奥の細道結びの地記念館

奥の細道結びの地記念館([大垣城  関連施設])

大垣城 に投稿された周辺スポット(カテゴリー:関連施設)、「奥の細道結びの地記念館」の地図・口コミがご覧頂けます。

「ニッポン城めぐり」アプリでは、スタンプラリースポットとなっている3,000城それぞれの地図に、周辺城郭や史跡など、様々な関連スポットを自由に追加できます。

奥の細道結びの地記念館の口コミ情報

2026年05月07日 猫耳尾張守メイド隊


無何有荘 大醒榭
大垣藩の藩老 小原鉄心は、安政三年(1856)大垣城下の林村(現・大垣市林町)に別荘「無何有荘」を設けました。別荘「無何有荘」には、大醒榭・蓬宇・小夢窩の三亭を造り、園中には、牡丹や枇杷をはじめとする花卉50種類を植え、樹木や竹を配し、特に、鉄心が最も愛する梅の樹を多く移植しました。
「無何有」の名前は、鉄心の師である 鴻雪爪によるもので、荘子の言葉「無にして何ぞ有らん」(無為・無作為で超然とした自然である境地)を意味しています。
大醒榭は、和風に中国風意匠を取り入れた設計で茶室・湯殿・水屋・厠の四室で構成されており、茶室の天井は葦の網代天井、屋根は茅葺き、外側は紅殻塗装になっています。南側の衝立には、江戸時代には珍しい「ギヤマン」と呼ばれた色ガラスがはめ込まれています。また、当時の志士文人が来訪した際の記念に描いた漢詩や絵も残されており、鉄心がこの大醒榭で多くの志士、学者、詩人らと会合をし天下を論じていたことがうかがえます。
これまて、郷土の名士たちの手で管理され、昭和三十八年(1963)に常葉神社境内に移築、同四十一年(1966)には、大垣市重要文化財に指定されました。のちに同四十八年(1973)、鉄心の菩提寺である船町の全昌寺に移築されました。平成二十年(2008)三月に解体工事が終了し、同二十四年(2012)にかけて、小原鉄心を顕彰する「先賢館」のあるこの「大垣市奥の細道むすびの地記念館」の敷地内に移築されました。
大醒榭は優れた煎茶室の遺構を残しており、その文化的価値は高く評価されています。

鉄心門
鉄心門と呼ばれるこの門は、郭町にあった大垣藩の藩老 小原鉄心の邸宅の裏門でした。その後、藤江町の江馬邸内に移築、使用されていましたが、昭和五十三年(1978)大醒榭のある全昌寺に移築され、平成二十四年(2012)に大醒榭とともに、この場所に移築されました。
説明板より。

GW中の午後、人の居ない瞬間を狙って撮影。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore