平沢城(ひらさわじょう)
平沢城の基本情報
通称・別名
- -
所在地
- 長野県下高井郡木島平村往郷
旧国名
- 信濃国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 不明
築城年
- 不明
主な改修者
- -
主な城主
- 平沢氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、堀切
指定文化財
- 村史跡(平沢城跡)
再建造物
- 説明板
周辺の城
-
飯山城(長野県飯山市)[6.8km]
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中野陣屋(長野県中野市)[13.8km]
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内堀館(長野県中野市)[16.1km]
猿橋城(新潟県妙高市)[18.2km]
割ヶ嶽城(長野県上水内郡)[18.6km]
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京ヶ岳城(新潟県上越市)[21.4km]
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平沢城の解説文
平沢城の周辺スポット情報
部谷沢城(周辺城郭)
平沢城(ひらさわじょう)は、長野県木島平村にあった城である。
平沢城跡は、雄大で堅固な遺構を有している。標高840m地点にある主廓は、約400㎡の平坦地で、西側部分に枡形の虎口がある。主廓を囲むように、二の廓・三の廓・腰曲輪があり、随所に土塁の痕跡が認められる。東西に延びる尾根を七条の堀切(竪堀)で遮断し、防御を固めている。
平沢城は、毛見氏が治めた毛見郷の北端に位置し、毛見郷と志久見郷(下水内郡栄村)とを結ぶ道を監視するのに適した場所である。
1400年代には、毛見氏一党の平沢氏の守城であったと思われる。1400年代末には中野地方の高梨氏が毛見郷へ進出したため、毛見氏や平沢氏はその支配下に入った。
甲斐の武田氏と越後の上杉氏が戦った川中島の合戦の頃には、高梨氏に代わって市川氏が平沢城を押さえるようになった。木島平一円を治めていた市川氏が、1598年に上杉氏に従って奥州会津(福島県)へ移ったことで、平沢城の役割は終えた。
参考文献
・現地説明板。