瀬戸丸山城(せとまるやまじょう)

瀬戸丸山城の基本情報

通称・別名

瀬戸城

所在地

石川県白山市瀬戸(瀬戸丸山公園)

旧国名

加賀国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

一向一揆勢?

廃城年

遺構

曲輪、腰曲輪、横堀(空堀)、堀切

指定文化財

再建造物

周辺の城

二曲城(石川県白山市)[7.6km]
鳥越城(石川県白山市)[8.5km]
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瀬戸丸山城の解説文

瀬戸丸山城は手取川本流と尾添川とが合流する地点、両河川によって形成された河岸段丘上、標高約300mの地点に位置する。

この場所は、対岸に石川郡木滑(寛政元年(1661)以降に番所が置かれた)があり、牛首(白峰)や中宮の向かう分岐点に近い。

城跡地は「城やしき」と呼ばれている他は、史実は不詳である。約50m四方の平坦面を主郭とする単郭式の城で、南北に自然段丘面を利用し整形した腰郭を配する。主郭と北腰郭の間に幅約15m、深さ約7m、長さ約80mの巨大な堀切がある。主郭の南西端には、櫓台遺構が確認できる。北の腰郭は、堀切の背後に位置するが、崩落などでプランははっきりしない。

南腰郭は「ひきまわし」と呼ばれ、最大幅30m、長さ約80m規模で南側の手取川本流に面している。主郭の東側には最大幅約150m、長さ約250m、延べ面積約4万平方メートルの広大な平坦面があるが、城郭との関連性は少ないと見られる。

ただ、主郭の平坦面から約120m(南側)~140m(北側)裾に南北に縦走していたとみられる約10m幅の堀切の痕跡がみられる。平坦面中央は、耕作により埋没した可能性があり遺構は不詳である。

また、主郭から約220mの東側、尾口小中学校の裏に石垣遺構群が確認されているが、城郭とは関係がないものと推測される。

昭和58年、尾口村教育委員会により東側平坦面などでトレンチ調査を行ったが、遺物・遺構ともに明確な結果は得られていない。

立地や、単純な遺構の性格から、天正10年(1582)頃の山内衆と佐久間軍勢との対立時に形成された一向一揆勢の城跡と推測される。

情報提供:白山市文化財保護課

瀬戸丸山城の口コミ情報

tomm加賀守様[2010年07月08日]
城跡は瀬戸丸山公園(キャンプ場など)になっています。
ただ公園自体は2005年度で営業終了しており、現在は近くにある少年自然の家か小学校かのオリエンテーリングコースに使用されているのみのようです。

石碑や看板などはなく、公園の案内板(赤色で囲んだ所)に「城郭跡」と書かれているだけです。

また付近の河原は蛍の生息地になっています。

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