高梨氏城館(たかなししじょうかん)

高梨氏城館の基本情報

通称・別名

高梨氏城館[高梨氏館(高梨城、高梨小館、中野小館)・鴨ヶ嶽城]

所在地

長野県中野市小舘他(地図は高梨氏館を示す)

旧国名

信濃国

分類・構造

城館遺跡群

天守構造

築城主

高梨政盛[すべて]

築城年

室町時代[すべて]

主な改修者

主な城主

高梨氏[すべて]

廃城年

慶長3年(1598)[すべて]

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)[すべて]、堀切[横地城]

指定文化財

国史跡(高梨氏館跡)、県史跡(高梨氏城跡)

再建造物

碑[すべて]、説明板[すべて]

周辺の城

中野陣屋(長野県中野市)[0.3km]
内堀館(長野県中野市)[5.2km]
福島正則館(長野県上高井郡)[9.1km]
長沼城(長野県長野市)[11.4km]
部谷沢城(長野県下高井郡)[12.0km]

高梨氏城館の解説文

高梨氏城館は長野県中野市にあった、高梨氏館を中心とする高梨氏一族の居館群である。

高梨氏館
高梨氏館(たかなししやかた)は長野県中野市にあった高梨氏一族の居館(日本の城)。国の史跡。高梨城、高梨小館、中野小館、中野御館中野城などと呼ばれることもある。

概要
北信濃地域の豪族高梨氏の館である。背後の鴨ヶ嶽城を詰めの城としていた。戦国初期に、高梨政盛が建て始め、政頼の代に完成したといわれる。戦国時代、武田信玄の勢力が北信地方に及ぶと、高梨政頼は上杉謙信を頼った。武田氏滅亡後、本領の一部を回復したが、上杉景勝の会津移封に同行したため、城は廃城となった。 2007年(平成19年)2月6日、国の史跡に指定された。

現状
東西約130メートル、南北約100メートルの規模で土塁、堀などが残る史跡公園として整備されている。 発掘調査では、門跡一棟、礎石建物跡5棟、掘立柱建物7棟、庭園跡等が確認されている。

鴨ヶ嶽城
鴨ヶ嶽城(かもがたけじょう)は、長野県中野市にあった日本の城。

概要
高梨政盛が平時に居住する高梨氏館と共に築城したと言われている詰めの城である。高梨氏館の東側に位置する鴨ヶ嶽に築かれた。

慶長3年(1598年)、高梨氏館と共に廃城になったと伝えられている。

規模の大きな山城で、尾根続きの南側に支城である鎌ヶ嶽城がある。

高梨氏城館の口コミ情報

赤いRVR弾正大弼@松本様[2012年02月17日]
大きな看板があるのでわかります。駐車場も広い。東に聳える山城が鴨ヶ嶽城です。

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore