興禅寺(梶原屋敷)
興禅寺(梶原屋敷)([羽黒城 寺社・史跡])
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興禅寺(梶原屋敷)の口コミ情報
2022年08月26日 前田利家猫耳メイド萌
臨済宗 妙心寺派
妙國山 興禅禅寺沿革
當山は人皇八十代髙倉帝 承安四年(1174)の開創・開基 梶原平三景時にて、往時、真言宗 光善寺と称す。梶原一族 □州清見関にて、惜敗。乳母お隅の方、七家臣と共に豊丸君を護り、名馬 麿墨を曳き當地に落つ。梶原庄衛門尉景綱は文明十一年(1479)天関宗鶚禅師を招請、東陽英朝禅師を勧請、開山して臨済禅に改め妙國山 興禅寺とす。茂助景義より織田家に仕え、三千貫文の領主となるも、天正小牧合戦の折り兵火の為、灰燼に帰す。十八代 犬山城主 小笠原和泉守、當地を併領するに當り、慶長七年 梶原城跡 現在地に再興、黒印状を示し寺の再興を圖る。
山門前の石碑より。□は、不鮮明の為、不明。
本堂の北側には、梶原景時、御台所の供養塔、梶原一族の五輪塔なとがあります。
興禅寺の敷地(北東角)に、土塁跡が残るので、この辺りも羽黒城の一部なのかなと思います。