幻城(まぼろしじょう)

幻城の基本情報

通称・別名

(上城・下城)

所在地

愛媛県西条市小松町新屋敷(地図は上城の場所を示す)

旧国名

伊予国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

岡通守

築城年

南北朝時代

主な改修者

黒川元春

主な城主

岡氏

廃城年

天正13年(1585)

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

再建造物

説明板

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幻城の解説文

幻城は上城と下城、2つの砦からなり、南北に尾根続き約2キロに及ぶ山城である。

この砦は河野一族が支配した。河野通信の子信家が同族河野信時の養子となり岡の庄を領していたので岡姓を称するようになった。信家7代の孫通昌が田滝村に住して幻城代となった。

興国3年(1342)南朝の惣大将脇屋義助が国府の城で病死したすきに北軍四国の総大将細川頼春が予州に攻め込んだ。川之江城を落し、新居郡に入り大保木天河寺に陣を取り幻滅内に押し寄せる。下城を守る岡弾正は城兵600余騎を率いて大日寺あたりで合戦、敵将香西出雲守と相討ちになり討死、上城の大将岡若丸は二陣の将矢野肥前守を討ち取ったが遂に城に入って自刃した。

このとき玉砕した将兵600余人の霊を祀る五輪の塚は下城ふもとにあり、千人塚と呼んでいる。

天文のころ、剣山城主黒川肥前守元春が幻の古砦を修復して出城としていたが、天正の陣後廃城となったという。

参考文献
『小松町誌』

情報提供:西条市教育委員会社会教育課歴史文化振興係

幻城の口コミ情報

2020年11月13日 スイトピー❁ 伊予守
幻城



*四国八十八ヶ所61番札所「香園寺」から小松大谷池公園を抜け奥の院へ。更に進むと道の終点に駐車場と案内板がある。
伊予最大の難所と言われる西日本最高峰「石鎚山」の中腹にある60番札所「横峰寺」の遍路道方面に上城がある。
・幻城は上城と下城から成る山城で、南北朝時代、岡氏によって築かれたとされる。
・駐車場に停車し、案内板から横峰寺方面へ進むと上城への登城口が、又反対に北側に進むと下城へ行くことができる。
・先ずは上城へ〜坂道を登り始めた。訪れた日が日曜日という事もあってか、しばらく進むと、団体数十名のお遍路さんが横峰寺方面より下りてこられた。
上城への分岐点に休憩所とトイレがあり、真っ直ぐ進むと横峰寺方面、右へ進むと展望台。(展望台は立派な木の休憩所が建てられていたが、草木が茂り過ぎていたため、山頂からの眺めは見えづらかった)
左へ進むと上城主郭へと繋がる。
・郭IIから郭Iへ繋がる木の階段がある。進むと主郭へと到着。説明板があった。
・主郭は東西に細長く北、西端に土塁ある。
・郭IIIへ降りる。土塁、連続堀切が沢山確認でき、竪堀もあって想像以上のスケールに大興奮だった。
・下城へは、一旦下山し最初の駐車場より続く北側の細い道を進んだ。
途中、分岐点に案内板があるのでそちらへ登り進むと階段で整備されており、10分程で単郭の主郭へ到着する。上城と同じ内容の説明板があった。
南東背後に土塁、南側に二重堀切を確認。また行きたいと思わせてくれる城跡だった。(2020.11.8訪問)

2012年06月06日 伊予守菜々
幻城

四国霊場61番札所香園寺の奥の院を通り過ぎた更に奥の終点に駐車場があり、そこから左の遊歩道を20分程行けば下城跡、右の遍路道を一時間近く行けば上城跡への道標があります。
一応遊歩道ですが手入れされてないので草ぼうぼう…特に上城跡は完全装備をお勧めします

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