西条陣屋(さいじょうじんや)

西条陣屋の基本情報

通称・別名

西条藩陣屋

所在地

愛媛県西条市明屋敷234

旧国名

伊予国

分類・構造

陣屋

天守構造

なし

築城主

一柳直重

築城年

寛永年間(1624〜1644)

主な改修者

主な城主

一柳氏、松平氏

廃城年

遺構

横堀(水堀)、腰巻石垣、土塁、大手門(西条高等学校正門)、北御門、御広敷門(大通寺山門)、西条藩政庁玄関(妙昌寺庫裡の玄関)

指定文化財

市史跡(西条藩陣屋跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

土居構(愛媛県西条市)[2.7km]
鷺ノ森城(愛媛県西条市)[8.6km]
幻城(愛媛県西条市)[8.9km]
金子山城(愛媛県新居浜市)[9.6km]
生子山城(愛媛県新居浜市)[12.6km]

西条陣屋の解説文

慶長6年(1601)に一柳直盛は、論功により伊勢国神戸5万石の領地を与えられた。その後、河野氏を祖とする直盛は郷国伊予に領地替えを願い出て、寛永13年(1636)に6万8600石に加増され、西条領を与えられた。

しかし、直盛自身は、西条に来る途中、大阪で病没したため、封地は幕命によって長男直重に西条3万石、2男直家に川之江2万8600石(播州小野1万石を含む)、3男直頼に小松1万石と分知された。

西条3万石を与えられた直重は陣屋を築造し、城下町を開いた。その後、子の直興が藩政を継いだが、失政があったとして寛文5年(1665)に幕府に領地を没収され、加賀藩前田家に預けの身となった。

寛文10年(1670)には、紀伊大納言徳川頼宣の2男松平頼純に西条の領地が与えられ、第2次西条藩の初代藩主となった。以来、10代藩主松平頼英が明治2年(1869)に版籍を奉還するまでの200年間、西条は城下町として繁栄した。

参考文献
『西条市の文化財』

情報提供:西条市教育委員会社会教育課歴史文化振興係

西条陣屋の口コミ情報

まー宮内卿様[2015年10月11日]
西条高校正門と隣接する愛媛民芸館前にも数台駐車出来るが市役所駐車場がすぐそばにあります。

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