木山城

木山城([基肄城  周辺城郭])

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木山城の口コミ情報

2022年03月19日 龍馬備中守【】


佐賀県の三養基郡基山町にある古代は【基肄城】戦国時代には【木山城】として、改修され使用された城郭です♪基肄城は基山に築かれた古代の朝鮮式山城で土塁、石塁、門跡、水門、礎石などが残ります☆7世紀に唐・新羅連合軍に滅ぼされた百済の再建を支援する為、朝鮮へ出兵した日本軍が白村江の戦いで大敗☆百済遺民と共に帰国し、唐・新羅連合軍の来寇に備え造った城郭です☆中でも基肄城は南側(有明海側)から来る太宰府への侵攻を阻む為築かれました☆この同時期に築かれたのが大野城、水城、熊本県の鞠智城、長崎県の金田城、岡山県の鬼ノ城、山口県の石城山神籠石、香川県の城山城、屋島城です☆大和朝廷を主導とした普請☆古くからの交通の要衝地に必然的に築かれたようです☆時は進み南北朝時代☆山浦エリアの原口十郎、山浦定恵坊、石動彦三郎は南朝方として出陣♪この所領(山浦エリア)が九州探題、一色道猷に与えられた事で、彼らの南朝方への力添えに拍車が掛かります☆九州は菊池武光中心に南朝方を纏め上げていました☆征西将軍として懐良親王が薩摩へ上陸、菊池氏へ付き南朝方は勢い付きます☆そして古代・基肄城を改修し太宰府・北朝方の少弐氏と交戦する事となります☆少弐頼尚は菊池氏の籠る基肄城へ攻撃を仕掛けるも敗れ、太宰府の本城も攻略されます☆菊池武光は一色守護代の兵を追い払いました☆この出来事で南朝方には更に火が付き、大保原の合戦で少弐方の本陣のある小郡へ夜襲を仕掛け、菊池方は勝利しました☆室町時代には周防国・大内政弘に筑前を追われた少弐政資が、一時的に木山城に籠もっています☆その後ここも追われた少弐政資ですが、再度この木山城で大内氏や渋川氏と戦っています☆この古代山城に取り込まれた中世の遺構と思われる物で『イモノガンギ』と呼ばれる三重堀切が残ります☆これは戦国後期、この領地を押えた筑紫氏の造ったものだと考えます♪昨日口コミした宮浦城に書いた様に宮浦城と木山城は尾根伝いに繋がっています☆勝尾城、周辺の支城群と対峙した島津軍の侵攻により急遽造ったんでは無いか❓九州3強の島津軍が北上して来る☆交通の要衝であるここに慌てて、堀切3条に空堀、土塁は古代の物に次ぎ足す☆あくまで宮浦城の東側の砦として造った様にも感じます☆結果的に本城の勝尾城は落城に追い込まれて行く…訳であります☆このエリアを押さえたのは紛れも無く筑紫氏なんです♪

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