今治城(いまばりじょう)

今治城の基本情報

通称・別名

吹上城、吹揚城

所在地

愛媛県今治市通町3-1-3

旧国名

伊予国

分類・構造

輪郭式平城(海城)

天守構造

型式不明[5重?/1608年築/解体(丹波亀山城へ移築?)]、複合式望楼型[5重6階/1980年築/RC造模擬]

築城主

藤堂高虎

築城年

慶長7年(1602)

主な改修者

主な城主

藤堂氏、松平(久松)氏

廃城年

明治6年(1873)

遺構

曲輪、石垣、横堀(水堀)、犬走り

指定文化財

県史跡(今治城跡)

再建造物

模擬天守、鉄御門、多聞櫓5棟、石垣、石碑、説明板

周辺の城

来島城(愛媛県今治市)[7.1km]
世田山城(愛媛県西条市)[10.1km]
永納山城(愛媛県西条市)[10.9km]
怪島城(愛媛県今治市)[11.6km]
高仙山城(愛媛県今治市)[12.6km]

今治城の解説文

今治城(いまばりじょう)は、伊予国越智郡今治(四国・愛媛県今治市通町三丁目)にあった日本の城。昭和28年(1953年)10月9日に愛媛県史跡に指定された。別称「吹揚城(吹上城)」。

歴史・沿革
江戸時代
慶長7年(1602年)、藤堂高虎によって築城開始され、慶長9年(1604年)に完成した。普請奉行として渡辺了の名が知られている。今治城完成以前の今治の支配拠点は、唐子山山頂にあった国府城であったが、より能率的な都市経営を目指すため築城された。構造は、三重の堀に海水を引き入れた特異な構造で、当時は海から堀へ直接船で入ることができるなど海上交通の要所今治らしく海を最大限に活用した城となっている。日本三大水城の一つに数えられている。

二之丸に藩主館、中堀以内に側近武士の屋敷、外堀以内に侍屋敷、城門が9ヶ所、櫓が20ヶ所と非常に広大な造りだった。慶長14年(1609年)、高虎が伊勢国津城に移封となり、同時に天守は丹波国亀山城に移築されたと伝わる。高虎自身は移封されたが今治領2万石は飛び地として残り養子の高吉が居城した。

寛永12年(1635年)、高吉は伊賀国名張に移り、代わって伊勢国長島城より松平(久松)定房が入城し、以後、明治維新まで今治藩・久松松平氏の居城となった。広大な城郭は江戸260年間保たれたが、明治維新以後、廃城令施行前の明治2年(1869年)に廃城され、ほとんどの建築物が破却された。このとき二の丸北隅の武具櫓は収蔵物とともに残されたが、明治4年(1871年)に火災が発生した際、内部の火薬に引火して爆発炎上し破壊された。

現代
石垣と内堀がほぼ江戸時代の姿を残している。

昭和55年(1980年)に5層6階の天守が鉄筋コンクリートで建てられた。詳細は後述(天守の存否)を参照。

昭和60年(1985年)に東隅櫓が御金櫓として再建された。外観は今治藩医の半井梧庵が残した写真をもとに復元されている。名称は今治城の古絵図において東隅櫓に御金蔵という蔵が併設されていたことに因る。

平成2年(1990年)に二の丸西隅に山里櫓が再建された。

平成18年(2006年)4月6日、日本100名城(79番)に選定された。
...

今治城の口コミ情報

尻啖え孫市下総守様[2017年05月21日]
何度も主君を変え、節度がないことで有名な藤堂高虎が、心血注ぎ、当時の最先端の築城技術をもって作った海城。今治市が高虎の名誉を回復せんとばかりに建てた馬上の平服姿の銅像が素晴らしい。この城の役目は、関ヶ原の戦い以降の西(特に大坂を中心とした瀬戸内海)への監視であった。この城を見ると、大戦後、実は劣勢であった家康から受けた高虎への多大な期待や信頼がかいまみえる。航海は、電車や飛行機や車がない時代の有効な交通手段であった。海(琵琶湖も含む)を制するものが日の本を制する。ここからの瀬戸内海の眺望が素晴らしいのも頷ける。

小山 右兵衛督 政光様[2017年05月12日]
天守は鉄筋コンクリートで、中は資料館のようですが、10年前に復元されたくろがね御門は木造で、中に入るとお城の雰囲気が味わえます。そして思いのほか広く感じられます。
3つの櫓の中でも特にここがオススメ。

堀は海水が入っている影響で、海の魚がたくさんいると書かれてましたが、小さなフグ十数匹しか発見出来ませんでした。

スーパーキャット様[2017年05月11日]
天守閣、櫓が再建されています。天守閣が入場券を買わないと櫓には入れませんので、まずは天守閣に行ってください。
天守閣最上階にスタンプラリーのシートとスタンプがあります。簡単なスタンプラリーです。4つのスタンプを集めると今治城の絵葉書がもらえます。

五瓜ニ唐花紋内大臣や〜きみ様[2017年05月08日]
剥製とか色々な展示物がありました。
神社もあり、天守閣もあり。
城内散歩して二時間くらいかかりましたね。
全部くまなく見たら。

織田左兵衛督晃司1202晴天様[2017年02月27日]
今治城の堀は海水で、タイやヒラメ、チヌ(クロダイ)等が泳ぐ。
そして広い犬走りの2点が今治城の特徴。

丹波亀山城や藤堂家の古文書を元にした復興天守はほっそりしたイメージがする。

事務職員K様[2017年01月18日]
日本三大水城の一つ
綺麗なお城

参議一之介様[2016年07月06日]
今治駅からバスで約10分、今治城前バス停下車すぐです。バスの本数は比較的多いですが、特に帰りのバスに関して注意点がひとつ。
例えば同じ15時台でも、10分間に3本ほど来る時間帯があるかと思えば、30分開くところも。城に行く前に、帰りのバスの時間は必ず確認してください。私は本数が多いことしか頭になくて、1本見送ったら30分待つことになり、さらに特急列車も1本後になってしまいました。

飲んだくれ山城守ジョニィ様[2016年01月23日]
天守にあるトイレの壁は天守台の石垣を利用しているので見応えあり。

河野治部少輔かぱ通様[2015年10月03日]
城前に駐車場有。今治駅からバスも出ているのでそちらも便利。模擬天守内部は具足、書状、武具など展示物も豊富で、眺めも最高です。この間、サメが出た!などと騒がれたお堀の水はもちろん海水。潮の香りのする海城です。

いつりん様[2015年08月29日]
天守に上がるとホントに海がすぐそこにあるのがわかりました。

野呂利駿河守休三様[2015年02月28日]
天守と三つの櫓でスタンプラリーやってます。コンプすると3種類のポストカードから1枚貰えます。
スタンプ貰うためだけでも入館券が要ります。
なお入館券自体は当日のみ有効。今日は天守だけにして残りは別の日に~ということはできません。

志賀主計頭親次様[2014年09月12日]
9/9PM登城。
枡形虎口や広いお堀など高虎の縄張さすがの一言に尽きます。
模擬天守内や櫓内の展示物が豊富で見応えあり(^^)
今治名物焼豚玉子飯美味しいです!

尾張守ひろっちぃ様[2014年06月01日]
天守閣の入城料は500円で天守と御金櫓、山里櫓、鉄御門武具櫓全て共通券になっています。
100名城スタンプは天守閣一階の事務所にありました。

ばくりんこ右京大夫様[2012年09月03日]
天守閣は鉄筋コンクリートの模擬再建なもののそこからの眺めは格別です。緻密な縄張りを楽しめますし、何と言っても穏やかな瀬戸内海の眺望は素晴らしい。しまなみ海道も彼方に見渡せます。
現存天守目的の四国探訪ではありますが、ここも外さず訪れてください。

中納言M三郎様[2011年12月17日]
藤堂高虎流築城術、見事です。コンパクトでシンプルな縄張りと塁線上の重装備な防御施設、攻めにくく防御に適した高石垣と堀幅、降水量の少ない瀬戸内で海水を堀に導入して防御力を確保し、街を開きやすく港を併設できる海浜部への選地など、合理的かつ機能的で、さまざまな発想とその実践、そして成功、すばらしいの一言に尽きます。
 この成功が、後に各地で築かれる徳川系城郭の技術的支柱になっていく…今治城は、その原点となっているように思われます。私が訪れた中で、最も好きな城のひとつです

春風十勝守世遊様[2011年09月17日]
まず天守閣でチケットを買って登城、そのチケットで3つの櫓も見学できます。チケットは天守閣でしか売ってませんよ
百名城スタンプは天守閣受付、状態はやや薄いが綺麗

tomm加賀守様[2010年09月13日]
建築家の方が監修した夜のライトアップもイイですよ

鉄板焼き鳥も絶品です!

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月25日]
[武将像]藤堂高虎像
本丸跡に平服騎馬像が鎮座。
三重県津城に甲冑騎馬像が鎮座。同じ像が生誕地である滋賀県甲良にあり(津城参照)。

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