岩門城(いわとじょう)

岩門城の基本情報

通称・別名

岩戸城、龍神山城、安徳城

所在地

福岡県筑紫郡那珂川町大字安徳

旧国名

筑前国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

大蔵種光

築城年

長保元年(999)

主な改修者

主な城主

原田(大蔵)氏、少弐景資、大友氏、大内氏、志賀道輝(大友氏家臣)、筑紫氏

廃城年

天正15年(1587)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

一ノ岳城(福岡県筑紫郡)[5.6km]
水城(福岡県太宰府市)[6.8km]
古野城(福岡県福岡市)[7.2km]
荒平城(福岡県福岡市)[7.7km]
大宰府(福岡県太宰府市)[8.5km]

岩門城の解説文

岩門城(いわとじょう)は、福岡県筑紫郡那珂川町にある城。1978年(昭和53年)3月3日に国の史跡に指定されている。

歴史
岩門城は平安時代後期に築城されたと考えられ、鎌倉時代に起こった蒙古襲来(元寇)の際には、近くの太宰府を守る拠点として活用されたという。

弘安8年(1285)には、鎌倉幕府の内乱(霜月騒動)の影響で、守護の少弐氏を中心に九州の御家人の間で合戦が起こり、少弐景資と安達盛宗が景資の兄・少弐経資の軍勢に攻められ、景資は岩門城で最期を遂げた(岩門合戦)。

岩門城の口コミ情報

水瀬越中守名雪様[2015年03月29日]
1183年、源義仲の入京に伴って、当時わずか5歳の安徳天皇は、平家一門に連れられて、大宰府を経由し屋島へと赴く、とある。この大宰府を経由した時に、わずか2~3ヶ月の間だが滞在したのが、今の福岡県筑紫郡那珂川町安徳台に当たる地と思われる。ここでは、原田種直が安徳天皇を御所ヶ原と呼ばれる地で迎え、御所ヶ原を見下ろす岩門城から、源氏の追っ手に対する警護を行った、との一説がある。この岩門城は、その後の元寇でも警備の拠点として用いられた地でもある。

今日、とても貴重な情報を色々と教えて頂いた地元の方に大変感謝致します。

筑前守とんかつ‰出張中様[2014年03月08日]
岩門城趾は標高195.4mの城山にある。

駐車場あり。上梶原側からアクセスする場合は、県道56号線那珂川南中を過ぎた辺りから左手に入り、1.5km程で左手下に駐車場がある。

登山口は駐車場から少し登った右手にある。遊歩道になっている。

城山までは基本登山になるが、地元那珂川町が協賛して遊歩道を作っており、特に登山の装備がなくても歩ける程度にはなっている。

登山口から頂上までは徒歩約10分。途中、三の曲輪、二の曲輪を経て、本郭へと繋がっている。更にその先には北の曲輪があり、そこは展望スペースとなっている。そこからは福岡市、春日市が一望出来る。天気が良い日には、博多湾や、立花山も見えると言う。

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