鷺ノ森城(さぎのもりじょう)

鷺ノ森城の基本情報

通称・別名

鷺森城、鷺の森城

所在地

愛媛県西条市壬生川21

旧国名

伊予国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

桑原通興

築城年

応永年間(1394〜1428)

主な改修者

主な城主

桑原氏(壬生川氏)、金子氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

永納山城(愛媛県西条市)[5.0km]
世田山城(愛媛県西条市)[6.2km]
幻城(愛媛県西条市)[8.1km]
西条陣屋(愛媛県西条市)[8.6km]
土居構(愛媛県西条市)[10.2km]
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鷹ヶ森城(愛媛県今治市)[14.3km]
今治城(愛媛県今治市)[15.9km]
金子山城(愛媛県新居浜市)[17.6km]

鷺ノ森城の解説文

応永元年(1394)11月、伊予国守護河野通之が、道前各郡を鎮撫するために、神領壬生川郷(壬生川・円海寺・明理川・北台)1000貫の地を没収して、一族の桑原河内守通興(出雲坊宗賢の裔)を移住させて築かせた城である。

この城は、水郷壬生川の地形を巧みに生かした和戦両用の臨海平城で、燧灘の入江の沼地を利用して、城の南と東は葦の茂る湿地に濠を巡らして固め、北は潮沼を掘り開いて海水を入れ、航路を兼ねた水濠にした。

大手口は西側に置き、壕の土居を一段高く築いて、これに一ツ橋を架け、その後方に大手門、更に奥に桜御門を造って守備を固め、城内には有力家臣を住まわせたと伝えられる。

桑原通興は、後に氏を壬生川と改め、その子孫は、四国征伐で小早川隆景に滅ぼされるまで。河野家の出先機関としての職務を相伝えた。

参考文献
『東予市誌』

情報提供:西条市教育委員会社会教育課歴史文化振興係

鷺ノ森城の口コミ情報

2021年01月07日 スイトピー❁ 伊予守
鷺ノ森城



現在の鷺ノ森神社境内辺りに築かれていた。垣上城とも云う。狛犬前に城跡碑があります。築城当時は海(燧灘)に面していた城郭で、海城としての機能を持っていたと思われます。ちょうど北東から南西にかけてL字水路がありました。海と繋がる水路…堀の名残りのようです。堀をめぐらし守りを固めていたのだろうと、想像を膨らませながら思いを馳せました。

境内には所縁のある壬生川小学校校歌の石碑や市指定天然記念物の楠、「藩政代の年貢米庫倉の跡」碑などがあります。

境内を一周まわり、土塁跡があっただろうと思われるこんもりした高さを見つけましたが…整備され、その姿は分かりづらい。大手口は西側とされてますが現在は国道196号線のため埋め立てられています。

直ぐ近くに登録有形文化財、江戸末期の「越智家住宅」があります。重厚な景観で一際目を引く。併せて一見の価値ありです。


2020年10月16日 た〜坊 対馬守
鷺ノ森城

伊予十城の一つの可能性が高い城です。歴史的な背景を想像しながら訪れるのも面白いです。

2020年10月03日 スイトピー❁ 伊予守
徳能城[鷺ノ森城  周辺城郭]



徳能集落の西に聳える比高40m程の常石山頂にある、中世の山城。北西に突き出た得能氏の居城。

主郭とされる山頂部は整備されており、切岸がある程度でその他の遺構は分からなかった。陸軍大将、秋山好古書の徳能道綱忠魂碑が建てられていた。廃城し風化していくさまに、懸命に生きた武士の姿、想い、想像し偲んだ。

登城ルートは狭く細い坂道となっていて、迷いそう…途中からは徒歩にての登城を、おすすめします。案内の標識、標柱が見えてきますが、随分と老朽化しており見落とさないように。(また、看板は真っ二つに割れていて周りを探したが片割れが見つからず)案内通り林道山奥へ進む。昼間でも薄暗く、急な坂道をゆっくり登ると北側虎口だったろう景色が見えてくる。

2020年08月18日 美酒乱⭐︎桃太郎伊予守
徳能城[鷺ノ森城  周辺城郭]

県道150号線より細い道を東へ600mほど行った表記番地の先に「常石山直進」の看板がありその先の墓地手前に1台駐車できる。250mほど行くと「徳能公忠魂碑/シロノッサンは直進」の標柱があり、左の山通じる舗装された道を登ると「徳能道綱忠魂碑」が建てられている。

【歴史】 徳能集落の北西方常石山上にあった中世の城で、河野氏の流れをひく得能氏の居城であった。「伊予国桑村郡得能村地誌」には「東西24間南北16間、山の絶頂にあり…」とある。
南北朝時代に、南朝方の忠臣として、新田義貞に従い、得能通綱が土居通増(久米郡石井郷土居)らとともに各地に転戦したが、延元2年(1337年)、越前金ヶ崎の戦いで一族と自刃して果てた。
昭和3年、昭和天皇御大典記念事業として、常石山山頂に通綱の忠魂碑が建立された。碑表の揮毫(きごう)は陸軍大将・秋山好古によるものである。また、徳田小学校校庭の西端には、得能、土居両氏の供養塔も建っている。『今どきの西条(西条市観光物産協会)』より引用。

2020年05月05日 近江守Silvine
象ヶ森城[鷺ノ森城  周辺城郭]



象ヶ森城は徳能城を築いた徳能氏の支流、重見氏によって築かれました。後に同じく河野氏に属した櫛部氏の居城となります。長宗我部氏による伊予侵攻の際に、土佐方に与した金子元宅に攻められ落城しました。

城は東西に伸びる尾根に郭を展開し、それぞれを大きな深い堀切で隔て、土橋や石積も一部残ります。主郭には水道施設が残りますが、現在は使われていないようでした。

麓の観念寺に駐車場と説明板があります。寺の裏から林道が続いていますが、途中で消えてしまいます。そこからは尾根を目指して獣道を直登し、尾根沿いを進むと城に辿りつきます。麓からは徒歩25分ほどです。

2012年08月25日 伊予守菜々
鷺ノ森城

今は鷺森神社になっています。

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