郡上八幡城(ぐじょうはちまんじょう)

郡上八幡城の基本情報

通称・別名

積翠城、郡城、八幡城、虞城

所在地

岐阜県郡上市八幡町

旧国名

美濃国

分類・構造

平山城

天守構造

独立式層塔型[4重5階/1933年築/木造模擬]

築城主

遠藤盛数

築城年

永禄2年(1559)

主な改修者

遠藤常友

主な城主

遠藤氏、青山氏、稲葉氏、井上氏

廃城年

明治2年(1869)

遺構

曲輪、石垣

指定文化財

県史跡(八幡城跡)、市有形文化財(模擬天守)

再建造物

模擬天守、隅櫓、正門、塀、石碑、説明板

周辺の城

篠脇城(岐阜県郡上市)[6.9km]
大洞城(岐阜県関市)[18.5km]
二日町城(岐阜県郡上市)[18.8km]
小倉山城(岐阜県美濃市)[23.0km]
萩原諏訪城(岐阜県下呂市)[26.3km]

郡上八幡城の解説文

郡上八幡城(ぐじょうはちまんじょう)は、岐阜県郡上市八幡町柳町にある城。

概要
戦国時代末期、郡上一円は篠脇城を居城とする東氏(とうし)によって支配されていた。その後、東氏は郡上八幡の町を流れる吉田川の対岸にある赤谷山に赤谷山城を構えたが、永禄2年(1559年)牛首山(後の八幡山)の上に砦を築いた遠藤盛数により滅ぼされた。その時、赤谷山城を攻撃した時に砦を築いたのが郡上八幡城の起源である。

その後盛数の長男慶隆が城主となったが、本能寺の変後羽柴秀吉と対立する織田信孝の傘下に属していたため追放された。慶隆追放後、天正16年(1588年)に稲葉貞通が城主となり、郡上八幡城の大改修を行った。その内容は八幡山の麓に新たに濠を掘り、本丸に天守台を設け、塁を高くして、塀を巡らし、武庫と糧庫を増築し、鍛冶屋洞に面して大きな井戸を掘り、二の丸を増築して居館とした。この時、現在見られる近世城郭としての郡上八幡城の基礎が築かれた。その後、関ヶ原の戦いの功によって再び慶隆が城主となり、城の改修を行った。『慶隆御一世聞書』によると、郡上八幡城は慶長6年(1601年)春から慶長8年(1603年)秋まで普請を行い「惣石垣三塀二重之矢倉松ノ丸桜ノ丸等出来」とある。5代藩主常久まで遠藤氏が城主となり、以後井上氏2代、金森氏2代、青山氏7代と城主が変遷。廃藩置県まで郡上藩の藩庁であった。青山幸宜が藩主の際に明治維新を迎え、廃藩置県によって廃城となる。廃城の翌年の明治3年(1870年)に、石垣だけを残し、取り壊された。

現在の天守は、大垣城を参考に昭和8年(1933年)模擬天守としては全国的にも珍しい木造で造られた(本天守は現存する木造再建城としては日本最古となる)。石垣が岐阜県史跡に、天守が郡上市有形文化財に指定され、内部は歴史資料館などとして利用されている。山城であり、市街地を流れる吉田川のほとりに聳える。城自体は小規模だが、城下から眺める城の風景や、城から見下ろす城下町のたたずまいは大変美しい。作家司馬遼太郎は『街道をゆく』で「日本で最も美しい山城であり・・・」と称えている。城の入り口までは徒歩でも自動車でも行くことができ、山麓には山内一豊と妻千代の像がある。

日本100名城の選定対象となるものの、検討の結果、選定されなかった。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(141番)に選定された。

現存する建物遺構
二の門は競売にかけられ、使用されたが、その後、門扉部分が美並村根村の宝樹庵の庫裡御堂の正面の戸として移築され現存する。その他、本丸御殿の部材が善光寺に、城郭の部材が愛宕町の民家に、それぞれ用いられたと伝わるが、いずれも原型を留めていない。

歴史資料館の主な展示品
金の弩標
関ヶ原の戦いなどでの功績を認められ徳川家康から拝した。第13代から第19代に渡り城主となった青山家に伝わる家宝で、10万石の格式を示したと言われている。馬の首に付ける弓具(弩標)を飾り物に仕立てた物で、行列の先頭に用いられた。
遠藤家の鎧
第2代・第4代八幡城主遠藤慶隆が、信長方について奮闘した姉川の戦いで実際に着用したと伝えられている鎧。相手の攻撃をかわし易くするため、胴の部分が少し山型になっている。...

郡上八幡城の口コミ情報

ソバッソ店長様[2016年11月14日]
行くなら秋、城山の紅葉はお見事。

天守が街の至る所からヒョコッと顔を出していて可愛いです。日本初の木造復元天守で、大垣城天守をモチーフに復元したそう。やっぱ天守があると映えます、京都も聚楽第を復元して欲しい。
でも建物の内部は再現してないみたいで残念です。が、天守窓から望む城下町の眺望は抜群。
入場料310円、あの景色が見られるなら安いと思いました。

さて、見所は城下町
至る所に水路が巡ってます。
①生活用水、水路には堰き止める為の溝がある
②天然堀の吉田川にアクセス出来、生活スペースとして活用する為のたくさんの脇道あり
③失火から守る為の防火用水がそこいら中に配備
④コーヒーやら酒やらソースなどの調味料から、ウナギアユアマゴなどの魚の美味い。さすが名水の街
などなど、領民の生活を守る為の縄張りで、領主さんの優しさを感じました。

オススメは、職人町のウダツの多さ。
ほとんどの建物にウダツがあり、揃っていて見応えアリ。

そんなウダツの上がる街、郡上八幡。出世を望む方は是非訪れて、気力を養ってみてはいかがでしょう。
僕、来年も行きます。

紗璃さり様[2015年09月13日]
お城の駐車場までは細い山道を登っていく必要がありますが、登りと下り各々一方通行の道なので、対向車の心配はありません。ですが徒歩の方も同じ道を利用するので特に曲がり角など注意が必要。

天守見学の他、郡上踊りを見る場合は天守入口手前の道でも「博覧館」とのセット割り券が買えお得です。

城下は食事処、カフェ、お土産屋さんなどレーパートリー多く、城好きさんでない同行者がいても楽しめると思います^^

城下には汲み水ができる場所が沢山あるので、ペットボトル持参で、名水を楽しむのも良いかと思います。

三河守コーキしゃん様[2013年06月04日]
郡上八幡城の南東へ400m先に「東殿山城」という山城があります。

市役所と愛宕公園の間の神社に登城口があります。

かなり険しい山城ですが、郡上八幡城に訪れた際は、是非、チャレンジしてみて下さい。

美少年☆右兵衛督☆萬゜千代様[2012年07月19日]
お城の横に15台程停車できる駐車場があります。麓の安養寺を目印に一方通行の山道を登る行程となります…が!、勾配があり、道は狭く、カーブが続く道のり(5分程)でした。

sekiyu@薩摩守様[2012年07月18日]
郡上八幡城の天守閣は日本最古の木造再建城とのことで、司馬遼太郎をして日本で最も美しい山城と言わしめた白亜の天守閣です。

2012年度は7月14日から郡上おどりが始まったこともあり、中心市街地は人通りが多く、車が来ても全く避けてくれる気配がありません元々狭い道が多いので、車で行く際は覚悟していった方が良いです。

首藤兵部大輔督刀斎様[2012年05月29日]
天守から郡上市街地を見ると、吉田川と山の間に街が魚の形になっています。非常に良い風景でした。

tomm加賀守様[2010年11月06日]
山内一豊の妻が郡上出身との事で、城山中腹の公園に二人の像があります。
ちなみにこの公園の枝垂れ桜が凄く綺麗なのですが、以前は芝生だったのが今は砂利がひかれ臨時駐車場に。。。

国道や高速道路からもハッキリ見える城です

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