桜洞城(さくらぼらじょう)

桜洞城の基本情報

通称・別名

冬城

所在地

岐阜県下呂市萩原町

旧国名

飛騨国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

三木直頼

築城年

永正年間(1504〜1521)

主な改修者

主な城主

三木氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、石垣

指定文化財

市史跡(桜洞城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

萩原諏訪城(岐阜県下呂市)[0.7km]
宮地城(岐阜県下呂市)[14.9km]
郡上八幡城(岐阜県郡上市)[26.6km]
篠脇城(岐阜県郡上市)[27.0km]
三木氏城館(岐阜県高山市)[27.4km]

桜洞城の解説文

桜洞城(さくらぼらじょう)は飛騨国(現:岐阜県下呂市)にかつて存在した日本の城。

概要
一般には『飛州志』の記述から戦国大名の三木直頼が築城したとされるが、異説として城址を調査した角竹喜登は、『岐阜県史蹟名勝天然記念物調査報告書』第六輯において、直頼の祖父久頼以来の居城で、直頼・良頼の頃に完備したとした。

飛騨を支配した三木自綱が天正7年(1579年)に松倉城を築城して居城を移すまでの間、三木家の居城であったが、それ以後は松倉城の支城となって自綱の子信綱が城主となる。しかし、信綱は謀反の疑いで松倉城にて誘殺された。以後の城主は不明であるが、冬の拠点として用いられて冬城とも呼ばれ、天正13年(1585年)に金森長近に攻められ落城。萩原諏訪城が築かれると廃城になった。

『飛州志』所載の城図によれば、かつては東西144メートル、南北180メートルの規模で、周囲を空堀に囲まれ、北と東にはさらに二重の空堀が存在したこの城図や現在の遺構のしめすその形状は居館であり、別に詰の山城があったと考えられるが、見つかっていない。

遺構
現在はJR高山本線の線路が跡地を通り、土塁の痕跡などがわずかに残る。城跡は下呂市の指定史跡となっている。アクセスは飛騨萩原駅から徒歩で約20分。

桜洞城の口コミ情報

三河守コーキしゃん様[2010年06月20日]
国道41号線朝霧橋信号を越してすぐに川がありますのでそこを右です。高山線の高架下をくぐると左に入る細い道があります。「桜谷公園」の看板がありますのでその案内に従って行くと公園の駐車場に着きます。
公園の案内図に桜洞城の位置も載ってます。

遺構は少ないですが空堀や石塁が多少残ってました。

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