尾野山城

尾野山城([上田城  周辺城郭])

上田城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:周辺城郭)、「尾野山城」の地図・口コミがご覧頂けます。

「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。

尾野山城の口コミ情報

2026年02月18日 内記かずりヾ(・ε・。)


尾野山城は上田城の南南東約5.3km、千曲川南岸(左岸)、依田川西岸(左岸)、西方丘陵台地上から連なる標高約736m地点の小ピークを中心に立地する要害です。東南麓の登城路入口からの比高は105m位でしょか。但し、該当山稜は元々が標高の高い丘陵地上に張り出す山尾根の一つであり、千曲川からの比高となると300mを優に超える。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい…なんだけど、そのままじゃ行けないので同じく位置登録がある「愛宕神社」を目標に設定しよう。東南麓の参拝道入口まで車が入り駐車出来るスペースもある。参拝道は登城路を兼ねており、神社を過ぎて更に登れば自然と城域に辿り着く。

おもてなし度が高いお城だ。傾斜の緩い一本尾根のため登城は容易、何も考えなくても城地に辿り着く。ちなみに熊さんの心配をする必要も殆ど無いだろう。遭遇したら自身の運の無さを嘆きつつ全力を尽くすがいいさ。

築城年代は不明、築城者には尾山氏が推測されている。同氏は史料に殆ど現れない氏族であり、その詳細は不明であるとしか言いようがない。

「長野県町村誌」には「尾山氏の城址」として、「尾野山組未(南南西)の方山上にあり。城山、城平の字存して、太刀の折れ、矢の根等出す事あり。山脈塩田の境より連り、山勢狭迫なり。三條の堀切あり、東へ斜に登りて本郭に出づ。東西十五間(約27.3m)、南北七間(約12.7m)、石塁あり、東南山腹に三ノ郭の跡あり、尾山氏の居城なり。同氏は海野氏のは幕下なり。舊記に天文十年(西暦1541年)五月諏訪頼重、本郡へ兵を出すや、武田信虎之を援ふ。村上義清亦兵を會し、三将遂に尾山城を陥れ、海野へ向ふとあり。尾山氏代々居館の跡にして、天文(西暦1532年〜1555年)の末武田氏に降る。甲陽軍鑑に、信玄攻取する所の城中に尾山あり、且軍に役するを載す。生島足島の神社起請文、永禄十年(西暦1567年)海野衆尾山右衛門守重あり、依田、飯沼二氏の裔にして名家たり。其證たるや古館ありし地を御所窪と称す。又、肥前屋敷、興一窪、道香、明賀、淨潤の字存す。従士居住の地ならん。眞田氏数度の上田合戰には、部将を置て守らしめし也。」とある。尾山氏は海野氏の一族かと考えていたが、此処では「依田、飯沼二氏の裔にして名家たり。」と言っている。小県郡尾野山の地は依田庄の内であった事から、伝承を事実と捉えてもよいと思われる。

「神使御頭之日記」、天文十年の条には、「此年五月十三日、(諏訪)頼重、武田信虎爲合力、海野(小県郡)へ出張、同村上(義清)殿三大将同心にて尾山せめをとされ候、次日海野平、同祢津(元直)悉破候、此時従頼重神長さいはいを被切候間、如此御本意満足候、此陣中ニ大雨、近年なき高水候、祢津之事ハ神家候之条、従此方被召帰候、矢澤(綱頼)殿も色々詫言被申候、海野(棟綱)殿ハ関東ヘ越、上杉(憲政)殿頼被申、」とあり、「海野平の戦い」の前日、諏訪勢、武田勢、村上勢が合力し「尾山」を攻め落としている。この戦いにおいて最も利を上げたのは村上氏であるが、これ以降、尾野山には同氏の差配が及び、尾山氏はこれに従う事となったようだ。

両側急峻な細尾根上を東西に長く縄張が展開しているが、主郭を除けば殆どが帯郭状の腰郭か小郭、詰められる人数は極めて限定的であり、信濃の典型的な在地土豪層の要害だ。但し、尾根筋を断ち切る堀切の数は総計4条を数え、特に主郭西側山側背後のものは大堀切となっている。後世、愛宕社(字名は城平だ。)が勧進され、配水施設が設けられた事等によりファジーな面も見受けられるが、主郭部とその周辺の遺構の濃さは健在、よく整備が為されてもいるので安定した探索が出来る。ちなみに主郭部の前面下段、山稜南側の斜面には、腰郭、竪堀、横堀、土塁等で構成される細かな遺構群が残っているのだが、総合的に写真撮影が極めて難しい代物、藪の消えた冬場では落葉に擬態してしまい、何がどうなのか全く判らない写真を量産する。上手に撮れた方がいたらエアーで金一封を差し上げたい。

該地の上田市生田尾野山には「尾野山史跡めぐり協議会」が立ち上がっており、地域には史跡等の案内板が豊富、車を捨てて散策すると結構楽しい。尾野山城のリア攻めを終えたら、ダウンロードした「尾野山ウォーキングマップ」を片手に周辺を歩いてみるのもよいと思うさ。ちなみに高低差のある丘陵地なんで結構疲れるよ。

2023年07月18日 ClaD黒猫の丹後守加賀へ
多くの方が見過ごされると思いますが、実は南側の山腹に竪堀と横堀の複雑な防御線が敷かれています。遺構はかなり薄いし夏場は藪に埋もれると思いますが、群馬県の岩櫃城のミニ版的な巧妙な縄張はさすが真田の面目躍如。

2021年02月21日 赤かぶ【リベンジ】


上田市生田にある尾野山城は第一次上田合戦で真田昌幸公が自らが尾野山城に布陣。2度の真田VS徳川の合戦において、上田城の側面防備の重要な役割を果たした城とされております!
行き方としては丸子八景愛宕山の愛宕神社を目指して下さい。
愛宕神社の駐車場がありますが、車幅が狭くて脱輪しそうな坂を上がります。舗装はされていますがちょっと大きめの石が転がってるいるので車を傷つけたくない人や運転に自信が無い方は避けた方が良いかと思います。
自分は運転が下手なので500mほど離れた公民館の駐車場をお借りしました <(_ _٥)>
登城口からひたすら山を登って行きます!中腹には愛宕神社が祀らております。
愛宕神社から更に西へと登って行きますと二条の堀切・高低差のある切岸を経て主郭へ!
主郭からの眺望は良く上田・東御・依田窪方面が良く見えます♬︎ここに陣を置いたのも納得!
主郭の西側背後には二重堀切が形成されてます♪主郭側の堀切の深さは10mほどはあろうかと!!
お城は保存会の方々のお陰でよく整備されており巡り易いと思います。
ただでっかい拡声器や電線などがあり、いささか残念な部分はありますが (笑)
真田氏ゆかりのお城に足を運んでみて下さいませ☀︎
① 登城口
② 主郭切岸
③ 主郭東側の堀切
④ 主郭
⑤ 二重堀切 外側
⑥ 二重堀切 内側

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore