増島城(ますじまじょう)

増島城の基本情報

通称・別名

所在地

岐阜県飛騨市古川町片原町

旧国名

飛騨国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

金森長近

築城年

天正14年(1586)

主な改修者

主な城主

金森氏

廃城年

元禄8年(1695)

遺構

曲輪、石垣、天守台、横堀(水堀)

指定文化財

県史跡(増島城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

姉小路氏城館(岐阜県飛騨市)[5.7km]
高山城(岐阜県高山市)[12.5km]
三木氏城館(岐阜県高山市)[12.6km]
神岡城(岐阜県飛騨市)[14.5km]
江馬氏城館(岐阜県飛騨市)[14.7km]

増島城の解説文

増島城(ますしまじょう)は岐阜県飛騨市にかつて存在した平城。古川盆地の中央、神通川沿いに位置する。

歴史
金森長近は1585年(天正13年)に三木氏の治めていた飛騨国を攻略して領国とし、本城の高山城および支城の萩原諏訪城、増島城を築いた。増島城の建設は1586年(天正14年)であり、完成すると長近の養子・金森可重が古川城から移って城主となった。

長近が1608年(慶長12年)に没して後継者の可重が高山城に入ると、その長子・金森重近が増島城主となった。可重の死後はその三男である金森重頼が跡を継ぎ、重近は出家して京都に去った。その後は家臣が入ったと思われるが、1619年(元和元年)の一国一城令にともない廃城となって古川旅館と改称し、萩原諏訪城と同様に金森氏の別邸となった。1692年(元禄5年)に金森氏は出羽国上山藩へ移封され、1695年(元禄8年)に高山城とともに破却された。

遺構
城が破却された後は書院は本光寺、城門は林昌寺、円光寺、本光寺などに与えられたとされる。火災にあった本光寺以外の林昌寺、円光寺には山門として現存する。本丸跡には飛騨市立古川小学校と増島天満神社がある。また、増島天満神社の境内は増島城跡として県の史跡に指定されている。

アクセス
JR東海高山本線飛騨古川駅から徒歩5分

参考文献
日本歴史地名大系(オンライン版) 小学館

増島城の口コミ情報

まー宮内卿様[2015年05月01日]
駐車場は小学校の中に停める勇気なく路駐しました。また市内2つの移築門も路駐しました。

三河守コーキしゃん様[2011年10月03日]
天守台と水掘の一部、移築門が残ります。
小学校は解体中でした。白壁土倉などがあり町並みが綺麗で周辺を散策すると楽しいと思います

参議一之介様[2011年04月29日]
隣の広い古川小学校に比べて、かなりこじんまりとしていますが、逆にそれが存在感を増している感じです。

うさチ様[2011年04月10日]
お堀がちんまりとしていて可愛いかったです(o^v^o)

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore