犬山城(いぬやまじょう)

犬山城の基本情報

通称・別名

白帝城

所在地

愛知県犬山市犬山北古券65-2

旧国名

尾張国

分類・構造

平山城

天守構造

複合式望楼型[3重4階地下2階/1601年築?・1620年改/現存]

築城主

織田広近

築城年

文明元年(1469)

主な改修者

織田信康

主な城主

成瀬氏、織田氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、天守、石垣、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国宝(犬山城天守)、国史跡(犬山城跡)

再建造物

櫓、門(模擬)、石碑、説明板

周辺の城

伊木山城(岐阜県各務原市)[1.6km]
羽黒城(愛知県犬山市)[4.0km]
猿啄城(岐阜県加茂郡)[4.6km]
小口城(愛知県丹羽郡)[5.7km]
楽田城(愛知県犬山市)[6.9km]
宮後城(愛知県江南市)[7.1km]
野口館(岐阜県各務原市)[7.2km]
松倉城(岐阜県各務原市)[8.2km]
上末城(愛知県小牧市)[10.3km]
小折城(愛知県江南市)[10.4km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

43 犬山城

設置場所

城郭内(門2階の管理事務所)[地図

犬山城の解説文



犬山城(いぬやまじょう)は、尾張国と美濃国の境、木曽川南岸の地「犬山」にあった日本の城である。現在の場所で言えば愛知県犬山市にあり、天守のみが現存し、江戸時代までに建造された「現存天守12城」のひとつである。また天守が国宝指定された5城のうちの一つである(他は姫路城松本城彦根城松江城)。城跡は「犬山城跡」として、国の史跡に指定されている[1][2]。日本で最後まで個人が所有していた城(2004年まで個人所有)である。

概要 

尾張国と美濃国の境にあり、木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。別名の白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで荻生徂徠が命名したと伝えられる。

前身となる岩倉織田氏の砦を織田信長の叔父・織田信康が改修して築いた城であり、その後、池田恒興や織田勝長が入城、豊臣政権の時に石川貞清(光吉)が改修し現在のような形となった。また、小牧・長久手の戦いや関ヶ原の戦いにおける西軍の重要拠点となった。

江戸時代には尾張藩の付家老の平岩親吉が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろである。2004年(平成16年)3月末日までは日本で唯一の個人所有の城であったが、同年4月1日付けで設立された財団法人犬山城白帝文庫(現在は公益財団法人)に移管されている。2006年(平成18年)4月6日には、日本100名城(43番)に選定された。

歴史・年表 

室町時代

  • 文明元年(1469年) - 築城。応仁の乱の最中に 岩倉織田氏当主の織田敏広の弟・織田広近がこの地に砦を築いたのが始まりといわれる。
  • 文明7年11月(1475年12月[3]) - 織田敏広は京都から西軍の斯波義廉と共に尾張に帰還し、東軍の斯波義敏、織田敏定(清洲織田氏)との戦いを優勢に進めたが、1497年(明応5年)に同盟関係にあった美濃守護代の斎藤妙純が近江で戦死したため、岩倉織田氏の勢力は衰退した。
  • 天文6年(1537年) - 清洲三奉行の織田信秀の弟・織田信康は居城の木ノ下城を廃し、現在の位置に城郭(乾山の砦)を造営して移った。現存する天守の2階まではこのころ造られたと考えられている。
  • 天文13年(1544年) - 織田信康が斎藤道三との戦い(加納口の戦い)で戦死し、子の織田信清が城主となった。
  • 永禄7年(1564年) - 織田信清は織田信長と対立して敗れ、甲斐に逃れた。
  • 以後、池田恒興や織田勝長などが城主を務めた。

安土桃山時代

  • 天正10年(1582年) - 本能寺の変後、尾張国を領有した織田信雄配下の中川定成が城主となった。
  • 天正12年(1584年) - 小牧・長久手の戦いでは、信雄方と見られていた大垣城主・池田恒興が突如奇襲をかけ、信雄方から奪取する。これにより、犬山城は尾張国における西軍の橋頭堡となり、さらに羽柴秀吉は本陣を敷いて小牧山城の徳川家康と対峙した。
  • 天正15年(1587年) - 織田信雄に返還された。
  • 天正18年(1590年) - 織田信雄が改易されると豊臣秀次の領地となり、その実父の三好吉房が城代を務めた。
  • 文禄4年(1596年) - 豊臣秀次が切腹すると、石川貞清が城主となった。貞清は城の改築を行ない、この際の建築用材は美濃金山城の建物の一切を解体移築したという「金山越」の伝承があったが、1961年(昭和36年)の解体修理の際の調査の結果、移築の痕跡がまったく発見されなかったため、移築説は現在は否定された。
  • 慶長5年(1600年) - 関ヶ原の戦いでは岐阜城、竹鼻城などと共に西軍の拠点となり、稲葉貞通、稲葉方通、加藤貞泰、関一政、竹中重門らが附属されたが、岐阜城が落城すると石川貞清を残して東軍に移った。一方の石川貞清は犬山城を放棄し関ヶ原に参陣し敗北したが、東軍についた木曽衆の山村良候らを犬山城で解放したことが評価され助命された。
  • 慶長6年(1601年) - 小笠原吉次が城主となる。

江戸時代

  • 慶長12年(1607年) - 平岩親吉が城主となる。
  • 元和3年(1617年) - 親吉没後6年間親吉甥の吉範が城主を務めたのち、尾張藩付家老の成瀬正成が城主になり、天守に唐破風出窓が増築される。以後江戸時代を通じて成瀬家9代の居城となった。
  • 元和6年(1620年) - 天守の大改修。

明治時代

  • 明治元年(新暦換算:1868年/1869年) - 犬山城の松ノ丸本丸門が、浄蓮寺(一宮市千秋町穂積塚本郷内に所在)に払い下げられ、移築されて山門として再利用される。「天守以外の遺構」節を参照。
  • 明治4年7月14日(新暦換算:1871年8月29日) - 廃城。この日、全国で廃藩置県が断行される。これに前後して全国各地の城郭の多くは廃城・破却処分となっていったが、犬山城も例外とはならず、天守を除いて櫓・城門などほとんどが取り壊された。
  • 1876年(明治9年) - 犬山城から払い下げられた各所の城門が、複数箇所の寺院に移築され、山門などとして再利用される。
  • 1891年(明治24年)10月28日 - 濃尾地方で濃尾地震が発生し、犬山城では天守の東南角の付櫓が壊れる。
  • 1895年(明治28年) - 愛知県から旧犬山藩主・成瀬正肥へ条件付き無償譲渡される。条件は修復等であった。修復の際、現存天守及び石垣に紋が入れられたが、別の家紋が誤って入れられた可能性が高い[4]

昭和時代

  • 1935年(昭和10年) - 犬山城天守が、当時の国宝保存法に基づき、当時の国宝(旧国宝。現法制下では重要文化財に相当)に指定される。
  • 1940年(昭和15年)5月3日 - 「短刀 銘左安吉作 正平十二年二月日」が、国の重要文化財に指定。「犬山城白帝文庫歴史文化館の文化財」節を参照。
  • 1952年(昭和27年)3月29日 - 犬山城天守が、文化財保護法に基づき、改めて国宝(新国宝。現法制下の国宝)に指定される。
  • 1959年(昭和34年)9月27日 - 伊勢湾台風が当地を直撃し、犬山城も大きな被害を受ける。
  • 1961年(昭和36年) - 犬山城の解体修理が始まる。1965年(昭和40年)に完了。

平成時代

  • 2001年(平成13年)] - 「犬山城下町地区(どんでん舘、大本町通り)」で、手づくり郷土賞(地域整備部門)受賞(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/pdf/Part16_H13/2002_23215.pdf)。
  • 2004年(平成16年)4月1日 - 犬山城の所有者が個人から法人に変わる。犬山城は成瀬家(犬山成瀬家)の当主が城主として個人所有する物件(現代的価値では国宝である文化財)であったが、係る所有形態では保持に大変な困難を伴うことから、犬山成瀬家は個人所有を断念し、一族の中から城主に選ばれた成瀬淳子(犬山成瀬家第13代当主・成瀬正浩の妹)が、この日、財団法人犬山城白帝文庫を設立して理事長に就任し、この時をもって犬山城は法人所有となった[5]
  • 2006年(平成18年)4月6日 - 犬山城が、日本城郭協会主催の「日本100名城」に選定される。
  • 2010年(平成22年)- 手づくり郷土賞大賞受賞(https://www.mlit.go.jp/sogoseisaku/region/tedukuri/pdf/Part25_H22/H22_taishou_01.pdf)。
  • 2014年(平成26年) - 天守の部分修理が行われる。
  • 2013年(平成25年)4月1日 - 財団法人犬山城白帝文庫が、公益財団法人犬山城白帝文庫へ移行[6]
  • 2017年(平成29年)7月12日 - 天守の鯱の損壊が判明。当日の落雷が原因と考えられる。明くる2018年(平成30年)2月26日に修理完了。「天守」節にて詳説する。
  • 2018年(平成30年)2月13日 - 犬山城跡が国の史跡に指定される[7]

令和時代

  • 2019年(令和元年) - 耐震工事。
  • 2020年(令和2年)3月下旬 - 2017年の落雷により破損した鯱の胴体部分が天守の北東約30メートルの地点で発見される。
  • 2021年(令和3年)7月から犬山城南側の発掘調査を行っていて、このほど絵図に描かれていた堀などが良好な状態で地中に残っていたことが分かった。

歴代城主 

累代 人名 在位期間 備考
1
織田信康
天文6年 - 天文16年(西暦換算:1537年 - 1547年) 今に伝わる犬山城の築城主
2
織田信清
天文16年 - 永禄7年(西暦換算:1547年 - 1564年)
3
池田恒興
元亀元年 - 天正9年(西暦換算:1570年 - 1581年)
4
織田勝長
天正9年 - 天正10年(西暦換算:1581年 - 1582年)
5
中川定成
天正10年 - 天正12年(西暦換算:1582年 - 1584年)
6
池田恒興
天正12年(西暦換算:1584年)
7
加藤泰景
天正12年(西暦換算:1584年)
8
武田清利
天正12年 - 天正15年(西暦換算:1584年 - 1587年)
(城代)
土方雄良
天正15年 - 天正18年(西暦換算:1587年 - 1590年) ※累代に含む考えもあり
三好吉房
天正18年 - 文禄元年(西暦換算:1590年 - 1592年) 1591年から豊臣秀勝?
9
(城代)
三輪吉高
文禄元年 - 文禄4年(西暦換算:1592年 - 1595年)
10
石川貞清
文禄4年 - 慶長5年(西暦換算:1595年 - 1600年)
11
小笠原吉次
慶長5年 - 慶長12年(西暦換算:1600年 - 1607年)
12
平岩親吉
慶長12年 - 慶長17年(西暦換算:1607年 - 1612年) 末裔に大相撲元大関で7代目伊勢ヶ濱親方の清國勝雄の夫人(落語家林家木りんの母)がいる。
13
成瀬正成
元和3年 - 寛永2年(西暦換算:1617年 - 1625年) 犬山成瀬家 初代当主。犬山藩初代藩主。
14
成瀬正虎
寛永2年 - 万治2年(西暦換算:1625年 - 1659年) 犬山成瀬家 第2代当主
15
成瀬正親
万治2年 - 元禄16年(西暦換算:1659年 - 1703年) 犬山成瀬家 第3代当主
16
成瀬正幸
元禄16年 - 享保17年(西暦換算:1703年 - 1732年) 犬山成瀬家 第4代当主
17
成瀬正泰
享保17年 - 明和5年(西暦換算:1732年 - 1768年) 犬山成瀬家 第5代当主
18
成瀬正典
明和5年 - 文化6年(西暦換算:1768年 - 1809年) 犬山成瀬家 第6代当主
19
成瀬正寿
文化6年 - 天保9年(西暦換算:1809年 - 1838年) 犬山成瀬家 第7代当主
20
成瀬正住
天保9年 - 安政4年(西暦換算:1838年 - 1857年) 犬山成瀬家 第8代当主
21
成瀬正肥
安政4年 - 明治2年(西暦換算:1857年 - 1869年/1870年)
明治28年 - 明治36年(西暦:1895年 - 1903年)
犬山成瀬家 第9代当主。犬山藩最後の藩主。廃城処分によっていったん城主でなくなったが、廃城後の所有者であった県[8] から無償譲渡されて再び城主となった。
22
成瀬正雄
明治36年 - 昭和24年(西暦:1903年 - 1949年) 犬山成瀬家 第10代当主
23
成瀬正勝
昭和24年 - 昭和48年(西暦:1949年 - 1973年) 犬山成瀬家 第11代当主
24
成瀬正俊
昭和48年 - 平成16年(西暦:1973年 - 2004年) 犬山成瀬家 第12代当主
25
成瀬淳子
平成16年(西暦:2004年) 犬山成瀬家 第13代当主・成瀬正浩の妹で、最後の城主となり、個人所有から法人所有への移管を行った。

天守 

犬山城の天守は、外観3重、内部は4階、地下に踊場を含む2階が付く。天守南面と西面に平屋の付櫓が付属する複合式で、入母屋2重2階の建物の上に3間×4間の望楼部を載せた望楼型天守である。窓は突上窓と火灯窓、両開き窓なと、地階1・2階出入口を含めて、総延面積は698.775平方メートルに達する。 天守台石垣は野面積という積み方で、高さは5メートルある。天守の高さは19メートルある。

成瀬家7代の当主正壽がオランダ商館長と親しかったことから、天守の最上階に絨毯を敷いたと伝えられ、昭和の修理で再現された。

なお、2017年(平成29年)7月12日16時過ぎ、鯱が胴体から尾にかけて大きく破損しているのが見つかった。天守の北側にある避雷針が曲がっており、この日は午後から雷雨が降っていたため、犬山市は落雷が原因とみている。鯱は瓦製で作り直されて、2018年2月26日に天守へ設置[9]。同年3月17日に記念式典が開かれた[10]

文化財指定

1935年(昭和10年)5月13日、当時の国宝保存法に基づき旧国宝(文化財保護法における重要文化財に相当)に指定[11]。1952年(昭和27年)3月29日付けで文化財保護法に基づく国宝(新国宝)に指定された。指定に係る告示は1952年(昭和27年)10月16日付けの官報に掲載され、指定名称は「犬山城天守 1棟」。構造・形式は「三重四階、地下二階付、本瓦葺、南面及び西面附櫓、各一重、本瓦葺」とある[12]。所有者は公益財団法人犬山城白帝文庫。犬山市が文化財保護法に基づく管理団体に指定されている[13]

  • 1階:納戸の間、東西9間・南北8間。床面積は282.752平方メートル。
  • 2階:武具の間、東西9間・南北8間。床面積は246.006平方メートル。
  • 3階:破風の間、東西3間・南北4間。床面積は81.936平方メートル。
  • 4階:高欄の間、東西3間・南北4間。床面積は49.835平方メートル。

創建の時期

1961年(昭和36年)から1965年(昭和40年)に行われた犬山城天守の解体修理と古文献等から、この天守は下の2重2階の主屋が1537年(天文6年)[14] または、1601年(慶長6年)に建てられ、1620年(元和6年)頃に3、4階を増築。その後唐破風の付加などが行われて現在の姿になったと考えられた[15]

2019年から犬山市の依頼で名古屋工業大学大学院などが行った建築材の年輪年代法による調査では、柱やはり、床板など、天守の主な建築材は1585年からの3年間に伐採されたものと判明し、当初から1階から4階まで現在のような姿で建築されたものとみられると報告された[16]

遺構・文化財 

天守以外の遺構

1873年(明治6年)の廃城後、犬山城の門は撤去され堀は埋められた[17]

犬山城を構成していた建造物の多くは、廃藩置県に伴う廃城処分が下る前後の時期に払い下げられて破却されたり移築されたりしたが、それらのいくつかは現存している。松ノ丸本丸門は、明治元年(1868年/1869年)、浄蓮寺(一宮市千秋町穂積塚本郷内に所在)に移築され、山門として再利用された。同年、どこの門であったかは不明ながら旧城門と伝わる門が運善寺(一宮市浅井町大日比野に所在)に移築され、山門として再利用された。この門は1891年(明治24年)に発生した濃尾地震で倒壊した後、違った形に改修されてしまっていたが、1993年(平成5年)に行われた修理で当初に近い姿で再改修されている。1876年(明治9年)には、二の丸の矢来門が専修院(丹羽郡扶桑町柏森字乙西屋敷に所在)へ移築されて東門として再利用された。同年、第一黒門が徳林寺(丹羽郡大口町余野に所在)へ移築され、山門として再利用されたが、移築時に袖塀が併設されている。同年、内田御門(犬山城の搦手門)と伝わる城門は瑞泉寺(犬山市犬山瑞泉寺に所在)に移築され、山門として再利用された。元々この門は美濃金山城の大手門であったのを犬山城に移築したものであったとの伝承がある。また、どこの門であったかは不明ながら旧城門と伝わる門が個人宅に移築されている。なお、運善寺山門は一宮市の、専修院東門は扶桑町の、徳林寺山門は大口町の、指定文化財となっている。

外堀があった場所には犬山市福祉会館が建てられたが、2021年3月までに解体され、7月から外堀の発掘調査が行われた。その結果、犬山城の外堀の幅は17.5m、深さ6.5m以上で17世紀の絵図の記載とほぼ一致した。また、2021年の調査で外堀には水を溜めた痕跡がなく空堀で石垣を造らない素掘りだったことも判明した。このほか外堀の埋め立ての土の検証から、埋め立ては廃城時、明治時代後半、大正〜昭和初期、戦後の4回行われていたことが判明した。

犬山城白帝文庫の文化財

公益財団法人犬山城白帝文庫が所有・管理する文化財は、犬山市文化史料館(所在地:大字犬山字北古券8)本館の主要施設である犬山城白帝文庫歴史文化館に収蔵されている。当施設は、美術工芸品、刀剣類、古文書、絵地図などを収蔵している。

重要文化財(国指定)
短刀 銘左安吉作/正平十二年二月日(たんとう めいさやすよし さく しょうへいじゅうにねんにがつひ)
  • 1940年(昭和15年)5月3日付けで重要文化財に指定[18]。正平12年(1357年)の作。差表に「左安吉作」、差裏に「正平十二年二月 日」の銘がある。作者の左安吉は筑前の刀工左文字の子とされる。刃長29.4 cm、元幅2.7 cm。
  • 犬山城白帝文庫の公式サイトには本作を「脇差」としているが、本項では、重要文化財指定名称に準じて「短刀」とする。「短刀」と「脇差」の違いについては諸説あるが、一般的には刃長一尺以下のものを短刀、一尺以上のものを脇差と称する。

その他
長篠小牧長久手合戦図屏風
  • 六曲一双。長篠合戦図(左隻)と小牧長久手合戦図(右隻)の一双で構成される合戦屏風であり、左隻には、犬山藩初代藩主・成瀬正成の父である戦国武将・成瀬正一が、右隻には、初陣を飾る正成の勇姿が2箇所にわたって描き込まれている。

現地情報 

  • 所在地 - 〒484-0082 愛知県犬山市大字犬山字北古券65-2
  • 交通アクセス - 名鉄犬山線 名鉄小牧線犬山駅または 名鉄犬山線犬山遊園駅より徒歩15分

料金 

  • 大人:550円
  • 小人:110円

犬山城と犬山市内5地域にある各有料施設(城とまちミュージアム+からくり展示館+どんでん館・庭園有楽苑・明治村・リトルワールド・日本モンキーパーク)とセットになった割引入場券も販売している。

その他 

高知県の中村城跡に建設された四万十市立郷土資料館の建物は、犬山城をモデルにして建設された[19]

犬山城の口コミ情報

2022年07月05日 尼崎城大膳大夫一口城主
犬山城



6月4日、名鉄犬山駅より徒歩にて登城。道中の城下町は賑わっていました。天守に登城した際のガイドさんの話が面白かったです。「近年まで城主だった成瀬家ですが、小牧長久手の戦いの時には秀吉に目にモノ見せてやるぞと犬山城を攻める側にいたようです。戦いの最初の方は秀吉軍に軍師官兵衛が参陣していなかったようで、最初からいたらどうなっていたか分からなかった」と教えてもらい初耳だったので興味深いなと思いながら聞いていました。

下城後、ライン大橋や木曽川🏞対岸からお城🏯を眺めて見ました。良い景色でした😊

2022年05月14日 右近衛中将かげちゃんⅢ号
犬山城

【継鹿尾観音 寂光院】
犬山市にある真言宗のお寺です。成田山名古屋別院大聖寺やモンキーパークの近くにあり、桜や紅葉の名所らしいです。コレだけじゃあ、口コミ投稿しません。お寺の由緒書きによると、織田信長さんが小牧山城(犬山城?)の鬼門封じのお寺にしてたらしいです。信長さんが柴田勝家さん達と一緒に参拝して小牧山城や犬山城や岐阜(稲葉山)城を眺めた場所もあり、もしかしたら、勝家さん達と美濃攻略の作戦を練っていたかもしれません。後、御朱印は寺務所で拝領できます。

2022年05月11日 ゆうこりん☆
犬山城



お天気が良くて眺めが素晴らしかったです!天守は、柵が低くて怖かったです。。風が強くて飛ばされてそうで怖かったです!写真撮影の時は、ご注意を!

2022年04月08日 ななまる
犬山城



桜の季節の犬山城は美しいです。遊覧船から見る犬山城もまた素敵。ここは城下町も含めて楽しい場所です。

2022年04月04日 マークⅡ勘解由長官政宗
犬山城



過去2回登城しましたが、満開の桜🌸を見たく来ました。あいにく小雨がぱらついてましたが、天守閣に入るのに40分待ちました。それでも、来たかいがあった3回目でした。

2022年03月10日 ▷☽◁猫耳萌え▷☾◁
黒門(犬山城移築門、徳林寺)[犬山城  遺構・復元物]



大口町指定文化財  徳林寺山門
この門は、もと犬山城(天文六年築城)の第一黒門であったものを、明治九年 金二十三円で購入し、信徒の奉仕によって、この寺へ移築されたものである。
城郭建築特有の門で、初期城門の薬医門形式を残しており、当時をしのぶ貴重な建築物である。
大口町教育委員会
説明板がより

大口町指定文化財  徳林寺中門
この門は、文明元年に本寺を再興した、小口城主 織田広近が、文明七年(1475)に建立したものである。
町内最古の建築物であり、室町時代の建築物として、当時の趣きをとどめており、同期の建築様式研究上きわめて貴重である。
説明板より

道幅は、若干狭いので注意が必要ですが、駐車場はあります。

2022年02月13日 chimchim
犬山城



城周辺は城下町の面影を色濃く残す区割りです。ただ、城へと向かう参道は縁日のよう。訪れたのが好天の土曜だったためか大勢の人で賑わっていました。天守閣も同様に混んでおり、ゆっくり散策•見学したいのなら平日がおすすめ。とは言え、天守閣からの眺望はなかなかでした。

2022年01月09日 非理法権天
犬山城



犬山遊園駅から木曽川沿いに西へ歩くと、ひっそりとした佇まいの犬山城が観ることができます。

2021年10月03日 まーだーⅡ美濃守信短
犬山城

発掘調査で城と城下町を分ける外堀の跡が良好な状態で残っていたことが確認されたそうです!保全のためにまた埋め戻すとのことですが この場所に立っていた市福祉会館の解体が今年3月に終了し、今後の土地活用の判断材料とするため調査されたようです。今後外堀がどう活用されるか見守りたいですね!

2021年06月27日 【城郭道】尾張守たっきー
天守[犬山城  遺構・復元物]

【天守最上階】
天守最上階の赤い絨毯は、七代当主、二十二代城主の成瀬正寿がオランダ商館長、ヨハンネス・ウィルヘルミユスと親しかったことから、この頃敷かれたものだそうです。

2021年06月21日 柊楓大和亮
犬山城



短い時間でしか見られませんでしたが、迫力と雰囲気は流石国宝でした。天守からの眺めも最高でした。

2021年03月30日 川越日向鉄
犬山城



城の周りの地形が岐阜城とよく似ています。登城した翌日に新聞記事で犬山城の天守閣が最古のものであることが証明されたと紹介されていました。

2021年02月27日 【城郭道】尾張守たっきー
七曲門跡[犬山城  遺構・復元物]



本丸北東隅から七曲道を経て水の手御門に至る入口に構えられた門である。現在は礎石が残るのみであるが、周辺の旧状をよく残している。 ディアゴスティーニ日本の城19巻より

2021年02月12日 【城郭道】尾張守たっきー
天守[犬山城  遺構・復元物]



もしかしたら日本最古の天守かもしれない犬山城天守。中は有料です。中には石垣がむき出しになっている穴蔵を始め、畳の部屋や犬山城天守木造模型があります。天守最上階からは尾張、美濃の両国を望むことができます。
日本に五つしかない国宝天守のうちの一つなので是非、行ってみてください。

2020年12月28日 我流尾張守クール
二ノ門(長屋門)[犬山城  遺構・復元物]

犬山城の移築門で「蓑虫庵」と案内板があります。個人宅ですが観ることが出来ます。
移築門の中では天守閣から一番遠い場所に在り、尾張パークウェイの今井ICから直ぐです。
某マップでは下記住所
〒484-0005 愛知県犬山市今井四ツ家 犬山城移築二ノ門付近


2020年12月12日 【城郭道】尾張守たっきー
空堀[犬山城  遺構・復元物]



本丸及び樅の丸西側の守りを担う素堀(土留などをせずにそのまま掘ること)の横堀である。多くの堀が失われる中唯一良好に残る堀跡である。
国宝天守ばかり目がいってしまうが、是非この堀も見ていってほしい。

2020年11月17日 kaori
犬山城



11月15日日曜日登城。コロナ対策にて場内混みあわないよう、入口にてある程度調整していますが、それでも混んでいました。ゆっくり見たいなら、土日はお薦めしません。

2020年11月10日 【城郭道】尾張守たっきー
付櫓[犬山城  遺構・復元物]



天守の入り口を守るために設けられた付櫓。犬山城のひとつの見所となっています。付櫓台は野面積みとなっており、武士たちの熱い何かを感じることができます。

2020年11月08日 【城郭道】尾張守たっきー
犬山城前観光案内所[犬山城  関連施設]



犬山城前観光案内所で一枚300円の犬山城の御城印を購入するとこができます。
ここでしか購入することができないので気をつけてください。
(令和の大修復記念御城印は現在、販売されていないので注意してください。)

2020年11月08日 【城郭道】尾張守たっきー
三光稲荷神社[犬山城  寺社・史跡]



三光稲荷神社は城下町から天守までの途中にあります。御朱印をもらうこともできます。
犬山城リア攻めの際に寄ってはいかがでしょうか。

2020年11月07日 【城郭道】尾張守たっきー
トイレ[犬山城  トイレ]



犬山城本丸有料区域にあるトイレです。鉄門を通って右側にあります。中にベンチもあるので休憩することも可能です。

2020年11月06日 おさむ
犬山城

令和2年11月現在、スマホ利用のスタンプラリーやっています。城下町で買い物、城と町ミュージアム見学、犬山城入場でもポイントたまります。5つ巡ると、特別御城印が貰えます。

2020年11月03日 宮内大輔反町峻殿
犬山城

華麗でした。階段が意外と急じゃないのはびっくりしました。

2020年10月14日 播磨屋右京大夫
犬山城



公共交通機関では犬山遊園駅が最寄りとなりますが、裏道から寄る形になります。

犬山駅から城下町を散策しながら歩く方が、かつての大手道でもあり、楽しくアプローチできると思います。

犬山市文化資料館(城とまちミュージアム)の城下町模型は精巧で縄張りも分かりやすいので、ぜひ見学をお勧めします。

2020年08月21日 ちゃえこ伊勢守
犬山城



貫禄の国宝犬山城。久々の訪問で天守への急な階段を忘れ、うっかりロングスカートで^^;
そして天守閣からの景色も暑さを忘れるくらいの清々しさでした。

2020年08月17日 兵部卿圧切とらのすけ
犬山城



鵜沼駅から徒歩で20分程度かかりました。
木曽川沿いにお城を眺めながら歩くのも、良い感じでした。

2020年08月15日 出井之丞中務大輔
犬山城



午前中は比較的駐車場に停めやすいと思います。大手門で検温がありました。伊木山方面から見る犬山城がなかなかいいです。

2020年01月04日 三尺坊左近衛中将影ちゃんII号
犬山城

【バイク用駐輪場】
犬山城第1駐車場にあります。犬山神社側の駐車場精算機手前に駐輪場入口があります。
料金は無料でした。

2019年12月05日 ぱんだ左近衛少将ぱんぞう
犬山城



改装工事の囲いが無くなりました。最上階まで登城可能です。

2019年11月10日 hisaemon
犬山城



天守閣工事中でしたが、最上階までのぼれました。景色よかったです。城下町も歩行者天国となっているところあり、お店も沢山あり、かなり賑わっていました。雰囲気もよかったです。また、行きたい!と思います。

2019年09月02日 えるパパ左兵衛督
犬山城



久しぶりのリア攻略でしたが、工事中🏗
天守最上階まで登れません。
外観も足場が組んであります。
今年の末までは我慢

2019年08月05日 嬉野
犬山城

お城の中で一番好きな犬山城。工事中にて天守閣まで登れなかったが、これでまた訪れる理由ができました。次は天守閣まで登りたい。

2019年07月21日 長月河内守十六夜
犬山城



耐震補強工事の直前で、まだ足場設置されてない天守でした。
国宝5城イベントは8月末までですが、犬山城天守は、8月から9月末まで、足場設置で見えなくなるそうです。天守三階以上に入れません(その代わりに入場無料)。
登城は2回めですが、城めぐ始めてからは石垣loverなので、その視点からは少し物足りないかな?
犬山城天守は、小さいイメージだったけど、他のこじんまりした現存天守より、立派だと感じました。成瀬の殿様個人でよく維持されたものだと感慨無量です。

ちなみに、私は名鉄名古屋でやらかしてしまい、岐阜行きの特急に乗るという痛恨のミス…。名鉄名古屋では、黄緑色の足元マークで待ちましょう😅新鵜沼行きですね。

2019年06月24日 浅野匠の神☆46尾張守
犬山城



犬山城の約800m東側の高台にある瑞泉寺の山門として移築された内田門です。
犬山城がある西向きに建てられており、大クスノキが無ければ門の間から犬山城を臨む事が出来ます。まるで犬山城を見守っているかのように鎮座しています。
この内田門は犬山城の搦め手門であったと言われています。

2019年06月07日 芋沢みやぎ雅楽頭本州帰還
犬山城

天守屋根補修で8~9月の2カ月間、3階より上は立入禁止、ただしその間は入場無料になる予定です。

2019年05月01日 七代目尾張守宗春
お城への参道[犬山城  その他]



途中から歩道がなくなります。車に気を付けましょう。特に雨の日、混雑する日はお気を付けて。

2019年04月29日 三河守ぽん
犬山城

犬山名物げんこつ飴の藤沢製菓。ここでは、作業場がガラス張りになっていて、げんこつ飴を製造している所を見ることができます。

おかみさんが、とても明るく親切で、行った方がいい所や、道の説明、城下町のキャンペーン情報など、細かく教えて下さってとても助かりました!

こちらで購入したら少し安いですが、犬山特産品館で各店のげんこつを試食できると教えていただいたので、食べ比べに行きましたが、藤沢さんのげんこつの風味や硬さが一番気に入ったので、自分用の物と、お土産用にかわいいパッケージの商品を購入!

行きに駅前の横断歩道で車にひかれそうになり、少し凹んでましたが、おかみさんとお話したら、元気をいっぱい貰えて感謝です^^

ちなみに、本町通りも普通に車通るし、スピードが速めなので、人が少な目な日は車に気を付けて下さい。

2019年04月28日 野呂利左衛門督休三
専念寺住職墓[犬山城  寺社・史跡]



向かって一番右が開基(寺の創建に尽力した人物)の池田勝入斎信輝(恒興)の供養碑です。ただ専念寺の開創は弘治元(1555)年で池田恒興が城主になる前です。中興した時の開基か、恒興の遺徳を慕ってなどの理由が考えられます。

2019年04月27日 野呂利左衛門督休三
名古屋街道の木戸跡[犬山城  遺構・復元物]



南側の外堀の西側の木戸口跡です。名古屋へと向かう街道なので、東側の木戸跡と違って、後世にカーブが緩められています。写真はスポットより少し南の拳骨庵前のところからズームして撮りました。

2019年04月27日 野呂利左衛門督休三
外堀木戸跡[犬山城  遺構・復元物]



南側の外堀の東側の木戸口の跡です。クランクしてます。西の名古屋街道よりは通行が少ないことからここまで残ったのでしょうか。

2019年04月24日 野呂利左衛門督休三
外堀余坂木戸跡[犬山城  遺構・復元物]



一枚目はすぐそばの公共施設の余遊亭敷地から。二枚目が余遊亭。市営の貸しスペース。三枚目は同別館となっている犬山祭の曳山の倉庫。
余坂木戸口は東側外堀の出入り口の一つです。

2019年04月24日 七代目尾張守宗春
三光稲荷神社[犬山城  寺社・史跡]

犬のお守り売ってたので買っちゃいました。犬山だけに?飼主用(根付)とセット。

2019年04月23日 我流尾張守クール
奥村邸[犬山城  遺構・復元物]



樅の丸に在った屏風櫓が移築されています。邸内のレストランで食事をすると観ることが出来ます。犬山駅から徒歩5分くらいです。

2019年04月23日 野呂利左衛門督休三
木ノ下城[犬山城  周辺城郭]



犬山城の前身の木ノ下城があったとされる場所です。社殿のある辺りが主殿があったと見られており、城郭としては南に向かって展開していたと見られています。

写真手前の金明水の井戸は城の井戸と伝えられています。なおこの神社のすぐ北側を外堀が通っていたそうです。裏手の凹みはもしかしたら?

2019年04月23日 野呂利左衛門督休三
常満寺山門[犬山城  遺構・復元物]



常満寺の山門は犬山城松ノ丸裏門の移築です。天保十三(1842)年の火災後に再建された物のようで、棟札に明治十(1877)年に移築された旨が記されているそうです。
寺は山門以外にも本堂などが国の登録文化財になっていましたが、2018年に山門と鐘楼を除いて焼失してしまいました。

2019年04月14日 我流尾張守クール
犬山城

【移築櫓】

■屏風櫓~犬山市犬山東古券395

樅の丸に建てられていたようで、現在はフレンチ奥村邸内にひっそりたたずんでいます。奥村邸は犬山城下町の豪商の町屋で、登録有形文化財です。敷地内には2つのレストランを構えていて、(フレンチ奥村邸、鉄板焼一灯)信長公、秀吉公も飲んだと伝わる井戸「銀明水」や信長公が腰をかけたと伝わる「赤兜石」が在り、「であるか」と言ったとか言わないとか…食事の後に案内していただきました。
三英傑が絡む犬山城ならではで、一見の価値あります。

2019年3月30日 第6回名城会~犬山尽くしの10名でランチ&見学

2019年03月28日 ぱ三河守やえもん
犬山城

寺内通りにある圓明寺。樹齢300年の枝垂れ桜が美しいです。
人混みに疲れたなら、是非。

2019年02月19日 図書頭かねつら
犬山城

木曽川を背にした丘陵に建つお城で城域自体はさほど大きくなく、成瀬藩の身の丈にあったギュっとつまったお城。
しかしながら、更に伸びる丘陵全体に城下町を形成し総構で防御力を強化した感じ。
予想以上に戦時を意識したお城でした。

2019年02月11日 【稲作物語】征夷大将軍クララ姫
犬山城

投稿用に天守を撮影しょうと事務所階段最上部でカメラを構えましたが、天守望楼廻縁の観光客が絶えることがなく、人が写り込んでしまうため投稿は断念しました。朝一番が狙い目ですね。

2019年02月05日 陸奥守たろす
犬山城

犬山城前観光案内所にて、天守入場時に頂けるパンフレットとは別の天守構造等を記載したパンフレットが入手できます!

2019年01月25日 村国三成 無期限休止
犬山城

都市めぐりで廻るなら城、どんでん館、ミュージアムがセットの券をお求めください。因みに犬山城は内部の一部が工事中です。

2019年01月23日 
犬山城

犬山城には何回か行きましたが、百名城スタンプは初めてでしたので、城門2階の管理事務所に行きました。そこに、100円以上の寄付で、犬山城カードを下さるというのを見て、ほんの気持ちを寄付させて頂き、素敵なカードを頂きました。何種類かあり、選ぶのが大変でしたが、大切にしたいと思います。

2019年01月22日 我流尾張守クール
犬山城

【天守閣登城】
履き物を脱ぎ、袋に入れ持ち歩きます。急な階段な為に手すりを掴むかと思いますので、両手を塞がないように注意したいところです。買い物などは登城後にするのが良いと思います。

2018年08月13日 ☘️ぷ~太郎
犬山城

スタンプは、城門2階の事務所に在ります。城とまちミュージアムに、鯱が展示されています。

2018年04月13日 我流尾張守クール
犬山城

【犬山城とげんこつ】
最近の犬山城下では串ぐるめが周知されていますが、元祖犬山名物といえば「げんこつ飴」でしょう。
ルーツは成瀬家に繋がり、薬に詳しかった家康公の影響を受け、初代犬山城城主の成瀬正成公が陣中食として滋養効果のある食料を考案している最中で生まれたそうです。

城下の東古券に2件、南古券に1件老舗の銘店があります。わん丸くんをあしらった商品もありますので、お土産にもどうぞ。
きな粉は体に善いですよ(^_^)/


2017年08月01日 織田上総介晃司
犬山城

城前に大きな駐車場があります。

天守を目指して進み、入城券を購入して門を潜ると実戦向きの天守が目の前に現れます。

天守の最上階から屋根を見ると魔除けの桃瓦があります。探してみてください。

名鉄犬山ホテル前の木曽川から眺める天守も美しいです。
トイレの側に数台停めれるスペースがあるので便利ですよ。

犬山城は以前、個人所有のお城でした(現在は財団法人の所有となってます)

2017年05月09日 山手乃不二
犬山城

散策に疲れたら、隣にある名鉄犬山ホテルで温泉つきのランチビュッフェをオススメします。休日は、予約しないとダメですが。利用者は、駐車場が無料です。

2017年01月11日 けろっティ伊豆守
犬山城

【犬山城の狭間について】
外観からは1階と2階部分に狭間らしき模様が見られます。穴は開いておらず現在は飾り狭間のような形で残されています。
城内に入ると狭間の位置は白壁になっており、狭間があった形跡は残されていません。
疑問
①築城当時に狭間はあったのか
②何故塞いでしまったのか
幾つかの資料では狭間の記録が見つけられず、犬山城管理事務所に問い合わせ確認しました。
調べて頂いた内容では、
①築城当時は狭間はあったが昭和36年〜40年に行われた解体修理で塞いでしまった。
それ以前の写真には狭間の穴が開いているのは確認出来る。とのこと。
②何故塞いでしまったのかは分からない。(←本当は1番知りたかっただけに残念!)
との事でした。

2016年11月06日 我流尾張守クール
犬山城

本日は電車でのアクセスについて
名古屋から直行の場合
名鉄名古屋駅から犬山線に乗車します。
名鉄の基幹駅でありながら通過駅なので、乗車位置(前後)で方面別に別れています。
発着本数はJR山手線並みです。
黄緑色の案内板に従って下さい。
降車駅のお薦めは「犬山遊園駅」です。
木曽川沿いに歩くと「後ろ堅固」の佇まいを確認することが出来ます。
見学後は天守を背に南へ城下町をそぞろ歩きで楽しみ、「犬山駅」へ向かって下さい。
名古屋まで同じ道筋を避けるなら犬山駅から小牧線を経由して戻るのも一興です。
楽田城の攻略が可能です。



2016年10月12日 村国三成 無期限休止
犬山城

城に上がると名鉄の犬山橋が見えますが城から見て左手の岩山にはかつて鵜沼城がありました。太閤記にも出てくる城ですが、麓の土地が個人所有なので入ることはできません。


2016年09月17日 我流尾張守クール
犬山城

本日はアクセスについて
東名高速を東京方面や中央道からおいでになる方は中央道「小牧東インター」下車、尾張パークウェイを経由するのが便利ですよ。
昔は有料道路で避けられがちでしたが、信号も少なく便利です。小牧インターからR41を北上するルートは平日でも混雑します。また、尾張パークウェイなら入鹿池、明治村、リトルワールド、モンキーパークの全てにアクセス可能です。
犬山城へは尾張パークウェイを終点まで進んで下さい。


2015年09月27日 我流尾張守クール
犬山城

【移築門一覧】
全て観て廻りました。天守以外は廃藩置県以降、各地に移築されたようです。

■常満寺 (犬山市犬山西古券28)
松ノ丸裏門~薬医門。犬山城から歩いて行けます。直ぐ隣の専念寺も是非お立ち寄りください。

■瑞泉寺 (犬山市犬山瑞泉寺7)
内田御門~搦手門。美濃金山城からの移築され犬山城へ。寺内には同じく金山城からの高麗門も移築。鐘楼の三猿は左甚五郎作と伝えられています。

■個人宅 (犬山市今井四ツ家105)
二ノ門《長屋門》~この中では一番大きい門です。蓑虫庵の看板あり。邸内も見せてもらうと意外なものまでありますよ。

■専修院 (丹羽郡扶桑町柏森西屋敷62)
矢来門~高麗式で同院は大道寺砦の跡地です。

■徳林寺 (丹羽郡大口町余野2-201)
黒門~薬医門。黒いです。私見では一番美しくて好きです。

■淨運寺 (一宮市千秋町穂積塚本22)
松ノ丸表門~薬医門式

■運善寺 (一宮市浅井町大日比野南流1841)
清水門または榊門~犬山城から一番遠いです。



2015年09月18日 とめ
犬山城

平日に行きました。
掘り出された史跡などの展示は少ないですが、武具を置いてあった場所など残っており感動です。板張りの床も、覗くと下の階が薄らと見え、その様子が良い!瓦には亀の甲羅の上に桃が乗った装飾がされており、窓から見ることができます。
やや難なのが階段。天井が低いこともあり急で、一段が高く、木で出来ているため靴下でやや滑ります。(天守内土足禁、靴入れをくださいます)
若い方も下りはこわごわと降りている様子がありました。

しかし、登りきったところには岐阜を望める良い景色があります。
回廊もやや傾斜があり柵が低いですが、城の雰囲気をかなり楽しめます。

2015年07月05日 我流尾張守クール
犬山城

犬山城と虎屋さん
慶長5年(西暦1600年)、関ヶ原の戦いで敗れ、京都に隠れ潜んでいた犬山城主、石川備前守貞清をかくまったのが、虎屋の当主、黒川円仲氏であり中興の祖としているそうです。
大関ヶ原展で虎屋さんの羊羹を買い求めて知りました。

少々歩きますが、成田山に車を止めて歩くのも一興です。本堂前から天守閣を眺めるのもよいです。毎年8月には花火大会もあります。大輪の華火とライトアップの天守閣は見ごたえあります。

2015年04月04日 那古野尾張守うつけ
犬山城

本日から明日まで犬山祭で山車がでて、大にぎわいでした♪でも人が多い多い!!(驚)入城までかなり並びました~関係者の皆様、お疲れ様でした

2015年04月04日 やまたく勘助
犬山城

桜満開でした♫平日でも人いっぱい(;∀;)犬山市役所に駐車し20分ほど歩きました

2014年01月25日 左近衛中将ぶぶ之助
犬山城

平成26年2月終わりまで、補修工事中です。天守上部と川側に足場組まれてます。一部、幕で覆われてました。

2013年12月01日 蔵人頭ピロシキ
犬山城

犬山城より先に、国宝の如庵に行って国宝二つ巡りを買えば別で買うより300円安くなります。
犬山城券売所には、ありません。

2013年03月03日 伊豆坊伊豆守
犬山城

犬山城の麓、対岸の木曽川河畔には犬山温泉の旅館があります。

その1つの迎帆楼という旅館に泊まったのですが、 夜中までライトアップされた天守を、部屋の窓から直近に眺めることができます。

山麓の御殿から天守を眺める、まさに城主の気分を一晩味わえて、最高ですよ。

木曽川の眺望も素晴らしいです。

2012年08月29日 野舘宮内少輔サラマンダー
犬山城

2012年8月26日12時頃(240分)
城山の入口近くに大きな駐車場があります(500円)
そこから5分程歩けば、城へ続く道が始まる目印として「犬山城」と刻まれた大きな岩があり、その左脇を進み、登って行くと大手門が見えて来ます
入場券を購入し、大手門で渡して入場
目の前に天守閣が見えます

この天守閣に入る際にも注意すべき点がありますが、赤ちゃんがいる場合はおんぶヒモが良いと思います
ベビーカーでは城山の道が凸凹しており、天守閣の階段はかなり急なので抱っこではとても危険だと思います

「からくり展示館」に行く途中、となりで甲冑の着付け、貸出をしてくれる所を見つけました
子供500円、大人1000円で着付けをしてくれて、そのまま少し散策が可能です
但し天守閣内部には傷を付けてしまう為に入れないそうです
こちらで私と小坊主君が甲冑を着用、お城よりもはしゃいでしまいました〜

因みに80分もあれば十分天守閣内部や景色等を堪能出来るかと思いますが、それぞれの楽しみがあるかと思いますので、国宝犬山城を満喫してくださいね〜

2012年05月05日 與儀
犬山城

天守閣まで行くのに1時間待ちです…(つд`)駐車場も満車ばっかです…

2012年05月03日 ソッサン左馬頭
犬山城

何度見ても素晴らしい。

2012年01月19日 桑名大膳大夫はまぐり〜
犬山城

ライン大橋から見上げる犬山城は絶景であります!

2010年08月13日 きっちり中務丞
犬山城

城の入り口にあるお店のラムネが最高です!

犬山城の周辺スポット情報

 大手門跡(遺構・復元物)

 黒門跡(遺構・復元物)

 東之宮古墳(遺構・復元物)

 犬山城下町(遺構・復元物)

 外堀跡(遺構・復元物)

 隅櫓(遺構・復元物)

 小銃櫓跡(遺構・復元物)

 本丸(遺構・復元物)

 樅の丸(遺構・復元物)

 桐の丸(遺構・復元物)

 松の丸(遺構・復元物)

 杉の丸(遺構・復元物)

 移築~内田御門(遺構・復元物)

 丑寅櫓石垣跡(遺構・復元物)

 天守(遺構・復元物)

 外堀木戸跡(遺構・復元物)

 常満寺山門(遺構・復元物)

 奥村邸(遺構・復元物)

 名古屋街道の木戸跡(遺構・復元物)

 二ノ門(長屋門)(遺構・復元物)

 鉄門(遺構・復元物)

 空堀(遺構・復元物)

 付櫓(遺構・復元物)

 外堀余坂木戸跡(遺構・復元物)

 七曲門跡(遺構・復元物)

 黒門(犬山城移築門、徳林寺)(遺構・復元物)

 天守(遺構・復元物)

 石碑(碑・説明板)

 犬山藩校 敬道館跡(碑・説明板)

 鵜沼城(周辺城郭)

 木ノ下城(周辺城郭)

 猿田彦神社(寺社・史跡)

 針綱神社(寺社・史跡)

 有楽苑(寺社・史跡)

 専念寺住職墓(寺社・史跡)

 犬山神社(寺社・史跡)

 三光稲荷神社(寺社・史跡)

  城郭内(門2階の管理事務所)(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 犬山城有料第一駐車場(駐車場)

 犬山城有料第二駐車場(駐車場)

 管理事務所(関連施設)

 犬山市文化史料館(関連施設)

 犬山城前観光案内所(関連施設)

 撮影スポット(その他)

 撮影スポット(その他)

 お城への参道(その他)

 撮影スポット(その他)

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