中野陣屋(なかのじんや)

中野陣屋の基本情報

通称・別名

中野県庁

所在地

長野県中野市中央2-826他

旧国名

信濃国

分類・構造

陣屋

天守構造

なし

築城主

徳川幕府

築城年

元和2年(1616)

主な改修者

主な城主

松平氏、河野氏、徳川幕府(天領)

廃城年

慶応4年(1868)

遺構

石垣、井戸

指定文化財

県史跡(中野県庁(中野陣屋)跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

高梨氏城館(長野県中野市)[0.3km]
内堀館(長野県中野市)[4.8km]
福島正則館(長野県上高井郡)[9.0km]
長沼城(長野県長野市)[11.2km]
髻山城(長野県長野市)[11.8km]

中野陣屋の解説文

幕府領(江戸幕府直轄領)は全国各地に配置され、幕府は諸大名に対して圧倒的な規模の幕府領を経済的基盤として、全国支配を展開していた。これら幕府領の支配にあたったのは代官である。

元和2年(1616)に北信地域の大半を領有していた松平忠輝が改易されたため、北信地域に初めて幕府領が成立し、高井郡中野村に陣屋が置かれた。中野陣屋は長野県内でも江戸時代を通じて長く設置されていた陣屋の1つで、時期によって差はあるが、おおよそ5~6万石の幕府領を支配していた。

中野陣屋は何度か火災にあって焼失しているが、天保11年(1840)の大火のあと再建された陣屋の敷地は、東西48間(約87m)・南北36間(約65m)の規模であった。陣屋の建築費や修理費は、中野陣屋管轄下の村むらが負担している。

明治3年(1870)9月に東信・北信地域の旧幕府領を管轄する中野県が設置され、旧中野陣屋には県庁が置かれた。しかし、同年12月の中野騒動によって県庁は焼失したため、明治4年(1871)6月に中野県は長野県と改称されてわずか11ヶ月の中野県の歴史に幕がおろされ、翌月には県庁が水内郡善光寺町(長野市)に移転した。

明治以後の中野県庁跡は研智学校・中野学校の敷地として利用され、昭和11年(1936)に下高井郡中野町役場(現在の建物)が建てられた。その後、昭和38年(1963)の中野市役所新庁舎完成にともなって公民館となり、中野市立図書館を経て、現在は中野陣屋・県庁記念館として利用されている。

情報提供:中野市教育委員会

中野陣屋の口コミ情報

まー宮内卿様[2017年06月25日]
旧中野県庁に建ち現存として石垣と井戸(徒歩5分の有限会社 山崎精肉店脇にあり)がある。旧中野県庁前に無料駐車場とトイレあり。旧中野県庁の中に小さいながら陣屋の資料展示室あり。旧中野県庁は土足のまま入れます。入場無料。そばに高梨氏館跡もある。

赤いRVR弾正大弼@松本様[2012年03月03日]
中野駅と高梨氏居館のほぼ中間の市街地にある。少し分かりづらいですね。目印は火の見櫓です。そこにある立派な記念館周辺が陣屋跡で、「明治百年 天領陣屋跡」という徳川恒孝揮毫の石碑があります。遺構はほとんどない。駐車場は記念館前に数台分。

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