小牧山城(こまきやまじょう)

小牧山城の基本情報

通称・別名

所在地

愛知県小牧市堀の内1

旧国名

尾張国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

織田信長

築城年

永禄6年(1563)

主な改修者

主な城主

織田氏、徳川氏

廃城年

永禄10年(1567)

遺構

曲輪、石垣、土塁、井戸

指定文化財

国史跡(小牧山)

再建造物

城郭風建造物(小牧市歴史館 小牧城)、石碑、説明板

周辺の城

岩倉城(愛知県岩倉市)[3.8km]
小折城(愛知県江南市)[4.0km]
上末城(愛知県小牧市)[4.3km]
溝口城(愛知県西春日井郡)[4.9km]
楽田城(愛知県犬山市)[5.2km]

小牧山城の解説文

小牧山城(こまきやまじょう)は、日本の城。織田信長が美濃攻めの拠点として築城し、後の小牧・長久手の戦いでは、徳川家康の陣城となった。

概要
濃尾平野の孤峰である小牧山に築城された城で、織田信長が美濃攻めを終えるまでの4年間しか使用されなかったため、急造の砦に近いものと想像されていたが、近年の発掘調査の結果で、城郭を取り巻く三重の石垣(三段の石垣で一番下の段は腰巻石垣)が発見された。そして城の南部の発掘調査では、小牧山築城によって移転してきた住民によって営まれた町割も発見され、戦時急造の城ではなく、清州城に代わる新たな拠点として築かれた城郭であることが判明した。現在は小牧山城が後に織豊系城郭と呼ばれる城郭体系の原点であるとされる。

南山麓から本丸のある頂上に向かう位置には防衛に不向きな大手道が設けられている。途中の中腹から折れのある道へと変化しており、後の安土城の縄張りとの類似性が指摘されている。

構造
標高86mの小牧山頂上に本丸を築き、その周囲を三重の石垣で守りを固め、中腹も削平して数多くの曲輪を構築している。東麓の帯曲輪地区では、堀で仕切られた武家屋敷があったと推定される。この東麓の帯曲輪南端の区画は他の武家屋敷よりも敷地が広く、これが信長の屋敷ではないかと推測している。

平成17年度(2005年)に行われた第2次試掘調査で現在の大手道の地下に永禄期の大手道があることが発見された。永禄期の大手道は、山側谷側にもそれぞれに石積を設け、道の両端を区画していた。道幅は約5mで、道に並行して幅 20cmの排水溝を設置していた。この構造は安土城の正面にある大手道と構造的に似通っており、安土城が初見とされる大規模な大手道は、この小牧山城が最初であったと推測されている。

小牧・長久手の戦いの際には、陣城として大掛かりな土木工事が行われ、山の周囲全体を土塁と堀で囲み、要所には防衛用の虎口を設けている。

沿革
小牧山城築城以前
小牧山築城以前の歴史は明確ではない。しかし、発掘結果等から、寺院などの宗教関係の施設が存在していたと考えられている。また間々観音に残る縁起(寺院の沿革)では、「元は小牧山に寺院(間々観音)があったが、織田信長の命によって、現在の地に移設された」とある。

信長による築城と廃城
織田信長は、永禄3年5月19日(1560年6月12日)の桶狭間の戦いに勝利したのち、念願の美濃国併呑を実現すべく、早くもその3ヶ月後から美濃攻めを開始した。永禄5年1月15日(1562年2月18日)には徳川家康と清須城においていわゆる清洲同盟を結び、尾張国東側の脅威が消滅した。これによって、信長は全力で美濃国を攻める体制を整えるために、美濃国に近い尾張国北方へ本拠地を前進する策が実施可能となった。この新しい本拠地に選ばれたのが、広大な濃尾平野の中に孤峰を保つ小牧山であった。早速、丹羽長秀を奉行として小牧山山頂に城を築き、永禄6年(1563年)7月には主要兵力を小牧山城に移した。
...

小牧山城の口コミ情報

織田左兵衛督晃司1202晴天様[2017年08月01日]
天守(小牧市歴史館)は名古屋の実業家・平松茂が私財を投じ建設。そのまま小牧市に寄贈したもの。

小牧山城は土塁で造られた城とされていたが、発掘調査の結果主郭部には石垣があったことが判明。

美濃攻略のため織田信長が築城。
小牧・長久手の戦いの時は徳川家康が陣を構えた。
ちいさなお城だが、信長・秀吉・家康とゆかりがある。

我流尾張守クール様[2017年01月29日]
発掘調査が継続中です。
尾北にポツンとそびえる孤高の小牧山…

歴史館より北西から鈴鹿、養老山脈、伊吹山、金華山、清洲、犬山、本宮山、白山、乗鞍岳、御嶽山、恵那山、中央アルプスが見渡せます。
発掘調査の過程がわかる資料やかわら版も閲覧できます。

清洲から小牧山、稲葉山、安土と続く信長公の道程に思いを馳せてしまいます。

小牧長久手合戦時には岩崎山の秀吉と対峙した家康公の本陣です。徳川四天王も来たのだろうなぁ

青コアラ丹波守様[2016年10月11日]
大手道を真っ直ぐ登ると、中腹辺りで道は左へとカーブしますが、そこで左へ行かずに真っ直ぐ土手を乗り越えるように進むと、空堀の中に入ることが出来ます。
堀は結構深く、V字に抉れていて見応えがあります。この堀を下ると大手道に復帰し、上に進むと主郭西側の土橋に突き当たります。

ドラガン尾張守店長様[2016年03月25日]
本日(3月25日)梅は満開、桜は開花始め。今年は4月1日から4月8日までが桜祭りだそうです(^^)

左衛門督滝の道ゆずる様[2015年12月31日]
皆さんされていると思いますが…
最上階で解説の風景写真を見て、小牧山と各所の位置関係をしっかり把握すると楽しいと思います。
名古屋、清洲、岐阜(金華山)、伊吹山。
ここで尾張、美濃から京へ思いを馳せた信長の気持ちが、わかる!気になれます。
私はなりました!

秋田城介だもんで様[2015年09月24日]
車でしたら北側の有料駐車場に停めるよりも、南側のアピタ等の無料駐車場に停めた方が行程としても良いと思います。登城道はいくつかありますが、大手道から登って資料館まで行き、裏込め石が集積されているところから搦手に降り、土塁が綺麗に整備されている帯曲輪(城郭東部)を抜けて南側に戻れば短時間かつ効率的に見学できます。所要時間約一時間です。現在山頂の資料館は耐震工事中です。そんなことに限りある財源を使うのではなく、資料館をさっさと解体して、山頂部の巨石石垣や山麓の居館跡や惣構の発掘調査に使うべきだと思うほど、過渡期の大変に貴重な城です。今後のさらなる調査に期待。

多治見美濃守国康様[2015年08月11日]
小牧山城の耐震補強工事期間は6月8日~10月15日(予定)になった模様です。
スタンプラリーの関係は小牧市青年の家でやってるようですが、木曜日は休館のため、スタンプの押印ができないとのことです。

越前守るーみん様[2015年05月01日]
小牧山城(小牧市歴史館)は、耐震改修工事のため、平成27年5月中旬〜9月中旬まで休館します(予定)
休館期間中、お城スタンプラリーのスタンプ台は小牧山城敷地内にある青年の家(木曜日休館)に設置予定との事です。

勘解由次官ぷんちゃん様[2013年03月17日]
有料の駐車場もあるみたいですが、小牧山入り口すぐ前の小牧市役所駐車場利用も良いそうで、そこに停めました。アピタもあるから買い物ついでなら良いかも。小牧山には公園もあり、小さな子ども連れでしたが、十分楽しめました。気候のよい時期はお弁当持参がオススメ

んな摂政な!マイリバ様[2010年09月10日]
小牧山築城のエピソードを書こうと思ったら【歴史】に書いてありました
このような人を動かすテクニックを「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」(譲歩的要請法←漢字だけ見るとダチョウ倶楽部の『どうぞどうぞ』みたいですが)と言います
信長が400年以上前に意識的にこのテクニックを用いていたとしたら、やはり日本史上最も「天才」に近い存在だったのかもしれませんね

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