久方ぶりに松尾古城をリア攻めしてきました(笑)真田本城の北西、角間温泉入口の信号交差点から山手に入ったところに松尾古城入口があります。松尾古城攻略は略登山!登山道は険しく途中に岩場がありますし、松の落ち葉で登山道が覆われていますので、是非登山靴か滑りにくい靴でお越し下さい!また登山道には、してまもない動物の糞なんかもあったりして、たまに熊も出ることがありますので音が鳴る物を持っていかれるとよいかと思います。登山道をゆっくり歩いても30分くらいで頂上に辿り着けますよ。頂上の石垣群は見ごたえあります!!下山して足が痛くなったり、汗だくになりましたら、角間温泉に入ってリフレッシュしましょう!マイナスイオンいいですよ(笑)
2015年09月19日 ちょんごろ
松尾古城
前の方も書かれていますが、実際に比高を計測してみました。
ケータイについてる機能なので精密ではありませんが、参考までに…
遠見番所 1410m
主郭 1030m
登城口 890m
ちなみに主郭の説明板には遠見番所まで比高160mと書いていますが多分違うので注意が必要です。
2013年10月16日 kai
松尾古城
遠見番所は本丸から見える鉄塔よりさらに奥です。本丸から約1.8km、比高300m以上で、途中から道はなくなり岩場になります(落石の恐れあり)
登りはまだなんとかなりますが、降りはGPSで現在地をこまめに確認しないと遭難の可能性大です。
2013年07月15日 赤いRVR甲斐守@松本
松尾古城
南側登城口付近一帯は、真田氏初期居館跡と言われる日向畑遺跡があり、五輪塔が並んでいます。
2012年08月14日
松尾古城
山の尾根筋に築かれているため足場が狭い所もあり、登城の際の靴はしっかりした物を用意した方が良いと思います。
遺構は空堀や本郭の石積が残っており、真田本城より見応えはあると感じました。
尚、松尾古城と真田本城の丁度中間辺りにある長谷寺には幸隆夫妻と昌幸の墓があり、参拝者が五円玉等を六文銭の形に並べて手向けています。
真田の郷を巡る際は是非訪れてみてください
2010年12月08日 摂政やつた
松尾古城
登りもキツいですが下りはもっとヤバいです…数回コケました!
2010年08月23日 ️…
松尾古城
麓から見上げると「こんもり」感はありますが、実際は十数分で主郭を攻略できます
石積みは見応え十分だし、運がよければ、カモシカにだって会えちゃえます










遺構
角間渓谷の入口にあり、増尾山から伸びる尾根の先端、標高1033mに位置する城だ。主郭からの眺望はよく、菅平から上田市街地まで見渡せる。南麓を流れる角間川は、西側で神川と合流する。角間川に沿うように通る道は、角間峠を越えて西上野(群馬県)へと通じ、城の西側を通る上州街道も鳥居峠を越えて群馬県へと抜ける。松尾古城は、2つの街道を押さえる真田郷の防衛には欠かせない立地にあった。主郭を中心に、板状の割石を積んだ石積みを多用していることが最大の特徴だ。主郭までの曲輪も、石積みを利用して平坦面を確保している。堀切は主郭の背後にしかないが、規模は大きく主郭への侵入を阻止している。
主郭から尾根伝いに登ると、増尾山の山頂手前の標高1370m付近には遠見番所がある。
歴史
築城年代は定かではない。南麓の日向畑遺跡は中世の墳墓群で、同じく南麓には真田幸隆あるいは真田信繁の少年時代の木造と伝わる安智羅様を祀った安智羅明神という祠もある。その前には阿弥陀堂もあり、『松尾古城全図』の記述によれば、阿弥陀堂の周辺は真田家の御屋敷跡と伝えられている。また、地元では真田幸隆が松尾古城を築いたとも伝わる。しかし真田郷から離れた奥まった場所にあり、明確な根拠もなく詳細は不明だ。
石垣は築城時に積まれたとも考えられるが、おそらく改修されたものだろう。時期は定かではないが、その立地ゆえ領国の境目として重要視された際に強化された可能性が考えられる。
交通
・上信越自動車道上田菅平ICから車で約30分。参考文献
・『長野の山城ベスト50を歩く』サンライズ出版、2013年・『縄張図・断面図・鳥瞰図で見る 信濃の山城と館3 上田・小県編』戎光祥出版、2013年