基肄城(きいじょう)

基肄城の基本情報

通称・別名

所在地

佐賀県三養基郡基山町大字小倉/福岡県筑紫野市

旧国名

肥前国

分類・構造

古代山城

天守構造

なし

築城主

天智天皇

築城年

天智天皇4年(665)

主な改修者

主な城主

不明

廃城年

遺構

門、水門、建物礎石、土塁

指定文化財

国特別史跡(基肄(椽)城跡)

再建造物

石碑

周辺の城

勝尾城筑紫氏城館(佐賀県鳥栖市)[6.4km]
乙隈城(福岡県小郡市)[6.7km]
阿志岐山城(福岡県筑紫野市)[7.6km]
大宰府(福岡県太宰府市)[7.8km]
水城(福岡県太宰府市)[8.4km]

基肄城の解説文

基肄城(きいじょう / きいのき、椽城)は、福岡県筑紫野市と佐賀県三養基郡基山町にまたがる基山(きざん)に築かれた、日本の古代山城(朝鮮式山城)である。城跡は、1954年(昭和29年)3月20日、「基肄(椽)城跡」として国の特別史跡に指定されている。

概要
『日本書紀』 に、「・・・大野(おおの)と椽(き)、二城(ふたつのき)を築かしむ」と、記載する。また、『続日本紀』 に、「大宰府をして大野、基肄(きい)、鞠智(くくち)の三城を繕治せしむ」と、記載された城である。

基肄城は、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した後、大和朝廷が倭(日本)の防衛のために築いた古代山城である。665年(天智天皇4年)、大野城とともに築いたことが『日本書紀』に記載されている。城郭の建設を担当したのは亡命百済人で、「兵法に閑(なら)う」と評された、軍事技術の専門家の憶礼福留(おくらいふくる)と四比福夫(しひふくぶ)である。また、大野城・基肄城とともに長門国にも亡命百済人が城を建設しているが、城の名称は記載されず、所在地も不明である。そして、『続日本紀』 の698年(文武天皇2年)には、大野城・基肄城・鞠智城の三城の修復記事が記載され、『万葉集』にも、「記夷城(きいのき)」と、記載されている。

基肄城が所在する基山は、大宰府の南方8キロメートルに位置する。山麓には、大宰府から南下する古代官道が通り、基肄駅(きいのうまや)で築後国方面と肥後国方面に分岐したとされる要衝にある。基肄城は、標高404メートルの基山の3か所の谷を囲み、その東峰(327メートル)にかけて、約3.9キロメートルの城壁を廻らせた包谷式の山城で、城の面積は約60ヘクタールである。城壁は、ほとんどが尾根を廻る土塁であるが、谷部は石塁で塞いでいる。また、山頂では、北側の博多湾・南側の久留米市や有明海・東側の筑紫野市や朝倉市方面・西側の背振の山並みを一望することができる。古代は、大宰府政庁や大野城阿志岐山城高良山神籠石など、他の軍事施設と連携を図れる好位置にある。そのため、基肄城は、大宰府を守る南の防御拠点として、主に有明海方面の有事に備えて築かれたとされている。。

発掘調査では、約40棟の礎石建物跡、軒丸瓦・軒平瓦・土器などの出土遺物、頂上部で溜池遺構などが確認されている。城門は、推定2か所を含め、4か所が開く。残存遺構のある城門は、城内北寄りの「北帝(きたみかど)門」と「東北門」である。城内南寄りの「南門」と「東南門」は、あったとされる推定の城門である。城跡見学の玄関口となる南門と一連の水門石垣に、土塁とともに基肄城を代表する水門遺構があり、通水口は国内最大級である。また、2015年(平成27年)の水門石垣の保存修理で、新たに三つの通水溝が発見された。同一の石垣面に四つ以上の排水施設を持つ古代山城は、国内においては唯一、基肄城のみである。

基肄城の東南山麓に、「とうれぎ土塁」と「関屋土塁」が確認されている。水城大野城の関係と同様に、基肄城と対となり、最も狭い交通路を塞いだ遮断城とされている。

天智政権は白村江の敗戦以降、唐・高句麗・新羅の交戦に加担せず、友好外交に徹しながら、対馬~九州の北部~瀬戸内海~畿内と連携する防衛体制を整える。また、大宰府都城の外郭は、険しい連山の地形と、それに連なる大野城・基肄城と平野部の水城大堤・小水城などで防備を固める。この原型は、百済泗沘都城にあるとされている。

歴史
『日本書紀』に記載された、白村江の戦いと防御施設の設置記事は、下記の通りである。
663年ー白村江の戦いで、倭(日本)百済復興軍は、朝鮮半島で唐・新羅連合軍に大敗した。
664年ー対馬島・壱岐島・筑紫国などに防人と烽(とぶひ)を配備し、筑紫国に水城を築く。
665年(天智天皇4年)ー長門国に城を築き、筑紫国に大野城と基肄城を築く。
667年ー大和国に高安城・讃岐国に屋嶋城・対馬国に金田城を築く。この年、中大兄皇子は大津に遷都し、翌年の正月に天智天皇となる。...

基肄城の口コミ情報

五瓜ニ唐花紋大納言や〜きみ様[2017年05月08日]
グラススキー場みたいです。
バードウォッチングしてる人もいました。
普段はあまり人が来ないみたいで、公衆トイレは水がでなければ置いてあるペットボトルで流して下さいと看板に書いてありました。
駐車場あり。
公共交通ではこれなさそうかも。
私は車で行きました。

はせちゃん弾正忠様[2013年01月23日]
水門跡の発掘調査現地説明会が、1/27 10:00〜12:00まで開催されます。

貴重な遺構を見れる方は、是非ど〜ぞ

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore