有智山城(うちやまじょう)

有智山城の基本情報

通称・別名

内山城、大宰少弐城

所在地

福岡県太宰府市大字内山

旧国名

筑前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

少弐氏

築城年

不明

主な改修者

高橋氏?

主な城主

少弐氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、横堀(空堀)、土塁

指定文化財

再建造物

周辺の城

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有智山城の口コミ情報

león飛騨守氏郷様[2016年07月05日]
アクセスは西鉄太宰府駅からバスで内山(竈門神社)下車徒歩約35分。道沿いにある案内表示に従い登城しました。駐車場は竈門神社にあります。

鎌倉〜室町期に活躍した武藤少弐氏代々の居城とされますが、戦国期の宝満城の出城と見る説もありはっきりしません。実際訪れてみると城と言うより館跡に近い印象でした。尚近くの承天寺別院からは石垣や焼けた土が発掘されており、承天寺別院が有智山城跡ではないかとの説もあります。

元寇の功績により北九州最大の守護大名となった少弐氏ですが、南北朝期になると観応の擾乱などの流動的情勢の中で南朝方の菊池氏や室町幕府の九州探題今川了俊・北九州の分国化を図る大内氏等と対立。徐々にその勢力を失います。その際幾度も大宰府の争奪戦を繰り広げており、戦国初期に少弐政資が大内義興によって筑前から追われるまでの間、この城は数度の落城を経験したようです。

遺構は一部石積みされた土塁、その内側に土橋がかかる空堀、石積のある大手門跡とそこから左右に伸びる土塁、土塁内側にも空堀のような跡があり、その先には井戸跡、城域東端には大堀切と土橋が残ります。

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