大垣城(おおがきじょう)

大垣城の基本情報

通称・別名

麋(び)城、巨鹿城

所在地

岐阜県大垣市郭町2-52

旧国名

美濃国

分類・構造

輪郭式+連郭式平城

天守構造

複合式層塔型[3重4階/1594年築・1620年改/焼失(空襲)]、複合式層塔型[3重4階/1959年再/RC造外観復元]

築城主

竹腰尚綱?

築城年

明応9年(1500)?

主な改修者

氏家直元、伊藤祐盛

主な城主

竹腰氏、氏家氏、伊藤氏、岡部氏、松平氏、戸田氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、石垣

指定文化財

市史跡(大垣城跡 )

再建造物

天守、乾櫓、艮櫓(外観復元)、門、石碑、説明板

周辺の城

長松城(岐阜県大垣市)[4.3km]
御茶屋屋敷(岐阜県大垣市)[4.4km]
曽根城(岐阜県大垣市)[4.7km]
墨俣城(岐阜県大垣市)[6.5km]
軽海西城(岐阜県本巣市)[8.3km]

大垣城の解説文

大垣城(おおがきじょう)は、岐阜県大垣市郭町にあった日本の城(平城)。麋城(びじょう)または巨鹿城(きょろくじょう)とも呼ばれる。

概要
宮川氏築城当時は、牛屋川を外堀の代わりに利用し本丸と二ノ丸のみであったという。氏家氏、伊藤氏によって改築が加えられたとされ、1613年(慶長18年)には石川忠親によって総堀が加えられ、松平忠良が天守を改修した。その後1649年(慶安2年)に 戸田氏鉄によって明治に至る姿とされた。

戸田氏改修後は並郭式に本丸と二ノ丸を並べ、その周囲を三ノ丸で囲い、更に外周は惣構としていた。本丸には北西隅に4重4階(3重4階とも)の複合式層塔型天守を上げ、3重櫓1基に2重櫓を3基、二ノ丸に月見櫓など3重櫓を4基、三ノ丸には2重櫓4基、平櫓1基などが建て並べられ、本丸に2つ、二ノ丸に1つ、三ノ丸に大手門など大小5つ、外郭に南大手門など大小7つの門が開かれていた。

歴史
中世
1500年(明応9年)に竹腰尚綱によって揖斐川(牛屋川)東河岸にあった牛屋に築かれたともいわれ、1535年(天文4年) に宮川安定が大尻に築いたともいわれる。この当時は、牛屋城と呼ばれていたとされている。

1544年(天文13年)に織田信秀により落城し、織田信辰が5年間城主を務める。その後、1549年(天文18年)、斎藤氏配下の竹越尚光が城主となる。 1559年(永禄2年) に桑原直元が城主となり、堀や土塁に手を加え、総囲いなどが整備された。

近世
織田氏、斎藤氏、織田氏と支配権が移った後、この地域の支配権を獲得した豊臣秀吉により、1583年(天正11年)に池田恒興が城主となった。所領は15万石とされる。翌1584年(天正12年)に小牧・長久手の戦いで恒興が戦死すると息子の輝政が継いだが、さらに翌年の1585年(天正13年)に輝政は岐阜城主になる。代わって1585年(天正13年)には田中吉政(秀次近侍)・中村一氏(近江水口岡山城)・堀尾吉晴(近江佐和山城)・山内一豊(近江長浜城)らとともに秀吉の甥・豊臣秀次(近江八幡山城)の宿老に任命された一柳直末が、大垣城に配され3万石を領したが、1586年(天正13年)11月29日(旧暦)(1月18日)の天正地震で城は全壊焼失した。

1588年(天正16年)に一柳直末によって、若しくは 1596年(慶長元年)頃、伊藤祐盛が城主の時に改築が行われ、天守が築かれたとされる。

天正18年(1590年)の小田原征伐で功を挙げたことから伊藤盛景が城主となり、1599年に盛景が死ぬと子の伊藤盛宗があとを継いだ。

1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いの際には、城主・伊藤盛宗が西軍に属したため、石田三成らが入城して西軍の根拠地となる。その後、西軍本隊は関ヶ原に移動、城内には福原長堯らが守将となって残るが、関ヶ原の本戦で西軍が敗北すると東軍に攻囲され落城(大垣城の戦い)。そのときの逸話が『おあむ物語』として残っている。...

大垣城の口コミ情報

織田修理大夫晃司様[2017年07月30日]
大垣城の近くに駐車場は多いので駐車に困る事はないと思います。

平城で周りにビルがあるので遠望は無理です。また樹木も有り、天守の撮影ポイントは少ないです。

平成の改修で戦災前の姿に近づけたのはうれしい。

大垣城を基に木造で建てた郡上八幡城が残り大垣城が戦災で焼失したのは皮肉ともいえる。

五瓜に唐花紋大納言や〜きみ様[2017年05月09日]
新幹線の駅ですね。
駅から遠いけど歩きでも着きます。

私は車で行きましたが。

小さい城ですが、展示は凝ってますよ。
槍を持てたり、鉄砲持てたり。
早い段階から模擬ですが、物に触れて映像を見れるを実践してる城でした。

ぽえぞお弾正少弼黄金旅程様[2013年03月11日]
大垣市内の中心にあり、駅からも近いのでアクセスはしやすいかと思います(*^o^*)
車なら日・祝日は公園西側(郷土資料館との間の道路)が公園側に寄せて駐車可能です。
自分が行った時には(朝8:20くらい)既に車は停めれず丸の内駐車場(徒歩5分くらい30分100円)の駐車場に停めました。
天守の入館料は100円とお安く郷土資料館と併せて買っても150円なんでリーズナブルです。
展示は主に関ヶ原合戦がメイン、藩主達縁の物などがちょっとで、城模型や藩主に縁品は天守ではなく郷土資料館にありますので併せて見学する事をオススメします(≧∇≦)

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月23日]
[武将像]戸田氏鉄像
城跡公園内に騎馬像が鎮座。

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