東野陣屋
東野陣屋([岩村城 周辺城郭])
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東野陣屋の口コミ情報
2025年12月15日 マグロ常陸介祐平
恵那市の観光ガイドには、「崖と三方の空堀に囲まれた1辺70mの城館跡地。岩村城の武田勢に備え、織田信長が住民を酷使して築いたものという。江戸時代の初めには陣屋が置かれていた。今は竹藪の中」と解説されています。
お城には、排水処理施設そばのスペースに車を止め、壁が石垣状の御嶽神社(写真1枚目)のある堀跡かもしれない道を通り、Googleマップに位置登録されている北側から入りました。郭の北側には土塁の痕跡のような土盛りがありますが(写真2枚目)、南側は伐採した樹木や竹が積まれており進めず一旦戻り、貴船神社側にまわりました。貴船神社の入り口そばには陣屋の標柱があり(写真3枚目)、神社の北側には空堀と土塁が確認できます(写真4~6枚目)。土塁の裏側には石積みが見られるようですが、スーツに革靴では堀底に降りることもできず、残念ながら未確認です。武田氏に備えた砦としては規模は小さく大勢が詰められる感じではありません。堀は深さはあるものの幅は狭く感じられました。
お城のすぐ北側にある染戸の阿弥陀堂(弘法堂)には、明徳4年(明徳癸酉歳,1393年)の年号がある宝篋印塔(写真8枚目,岐阜県文化財)があり、女性(宗中禅尼,南朝の尹良親王の関係者?)の供養塔とされますが、地元では藤原茂成(宗良親王に関わる七党の武士・蛭川史跡説話集)の墓と伝承されているようです。また、お堂裏には五輪塔群(写真7枚目,市文化財)があり、大きいものは県下最大の高さ1.7m、岩村城を築城した加藤景廉(遠山氏の祖,1156~1221年)の孫「善願上人」が建立したと伝わるようで、古くから城郭があった可能性もあるように思われます。お城のサイトの中には、戦国期以降、佐伯氏の居館として使用されたとするものも見られます。
2021年06月12日 青コアラ美濃守
天正元年(1573)織田信長と遠山氏が、武田氏の東美濃侵攻に備えて築いたものとされています。
貴船神社の北隣の雑木林が城跡です。神社の参道の北に城跡の標柱があり、そこから雑木林に向かってまっすぐ進むと虎口があります。左右に空堀があり、削り残しの土橋を渡る構造みたいなんですが、如何せん藪が酷くてよくわかりません。
内部は堀で囲まれた方形の空間となっていて土塁や櫓台があるのですが、これも藪でよく見えません。この城で最も残りが良い遺構が南側の空堀ですが、曲輪内部からだと深い藪に阻まれて近づけないので、外側(神社側)からの方が幾分見易いかと思います。(と言ってもこちらも藪には違いないですが)
もう少し整備が進むとありがたいですが、現状では夏場の見学は困難なので行かれるなら冬にした方がいいと思います。
駐車場がないので、近くの阿木川公園に停めて歩きました。徒歩10分弱です。









