今井城(いまいじょう)

今井城の基本情報

通称・別名

金子城

所在地

新潟県中魚沼郡津南町上郷大井平字城

旧国名

越後国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

今井兼平

築城年

寿永年間(1182〜1183)

主な改修者

主な城主

今井兼平、市河氏、金子氏

廃城年

慶長3年(1598)

遺構

曲輪、枡形虎口、横堀(空堀)、土塁、堀切

指定文化財

県史跡(今井城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

内池館(長野県下水内郡)[3.2km]
室野城(新潟県十日町市)[14.4km]
荒戸城(新潟県南魚沼郡)[18.1km]
樺沢城(新潟県南魚沼市)[18.8km]
直峰城(新潟県上越市)[22.4km]

今井城の解説文

今井城は中津川の左岸、段丘面(米原II面)突端に築かれた中世の城跡である。

源平時代の木曽義仲の臣下、今井兼平の城と伝えられているが、遺構などから天分年間(1532~1555)から弘治年間(1555~1558)の頃に城壁が築かれ、戦国時代には、上杉氏の番城として戦国末まで使用されたとされる。

金子次郎右衛門がいたという学説もあるが、この金子次郎右衛門が1582~1592年の間に琵琶懸城に移ることから廃城になったと考えられるが、資料不足のため、さらなる検討が必要である。

建物跡は残っていないものの、堀や本丸・二の丸の跡が残っており、現在も当時の面影を残している。

自然の要害を利用したつくりで、中津川以北や志久見川以南の信州市河谷が一望できる。

巨大な堀切や城壁下に迫る敵兵を、傾斜した畝形の障害つくり、敵の進路を制限することで、高所より弓、投槍、鉄砲などで倒すことができる畝形阻塞が特徴的である。

同じ台地上に赤沢城があり、この城との関係が重要であり、太平記にも記載される赤沢城は、南北朝時代の新田氏の城と考えられている。周辺には赤沢館、中館などや梵字碑があり、南北朝時代の中心地として考えることができる。この新田氏が生き残り、上杉家の家臣として、この地で戦国時代も活躍したと考えられる。赤沢城からは15世紀~16世紀の建物の跡や陶磁器類が出土している。

さらに、城原、下城、上城などお城に関わる地名も残っており、芦ケ崎本村には、砦があり、今井城と同じ、畝形阻塞が特徴的に作られている。赤沢台地全体が、津南町において、中世という時代の中心地と考えられる。

このほか、三箇地区には、辰ノ口城、笹沢城などの山城が点在し、外丸集落の善久院は、南北時代の新田義貞の弟の脇屋義氏が開いたとされ、お寺には南北朝時代の木造釈迦如来像が安置されている。さらに、寺石の吉祥寺には、南北朝時代の鰐口や平安時代の木造薬師如来像が安置され、この地に平安時代~南北朝時代に人々が暮らした痕跡を読み取ることができる。

情報提供:津南町教育委員会

今井城の口コミ情報

安田大宰少弐秀俊様[2017年08月24日]
信濃川沿いを通る117号線道路の大井平バス停から車で3㎞程。それぞれの分岐に案内あり。城跡の標柱まで車で行けます。
平成25年 県指定史跡 認定。
解説板は 歴史由緒に触れず詳細な地形説明のみ。

渡島守新選組様[2016年08月30日]
沼田同様の河岸段丘に築いた城でした

まるさん武蔵守小町時間割様[2013年10月30日]
2013年10月29日現地へ行ってみました!


津南町って山間部だから山城だと思い込んでいましたが…

北海道の原野が思い浮かぶような広大な沖ノ原台地にあって驚きました!(笑)


城郭の詳細(多分Wikipediaと同じですよね?)に記載もほとんどなく、
現地にも説明板もありませんでしたが…


先に投稿されていた写真と見比べるとわかる通り周りの樹木が伐採。

ただ残念なことに調査とかのためではなくキノコ栽培の会社の原木用と書かれていました!(>_<)

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