国分山城(こくぶやまじょう)

国分山城の基本情報

通称・別名

国府城、唐子山城

所在地

愛媛県今治市古国分3

旧国名

伊予国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

村上氏

主な城主

脇屋義助、河野氏、村上元吉、小早川隆景、福島正則、池田秀雄、小川祐忠、藤堂高虎

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

今治城(愛媛県今治市)[4.7km]
世田山城(愛媛県西条市)[5.6km]
永納山城(愛媛県西条市)[6.3km]
鷹ヶ森城(愛媛県今治市)[8.9km]
鷺ノ森城(愛媛県西条市)[11.2km]
来島城(愛媛県今治市)[11.7km]
高仙山城(愛媛県今治市)[14.5km]
能島城(愛媛県今治市)[17.9km]
西条陣屋(愛媛県西条市)[18.0km]
幻城(愛媛県西条市)[19.2km]

国分山城の口コミ情報

2026年04月28日 尼崎城伊勢守一口城主
脇屋義助公廟[国分山城  寺社・史跡]



4月中旬、知人に誘われ四国に上陸。四国霊場59番札所で解散となり、札所の鐘楼前に<吉野朝忠臣脇屋義助公霊廟道>之ヨリ二丁との道標(写真①)があったのでお参りに向かいました。写真②中央の山が西側から望む国分山城で、写真で見えているソーラーパネルの左から1、2基辺りの左側にかすかに見える階段を上がった所に霊廟があります。写真③のなだらかな坂道を上がっていくと霊廟前(写真④)に辿り着けます。本堂(写真⑤)の裏手に脇屋義助公のお墓🪦(写真⑥)がありました。説明板(写真⑦)を読むと脇屋義助公は新田義貞の弟で南軍の総帥として伊予に送られるも不運にも病に斃れ38才で急逝した武将とのことでした。廟堂の脇には説明板終盤に記載の通り、今治藩の儒学者佐伯惟忠が建てた表忠碑(写真⑧)がありました。

2026年04月28日 尼崎城伊勢守一口城主
国分山城



[搦手側(西側)よりの進軍編]
4月中旬、四国88ヶ所霊場59番札所国分寺方面からアプローチ。西側より山城を眺めてみました(写真①、②)
吉野朝の忠臣脇屋義助公(新田義貞公の弟)の霊廟をお参り後、霊廟前の道標(写真③)に字が薄れて見えづらいかもしれませんが<史跡・名所の小路➡︎唐子山>とあり、山城を目指しました。道標通り直進したら良かったのですが、私は鳥越池公園を経由してしまいましたが誤差の範囲で公園付近の池の間(写真④)を通って東村鳥越線に出て登山口はないかと辺りをキョロキョロ👀すると唐子山公園緑地の道標(写真⑤、⑥)を発見‼️遊歩道入口の道標(写真⑦)に従って登山を開始して私の足で6分程で山頂に到達🥾下山時は県道38号線側に下ったところ、駐車場🅿️やトイレがある場所に国分山城の説明板を発見。そちらの縄張図(写真⑧)を確認したところ、私は郭Ⅰ(主郭)の南西方面(縄張図左下の国分5丁目辺りに載っている唐子山遊歩道)から郭Ⅱを経由して搦手方面から登ったようでした。登山前にお参りした脇屋義助公霊廟前の説明板に「阿波の守護細川頼春が大軍をひきいて伊予に侵入した」との一文があったので城山の阿波方面(東側)の守りを重点的に固めた城郭だったと思われます🤔

2026年04月28日 尼崎城伊勢守一口城主
国分山城



[散策編]
城山の搦手(南西)側から唐子山遊歩道を進み、縄張図を照らし合わすとおそらく写真①が郭Ⅱで写真①からわずかに見えている郭Ⅰ/主郭(写真②)に到着。標高105mの唐子山(写真③)の山頂の郭Ⅰに設けられた説明板(写真④)を読むと説明文後半に藤堂高虎公が今治城を築く際に国分山城の城壁の石を運びさったとありました🪨今治城は城山からしまなみ海道方面を望むと写真⑤左側に今治のランドマークの今治国際ホテルが見えているのですがホテルのやや左にかすかに今治城が見えています。※距離感は違いますが彦根城と佐和山城の関係に似ているような気がしました(佐和山城廃城後、部材が彦根城築城に用いられた)
復路は写真④の説明板横に今治藩主のお墓の道標があったので、そちらをお参りしようと大手(東)側より下山。
道中、郭Ⅳ、Ⅴ、Ⅵの段曲輪(写真⑥)が見られました。下山して写真⑦の正面に見える丘に今治藩主のお墓があり、写真⑦中央やや右辺りに国分山城説明板、駐車場🅿️、トイレがありました。

2026年04月28日 尼崎城伊勢守一口城主
今治藩主墓所[国分山城  寺社・史跡]



国分山城後、今治藩主のお墓参りに向かいました。
参道(写真①、②)を進んでいくと説明板(写真③)の通り、藤堂高虎公が伊勢に移った後、徳川氏の一門であり松山藩久松氏の分家で久松家の今治藩主の初代、3代、4代の墓所がありました。説明板より写真④の中央が初代久松定房公、左に3代定陳公、右に4代定基公のお墓でした。近くで初代(写真⑤)、3代(写真⑥)、4代(写真⑦)のお墓をお参り🙏
説明板(写真③)下部に「眼下に唐子浜を眺め大変景色のよいところである」との一文通り、墓所は瀬戸内海の見晴らしの良いところでした(写真⑧)

2025年03月23日 生駒伊予守江現蔵☆
国分山城



国分山城は伊予国今治市の標高105.3mの唐子山(からこやま)に築かれていて、現在は公園として整備されています。

築城年代は不明ですが、南北朝時代は南朝側の拠点でした。1585年羽柴秀吉による四国征伐では小早川隆景の軍勢が攻め寄せ、城主村上武吉は戦わずして開城しました。

その後は小早川隆景、福島正則など有名武将が城主になり、1600年の関ヶ原合戦で軍功を上げた藤堂高虎が宇和島から居城を移しましたが、高虎は今治城を築城し廃城となりました。

3月の少し暑いリア日和、今治城リアの後に寄りました。駐車場の案内板に縄張り図があるので写真を撮って確認しながら進むと、唐子山公開緑地の登山口看板があり、杖があるので拝借して登ります。

比高90m程ですが、かなり急です。コンクリートの遊歩道が曲輪を突き抜けているので、急階段を登って削平地になると曲輪跡という感じで7つの曲輪があります。10分程で本丸に着き、景色は抜群です。さらに進むと郭IIがあります。

曲輪内は「果樹園等に立入らないで下さい 今治市」の看板があり、ロープが貼られている所もあって、入れませんでした。果樹園というより、竹薮でした。

山の麓にも曲輪があるので、下山後も調査しました。畑になっている曲輪、民家が建っている曲輪もありました。堀跡も確認して縄張り図の調査終了。1時間ちょっとの楽しい散策でした。

2024年05月25日 「s#s」麦わら
国分山城

右側に池がある場所から、左上に上がるちょっと勾配のある舗装路を通り竹藪を突き抜け、階段が多いですがかなり整地されており、不覚にもヤブ蚊被害にあいながらでした。登り口右側にある看板の後ろに杖が有ります。少し登ると丁寧に傘立てにも杖を用意して下さってました。

2023年07月18日 つか征夷大将軍
今治藩主墓所[国分山城  寺社・史跡]



今治藩主であった初代松平定房、3代定陳、4代定基の墓所があります。久松松平氏は徳川氏の一門であり、また松山藩久松松平氏の分家でもあります。 藤堂高虎が伊勢に移った後へ、寛永12年定房は 伊勢長島6千石から4万石で今治に転封となります。 それから10代明治に至るまで代々今治藩主として藩政を行って来ました。今治城からは遠いですがお寺でもあったのでしょうか?

2022年08月27日 やまてつ伊予守
国分山城



公園として整備されているので、近くの池の側に駐車スペースとトイレ、案内板があります。階段等も整備されています。

2022年05月27日 スイトピー❁伊予守
国分山城



以前より公園部の主郭周辺は雑木伐採されスッキリしていたが、それぞれの尾根にある郭は藪に覆われ分かりづらかった。山頂の主郭(公園展望台)から東側に4〜5程の郭が点在。西側には2つの郭がある。また、東麓にはL字状の水堀に囲まれた方形状の居館がある。

伐採された事で見えた石垣の痕跡かな?と思うような石も転がっていたが、今治城築城の際に石垣を運んで使用したと言われているため、確認出来ない。また、主郭を取り巻く幅4メートル程の武者走りも年々雨に流されて僅かに痕跡を留めるほどしかなかった。

展望台よりの素晴らしい眺望は瀬戸内海の島々がよく見え、海にごく近い位置にもあり海城としての機能も有していた可能性がある。

今回、曲輪はもちろん土塁、横堀も確認することができた。縄張り図や鳥瞰図を拝見したが、単純でコンパクトな構造であり山麓居館がメインでその背後の山上に詰めの城を置く、といった城郭である。(2022.5.22訪問)

2021年04月09日 スイトピー❁伊予守
国分山城



標高106mの唐子山の山頂に国分山城は立地している。北には県指定の今治藩主の墓所があり立ち寄った。北西麓下には脇屋義助の廟がある。名所の小路となっているようだ。登城口手前(鳥越池付近)には駐車場、トイレ、説明板が完備されている。南に少し進むと登城口はあり、コンクリートスロープになっている。そこから、南西へ抜ける遊歩道(公園)として整備されている。

主郭からの眺望は絶景で、北西部に今治平野。北部には芸予諸島。東部眼下には燧灘。南部には世田山城や永納山城を望むことが出来る。唐子山の山頂から東側へ伸びる尾根を数段に削平し出郭を形成している。山頂主郭には三角点と説明板がある。今回、主郭周辺の石積み等の遺構は確認することが出来なかった。
(2020.4.6訪問)

国分山城の周辺スポット情報

 郭Ⅱ(遺構・復元物)

 霊仙山城(周辺城郭)

 拝志城(周辺城郭)

 今治藩主墓所(寺社・史跡)

 脇屋義助公廟(寺社・史跡)

 小川祐忠供養塔(寺社・史跡)

 トイレ(トイレ)

 駐車場と説明看板(駐車場)

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