羽黒城(はぐろじょう)

羽黒城の基本情報

通称・別名

梶原館

所在地

愛知県犬山市大字羽黒字城屋敷

旧国名

尾張国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

梶原景親

築城年

建仁2年(1202)

主な改修者

羽柴秀吉

主な城主

梶原氏、山内一豊・堀尾吉晴(羽柴氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

楽田城(愛知県犬山市)[2.9km]
小口城(愛知県丹羽郡)[3.4km]
犬山城(愛知県犬山市)[4.0km]
伊木山城(岐阜県各務原市)[4.3km]
宮後城(愛知県江南市)[6.1km]
上末城(愛知県小牧市)[6.3km]
小牧山城(愛知県小牧市)[7.6km]
大草城(愛知県小牧市)[7.8km]
猿啄城(岐阜県加茂郡)[8.0km]
小折城(愛知県江南市)[8.3km]

羽黒城の解説文



羽黒城(はぐろじょう)は尾張国丹羽郡羽黒、現在の愛知県犬山市羽黒字城屋敷にあった日本の城(平城)。

概要 

羽黒城は、源頼朝に仕えた鎌倉幕府の重臣・梶原景時の孫、梶原景親によって築かれた城である。

梶原氏代々の居城として羽黒の地を統治していたが、織田信長に仕えた梶原景久(景義)が「本能寺の変」で明智光秀と戦い討死し、梶原氏の滅亡にともない廃城となった。

その後、1584年(天正12年)に起きた小牧・長久手の戦いでは、羽柴秀吉方の砦として修復され、山内一豊、堀尾吉晴が守ったという記録が残る。現在、城址には梶原氏の菩提寺である興禅寺がある。

歴史 

筆頭御家人の梶原氏

1180年(治承4年)、平家打倒の兵を挙げた源頼朝が石橋山の戦いに敗れて箱根の山中に潜んだ際に、その潜伏する所を知りながら見逃したのが梶原景時である。後に鎌倉入りした頼朝は景時を重用した。しかし、頼朝の信任の厚さを背景にした景時の行為がやがて他の御家人たちの反感をかうことになってしまった。

梶原景時の変

※「梶原景時の変」も参照。

1199年(正治元年)、頼朝が没すると有力御家人たちは一致して景時排斥を二代将軍源頼家に訴え、鎌倉追放が決まった。これに景時も抗することができず、一族ともに鎌倉を出て相模国一ノ宮の館に退去した。景時は一ノ宮の館に籠城したものの鎌倉の討伐軍と戦って自滅するつもりはなかった。

1200年(正治2年)1月20日、景時は一族とともに京都へ上る道中で東海道の駿河国清見関(静岡市清水区)近くで偶然居合わせた吉川氏ら在地武士たちと相模国の飯田家義らに発見されて襲撃を受け、狐崎において合戦となる。子の三郎景茂(年34)・六郎景国・七郎景宗・八郎景則・九郎景連が討たれ、景時と嫡子景季(年39)、次男景高(年36)は山へ引いて戦ったのち討ち死にし、その首は隠されていたが翌日探し出され、一族33名の首が路上に懸けられた。頼朝の死から1年後のことであった。

『吾妻鏡』正月28日条の武田信光(伊沢信光)からの報告によると、景時は朝廷から九州諸国の総司令に任命されたと称して上洛し、武田有義を将軍に奉じて反乱を目論んだという説がある。

落ち延びた尾張梶原氏

景時一族は滅亡したが、難を逃れた少数の梶原一族が尾張国羽黒の地へ辿り着いた。駿河国で討死した景時二男景高の嫡子豊丸(三歳)とその乳母及び供衆たちや三男景茂の玄孫である。

当地は豊丸の乳母である隅の方の故郷であった。甲斐国、信濃国、美濃国の東山道方面を経て到着したため、景時一行が辿った東海道方面とは別路を辿ったとされる。豊丸は元服して「梶原平九郎景親」と名乗り、屋敷を構えた。これが現在隣接する地に所在する興禅寺となる。

尾張梶原氏滅亡

時は移り、景親から十七代目茂助景義は織田信長に仕え、羽黒に三千石を領した。景時滅亡の難を乗り越え、380年後に一族復興の光が射したかに見えた。

しかし1582年(天正10年)、本能寺の変にて景義は殉じたとされ、その系譜は絶えてしまった。その後羽黒城は廃城となる。

小牧・長久手の戦い

※「小牧・長久手の戦い」も参照。

羽黒合戦

本能寺の変の後、城跡は廃れていたが、1584年(天正12年)、小牧・長久手の戦いの前哨戦である「羽黒合戦」で森長可・池田恒興ら豊臣方と松平家忠・酒井忠次ら徳川方が戦い、羽黒は戦火に巻き込まれて、辺り一帯が焦土と化した。

小牧における対陣

羽黒合戦で羽黒城は焼け落ちてしまったが、池田恒興が占拠した犬山城を本陣とした豊臣秀吉は、小牧山城に本陣を置く徳川家康と対陣していたため、羽黒城を犬山城防衛拠点として修復し、山内一豊・堀尾吉晴・伊藤祐時らに守護を任せた。この際に羽黒城防衛に当たった山内一豊の母である法秀院が、尾張梶原氏出身との説がある。しかし、終戦に伴い、修復された羽黒城も再び廃城となった。

遺構 

羽黒城古墳と呼ばれる前方後円墳を利用して築城されており、墳丘の最高所に城址碑が建てられている。

竹藪の中に堀の遺構が残る。また土塁跡が興禅寺の境内まで繋がっていた形跡が残る。

アクセス 

鉄道

名古屋鉄道(名鉄)
  • 名鉄小牧線:羽黒駅から徒歩10分。

自家用車

  • 名神高速道路:小牧IC
  • 国道41号(名濃バイパス)

駐車場

  • 磨墨塚史跡公園(するすみふれあい広場)
    • するすみふれあい広場駐車場

周辺 

  • 興禅寺 - 山門前には「開基梶原景時公」の石碑が建つ。梶原氏の菩提寺。
  • 羽黒城古墳
  • 犬山市民文化会館
  • 羽黒中央公園
  • 磨墨塚史跡公園 - 馬をモチーフにした遊具がある。
    • 磨墨塚 - 宇治川の戦いの功績を讃えられ、梶原景季が源頼朝から貰い受けた名馬「磨墨」の墓
    • 犬山市体育館
  • 犬山動物総合医療センター
  • 犬山市立羽黒小学校

羽黒城の口コミ情報

2022年05月05日 飛騨守勘助
羽黒城



城跡というよりは砦のような感じでした。小高い岡の上に城跡を示す石碑がありました。城自体、おそらく昔はもっと広かったのでしょう。近くには立派な大木やお寺さんもあり、羽黒城との関係が伺えました。

2022年03月18日 れいぶ弾正少弼りっく
羽黒城



通りから中に入った所にあったのですが 丘や看板 石碑があり雰囲気が有りました 少し南に八幡林古戦場跡に石碑が欲しいです

2022年01月09日 ばらく~だ
羽黒城



羽黒城そばの興禅寺まで来ると、登城口の案内板があります。矢印に従って行けば羽黒城へたどり着けます。
興禅寺の周辺道路は狭いわりに、車の交通量が多いので、ご注意を。

2021年05月30日 スーさん
羽黒城



羽黒駅から5分ほどです。こんもりした丘の上に碑がたっていました。前方後円墳の墳丘だとか。梶原氏屋敷のあった興禅寺に土塁跡が少し残っていました。

2021年04月10日 野良犬しろチロ丸
羽黒城



駐車場がないので、近くの道路への路駐になります。

2017年09月15日 立花飛騨守
羽黒城

名鉄小牧線羽黒駅から徒歩10分くらい。

整備された気配はあるものの、時期が悪かったのか、草が伸びきって凄いヤブ蚊。

メインディッシュ(犬山城)の後のお茶漬けにどうぞ。

2017年05月28日 てつ&あゆ修理大夫
羽黒城

車で訪問されるなら、直ぐ近くにドラックストアがありますが、お店利用しないなら徒歩5分程度かかりますが、犬山市市民文化会館駐車場を利用されると良いと思います。
周辺には現代のお城⁉︎その名もズバリの『お菓子の城』も攻略されては。
世界最大級のウエディングケーキの前でレンタルドレスを着て写真を撮る女子で人気のスポットです。クッキー作りやスイーツバイキングで戦の疲れを癒すのもたまにはいいかも。

2016年03月26日 蓬左の武将下総守⚡️晋作
羽黒城

羽黒城址から少し離れますが、羽黒八幡林古戦場があります。
目印は野呂塚です。
長久手合戦の前哨戦として、この地に野営していた森長可を酒井忠次・奥平信昌らが急襲。総崩れとなった森軍は羽黒城まで敗走しましたが、野呂助左衛門は形原松平家信と戦って戦死。
敗走途中に父の戦死を知って戦場に戻り戦死した嫡男助三郎を顕彰しています。
なお、野呂氏は現在の江南市中般若の地侍のようで、今でも野呂姓を名乗る家があり、この地にもご子孫が建立した供養塔があります。

なお、小牧長久手合戦の時は秀吉軍の山内一豊らが羽黒城を守備していました。

2016年03月26日 蓬左の武将下総守⚡️晋作
羽黒城

梶原景時を開基とする興禅寺が目印です。景時はもちろん、子孫で信長家臣となった景義、松平忠吉付家老として犬山城主になった小笠原吉次などの供養塔や墓があります。
裏手に隣接して城址があります。昔は民家の路地から竹藪となっている土饅頭に分け入り、蜘蛛の巣を掻き分けて頂上に着くと、城址碑を撮影するにはフラッシュ撮影が絶対でした。
梶原景時の次男、景高が父とともに戦死したのち、乳母がその子供を自分の里であるこの地に連れてきて匿い土着したのが、この城址です。
さらにその北に隣接して磨墨公園があり、ブランコなどの遊具に囲まれて名馬磨墨の墓があります。
梶原景時の嫡男、景季が頼朝から拝領して宇治川で先陣争いをした時のあの名馬です。

2015年12月28日 STRADA
羽黒城

興禅寺まで行くと看板が出ています。道は狭いですが車で行けます。が、駐車場は有りません。

羽黒城の周辺スポット情報

 城名石碑(碑・説明板)

 磨墨塚(寺社・史跡)

 駐車場(駐車場)

 入口(その他)

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