水城(みずき)

水城の基本情報

通称・別名

大水城、水城大堤

所在地

福岡県太宰府市他/大野城市/春日市

旧国名

筑前国

分類・構造

防塁

天守構造

なし

築城主

天智天皇

築城年

天智天皇3年(664)

主な改修者

主な城主

防人司

廃城年

遺構

土塁

指定文化財

国特別史跡(水城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

大宰府(福岡県太宰府市)[2.1km]
岩屋城(福岡県太宰府市)[2.6km]
大野城(福岡県大野城市)[3.6km]
有智山城(福岡県太宰府市)[6.3km]
稲居塚城(福岡県福岡市)[6.3km]
岩門城(福岡県那珂川市)[6.8km]
宝満城(福岡県太宰府市)[7.4km]
阿志岐山城(福岡県筑紫野市)[7.6km]
古野城(福岡県福岡市)[7.6km]
基肄城(佐賀県三養基郡)[8.4km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)182 水城

設置場所

水城館[地図
大野城 心のふるさと館[地図
JR水城駅[地図

水城の解説文



水城(みずき)は、福岡県太宰府市・大野城市・春日市にまたがり築かれた日本の古代の城である。城跡は、1953年(昭和28年)3月31日、国の特別史跡「水城跡」に指定されている。

概要 

『日本書紀』に、「・・・。また、筑紫国に大堤(おおつつみ)を築き水を貯へしむ、名づけて水城(みずき)と曰ふ」と、記載された城である[1]

白村江の敗戦後、倭国には唐・新羅軍侵攻の脅威があり、防衛体制の整備が急務であった。天智天皇三年(664年)の唐使来朝は、倭国の警戒を強めさせた。この年、倭国は辺境防衛の防人(さきもり)、情報伝達システムの烽(とぶひ)を対馬島・壱岐島・筑紫国などに配備した[2]。そして、敗戦の翌年に筑紫国に水城[3]を築く。また、その翌年に筑紫国に大野城が築かれた。ともに大宰府の防衛のためである[4]

水城は、大野城のある四大寺山(大城山)と[5]、西側の大野城市牛頸(うしくび)地区の台地の間の、一番狭いくびれ部を塞ぐ形で造られている。全長約1.2キロメートル×高さ9メートル×基底部の幅約80メートル・上部の幅約25メートルの二段構造の土塁で、東西の端部の東門と西門が開く。土塁の基底部を横断して埋設された木樋(もくひ)は、長さ79.5メートル×内法幅1.2メートル×内法高さ0.8メートルである。土塁の博多側の現水田面より5メートル下に、幅60メートル×深さ4メートルほどの外濠が存在する。

水城は、平野を遮断する直線的な土塁と外濠をあわせもつ「城壁」(防塁)である。中央に御笠川が北流する沖積地の軟弱地盤に築かれる。土塁の最下層部に多量の枝葉を混入し、基礎地盤を強化する、敷粗朶(しきそだ)工法で施工されている。また、土塁の上層部は、土質の異なる積土を10センチメートルほどの単位で硬く締め固めて積まれた、版築(はんちく)土塁である[6]

水城は、博多湾側の福岡平野から筑紫に通じる平野を閉塞する「遮断城」である。東門と西門が設けられ、福岡方面から2道が通過していた。西門は3期の変遷が確認され、大宰府と筑紫館(後の鴻臚館)を結ぶ、儀礼的な外交の主要道として8世紀後半まで機能していたとされている[7][8]

水城の西方に、丘陵の間を塞ぐ複数の小規模の土塁遺構がある。水城と一連の構築物で、「小水城(しょうみずき)」と総称される。土塁の長さ約80メートルの「上大利小水城」・土塁の長さ約100メートルの「大土居小水城」[9]・土塁の長さ約80メートルの「天神山小水城」などである[10]

また基山町にも、基肄城に連なると考えられる関屋土塁跡やとうれぎ土塁跡があり、これらも小水城と呼ばれる。

天智政権は白村江の敗戦以降、唐・高句麗・新羅の交戦に加担せず、友好外交に徹しながら、対馬〜九州の北部〜瀬戸内海〜畿内と連携する防衛体制を整える。また、大宰府都城の外郭は、険しい連山の地形と、それに連なる大野城基肄城と平野部の水城大堤や小水城などで防備を固め、この原型は、百済の泗沘都城にあるとされていた[11]。しかし当時はまだ大宰府が機能していなかったとして否定されつつある。

関連の歴史 

『日本書紀』に記載された白村江の戦いと、防御施設の設置記事は下記の通り。

  • 天智天皇2年(663年):白村江の戦いで、倭(日本)・百済復興軍は、朝鮮半島で唐・新羅連合軍に大敗した。
  • 天智天皇3年(664年):対馬島・壱岐島・筑紫国などに防人と烽(とぶひ)を配備し、筑紫国に水城を築く。
  • 天智天皇4年(665年):長門国に城を築き、筑紫国に大野城基肄城を築く。
  • 天智天皇6年(667年):大和国に高安城・讃岐国に屋嶋城・対馬国に金田城を築く。この年、中大兄皇子は大津に遷都し、翌年の正月に天智天皇となる。

調査研究 

遺構に関する事柄は、概要に記述の通り。

  • 考古学的調査は、1913年(大正2年)の黒板勝美・中山平次郎の土塁断面の調査と、1930年(昭和5年)の長沼賢海・鏡山猛の木樋の調査があるが、本格的な発掘調査は1970年(昭和45年)に開始された。それ以降、福岡県教育委員会・九州歴史資料館・太宰府市・大野城市が、継続的に調査している[12]
  • 1975年(昭和50年)の発掘調査で、水城大堤の博多側に外濠が存在することが判明した。1978年(昭和53年)の発掘調査で、8世紀後半代の「水城」銘の墨書土師土器が発掘された[13]

  • 2013年から2014年にかけて、福岡県教育委員会は、100年ぶりに土塁断面の再調査を行った[14]
  • 九州管内の城も、瀬戸内海沿岸の城も、その配置・構造から一体的・計画的に築かれたもので、七世紀後半の日本が取り組んだ一大国家事業である[15]
  • 2019年2月26日、大野城市下大利にある「父子嶋(ててこじま)」が国特別史跡「水城跡」に追加指定された[16]

その他 

  • 九州旅客鉄道の鹿児島本線の「水城駅」は、『日本書紀』の「水城」に由来する。水城駅の近くで、列車は「水城の土塁切断部」を通過する。
  • 平成25年〜27年の三か年にわたり、「水城・大野城基肄城 1350年記念事業」が企画され、関係自治体に加え、官民も連携した各種の記念事業が展開された[17]
  • 2017年(平成29年)、続日本100名城(182番)に選定された[18]
  • 2017年(平成29年)4月1日 - 水城館開館[19]
  • 2017年11月、国際天文学連合(IAU)は火星と木星の間で古川麒一郎により発見された小惑星に「Mizuki」と命名、登録した[20]

参考文献 

  • 文化庁文化財部 監修 『月刊 文化財』 631号(古代山城の世界)、第一法規、2016年。
  • 小田富士雄 編 『季刊 考古学』 136号(西日本の「天智紀」山城)、雄山閣、2016年。
  • 西谷正 編 『東アジア考古学辞典』、東京堂出版、2007年、ISBN 978-4-490-10712-8。
  • 小島憲之 他 項注・訳 『日本書紀 ③』、小学館、1998年、ISBN 4-09-658004-X。
  • 齋藤慎一・向井一雄 著 『日本城郭史』、吉川弘文館、2016年、ISBN 978-4-642-08303-4。
  • 向井一雄 著 『よみがえる古代山城』、吉川弘文館、2017年、ISBN 978-4-642-05840-7。

水城の口コミ情報

2021年11月28日 寺大宰大弐にゃん
水城

一番行きやすい遺構は、JRの水城駅の近くにあります。駅に置かれている続百名城のスタンプの状態が悪いのは残念です。

2021年11月08日 crea左京大夫
水城



下大利駅から歩いて水城館へ20分程度、壮大な土塁に妄想が膨らみました。

2021年06月27日 上田刑部少輔雪娘
水城

水城館には資料がありおすすめです。西門跡は駐車場を見つけるのに苦労しました。都会の中の古代山城を感じました。

2019年01月06日 和泉守yukinezumi
水城

Googleマップに水城跡は2ヶ所あり水城館、水城東門跡は県道112号線沿にあります。広い無料駐車場が3ヵ所あり、展望台から水城跡を見ることができます。
JR水城駅前には水城断面広場があり、断面をパネルで見ることができます。こちらは駅前と言うこともあり無料駐車場はありません。駅前に5台ほどのコインパーキングがありますが訪問時満車でした。

2018年05月30日 灰猫☆上総介
水城

続100名城スタンプはJR水城駅でも押せます。切符売り場の窓口で駅員さんに声をかけると出してくれます。

2018年05月26日 虎御前淡路守
水城

西鉄都府楼前駅より、太宰府市コミュニティバスまほろば号「特別史跡水城東門前」下車。「水城館」内で続百名城のスタンプ押せます。説明の動画あり。トイレ、休憩もできます。

2018年04月14日 水瀬筑後守名雪
水城

水城の続日本100名城スタンプは、7月20日までは大野城市役所1階ロビーにも設置されるそうです。(市役所だから平日のみなのかな?そこは未確認です)期間終了後は心のふるさと館に設置予定とのこと。

2017年09月04日 笑門来猫
水城

Yahooナビに従うと、説明板がある、水城の端っこに着きます。行き止まりで駐車場なし。Uターンもやや面倒なので大きい車は注意です。

2017年05月08日 五瓜ニ唐花紋太政大臣や~きみ
水城

道沿いにあります。
駐車場ありますが、営業時間外は使えないみたいです。

2017年04月08日 水瀬筑後守名雪
水城

水城、続100名城登録おめでとう!

2016年07月17日 水瀬筑後守名雪
水城

2016年9月30まで、水城発掘調査及び水城跡の整備のため、展望台及び広場に立ち入る事が出来ません。(水城跡の遊歩道部分は通行可です。)ご注意ください。

2012年02月12日 大宰少弐ためぞう
水城

横長なだけあって、水城を展望できて資料説明のあるポイントが4ヶ所ほどあります。全部回るのはちと大変です。

水城の周辺スポット情報

 東門(遺構・復元物)

 東門(遺構・復元物)

 説明板(碑・説明板)

 水城駅(スタンプ)

 水城館(スタンプ)

 大野城 心のふるさと館(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

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