有智山城(うちやまじょう)

有智山城の基本情報

通称・別名

内山城、大宰少弐城

所在地

福岡県太宰府市大字内山

旧国名

筑前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

少弐氏

築城年

13世紀中期

主な改修者

高橋氏?

主な城主

少弐氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

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有智山城の解説文

有智山城(うちやまじょう)は、現在の福岡県大宰府市内山にあった日本の城。

概要
有智山城は標高829mの宝満山の中腹の西に標高310m 付近に位置する山城である。竈門神社下宮からの宝満山登山口から登ると、途中の看板に『有智山城跡』と分岐あり。そこから、尾根を登った場所に遺構が残っている。

沿革
有智山城は少弐氏により築かれた城で少弐氏の本城である。宝満山の九重原と呼ばれる有智山寺坊跡を通り尾根を登ったところに築かれている。少弐氏は初代の武藤資頼が、源頼朝より太宰少弐職に任じられて大宰府の長官となった、以降代々の武藤氏は太宰少弐職を世襲して少弐氏と名乗った。また、少弐氏は代々筑前守護を兼任している。

元寇の際は少弐景資は鎮西(九州)の御家人の総司令官となり、元軍と最前線で戦っている。弘安5年(1282年)には鎌倉幕府は、元寇の後に少弐氏へ恩賞として、岩門城大宰府城(浦ノ城)の築城を行った。浦ノ城は太宰府天満宮西から500mの小高い丘にあり、少弐氏の居館となった。有智山城は、戦の際の詰城になったと思われる。

建武3年(1336年)2月、後醍醐天皇と敵対した足利尊氏は京都で敗れて、九州に落ち延びた。その際、足利尊氏は少弐頼尚の援軍とともに九州に上陸した。この時、頼尚の父である少弐貞経は、菊池武敏・阿蘇惟直などに、有智山城を攻められた。有智山城は要害でなかなか落ちなかったが、一族と有智山寺の衆供に裏切りが出たため、城が落ちて少弐貞経は自刃している。その後、少弐頼尚は足利尊氏とともに菊池、阿蘇軍に多々良浜の戦いで勝利して、有智山城を取り戻している。

永和2年(1367年)、九州探題今川貞世(了俊)に従っていた大内義弘が有智山城を攻めて少弐頼澄は敗れている。

少弐氏はその後、筑前を九州に進出した大内氏に奪われたため、大宰府を失った。その後、何度か少弐氏は筑前を回復したが、西国最強の大内氏に敗れて肥前に逃れたために廃城になったと思われる。

参考文献
福岡県教育委員会(編)『福岡県の中近世城郭跡Ⅰ 筑前地域編1』福岡県教育委員会、2014年
平井聖・村井益男・村田修三(編)『日本城郭大系 第18巻 福岡・熊本・鹿児島』、創史社、1979年
渡辺文吉『武藤少弐興亡史』 海鳥社、1989年

有智山城の口コミ情報

2021年05月30日 眞田十兵衛
有智山城



仏頂山頂の少し宝満山側からうさぎ道を通り50分程下山していくと有智山城跡内に入って行けます 草木が生い茂り、開けた場所が少ないですが、二重空壕跡の近くに石垣も確認出来ました 説明板が少なく城跡全体が分かりづらいです
下りていくと承天寺別院と書かれた立派な山門があります

太宰府方面から竈門神社の突き当たりを左折して進んでいくと看板が見えてきます 駐車場らしき場所はありませんが、少し広くなった場所に駐車出来ると思います もう少し整備していただきたいです💦

2016年07月05日 león☆鷹党
有智山城

アクセスは西鉄太宰府駅からバスで内山(竈門神社)下車徒歩約35分。道沿いにある案内表示に従い登城しました。駐車場は竈門神社にあります。

鎌倉〜室町期に活躍した武藤少弐氏代々の居城とされますが、戦国期の宝満城の出城と見る説もありはっきりしません。実際訪れてみると城と言うより館跡に近い印象でした。尚近くの承天寺別院からは石垣や焼けた土が発掘されており、承天寺別院が有智山城跡ではないかとの説もあります。

元寇の功績により北九州最大の守護大名となった少弐氏ですが、南北朝期になると観応の擾乱などの流動的情勢の中で南朝方の菊池氏や室町幕府の九州探題今川了俊・北九州の分国化を図る大内氏等と対立。徐々にその勢力を失います。その際幾度も大宰府の争奪戦を繰り広げており、戦国初期に少弐政資が大内義興によって筑前から追われるまでの間、この城は数度の落城を経験したようです。

遺構は一部石積みされた土塁、その内側に土橋がかかる空堀、石積のある大手門跡とそこから左右に伸びる土塁、土塁内側にも空堀のような跡があり、その先には井戸跡、城域東端には大堀切と土橋が残ります。

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