野口城

野口城([大垣城  周辺城郭])

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野口城の口コミ情報

2026年04月27日 猫耳尾張守メイド隊


天文年間(1532〜54)の頃、三河国 西尾から移り住んだ、西尾伊豆守信光が三千貫を領して、野口村に居住し、その子、光教もここに住んだ。

信光の子、豊後守光教は氏家卜全(直元)の妹と結婚し、卜全の旗下に所属していたが、織田信長により斎藤氏が没落すると、信長に仕えた。信長が明智光秀の謀反によって、本能寺の変で打たれたのち、光秀から誘いを受けたが拒絶。
羽柴秀吉に従って、従五位下に叔し所領も安堵され、さらに天正十六年、稲葉一鉄のあとをうけて、美濃 曽根城主となり、二万石を領した。

史蹟 高倉天皇勅願所 聚楽寺
高倉天皇勅願所
当寺は開祖覚円によって創建され「三光院」と称し、天台宗に属していました。その後、安元二年(1176)に高倉天皇から「勅許山 聖楽寺」の寺号が贈られ、第三世祐慶の時には、親鸞聖人に帰依して真宗に転じたと伝えられています。
また、寛永十三年(1636)には、大垣藩主 戸田氏鉄から境内地を寄進され祈願所となりました。
なお、この寺院は平成十一年(1999)に、杭瀬川の河川改修に伴い、現在地に移転・再建されました。
大垣市教育委員会

野口城の正確な位置は不明。
杭瀬川(東側〜南側)と相川(西側)に囲まれた立地で、杭瀬川沿いには幾つかの城館があった。

①〜④ 六所神社
⑤〜⑧ 聚楽寺

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