仙当城(せっとじょう)
仙当城の基本情報
通称・別名
- -
所在地
- 長野県下水内郡栄村堺字仙当
旧国名
- 信濃国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 市河氏
築城年
- 戦国時代
主な改修者
- 武田氏、上杉氏
主な城主
- 市河氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、土塁、横堀(空堀)、堀切、竪堀、土橋
指定文化財
- -
再建造物
- 説明板
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仙当城の解説文
仙当城の口コミ情報
2019年11月24日 3000ロス征夷大将軍マイリバ
仙当城
大手道の登り口はリア攻めマップの城のアイコンから北にマップをずらし、川(沢)が『入』の形で交わる場所の橋の南側になります。
長大な竪堀、スケールの大きな堀切、畝状の二重堀切など主郭周辺の遺構は素晴らしく、時が過ぎるのも口を閉じるのも忘れるほどです。
が、主郭までの大手道には数多くのツキノワグマの糞が転がっていて、広葉樹には木登りや爪研ぎの痕跡も見られます。
リア攻めする際は熊鈴着用等の対策が必須です。
【遺構】
栄村北部を蛇行する千曲川の南側、大巻川と二の入沢の間にそびえる標高約460mの山上に位置する。
北にある曲輪が主郭とされ、その南側に南曲輪が続く。この2つの曲輪の間には巨大な空堀があり、空堀の中に土塁のような畝を設けることで二重堀の様態を呈している。また、両曲輪の間にはこの空堀を渡るための約20mにも及ぶ土橋が残されている。
主郭の東側には帯曲輪が付属し、随所に竪堀も見られる。また、城域の北端と南端はそれぞれ堀切で遮断されており、尾根筋からの敵の侵入を防いでいる。
【歴史】
築城年は不明ながら、戦国時代に信濃・越後の国境を地盤とした市河氏によって築かれたとされる。
市河氏はもと甲斐市川郷の出身で、鎌倉時代に中野氏から志久見郷(現栄村一帯)を手に入れ同地を治めた。武田・上杉両氏による北信濃の争奪戦が激化した戦国期、当時の当主であった市河藤若は武田氏に帰属するが、武田氏滅亡後は上杉氏に従い、以後上杉氏家臣として存続している。
このような経緯から、現在仙当城に残されている大規模な遺構は、国境地帯を守る重要拠点として、武田・上杉いずれかの勢力の主導のもとで構築されたものと推測される。
【交通】
・JR飯山線横倉駅から車で約10分
【参考文献】
・『日本城郭大系 第8巻』新人物往来社、1980年。
・仙当城跡現地説明板。
・栄村公式サイト(http://www.vill.sakae.nagano.jp/)。