清洲城(きよすじょう)

清洲城の基本情報

通称・別名

清須城

所在地

愛知県清須市清洲古城、清州3他

旧国名

尾張国

分類・構造

平城

天守構造

型式不明[階層不明/1586年築/解体]、複合式望楼型[3重4階/1989年築/RC造模擬]

築城主

斯波義重

築城年

応永12年(1405)

主な改修者

織田信長、織田信雄

主な城主

斯波氏、織田氏、福島氏、徳川氏

廃城年

慶長15年(1610)

遺構

移築現存櫓(名古屋城)、土塁

指定文化財

再建造物

模擬天守、石碑、説明板

周辺の城

小田井城(愛知県清須市)[3.1km]
九之坪城(愛知県北名古屋市)[3.7km]
北島城(愛知県稲沢市)[4.1km]
日比津城(愛知県名古屋市)[4.4km]
下津城(愛知県稲沢市)[5.0km]

清洲城の解説文

清洲城(きよすじょう)は、尾張国春日井郡清須(現在の愛知県清須市一場=旧西春日井郡清洲町)にあった城。清須城とも表記される。尾張国の中心部に位置し、一時期尾張国の守護所として栄え、京鎌倉往還と伊勢街道が合流し中山道にも連絡する交通の要所として重視された。

歴史
応永12年(1405年)、尾張・遠江・越前守護の管領斯波義重によって築城。当初は、尾張守護所である下津城の別郭として建てられたが、文明8年(1476年)に守護代織田家の内紛により下津城が焼失し、文明10年(1478年)に守護所が清須(=清洲)に移転することで尾張国の中心地となった。一時期、「織田弾正忠家」の当主織田信秀が清須奉行として居城した以外は常に清洲織田氏(織田大和守家)の居城としてあり、尾張下四郡を支配する守護代織田家の本城として機能した。

織田信秀が、古渡城に拠点を移すと守護代織田信友が入城したが、弘治元年(1555年)織田信長によって信友が殺害され、以降信長が那古野城から移って大改修を加えた後、本拠として居城した。信長は、この城から桶狭間の戦いに出陣するなど、約10年間清須を居城とした。1562年(永禄5年)には信長と徳川家康との間で同盟がこの城で結ばれた(清洲同盟)。永禄6年(1563年)には美濃国斎藤氏との戦に備えて小牧山城に移り、以後は番城となった。

天正10年(1582年)の本能寺の変で信長がたおれると、清洲城にて清洲会議が行われ、城は次男・織田信雄が相続した。天正14年(1586年)に信雄によって2重の堀の普請、大天守・小天守・書院などの造営が行われている。小田原の役後の豊臣秀吉の国替え命令に信雄がさからい、除封され、豊臣秀次の所領に組み込まれた後、文禄4年(1595年)には福島正則の居城となった。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの折りには、東軍の後方拠点として利用され、戦後は安芸に転封した福島正則に代わり徳川家康の四男・松平忠吉が入るが、関ヶ原の戦傷がもとで病死すると慶長12年(1607年)には家康の九男徳川義直が入城し、清洲藩の本拠となった。

慶長14年(1609年)徳川家康によって、清須から名古屋への遷府が指令されると、慶長15年(1610年)より清須城下町は名古屋城下に移転され(清洲越し)、清須城も名古屋城築城の際の資材として利用され、特に、名古屋城御深井丸西北隅櫓は清須城天守の資材を転用して作られたため「清須櫓」とも呼ばれる。慶長18年(1613年)名古屋城の完成と城下町の移転が完了したことにより廃城となる。

現在の清洲城
現在、城跡は開発によって大部分は消失し、さらに東海道本線と東海道新幹線に分断されており、現在は本丸土塁の一部が残るのみである。東海道本線以南の城跡(清洲公園)に信長の銅像が、以北の城跡(清洲古城跡公園)に清洲城跡顕彰碑がある。なお、現在城址のすぐ横を流れる五条川の護岸工事の際に発掘された石垣の一部が、公園内に復元されている。

現在の天守は、平成元年(1989年)に旧・清洲町の町制100周年を記念して、清洲城跡に隣接する清須市清洲地域文化広場内にRC造によって建設された模擬天守である。外観や規模は、実在した当時を想像して建てられた。

また、清洲城の天守または小天守の部材を転用または、移築したものとされる名古屋城御深井丸西北隅櫓は現存し重要文化財に指定されている。尾張旭市の良福寺山門は裏門を移築したものといわれ、市の文化財に指定されている。清洲城の障壁画は一部が総見寺に移されて現存し、愛知県指定有形文化財(絵画)に指定されている。

清須と清洲...

清洲城の口コミ情報

織田修理大夫糀【関ヶ原鑑賞】様[2017年08月03日]
駐車場は天主前と清洲古城北側にあります。

織田信長の居城、清洲会議と歴史の表舞台に現れていたが、名古屋城の築城により廃城。姿を消した。

復興天主は本来の場所に無く、五条川を挟んだ向かいにある。清洲古城跡が本来の場所になる。東海道本線と東海道新幹線に分断された。

清須市にはDr.スランプやドラゴンボールの作者、鳥山明さんの鳥山御殿があります。

ヒデさん弾正少弼大隅守様[2016年08月22日]
先月末、iOS 限定でクイズアプリ実施中でした。試験運用中との事でまだチャレンジされていない方は お城へGO。

武蔵守護左衛門佐ひろと様[2016年08月22日]
ボランティア(?)の人がよろいを着ていました。その人が1日何回か紙しばいをしてくれますよ。あと、パネルで記念撮影できますよー

まっち三河守様[2016年05月03日]
無料駐車場あり。

とめ様[2015年09月18日]
ドラマの展示がやや多めの印象ですが、清洲城をとりまく歴史がムービーとしてまとめられている、新聞調でまとめられているなど面白いものも多くありました。特に新聞、じっくり読むと広告などの小ネタが良いです。
1部「展示物に触るとブザーがなります」といった注意書きがありましたが、曲がり角でカバンが展示枠内に入ってしまった場合や、パネルの文字を読もうとすこし近づいた場合にもブザーが鳴っていました。
パネルの文字は小さめかなと思いますので、読みたいと思った時にも近づきすぎないように注意が必要です。

民部大輔かんしゅけ様[2015年08月27日]
清洲駅から20分ほど名古屋方面に行くと有ります。名古屋城みたいな観光バスがガンガン乗り付ける事もなく、ゆっくり静かに見学出来ます。

上総丹幹之介@左近衛少将様[2014年10月12日]
月夜にライトアップされた天守は素敵でした。のぞみ420号の車窓より。

富士丸佐渡守孫兵衛様[2013年11月23日]
清洲城武将隊 桜花組 ポスター向かって左から2番目の女のコ可愛い天守閣の入口でお出迎えしてくれてました(*^^*)

うさチ様[2011年09月09日]
10月9日(日)朝9時から4時まで清洲城ふるさと祭りが開催されます火縄銃実演のある時代行列や、あいち戦国姫隊の演舞、商工会の楽市楽座や茶会などたくさんの催し物がありますよ皆さん見に来てね〜※荒天の場合は翌日に順延です詳しくは清須市観光協会まで

うさチ様[2011年03月08日]
さらに追加情報清洲城は月曜日が休館日なのですが、大河ドラマ館開催期間中は無休になりますよぉ

うさチ様[2011年02月17日]
清洲城で3月20日から11月30日まで、大河ドラマにタイアップした企画『江と三英傑・絆のやかた』がオープンします
大河ドラマ江のオリジナル映像や、ドラマの衣装、小道具の展示などドラマの魅力が一層わかる楽しい催しです
お城を見るついでに楽しめそうですよ
入場料は500円でお城共通入場券700円もあります

うさチ様[2010年11月26日]
なんと清洲城は年間パスポートがあります(一年間千円です)清洲城は入城料が300円なんで、何度も行かれる方はお得ですよん購入する方はお城の窓口で聞いて下さいね←普通には表示してないので(笑)裏情報でした

摂津守天酒閣様[2010年10月17日]
天守から名古屋城が見えました(^-^)/

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月25日]
[武将像]織田信長像・濃姫像
信長像は、清須城跡公園のJR線挟んだ南側に甲冑立像、復興天守内に騎馬像(岐阜城にある像のミニチュア)と、平服像が鎮座。
濃姫像は、復興天守背後の広場に鎮座。

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