割ヶ嶽城(わりがたけじょう)

割ヶ嶽城の基本情報

通称・別名

割ヶ岳城、鰐ヶ嶽城

所在地

長野県上水内郡信濃町富濃柴津

旧国名

信濃国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

室町時代

主な改修者

主な城主

柴津氏

廃城年

遺構

曲輪、堀切、横堀(空堀)、土塁、虎口

指定文化財

再建造物

周辺の城

内堀館(長野県中野市)[9.5km]
髻山城(長野県長野市)[9.9km]
飯山城(長野県飯山市)[12.2km]
若槻山城(長野県長野市)[12.6km]
中野陣屋(長野県中野市)[13.7km]

割ヶ嶽城の解説文

割ヶ嶽城(わりがたけじょう)は、長野県上水内郡信濃町大字富濃の「城山」に築かれた中世から戦国時代の山城。

概要
野尻湖に近く、飯山、牟礼、柏原、三水などに通じる要衝の地である。
築城者や築城年代など、その詳細は不明である。上杉謙信方に属する城であったが、謙信が関東で北条氏康と戦っている最中の永禄4年(1561年)4月、甲斐国の武田信玄によって攻め落とされたという史料がある。

その際に、信玄の重臣である原虎胤が負傷したとされる。これによって虎胤は、直後に勃発する川中島の戦いに参戦できず、信玄はそれに代わって山本勘助を参謀に起用したと伝わっている(『甲陽軍鑑』)。
城址は、現在でも遺構が残り、いくつかの曲輪や空堀などが見られる。しかし、高度な縄張りではなく、戦国時代(上杉氏・武田氏の攻防)以降は廃城になったものと考えられる。

割ヶ嶽城の口コミ情報

真田丸様[2011年05月02日]
リアル攻めするには、民家の間の細い道から、裏山に登るようになります。民家の方に一声かけたほうが良いでしょう

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