岩村城(いわむらじょう)

岩村城の基本情報

通称・別名

霧ヶ城

所在地

岐阜県恵那市岩村町

旧国名

美濃国

分類・構造

梯郭式山城

天守構造

なし

築城主

遠山景朝

築城年

承久3年(1221)以降

主な改修者

河尻秀隆、各務元正

主な城主

遠山氏、森氏、大給松平氏、丹羽氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、石垣、移築門

指定文化財

県史跡(岩村城跡)

再建造物

藩主邸、石碑、説明板

周辺の城

明知城(岐阜県恵那市)[8.1km]
小里城(岐阜県瑞浪市)[15.5km]
武節城(愛知県豊田市)[17.0km]
鶴ヶ城(岐阜県瑞浪市)[17.0km]
苗木城(岐阜県中津川市)[17.3km]
市場城(愛知県豊田市)[20.4km]
大博士城(岐阜県中津川市)[22.1km]
妻木城(岐阜県土岐市)[24.5km]
足助城(愛知県豊田市)[27.5km]
駒場城(長野県下伊那郡)[27.5km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

38 岩村城

設置場所

岩村歴史資料館受付窓口[地図
岩村振興事務所(岩村歴史資料館休館時)[地図

岩村城の解説文



岩村城(いわむらじょう)は、岐阜県恵那市岩村町にある中世の日本の城(山城跡)で、「霧ヶ城」とも呼ばれる。奈良県の高取城、岡山県の備中松山城と並び、日本三大山城の一つとされる。戦国時代には織田氏と武田氏の争奪戦に巻き込まれた。江戸時代には岩村藩の城となる。また中津川市の苗木城、可児市の兼山城と並び岐阜の三山城とも称される。岐阜県指定史跡[1]

概要 

岩村城は恵那市の南部に位置し、明知鉄道明知線岩村駅の南東に位置する城山山上にある。本丸が諸藩の居城中最も高い海抜717mに位置していた。このため、日本三大山城の一つに数えられている。「女城主おつやの方」の悲哀の物語が残る。

歴史・沿革 

戦国時代以前

鎌倉幕府の御家人加藤景廉の長男遠山景朝が築き、その子孫の岩村遠山氏が戦国時代に至るまで城主であった。

景朝が遠山荘に赴任した鎌倉時代初期頃には平坦部に築かれた砦あるいは城館的なものであり、織田氏・徳川氏・武田氏の抗争が激しくなった戦国時代末期の16世紀中に遠山氏・武田氏の手で本格的な城山が構築されていったとみられる。[2]

『太平記』の1337年(南朝:延元2年、北朝:建武4年)金ヶ崎城の戦いにおいて「美濃霧城遠山三郎」なる名が出る事から、鎌倉時代の終わりには諸国に認知される遠山氏の城が存在していたことがうかがわれる(ただし巖邑府誌では霧城とは当時の遠山氏諸城の通称で、太平記の霧城が現在の岩村城の場所にあったかは分からないとしている)。

戦国時代・安土桃山時代

image:Iwamura Plan n.jpg|240px|thumb|岩村城の縄張り図

  • 1570年(元亀元年) 遠山氏最後の城主は遠山景任であったが、甲斐国の武田氏の家臣で、信濃伊那郡の大島城を拠点に伊那郡代であった秋山虎繁(信友)が東濃に侵攻、上村での戦いに勝利し西進してきたが、織田方の武将明智光廉(三宅長閑斎)が小田子村でこれを撃退した(上村合戦)[3]
  • 1571年(元亀2年) 12月3日、景任が病没すると信長は5男で幼少の坊丸(織田勝長)を遠山氏の養子とした。後見は信長の叔母にあたる女性(通称はおつやの方など)で幼少の養子に代わって女城主として差配を振るった。
  • 1572年(元亀3年)10月、信玄は大軍を率いて遠江の徳川家康を攻撃するために出陣し、同時に再び虎繁に岩村城の攻略を命じた。岩村城は武田方に包囲されたが信長は諸戦で助けに来ることができず、おつやの方は秋山虎繁と婚姻するという条件で降伏。
  • 1573年(元亀4年)2月末に虎繁はおつやの方を妻に迎えた。信長は物見のように1万人の兵を連れて岩村城周辺に布陣した。3月15日に馬場信春が雑兵と共に800人で織田勢を攻め、岡部正綱50騎、越中衆30騎、飛騨衆30騎、110騎の中から若者34~35人が織田勢を追いかけて、草に臥せて引き下がる雑兵27人の首を取った。織田勢は岐阜へ退却した。その後、岩村城は落城して岩村遠山氏は降参し、信長直参の35騎が首を取られた。(岩村城の戦い)[4]
  • 1575年(天正3年) 同年5月21日の長篠の戦いの後、武田勢が弱体化した期に乗じ信長は岩村城奪還を行った。信長は嫡男・信忠を総大将に攻城戦を行い5ヶ月にわたる戦闘の後、武田勝頼の後詰が間に合わず城は陥落した。開城の際、虎繁の助命が約されていたが織田方はこれを翻し、虎繁夫妻ら5名が長良川河川敷で逆さ磔となり処刑された[5]。織田方の城となった後、河尻秀隆が城主となり城の改造を行い現在の城郭に近いものとなった。
  • 1582年(天正10年)織田氏による甲州征伐が行われたが、武田氏が天目山の戦いで滅亡するまで 信長は信濃へ足を踏み入れることをせず岩村城に滞在して戦果の報告を受けていた。武田氏が滅亡後は、河尻秀隆が甲斐国に移封となり、団忠正の居城となる[6]が3ヶ月と経たぬ内に本能寺の変で忠正は戦死。岩村城は信濃国から戻った森長可が接収し、長可死後は森忠政が引き継いだ。この時の城代となった森氏家老、各務元正は、この後約17年を費やし近代城郭へ変貌させ、現在の城郭が完成した。
  • 1584年(天正12年)、小牧・長久手の戦いにおいて、徳川家康の元に逃れていた明知遠山氏の遠山利景が攻め寄せるも、元正により退けられる。
  • 1599年(慶長4年)豊臣秀吉の死後、森忠政が信濃国松代に移封となると田丸直昌が入城。
  • 1600年(慶長5年) 関ヶ原の戦いで大阪城番であった直昌は西軍となり、城は本領復帰を狙う遠山利景に再度攻められる。戦後、田丸氏が改易されると、松平家乗が入城した。(東濃の戦い)
  • 1601年(慶長6年) 家乗は山上にあった城主居館を城の北西山麓に移し城下町を整備した。

江戸時代

  • 1645年(正保2年) 大給松平氏の上野国館林城転封に伴い、三河国伊保藩より丹羽氏信が入城。
  • 1702年(元禄15年) お家騒動を起こし越後国高柳藩に転封となった。同年に信濃小諸城より松平乗紀が入城した。乗紀は全国で3番目となる藩校・文武所(後の知新館)を設けた。以後、明治維新まで再び大給松平氏の居城となった。
  • 1707年(宝永4年)10月4日 宝永地震により城郭が被害を受けた。

近現代

  • 1873年(明治6年)廃城令により、城は解体され石垣のみとなった。藩主邸は残されたが、1881年(明治14年)に全焼した。跡地には1972年(昭和47年)岩村町歴史資料館(現・岩村歴史資料館)が開館した。
  • 2006年(平成18年)には日本100名城の一つに指定された。

歴代城主 

  • 岩村遠山氏
    • 遠山景朝:源頼朝の重臣・加藤景廉の子。
    • 遠山景員:遠山景朝の三男で岩村遠山氏の初代。
   ↓
  • 遠山頼景
  • 遠山景友
  • 遠山景前
  • 遠山景任:元亀3年(1572年)12月に城中にて病死。
  • おつやの方:天正3年(1575年)11月、織田家に投降したが刑死。
  • 武田氏
    • 秋山信友:天正3年(1575年)11月、織田家に投降したが刑死。
  • 織田氏
    • 河尻秀隆:天正10年(1582年)6月、甲斐にて武田遺臣により殺害される。
    • 団忠正:天正10年(1582年)6月、本能寺の変により死去。
  • 森氏
    • 森蘭丸:森長可の家老各務元正(各務兵庫)が岩村城代を務めた。
    • 森長可:同上
    • 森忠政:同上
  • 田丸氏
    • 田丸直昌:北畠氏庶流。関ヶ原の戦いで西軍に属し改易。
  • 大給松平氏 2万石(譜代)
    • 松平家乗
    • 松平乗寿
  • 丹羽氏 2万石(譜代)
    • 丹羽氏信
    • 丹羽氏定
    • 丹羽氏純
    • 丹羽氏明
    • 丹羽氏音
  • 大給(分派)松平氏 2万石→3万石(譜代)
    • 松平乗紀
    • 松平乗賢
    • 松平乗薀
    • 松平乗保
    • 松平乗美
    • 松平乗喬
    • 松平乗命
  • 構造(明治6年時点) 

    • 本丸建物
      • 櫓門・納戸櫓・西多門・東多門・平重門・棚門
    • 二の丸建物
      • 二の門・厩・菱櫓・武器蔵・北城米蔵・東城米蔵・二重櫓・不明門・添番所・朱印蔵・上番所・土蔵
    • 長局の内建物
      • 埋門・平重門
    • 東丸建物
      • 二重櫓・廊下門
    • 帯曲輪建物
      • 仕切門・番所・平重門(2箇所)・煙硝蔵
    • 出丸建物
      • 平重門・番所・多門(3箇所)・二重櫓(2箇所)
    • 八幡曲輪建物
      • 橋櫓・多門(2箇所)・俄坂門・番所(3箇所)・二重櫓(2箇所)・追手櫓門・平重門・橋・土岐門・一の櫓門・多門

    • 本丸の外側に二の丸、西外側には出丸、二の丸の外側に三の丸が配されていた。
    • 本丸には二重櫓が2基あったが天守はなく、三の丸大手口にあった三重の到着櫓が天守と言えるものであった。

    遺構・復元物 

    image:Iwamura Castle air.jpg|200px|thumb|岩村城の航空写真(1976年撮影・国土航空写真)

    • 建造物は廃城の際解体されたが、遺構の保存状態は良く曲輪、高石垣、井戸等が良く残る。
    • 岩村町の八幡神社(加藤景廉が祭神として祀られている)の本殿は、岩村城の八幡曲輪から移築されたものである。(現在の岩村城の存在を示す最も古い遺物は永正年間の遠山頼景による八幡神社棟札である。)
    • 不明門(伝)が城下の妙法寺の山門として移築され現存する。
    • 岩村城の廊下の部材が、城下の地酒“女城主”蔵元の岩村醸造の廊下にも利用されて残っている(見学可能)。
    • 岩村城のどの場所の建造物かは不明であるが、勝川家の土蔵の一部も岩村城の遺構である。
    • 岩村町の徳祥寺には岩村城の城門であった土岐門が明治6年(1873年)に移築され、山門として所在する。
    • 恵那市上矢作町の円頂寺の畳八畳分の天井絵は岩村城より移築された「八方睨みの龍」が使用されている。どこからみても龍が睨んでいるように見えることから、このように呼ばれる。
    • 藩校の知新館の正門と釈奠の間(岐阜県指定文化財)が現存し、城の麓の藩主邸跡に移築されている。

    城跡公園

    • 同じく城の麓の藩主邸跡において、藩主邸の一部、表御門・平重門・太鼓櫓が平成2年(1990年)に復元された[7]
    • 下田歌子勉学所や知新館、菖蒲園が建設されている。

    絵図 

    享保3年(1718年)12月17日に城主松平乗賢が、石垣修理のため幕府に提出した絵図と平面図が岐阜県指定重要文化財となっており、岩村歴史資料館に展示されている[8][9]

    現地情報 

    所在地

    • 岐阜県恵那市岩村町字城山

    交通アクセス

    • 鉄道
      • 明知鉄道岩村駅下車、岩村歴史資料館まで徒歩約20分(本丸まではさらに約20分)
    • 自動車
      • 中央自動車道恵那インターチェンジから車で25分
      • 本丸までは、国道257号線より本丸そばの出丸まで行くことができる。

    参考文献 

    • 西ヶ谷恭弘/編 『定本 日本城郭事典』 秋田書店 2000年 186ページ

    岩村城の口コミ情報

    2022年10月04日 【城郭道】尾張守たっきー
    阿木城[岩村城  周辺城郭]



    【織田武田抗争の地の一つ】
    阿木城、岐阜県中津川市。岩村遠山氏が築き、阿木遠山氏が入った山城。岩村城攻めの際に織田方の最前線基地となりましたが、武田方に落ちました。現在、土塁、曲輪そして美しい堀切が良好な状態で残っています。虎口で僕が滑ったのはまた別のお話。御城印は登城口にあります。300円なり。

    2022年09月15日 とんかつおやじND
    飯高城[岩村城  周辺城郭]



    飯高城 今年3月に恵那市教育委員会より (恵那市の新発見城館跡 明知城周辺調査事業.恵那市城館跡分布調査報告書1)にて報告された城址となります。

    萬勝寺(飯高観音)を西に見下ろす尾根の先端頂部に位置する。東には岩村と明知を結ぶ街道が通り 鞍掛峠を見張るのに良い場所。
    全体的に曲輪らしき箇所の削平は甘く 主郭らしき所は 神社があるため改変の可能性あり 監視目的の砦かな?
    尾根は全て堀切で防御されてます。
    一押し見所は 東側尾根の堀切がお見事

    1.飯高観音から登り始めて見上げた 隣の北西尾根の堀切
    2.登って来た西尾根 南下にある 浅い三連竪堀の二本
    3.北西尾根の堀切から落ちる竪堀
    4.東側尾根の逆ハの字型な堀切 
    5.4の堀切より北にある竪堀
    6.4の堀切から東側に落ちる竪堀を下から

    2022年09月03日 ほりーないと
    阿木城[岩村城  周辺城郭]



    〈御城印の情報〉
    1枚300円
    登城口のパンフレット置き場で無人販売しています。代金は"協力金入れ"へ入れて下さい。

    阿木城跡保存会の会長さんに偶然お会いして「最近、御城印の販売を始めた」と教えていただきました。
    以前は登城記念として城城印を無料配布していました。(無料配布分は少し残っています)
    パンフレット置き場には、阿木城の山野草情報、周辺観光マップもあります。会長さんが作成した阿木城の詳細な案内(持ち帰り不可)があるので、見て欲しいと話していました。

    阿木城がいつ頃に築かれていたのか定かではありません。織田信長、武田信玄、どちらかの勢力によって造られたのか…
    御城印の多くは家紋が入っています。阿木城は築城主不明のため、旧阿木村の村章が使われています。

    保存状態がよく、見応えがある城です。登城道が整備され、所々に案内板があるので歩きやすいです。
    時間と天候の都合で東側の二重堀切には辿り着けませんでした。会長さんのお話も強い雨が降りだして途中になってしました。
    「今度来る時は声をかけてください。案内します」と会長さんが言ってくれました。また阿木城へ行きたいです!

    ※御城印の口コミ投稿は阿木城跡保存会の会長さんの許可をいただいています。

    2022年07月20日 なおなおねこ
    岩村城

    結構狭いくねくね道を進みましたが、意外と小さかったです。参考までに、信長もなかなか攻め落とせなかっただけあって、かなり高い場所にあり、麓にはおんな城主の酒蔵があります。

    2022年07月18日 なりっくす左衛門佐
    岩村城



    雨上がりの岩村城。一気に暑くなったので水分補給は必須だよ。後、雨上がりの石畳がすごく滑るから下りは特に気をつけてね。

    2022年05月13日 青コアラ美濃守
    漆原砦[岩村城  周辺城郭]



    三河方面からの岩村城への侵攻を防ぐ目的で、北東にある前田砦とともに武田方による改修を受けたようです。

    縄張は武田の城らしく馬出しがあり、土橋で主郭と繋がっています。主郭の南は広い帯曲輪が廻り、搦手方面は二重堀切で尾根筋を遮断しています。この二重堀切は明瞭に残っていて見応えがあります。

    城山トンネルの上の山が城跡で、トンネルのどちらからでも登れます。自分は西側から登りましたが、真新しい案内板があるので迷わず到達出来ました。(途中にある柵も手で開けられます)城内も程よく整備されていて見やすいです。駐車場が無いのだけが難点です。

    2022年05月08日 やまじろう民部少輔
    飯羽間城[岩村城  周辺城郭]



    登城口は南西の細い道から入ることができます。

    2022年05月01日 特にありません
    岩村城



    岩村城は当然城自体もいいですが、まず観光協会の方に敬意を表すします。QRコードでほとんどの施設をグラフィックで説明。変に観光目的で再建されるよりわかりやすい。全国で1番の対客が出来ている城だと思います。ただひとつ、町が「女城主おつやの方」押しなのに、その説明が資料館にもほとんど無いのが残念かな。

    2022年01月16日 ちあき主税允くん
    岩村城



    車は近くの資料館に駐車場できます。雪が積もった六段壁は綺麗でした^_^とてもいい思い出になりました。今の時期は滑らない靴で攻めることをお勧めします。

    2022年01月16日 山狐縫殿允友紀
    千旦林城[岩村城  周辺城郭]

    岩村十八支城のひとつ。遠山氏重臣・吉村源斎、氏為親子がこの城を守っていたらしく、特に源斎は武勇に優れ、知性があり、人望が厚かったそう。その評判を聞きつけた武田信玄は仕官のお誘いをするのですが、源斎ほ拒否。信玄の怒りを買う事になり、1574年の勝頼による東美濃攻略軍に攻められ、落城。源斎親子も討死した。以後は廃城となったそう。
    現在は堀切が残っているだけでそれ以外はおまり城の痕跡は見受けられないとの事。

    2022年01月04日 山狐縫殿允友紀
    野井城[岩村城  周辺城郭]

    別名「白金城」とも呼ばれ、遠山十八支城にも数えられる砦。岩村藩主が参勤交代の際に利用したと言われる林道「大名街道(とのさま街道)」を700mほど行くと、城趾への道標が立っているので、道標を頼りに進んで下さい。

    現在、林道は山の管理者やその関係者が通る用の道になっているので、車で侵入しないよう、ご注意下さい。それと同時に道のりは急勾配になっているので、怪我をされないようにご注意下さい。

    2022年01月04日 山狐縫殿允友紀
    椋実城[岩村城  周辺城郭]

    椋実ダムの北西にある標高510mの山に築かれている砦。この砦の詳細は分かっておらず、1575(天正3年)に武田軍に攻められ、落城したと伝えられています。

    北麓の道路沿いに登山口の道標が出ています。

    2022年01月02日 大和魂雅楽頭Sギロロ伍長
    岩村城



    長崎の興福寺に岩村城よりお酒かなにかが奉納されていました。(理由は不明)

    2021年12月18日 竹下半兵衛(^^)/
    岩村城



    標高717mの岩村城、本日はパウダースノー状態でした♡🏂️
    国道257号の気温表示はAM6時に-3℃で、塩カルびっしりです。この道に慣れてる自分には夏タイヤの軽🏎️でも特に不安は無かったです。
    ...慎重に運転すればですけど(^^;
    フォトはAM7時頃のモノですが、雪⛄️は昼には消えるカモです

    ..サテサテ、これより搦め手から標高958mの水晶山陣所跡へ登りまーす ε=(。・ω・)ゞ

    2021年11月09日 くっしー主計頭尚人
    岩村城



    石垣がとにかく素晴らしい。ちょっと「はらみ」が心配なとこがありましたが…
    あと、今の時期(11月)は紅葉が綺麗でした。資料館から本丸まで約30分ぐらいですが、ある程度体力は必要ですね。ちなみに、本丸まで車で行くこともできますよ。

    2021年11月07日 木工頭ストリーム
    観光協会[岩村城  御城印]

    営業時間に注意。11月は16時までだった。

    2021年10月28日 とんかつおやじND
    飯羽間城[岩村城  周辺城郭]



    美濃國恵那郡遠山荘遠山氏の分家飯羽間遠山氏の城 岩村城の出城の役割 遠山十八支城の一つ で 平山城 飯羽間遠山氏は「遠山七家」 飯羽間城は武田軍によって攻め落とされた

    2021年09月25日 きむねこ
    岩村城

    今はコロナで資料館も開いていませんが、城自体は登れます。本丸近くにも車を停められますが、個人的にはその資料館に停めて登るほうが、よりこの城の素晴らしさを感じられると思いました。結構急な所も多いので、必要最低限の軽装をオススメします。野面、切込み、打ち込みの石垣オールスターは本当に感動します。

    2021年09月03日 内匠頭桜姫
    岩村城



    恵那方面より入る。阿木ダムから辺境の地 感あり。雨の為、無人。熊出没の恐怖を歌で誤魔化し登城。流石 霧ヶ城、やはり霧攻に遭う。蛇骨を使われた?笑
    六段壁、見事也! 算木積、打込接の落積。本丸広く、驟雨の中ひとり佇む。
    帰りにしどどに濡れながら松浦軒へ。本場オランダですら廃れたカステーラ2本、土産に購入。美味也。お姉さんに「熊出没の放送、よくかかります」微笑んで言われ、出逢わなかった幸運を合掌。

    2021年08月08日 虹ノ松能登守
    井戸[岩村城  遺構・復元物]

    天守閣趾の東側の隅に井戸がありました。蓋がしてあり水はありません。

    2021年07月29日 在来線男右京進
    岩村城

    歴史資料館に車を停めて歩いて上りましたが、出丸に駐車場があり楽に上れます。御城印は観光案内所にあります。

    2021年06月12日 青コアラ美濃守
    東野陣屋[岩村城  周辺城郭]



    天正元年(1573)織田信長と遠山氏が、武田氏の東美濃侵攻に備えて築いたものとされています。江戸時代に陣屋が置かれた記録はなく、なぜ陣屋と呼ばれているかは不明です。

    貴船神社の北隣の雑木林が城跡です。神社の参道の北に城跡の標柱があり、そこから雑木林に向かってまっすぐ進むと虎口があります。左右に空堀があり、削り残しの土橋を渡る構造みたいなんですが、如何せん藪が酷くてよくわかりません。

    内部は堀で囲まれた方形の空間となっていて土塁や櫓台があるのですが、これも藪でよく見えません。この城で最も残りが良い遺構が南側の空堀ですが、曲輪内部からだと深い藪に阻まれて近づけないので、外側(神社側)からの方が幾分見易いかと思います。(と言ってもこちらも藪には違いないですが)

    もう少し整備が進むとありがたいですが、現状では夏場の見学は困難なので行かれるなら冬にした方がいいと思います。

    駐車場がないので、近くの阿木川公園に停めて歩きました。徒歩10分弱です。

    2021年05月31日 ニセロー
    岩村城



    6段石垣素晴らしかったです。100名城スタンプの場所では御城印は購入できませんでした。

    2021年05月18日 士口木寸美濃守日昌
    菱櫓と俄坂[岩村城  碑・説明板]

    俄坂門は中世遠山氏菩提寺の大円寺へ向く正門だったらしい

    2021年03月26日 青コアラ美濃守
    鷹撃谷城[岩村城  周辺城郭]



    恵那市に2つ存在する「大井城」。こちらは恵那市史跡に指定されており、教育委員会設置の城跡碑にも「大井城跡」と表記されていますが、現大井小学校の方の大井城と区別する為、鷹撃谷(たかちがや)城と呼ばれています。
    ただし両城は直線距離で600mほどしか離れていない事から、全く別の城だったというよりは何らかの連携を持った一体の城であった可能性もあると思われます。

    住宅街の突き当たりの草むらの中に城跡碑が立っています。土塁や堀状の地形が見られますが、土塁に関しては発掘調査の結果後世のものだと判明したとの事です。

    2021年03月26日 青コアラ美濃守
    大井城[岩村城  周辺城郭]



    永享7年(1435)、美濃守護土岐氏の一族大井秀行により築かれたのが始めとされますが定かではありません。戦国時代には岩村遠山氏の遠山十八支城の一つとなりますが、この地は信濃との国境が近く、織田と武田の争いの中で大井城も何度も戦乱に巻き込まれたようです。

    現在の大井小学校から恵那高校にかけての一帯が城域とされます。遺構は特に認められませんが、小学校の北側の川が流れている所はいかにも堀跡といった雰囲気が感じられ、また城が高台に立地していた事が実感出来ます。
    城跡碑はありませんが、小学校の門を入った正面に学校の由来が書かれた看板があり、ここが大井城の跡地である旨が記されています。(スポットはこの看板の位置に置いています)

    駐車場はありません。学校が休みだったので、空きスペースをお借りしました。
    ちなみに城跡のすぐ下を中山道が通っており、江戸から数えて46番目の大井宿があり本陣の正門が現存しています。興味のある方はついでに見学されるといいかと思います。

    2021年02月14日 Ken1弾正大弼piece
    岩村城

    石垣、すごかったです。
    こんな高台まで、大変だっただろうな。って、思いました。

    せっかく城攻めしましたが、御城印の購入は、間に合わず。。。郵送もやってないようで、悔やまれるばかり。。。うっ。。

    2021年02月09日 あきおこ
    馬隠し砦[岩村城  周辺城郭]



    恵那市長島町正家にある山城です。(標高635m/比高235m)。百姓が戦乱を避ける為に築いた避難小屋と伝わり馬隠し遺跡とも呼ばれます。

    永田林道のカーブにある広い駐車場の谷左手斜面から直登しました。登城路は無くかなりの急斜面できついです。

    砦は大小屋と端小屋の2ブロック構成。大小屋はキレのある堀切が尾根を遮断し北東に竪堀となり落ち込みます。堀切には大土塁を設け綺麗に削平された曲輪のクオリティの高さに啞然としました。明らかに尾根筋からの敵を警戒しています。街道監視に築かれたのでしょうか。

    尚、尾根筋をウロウロしてたら林道を発見。こちらからのアクセスが楽そうなのでスポット置いておきます。

    大小屋から北西にかなり下った端小屋は大小屋の様な鋭さを感じませんでした。
    避難小屋とは名ばかりの凄い遺構、一見の価値ありです。(登城日2021年2月7日)

    2020年12月26日 【城郭道】尾張守たっきー
    信の城[岩村城  周辺城郭]

    飯羽間城と近接した位置にある城。歴史ははっきりとしていない。城主は信(延)友市丞としている。しかし、この城は織田軍の岩村城攻めで築いた城であるため、市丞は城番だった可能性もある。
    城跡は現在、草木が生い茂っていてややあれ気味である。細長い尾根に曲輪が続いている縄張で背後の尾根続きには二重堀切を設け、内側に土塁がある。曲輪内は畑作のために改変されている。

    2020年12月26日 【城郭道】尾張守たっきー
    六段壁[岩村城  遺構・復元物]

    本丸北東面に築かれた見事な六段壁は江戸時代後半に築かれたものです。背面の高石垣崩落を防ぐ補強の石垣でした。
    何度見ても声が出ないほど立派な六段壁は岩村城の顔とも言うべき存在ですね。

    2020年12月11日 【城郭道】尾張守たっきー
    土岐門[岩村城  碑・説明板]

    土岐門は岩村城第二の門である薬医門で、岩村城主遠山氏が土岐氏を破ってその城門を奪い、ここに移したという伝承があります。現在は恵那市の徳祥寺に岩村城で唯一現存される建物として移築されています。

    2020年12月02日 尾張伊東家@和祐
    岩村城



    上の駐車場に行く場合は対向車に注意です。ガードレールのない細い断崖でのすれ違いが必ず必要になりますので運転に自信の無い方は下の駐車場に車を停めてから登ってくださいね。

    2020年12月02日 ゆーみん
    岩村城



    岩村城跡の麓の岩村歴史資料館のところに登城口があります。
    岩村城跡までは、麓から歩いて30分ほど。
    岩村城跡の本丸跡すぐ下にも駐車場があります。
    各ポイントに設置されている説明板のQRコードを読み取ってサイトに繋ぐと、再現CGとナレーションが流れます。これを流しながら実際の景色を見るととても面白いです。
    本丸直前の六段壁は言わずと知れた山城石垣の萌えポイント(笑)
    本丸からの城下の眺めも絶景です。

    2020年11月29日 わだち
    岩村城



    9:30に登城開始でほとんど人いませんでしたが、11時に戻ってきたら車がかなり停まってました。
    みなさん書かれてるけど、10分程度の急な坂道を頑張れば素晴らしい石垣が次から次へと現れますので歴史資料館からの登城が絶対おすすめです。
    なお少し進んだ本丸まで700メートルの標識から石畳始まります。そこの右手に地元の人のご厚志か杖がいくつか置かれてますので活用するのがいいと思います。

    2020年11月18日 とんかつおやじND
    阿木城[岩村城  周辺城郭]



    阿木城は通称城ヶ峰と呼ばれる標高541m、比高差約60mの山上一帯に築かれています。城の広さは東西約180m、南北約150mで、近隣の中世城郭の中では大規模な城です。遺構の保存状態も良く、当時の城の形態がよく分かります。
    城がいつ頃に築かれていたのかは定かではありませんが、文献や遺構などから戦国時代末期には築城されていたと考えられています。
    戦国時代の東濃地方は、織田氏・武田氏の激しい勢力争いが繰り広げられており、その中で阿木城も何らかの役割を果たしていたと思われます。  中津川公式サイトより

    個人所有ですが 手入れが行き届いてます
    切岸や堀切など崩落防止手入れあり
    見学路も階段等ありカメラ片手にでも回りやすくなってます

    登城口に五城印と説明パンフレットあり
    寸志の募金箱設置されてます
    個人的に北東側の二重堀切が特におすすめ

    2020年10月14日 陸前守こうちゃん播磨の守☆
    岩村城



    雨降りの訪問になりました😑道標通りに進むと歴史資料館の方に到着し雨降りだったのでここからの登城を断念し、本丸跡手前迄の車道から登城しました!道中広くないです😑
    雨降りの岩村城、意外と良かったですねぇ😳石垣に付着してる苔と雨とのバランスがマッチしてました😃もし岩村城訪問の際に雨降りならば落胆せずに行くのもオススメでした☝️

    2020年09月26日 ⚔️骨喰藤四郎⚔️
    駐車場[岩村城  駐車場]

    ここから復元された太鼓櫓、岩村歴史館に行くことができます。登城口も近くにあるのでとても便利な駐車場です。しかしコンクリートではなく砂利です。

    2020年08月14日 VTR美濃守シゲ
    久須見城[岩村城  周辺城郭]



    先人の方の情報を元に城友さんとリア攻め行きました。

    県道68号を八百津方面から木曽川越え左手にファミマ、右に久須見のバス停の所左に入ると公民館有りそこに止めさせて頂きました。

    トイレは有りません、近くにファミマ有り。

    取り付き判らず竹藪の麓をウロウロ少し薄い所入ったら、いきなり竪堀に
    そこを上がっていくと、二の丸と本丸を分ける堀切でした。二の郭東側土塁と虎口有り更に東には微かに段形状が見られました。

    本郭はかなり広く、ただ先人様も書かれてます様にチョット怖い雰囲気の場所も有ります。更に西は堀切となっていてそこからは草木で進めず戻りました。

    東に二の郭超えると堀切?現世の手が入っている様にも見えます、その向こう側はお墓となってます。

    その堀切から北も南も降りられる様になっており、北に降りてお墓に行く道が付けられている様でそのまま道路出ました。

    私有地の看板は有りませんでしたがリア攻めの際は、地元の方には十分な配慮を!

    2020年07月17日 【城郭道】尾張守たっきー
    六段壁[岩村城  遺構・復元物]

    こちらが正しい六段壁の場所です。よろしければ航空地図で確認してみてください。

    2020年07月07日 OROKA参議
    阿寺城[岩村城  周辺城郭]



    【アドベンチャー満載なドキドキ城道!】

    阿寺城は岩村城の北東に位置する城で、遠山氏の城のようです。織田VS武田の際には境目の城であったようです。

    この城は、アクセスがかなりアドベンチャーです(笑)
    県道413号から手賀野の集落へ南下し、住宅街一番奥の浄水場を目指します。(車は浄水場の付近に路駐させてもらいました、このあたり自己責任で)
    浄水場の少し手前で左折し、川沿いの道を進んで砂防ダムに出ます。ダム沿いに鉄柱を倒しただけな感じのワイルドな橋があるので、これを使いダムの端を渡ります。(写真参照)
    いや、マジで?と思うかも知れませんがマジです。
    そのまま南下しますが、城は川の反対側にあるので、テキトーな浅瀬で川向こうに渡ります。足場になりそうな適度な大きさの石を投げ、マリオみたいにその上をピョンピョン跳んで、濡れずに渡れたらラッキーですね☆ギャグみたいな行程ですが、マジですって。
    渡る目印としては、「御嶽神社登り口」のボロ板が対岸に見えた時くらいです。このボロ板の上が本来の登城道ですが、崩れてるので、登れそうな斜面を強引に登ります。…うん、これもマジな話です。
    尾根まで登りきる事ができたら、だいたい城域に入るので、あとは尾根の高い方へ向かいましょう♪

    遺構はあまり整備されていないものの、見応えがあります。郭は尾根沿いに展開されており、土塁、折れのある虎口、堀切、土橋などなど…本丸は御嶽神社の小さな祠があります。また、3重の堀切もあり楽しめます。

    とはいえ、途中の道が冒険ドキドキワクワクの印象強すぎて、城そのものの記憶があんまり残ってないのが現実です。

    どうだい、ワイルドだろ~?(笑)

    2020年06月22日 OROKA参議
    下手向城[岩村城  周辺城郭]



    【良い意味で期待を裏切るクオリティ】

    下手向(しもとうげ)城は岩村城の西、上手向城のさらに西にある城で、勝氏の城のようですが詳細は不明です。

    アクセスは、下手向郵便局から北の道に入り、並んでる民家の一番奥の民家の右側畑奥から山に入る感じです。
    なお、駐車場は無いので県道沿いのどこかに路駐する形になります。(このあたり自己責任でお願いします)
    山に入って5~10分ほど登ると城に着きますが、道が曖昧で最後は直登した記憶があります。

    さて、上手向城の薄~いアレらを見た後に訪れたので期待は全くしてませんでしたが、遺構は予想に反してかなり凄いです。
    帯郭を伴う主郭は、数十m四方くらいの広さがあり、ガッツリした土塁もあります。また、何よりシャープな切岸が美しい…そして、その切岸の下には半周ほど空堀が巡ってます。
    ちなみに、切岸の斜面の一部に切り出された岩?石積?のようなものが埋っていて、よく分からずワクワクさせてくれます。
    単なる土豪の城という感じよりはかなりゴージャスで、後で城のリノベーションをした可能性もありますね。

    スタートの民家を横切る時はドキドキしますが、かなり素晴らしい城です!
    イベントや大河ドラマ館で明智城を訪れるついでに、ぜひ下手向城もお寄りください(*^-^)

    2020年06月21日 OROKA参議
    上手向城[岩村城  周辺城郭]



    【うっすら堀切と削平…】

    どなたかの設置したスポットに、長期の放置も可哀想なので口コミと写真を投稿させていただきます。

    上手向(かみとうげ)城は岩村城の西にある城で、遠山氏の配下である渡辺氏の城のようです。

    アクセスは、とりあえず地図らへんにある手向神社を目指します。この神社の背後の山が上手向城です。
    神社の向かって左手にうっすら登城道があるので、ここから登ります。しばらく登ると尾根に出て、左右がそれぞれ城ヶ峯と隠居峯になり、どちらも郭となります。

    遺構は…うっすらとプリティな堀切と、甘~い甘ちゃんな郭の削平地があります。藪の奥に行けばもう少し遺構があるかも知れませんが、私はテンション上がらず撤退しました。
    スポットを置いてくれた方、ぜひ奥の遺構を紹介してくだされ。

    このあたりのリア攻めしていて時間が余った方、どんな城でも城と名が付けば行くぜという方、マニアックなマイナー城専門という方…どうぞ行ってくだされ。
    遺構いっぱいの城に行きたいという方…他を先に回った方がいいです(笑)

    2020年06月14日 OROKA参議
    久須見城[岩村城  周辺城郭]



    久須見城は岩村城よりだいぶ北部にある城で、築城者や時期等は不明な城です。

    高速の恵那インターから北に向かい、久須見のバス停あたりの東の丘が城になります。県道側からコンクリートの階段がついてますがなぜか途中で消えるので、強引に直登しました。高さはそこまでないので5分~10分くらいですかね。
    駐車場はありませんので、どこかに頑張って停める形になります。

    本郭は神社というか祠が奉られています。
    遺構としては、郭を囲む土塁と、副郭と隔てる堀切、土橋、虎口がコンパクトながらとても見事です。
    冬に行ったので見やすかったですが、夏だと藪とか酷いかもです。

    登城道を軽く整備してくれればなぁ…かなり素晴らしい城なんですが。
    それでも手軽にしっかりした遺構を楽しめるオススメの城には変わりないです(*^-^)

    岩村城や明智城目的で高速で恵那インターを使われるなら、ぜひついでにお寄りください。

    2020年06月01日 VTR美濃守シゲ
    前田砦(上村城)[岩村城  周辺城郭]

    凄い砦です!!堀切、曲輪の大きさ、切り岸の高さ見所満載、麓から城域までそんなに時間もかかりません。


    2020年06月01日 VTR美濃守シゲ
    漆原砦[岩村城  周辺城郭]

    岩村から三河に抜ける街道の峠に有ります
    上村合戦時に遠山氏が造り
    武田方となった後改修され武田の遺構も見られます

    林道工事やお墓も有りますので入山の際は最大限の注意を
    駐車場やトイレは無いです

    2020年03月12日 あきおこ
    釜屋城[岩村城  周辺城郭]



    岐阜県恵那市山岡町釜屋にある山城(標高580m/比高80m)です。明知遠山氏配下の在地領主勝氏の居城と伝わります。

    山岡町中心部より南の県道405号線と国道306号を結ぶ車道沿いに神明神社があり、そこの南側にある採石場を経て小川を渡った先の尾根から城への直登路があります。

    神明神社に偶然居合わせた地元の方に駐車許可をもらおうとしたところ、別にもっと分かりやすい登城路があると親切に教えていただきました。神社から東の田園奥にある堰堤から登城路があるとの事で、そこからリア攻めしました。駐車スペースもあります。

    堰堤右手に切通があり少し登ると尾根道となり、やがて土橋と竪掘があります。大手筋の掘底道の様です。そこから更に奥に進むと、この城一番の見所とも言える堅固な虎口が現れます。虎口に坂土橋を設け鋭い切岸上から狙い撃ち必至です。あとは主郭を中心に複数の腰曲輪を設けた切岸防御主体の構成で、南方面は防御意識が薄く感じました。

    知名度こそ低いですが、この地方では城域は広いほうで植林の山でもあり見易く意外に楽しめました。そして驚いたのは私以外のメグラー様がいた事・・・・!

    駐車場は、神明神社の社務所横に広い駐車場があり、堰堤側は車止め前の路肩に2台ほど停めれる駐車スペースがあります。トイレは無し。案内板は一切ありません。
    (登城日 2020年3月1日)

    2019年09月22日 まさある甲斐守
    登城口(車出入口)[岩村城  その他]

    道は細く、すれ違い困難です。
    大型車両進入禁止。
    先の駐車場は駐車無料。
    20台くらい駐車可能。トイレ有り。

    2019年08月18日 三尺坊左近衛中将影ちゃんII号
    御城印販売所[岩村城  御城印]

    岩村城歴史資料館ではなく、岩村山荘のフロントで"御城印"がもらえます。


    2019年06月14日 Toshi 三河守
    岩村城



    山道大変ですが登る価値がある見応えです😁

    2019年06月01日 信州治部丞克幸
    岩村城



    岩村城には何度か行っていますが太鼓櫓のある歴史資料館からの登城をオススメします!城の全貌を堪能できるハズ。本丸付近の駐車場からではホントの名城としてのスゴさが半減します。

    2019年05月15日 宮内卿シンシン
    岩村城



    天気がイマイチでした。
    城跡の駐車場まで車で行きましたが、対向車が居ると怖いですね。今日は対向車がいなくて助かりました。

    2019年04月30日 弾正少弼あきまろ
    岩村城



    登城口入り口から天守跡迄は15分~25分位の道のりでしょうか…
    只、道のりはかなり険しいですし、足元も石段なので杖など持参された方が楽だと思われます!
    その代わり景観はなかなか良いですよ❗️


    2019年04月30日 弾正少弼あきまろ
    岩村城



    登城するには結構な急勾配と足場が石段なので、杖的な物を持参された方がよろしいかと思います!

    2019年04月29日 アッツ参議蝦夷守
    太鼓櫓[岩村城  遺構・復元物]

    太鼓櫓、表御門、平重門等は平成2年に復元されました。

    2019年04月24日 七代目尾張守宗春
    出丸[岩村城  駐車場]

    歩きたくない場合は、ここまで車で来る事が出来ます。ただし、道は狭く、大きな車はすれ違いが難しいです。

    2019年04月23日 灰猫☆上総介
    岩村コミュニティーセンター[岩村城  スタンプ]

    岩村歴史資料館が休館日のときは、コミュニティーセンター入口にスタンプが置いてあります。

    2019年04月23日 灰猫☆上総介
    岩村歴史資料館[岩村城  スタンプ]



    月曜日は休館日なのでスタンプは押せません。岩村コミュニティーセンターで押せます。

    2018年09月29日 南瓜印前立紀伊守諏訪法性兜
    岩村城

    私も一ヶ月ほど前に岩村城に行きました。岩村城もご朱印があります。ただ資料館ではなく、資料館の向かいぐらいにある岩村山荘(だったかな?)という旅館のような建物で売っています。資料館のおじさんに聞いたら教えてもらえました。教えてもらわないとわからないですよね〜

    2018年09月27日 陸奥守たろす
    岩村城

    御朱印情報

    最近御朱印を置くお城が増え東美濃の山城である「美濃金山城」「苗木城」にも御朱印があります。
    岩村城にもないかな?と思って岩村歴史資料館を見渡すもなかったのでそのまま帰陣。
    (管理人さんに聞けば良かったか?)

    で、資料館から持ち帰ったパンフレットの中に、「えなてらす、いわむら。」(岩村観光案内所)、「岩村山荘」にて販売(¥300)との記載がありました。

    残念…

    2018年08月11日 左馬允りょうた
    岩村城

    岩村城は、天然の要害で、800㍍歩くし、石段がキツイ…

    2018年07月29日 中務卿一之介
    岩村城

    岩村駅から岩村城歴史資料館へは20分で着きましたが、登城口から本丸へは、私の場合40分ほどかかりました。途中で現れる石垣それぞれに心惹かれ、写真を撮りながらながら登ったので(^^;

    この廃城感、いい!
    う~ん、何とも形容しがたい雰囲気…(^^)

    見学後は、岩村の街の中にある「みつば」さんといううどん屋さんで昼食にしました。コシがあってツルッとしたうどんが美味でした。

    最後に、1つ注意(特に暑いとき)があります。
    歴史資料館付近(登城口付近)には飲料を買える店や自販機がありません。このため、飲料は必ず岩村の街を通り過ぎるまでに調達しておいてください(私は、歴史資料館に自販機くらいあるだろうと鷹をくくっていました。資料館の方のご好意で、お茶を譲っていただきました)。

    2018年03月19日 【感謝】☆あんず
    岩村城

    本丸近くの出丸広場駐車場がありますが、ツアーバスは登れませんし、「やはり三大名城は登らないとね」というナビゲーターの方と行軍。出丸広場駐車場の建物はトイレでした。
    岩村城の廊下の部材が、城下の地酒“女城主”蔵元の岩村醸造の廊下に残っているというのでナビゲーターさんに案内して頂き拝見しました。
    風情がある酒屋さん。廊下は一部しか無かった(板というべきか)のですがピカピカな廊下でした。
    試飲もさせてくれてホッコリしました。生原酒は味わい深い濃いお酒です。
    2018年前期から始まる連続テレビ小説第98作「半分、青い。」は、岐阜県と東京を舞台だそうで地元ロケがあったそうです。町並みが見られると思います。

    2017年10月12日 昌幸近江守野面積み♡
    岩村城

    岩村歴史資料館から登城。

    6段石垣と出会った後、本丸直行もアリですが、周回し南曲輪・出丸・二ノ丸訪問もいかがでしょうか?
    曲輪までの2つの堀切はこの城の中で唯一
    戦国時代を感じさせます。
    出丸からの2段高石垣も見事です。
    二ノ丸は草ぼうぼうですが、そこにある弁天池は掘り下げたところを石で囲ってます。
    当時としては画期的だと思います。

    もちろん石垣を見ているだけでも楽しくなってくる城です。
    土岐門・畳橋・追手門と三重櫓・本丸のたくさんの虎口跡…
    当時がどうだったか想像したくなります。



    2017年09月26日 織田上総介晃司
    岩村城

    駐車場は2ヶ所。
    藩主邸太鼓櫓のある岩村歴史資料館からの徒歩ルート。
    そして本丸近くの出丸広場駐車場。ですが途中の車道は狭く、対向車が来るとオーマイガーです。

    六段壁は圧巻。

    岩村城に来たら麓の城下町にも足を運んでみては。風情あります。

    城下町の蕎麦屋さんで昼食を摂りました。お店の都合で11:30の開店でしたが、1時間後には蕎麦の売り切れ?で営業終了。
    かなりの人気店。
    蕎麦湯もちゃんと出てきました。

    和菓子屋さんで栗きんとんを購入。
    城友さんの情報ではかなり美味しかったらしい。
    人へのお土産にせず、自分ちで食べればよかった…

    2017年09月14日 和泉守☆山ちゃん
    岩村城

    100名城スタンプ、岩村歴史資料館が休館日の場合、岩村コミュニティーセンター内にありました。
    (岩村振興事務所は休館していました。)

    2017年09月05日 コナン遠江守
    岩村城

    岩村町歴史資料館から登城するのがおすすめです。登城コースに次々と現れる石垣は必見です。
    説明板のQRコードで再現CGが見ることができます。畳橋-枡形門-三重櫓の構造は是非見てください。資料館で復元の募金をしていますが、まず、ここの一画から始めてほしいです。

    2017年08月27日 ゼカキユ右京大夫第16駆逐隊
    岩村城

    岩村城の北西約1㎞のところ、国道363号沿いの資料館入口近くの小高い丘の上に大将陣があります。
    現在は大将陣公園となっています。

    岩村城を包囲した際、織田信忠が本陣を置いた場所とされています。

    また大将塚と言われる塚もあり、岩村城に籠って戦った秋山虎繁、おつらの方ら5人を処刑し葬った場所と伝えられています。
    (処刑場所については岐阜に連行され長良川で…の説もあり)

    太平洋戦争時も軍事施設として使われたらしいので、詳しい遺構ははっきりしません。
    駐車場はありません。
    比高20m。
    国道沿いの入口道標から主郭まで徒歩約5分です。

    岩村城に登城した際は是非お立ち寄りいただき、ここからの岩村城を眺めてもらいたいものです。
    信忠が、秋山夫妻らがどんな思いで岩村城を見たのかを感じとれる場所です。

    2017年07月18日 駿河守武蔵守
    岩村城

    本丸の近くに駐車場がありますが、
    そこに至る道が狭く、ガードレールが
    ありません。
    途中対向車が来たときはバックで
    待避地点まで戻る恐怖を味わう
    ことになります。

    下の資料館に車を止め、地道に
    登城するのがオススメです。
    日本三大山城、苦労しても登る
    価値はありますよ。

    2017年05月13日 第六傾奇王右近衛中将紋次郎
    岩村城

    城めぐらーさんから勧められ岩村城と苗木城を同日登城しました。また違った雰囲気で両方感動しました!岩村城へ行かれた時は苗木城も是非回った方が良いかと!

    2017年04月08日 しもじま
    岩村城

    登城中、本丸とかの少し手前の通路で石垣が大きく崩れかけています。予定のある方はお気をつけて。

    2017年04月05日 しもじま
    岩村城

    QRコードの看板、なかなか見た目的に雰囲気損ねる…。もっとなんとかならなかったのかな。

    2017年01月04日 ギア右近衛大将
    岩村城

    本丸近くの出丸駐車場まで車で行けますが、車の1台分の横幅しかないので、すれ違いが出来ません。冬場は昼間でも凍った箇所があるので、資料館から登ってきた方が怪我の危険が少ないかもしれません。

    2017年01月04日 マスボ右近衛少将マスボ
    岩村城

    100名城スタンプ、岩村城歴史資料館内にありますが、年末年始お休みのため(1/4まで)、資料館から1キロくらい下った恵那市岩村振興事務所内に設置されています。

    2016年10月08日 蓬左の武将尾張守⚡️晋作
    岩村城

    木曽義昌は武田家滅亡後、家康に仕え下総に移封。
    家臣の千村良重も行を共にするが、義昌の嫡男、義利の代に取り潰しとなり、家臣も浪人となる。

    良重は故郷に戻ったが、家康による上杉征伐に従軍する。西軍挙兵の報に接した家康は下野小山で良重や山村良勝らに密命を与え、帰国させる。

    彼らはいずれ通りかかるであろう徳川秀忠軍のために東濃周辺の制圧に取りかかる。
    遠山友政とともに河尻秀長留守中の苗木城を攻略。
    遠山利景・小里光明・妻木頼忠らと連携して、田丸直昌留守中の岩村城も攻略する。(東濃の関ヶ原)

    これらの功により、千村良重は美濃久々利4,000石となり、陣屋を置く。
    大坂冬の陣では信濃飯田城や妻籠付近を守備、夏の陣では天王寺口で奮戦。
    家康死後、秀忠によって旗本交代寄合となり、のち尾張徳川義直附属となる。寛永7年没。
    墓は久々利城麓の東禅寺。

    2016年04月13日 ドラガン尾張守店長
    岩村城

    今回は明知鉄道岩村駅から徒歩で登城しました。景観保存地区に指定されている城下町を抜けて、二種類の桜咲く太鼓櫓。歴史資料館で勉強して、石畳の曲がりくねった急坂を本丸へ。途中、蛇の骨を入れると霧が立ち込めるという霧ヶ井、全国的にも珍しい菱櫓跡、何層にも成る高石垣、出丸跡を経て、恵那山を眺める本丸(三重櫓)跡。717メートルからの景色はなかなかです。帰りは城下町、鳥兵さんで鳥の肝と名酒女城主を頂き、松浦堂さんでは長崎に伝わったカステーラとかしわ餅を頂きました。観光案内所では、案内人の方に復元計画などを教えて頂きました。やっぱり歩くと色々な事が見えてきます。明知鉄道の車窓からの景色も綺麗でした。

    2016年02月16日 長い夜♪征夷大将軍クララ姫
    岩村城

    山城の代表イメージが強い岩村城跡ですが、直近まで林道が通っており車なら楽々行けます。勿論、無料駐車場も完備され、巡ラーには優しい城跡でした。

    2015年12月19日 フー甲斐守
    岩村城

    城下のかんから屋さんのお餅柔らかくて美味しかったです。きな粉とあんこと胡麻の3種5個は食べ応えあり。お土産に買ったお餅も今から楽しみです。

    2015年08月16日 真生相模守如猪斎
    岩村城

    予習に小説「霧の城」を読んでから行きました。
    歴史資料館の駐車場に車を止めて、徒歩で登りました。
    距離にして700mくらい。少し登りがきついですが、ゆっくり休み休み行けば、女性や小学生でも問題なし。
    但し、サンダルとかは止めた方がいいです。とくに下りは、石畳が滑るので。

    2014年08月12日  タバスコ
    岩村城

    麓の太鼓櫓のあるところに車をとめて出発、車で、本丸の近くまであがれますが、麓から本丸まで、20分程なので、歩くのが、おすすめです。あと、岩村の町並みもおすすめです。

    2014年04月27日 丸に片手蔓柏だんな
    岩村城

    登城口にある岩村山荘に宿泊。戦国料理とラジウム温泉が最高。湯船から桜が望めます。

    2013年11月09日 尾張守ひろっちぃ
    岩村城

    岩村駅から100名城スタンプの置かれている資料館までは車道にそって歩いていくことができます。
    その資料館の門をくぐったあとからいよいよ登山口になります。
    20分もかからないうちに本丸跡に着くことができます。
    最初は石畳の道で次は山道になりますが他の山城の道と比べるとかなり楽で簡単に山頂に着くことが出来ます。
    登山口の入り口にクマの標識がありご注意を。


    2013年07月29日 すかんぴん左馬助
    岩村城

    他の方も書かれている、257号線からの出丸の駐車場への道ですが、整備されてました。
    私が訪れた時は衛生車が来てました。つまり、その大きさでも問題無いと思われます。

    駐車場も整備されており休憩場とトイレが完備です。下の資料館のトイレよりも新しそうです。
    年配の方や小さい子のいる親子連れが車でいらしてました。

    この出丸の近くは戦国期の遺構が、江戸時代もあまり手をいれられる事なく現在も残っているそうです。ただ夏場は藪で、よく分かりません。

    地元の方が仰るには、冬場は積雪よりも、その後の凍結が危ないとのことです。

    ご城下の有名なカステラは、長崎やポルトガルでも失われたレシピと型だそうで、その優しい甘さには疲れも癒されます。
    是非ご賞味下され。




    2013年02月06日 三河守
    岩村城

    本丸近くに駐車場がありますが、そこまでの道は、凍結してました(2月)。でも霧の中から不意に現れる石垣はなんとも幻想的で圧巻でした。
    麓の昔ながらの街並みにも癒されます。
    麓の街からは、お城は全く見えなくて、さっきの霧の中のお城の様子が夢のように思えました。
    雨の日を狙って、是非霧ヶ城をご覧下さい!
    天空の城ラピュタのようでした。

    2012年08月11日 雪之丞
    岩村城

    城の石垣は、間違いなく一見の価値ありですが、道中の明智鉄道も味があります。途中の駅で寝過ごしそうになって慌てて降りようとするお婆さんに、「待ちますからゆっくり身支度して下さい。」と運転手兼車掌さんが声をかけてました。ほのぼのさせる一幕です。

    2012年04月01日 桑名大膳大夫はまぐり〜
    岩村城

    雪化粧の岩村城。絶景でした!

    2010年11月25日 tomm加賀守
    岩村城

    100名城スタンプは歴史資料館にありますが、できればそこから歩いて登られる事をお薦めします(20分程です)
    次第に現れてくる石垣に感動する事間違いナシですよ

    明知鉄道の岩村駅のスタンプは岩村城の六段石垣の絵柄です

    2010年09月13日 古楽侍従広家
    岩村城

    織田勝長、川尻秀隆、森蘭丸…

    この城に関わった信長関係者が本能寺の変をきっかけに命を落とすのは、お艶の方の呪いかも?

    2010年06月08日 傾奇揚げ仙兵衛
    岩村城

    付近に極楽と言う無人駅がある

    岩村城の周辺スポット情報

     太鼓櫓(遺構・復元物)

     畳橋(遺構・復元物)

     堀切(遺構・復元物)

     登城道(遺構・復元物)

     六段壁(遺構・復元物)

     長局埋門跡(遺構・復元物)

     三重櫓跡(遺構・復元物)

     霧ヶ井(遺構・復元物)

     井戸(遺構・復元物)

     藩校知新館正門(遺構・復元物)

     御殿茶室(遺構・復元物)

     石碑(碑・説明板)

     説明板(碑・説明板)

     出丸(碑・説明板)

     南曲輪(碑・説明板)

     織田信長公 宿営の地(碑・説明板)

     埋門(碑・説明板)

     長局埋門(碑・説明板)

     菱櫓と俄坂(碑・説明板)

     八幡神社(碑・説明板)

     土岐門(碑・説明板)

     一の門(碑・説明板)

     初門(碑・説明板)

     藤坂(碑・説明板)

     岩村藩校知新館跡(碑・説明板)

     阿木城(周辺城郭)

     阿寺城(周辺城郭)

     水晶山陣(周辺城郭)

     大将陣(周辺城郭)

     信の城(周辺城郭)

     飯羽間城(周辺城郭)

     下手向城(周辺城郭)

     上手向城(周辺城郭)

     前田砦(上村城)(周辺城郭)

     大平城(串原遠山城)(周辺城郭)

     釜屋城(周辺城郭)

     漆原砦(周辺城郭)

     久須見城(周辺城郭)

     山岡・山田城(周辺城郭)

     馬隠し砦(周辺城郭)

     大井城(周辺城郭)

     鷹撃谷城(周辺城郭)

     東野陣屋(周辺城郭)

     千旦林城(周辺城郭)

     野井城(周辺城郭)

     椋実城(周辺城郭)

     佐々良木城(周辺城郭)

     飯高城(周辺城郭)

     田沢城(周辺城郭)

     奈免入城(周辺城郭)

     中西城(周辺城郭)

     下村砦(周辺城郭)

     小田子砦(周辺城郭)

     岩村城弁財天社(寺社・史跡)

     御城印販売所(御城印)

     観光協会(御城印)

     岩村歴史資料館(スタンプ)

     岩村コミュニティーセンター(スタンプ)

     トイレ (トイレ)

     トイレ(トイレ)

     出丸(駐車場)

     阿木城登城口駐車場(駐車場)

     釜屋城駐車スペース(堰堤側登城口)(駐車場)

     釜屋城駐車場(神明神社社務所・採石場側)(駐車場)

     駐車場(駐車場)

     馬隠し砦駐車場&登城口(直登コース)(駐車場)

     馬隠し砦駐車場&登城口(アクセス楽)(駐車場)

     休憩所(関連施設)

     登城口(車出入口)(その他)

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