宮後城(みやうしろじょう)

宮後城の基本情報

通称・別名

蜂須賀屋敷

所在地

愛知県江南市宮後町八幡

旧国名

尾張国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

安井重継

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

主な城主

安井氏、蜂須賀氏

廃城年

不明

遺構

土塁

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

小口城(愛知県丹羽郡)[2.9km]
小折城(愛知県江南市)[3.7km]
下奈良城(愛知県一宮市)[3.9km]
松倉城(岐阜県各務原市)[4.3km]
大野城(愛知県一宮市)[5.6km]

宮後城の口コミ情報

殺三千世界鴉⚡️晋作様[2016年06月14日]
安井重幸が城主の時、その娘が蜂須賀城の蜂須賀正利に嫁ぎ、小六正勝が生まれる。
しかし、尾張領内に住しながら美濃斎藤家に仕える蜂須賀家は織田家よって逐われ、正勝は生母の実家である安井家に逃れる。(安井城)
当時の城主、重継には弥兵衛という男子があったが、隣りの一宮市で浅野長勝の婿養子(のちの長政)となっていたため、正勝が城を継ぎ、小六家政が誕生したため、現在生誕地碑がある。(蜂須賀屋敷)
ここを中心にすぐ北に前野長康をはじめとする前野一族、さらに北方の木曽川沿いに坪内利定、転じて南には稲田貞祐・稙元、さらに南に織田信長の寵愛を受けた吉乃が信忠・信雄を生んだ小折城(生駒家宗・家長)、その東に堀尾泰晴・吉晴、さらに東に生駒親正などの同時代人がひしめいていた。
また、この城の東方には犬山織田家の出城である大道寺砦を兼松正吉が守っていた。
この状況下で木下藤吉郎が登場することで、これらの人々が全て有名武将になっていくのは非常に興味深い。

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