帰雲城(かえりくも(きうん)じょう)

帰雲城の基本情報

通称・別名

返雲城

所在地

岐阜県大野郡白川村保木脇(地図は石碑の場所を示す)

旧国名

飛騨国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

内ヶ島為氏

築城年

寛正年間(1461〜1466)

主な改修者

主な城主

内ヶ島氏

廃城年

天正13年(1585)

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

姉小路氏城館(岐阜県飛騨市)[22.0km]
瀬戸丸山城(石川県白山市)[24.8km]
増島城(岐阜県飛騨市)[27.0km]
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帰雲城の解説文

帰雲城(かえりくもじょう)は、今の岐阜県大野郡白川村保木脇(ほきわき)にあったとされる城。

概要
帰雲城は当地の有力武将:内ヶ島氏の居城であった。寛正年間に内ヶ島為氏により築城された。

天正13年11月29日(1586年1月18日)に天正大地震が起き、帰雲山の山崩れで埋没。城主の内ヶ島氏理ら一族は全て死に絶えてしまい、この瞬間を以て内ヶ島氏は滅亡してしまった。また、そのとき埋まったとされる埋蔵金伝説があることで有名。

なお、城のあった正確な位置は現在も特定されていない。保木脇に帰雲城址の碑が建っているが、その場所が城跡であるとの確証は得られていない。

願泉寺資料
泉州貝塚(貝塚市)にある願泉寺住職道喜(宇野主水)が安土桃山時代につけていた日記、『貝塚御座所日記』に以下の記述がある。

:天正十三年七月五日、未刻、大地震。
:天正十三年十一月十一日、夜九ツ半地震。この頃「光るもの」みたるもの多し。
:廿九日夜四ツ半過ぎ大地震、十余日止まず。京都三十三間堂の六百体の仏像すべて倒る。飛州の帰雲と云う在所内島と云う奉公衆ある所なり。地震に山をゆりくずし山河多くせかれて、内島の在所へ大洪水はせ入って、内島一類地下人にいたる迄残らず死たる也。他国へ行きたる四人残りて泣く泣く在所へ帰りたる由。彼の在所はことごとく渕になりたる也。

他、「越中国名跡志」なる史料にも同様の記述があると言われる。

関連書籍
研究書
まぼろしの帰雲城 - 佐々克明による研究書。新人物往来社1972年刊。ISBN B000J969CK 絶版...

帰雲城の口コミ情報

2021年09月27日 しげしげ右兵衛佐信繁
帰雲城



国道156号を白鳥方面から御母井ダム過ぎると案内板が有るので直ぐに分かりました。立派な城碑がありましたが当然ですが遺構はない様です。

2021年09月05日 くっしー飛騨守尚人
帰雲城



荘川沿いに石碑が建っています。そこから、山を見上げると戦国期の山崩れの痕も見つけることができますよ!でも、実際にどこにあったかは未だ不明。

テレビ愛知で特集していて、奈良大学の千田先生とか元滋賀県立大学の中井先生が解説して見えましたが、結局決め手になるようなものは見つかっていません。

ちなみに10㎞南に遠山家住宅、10㎞北に白川郷と世界遺産の合掌づくりが近くにあります。

2021年05月31日 そらそら伊勢守
帰雲城



国道156号の保木脇付近、脇道に入ってすぐのところに、帰雲城の石碑があります。本当の位置は特定されていないので、この辺りとのこと、地元の方が建てられた観音像とともにありました。
付近の山々は垂直に崩落した山肌が見えるところがたくさんあって、当時の地震の大きさを感じました。

2020年11月09日 ヒデさん美濃守三十郎
帰雲城



荘川ICより国道156号沿いに富山方面に走り、後数キロで世界遺産白川郷の所にあります。石碑、神社、観音像が鎮座していますが当然の事ながら何も城の遺構はありません。目の前の山に当時地震で起きた山体崩壊の後がくっきりと残り災害規模を想像するとゾッとします。少し離れた御母衣ダムのダムサイドパークからもはっきり見える程です。
駐車場はジャリ舗装ですが十分余裕があります。何もないのですぐ皆出て行かれる為まず満車になる事は無い思います。
周辺観光を求めるならば前述の御母衣ダムとダムサイドパーク*ダムカードもらえます。白川郷、平瀬温泉、春には荘川桜があります。
最後になりますがこちらに訪れた際、観音像前で沢山の包みを一つ一つ開きながら丁寧にお祈りされていた方がいらっしゃいました。後から訪問した日が廃城になった11月11日に近く、その為の供養だったようです。400年前の悲劇は地元の方にとって現代まで続く地続きの現実なのだと感じました。


2018年06月30日 課長大和守side-B
帰雲城

城跡埋没地を望む地には立派な城跡碑と犠牲者を悼む祠があるのみで侘びしげな雰囲気に満ちています。
今後埋没地点の発掘があるとのことですが大変な作業になりそうですね…(^^;
なお、御母衣ダムの南端近く荘川であいの森には内ヶ島氏が帰雲城へ移る前の居城であった向牧戸城があります。
こちらは遺構も残っており気軽に見学出来ますので併せて訪問されると良いと思います。

2011年04月10日 古楽侍従広家
帰雲城

朝廷にも多額の銀を献上していたために、確実に埋蔵金がある場所の一つと言われています。しかしここの埋蔵金を掘るとなれば赤城山程度の規模では済まないでしょうね。

2010年10月07日 tomm加賀守
帰雲城

城址碑は国道156号沿いにあり看板もあるので分かりやすいです。
またその石碑の正面に見える上部が崩れた山が帰雲山です。

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