苗木城(なえぎじょう)

苗木城の基本情報

通称・別名

霞ヶ城、赤壁城、高森城

所在地

岐阜県中津川市高森山

旧国名

美濃国

分類・構造

山城

天守構造

不明

築城主

遠山直廉

築城年

天文年間(1532〜1555)

主な改修者

主な城主

遠山氏、森氏、川尻氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、石垣、横堀(空堀)、井戸

指定文化財

国史跡(苗木城跡)

再建造物

天守建物(柱組)、石碑、説明板

周辺の城

大博士城(岐阜県中津川市)[10.4km]
妻籠城(長野県木曽郡)[12.8km]
岩村城(岐阜県恵那市)[17.3km]
鶴ヶ城(岐阜県瑞浪市)[24.0km]
駒場城(長野県下伊那郡)[24.2km]
明知城(岐阜県恵那市)[24.7km]
小里城(岐阜県瑞浪市)[27.0km]
鈴岡城(長野県飯田市)[31.1km]
松尾城(長野県飯田市)[31.2km]
飯田城(長野県飯田市)[31.5km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)142 苗木城

設置場所

中津川市苗木遠山史料館[地図

苗木城の解説文



苗木城(なえぎじょう)は、岐阜県中津川市にあった日本の城。別名は霞ケ城。苗木藩の藩庁が置かれた。国の史跡に指定されている。

歴史背景 

築城背景

  • 鎌倉時代初期に岩村城を本拠地として恵那郡を統治した地頭遠山氏の初代遠山景朝の長男遠山景村が、 仁治2年(1242年)木曽川北部の所領確立のため、木曽川左岸の西山戸から右岸の那木津戸に進出。那木津戸が当時、那木(苗木)と呼ばれた所で、遠山氏による木曽川北部進出の始まりとなった。
  • 元弘年間(1331~1334年)遠山一雲入道、遠山景長親子が、高森山(現在の中津川市苗木町)に砦を築く[1]
  • 元弘~建武年間(1334~1336)の頃、遠山景利が恵那郡福岡村植苗木に広恵寺城を築き宗良親王を迎える[2]
  • 文明5年(1473年)10月、小笠原家長と木曾家豊が伊那谷と木曽谷から東濃に侵攻する[3]
  • 大永4年(1524年)3月、小笠原定基の家臣高柴景長が神明神社(苗木字日比野)の造営を行なう[4]
  • 大永6年(1526年)に遠山一雲入道昌利が植苗木から高森山に館を移す[5]

武田氏、織田氏、森氏の苗木城攻め

  • 天文3年(1534年)、松尾小笠原氏の本拠松尾城が陥落、小笠原貞忠が甲斐の武田氏のもとに逃れ小笠原氏が撤退。
  • 天文11年(1542年)11月、遠山景安が笠木社に梵鐘を寄進する[6]
  • 天文21年(1552年)、岩村遠山氏の遠山直廉(遠山正廉)が苗木の遠山景徳の養子となり、手賀野(現在の岐阜県中津川市手賀野)に阿寺城を築いて入り、後に高森山砦を拡張し苗木城主となった。
  • 天文年間(1532年~1555年)に遠山正廉が高森に苗木城を築く[7]
  • 天文24年(1555年)、木曾氏が甲斐の武田氏に降る。
  • 永禄3年(1560年)5月、苗木勘太郎(直廉同一人物説有り)が桶狭間の戦いに出陣する[8]
  • 永禄8年(1565年)苗木勘太郎の娘(織田信長の養女)が武田勝頼(武田信玄二男)に嫁ぐ[9]。 
  • 永禄12年(1569年)に、遠山直廉が武田氏からの指示により飛騨国益田郡竹原へ侵攻し三木氏と大威徳寺の戦いを行い大威徳寺を焼き勝利したものの矢傷を負った。
  • 永禄12年(1569年)6月遠山直廉、廣恵寺に禁制を下す[10]
  • 永禄12年(1569年)6月18日雲岳宗興大禅定門(遠山正廉)死去(高野山過去帳)[11]
  • 永禄13年(1570年)5月18日雲嶽宗高大禅定門(遠山直廉)死去(雲林寺過去帳)。。信長の命令で飯羽間遠山氏の遠山友勝が苗木遠山氏を相続する[12]
  • 元亀元年(1570年)12月、上村合戦で遠山友勝(苗木勘太郎)、遠山景行、串原右馬介経景、小里内記などが武田家臣秋山虎繁と戦う。[13]
  • 天正年間前半(1573年~1582年)、遠山友勝死去。
  • 天正元年(1573年)8月、木曾義昌が河折籠屋(川上牢屋)を攻め落とし、苗木を攻める[14]
  • 天正2年(1574年)2月、武田勝頼が東美濃に侵攻し、先ず高山城、苗木城を落とし、更に支城16箇所を全て落とす[15]
  • 天正3年(1575年)、織田信忠が岩村城を落とし、東濃諸城を奪還する[16]
  • 天正10年(1582年)可児郡の兼山城主であった森長可が苗木を攻める。
  • 天正11年(1583年)兼山城主の森長可再び苗木地方を攻め苗木城が落城。遠山友忠・遠山友政父子は徳川家康を頼り浜松に走る。

安土桃山期

  • 慶長4年(1599年)森氏 信濃川中島に移封される。川尻直次が苗木城主となり、関治兵衛が城代となる。
  • 慶長5年(1600年)遠山友政は徳川家康の命を受け苗木城を攻略し、徳川家康から苗木領を安堵され、後に苗木藩が成立する。

明治以降

  • 明治2年(1869年)苗木藩主の遠山友詳(友禄)が版籍奉還により藩知事となる。
  • 明治4年(1871年)廃藩置県により苗木藩は廃藩となり、苗木県となる。
  • 明治17年(1884年)7月7日華族授爵ノ詔勅により、遠山友詳(友禄)は子爵となる。
  • 1981年(昭和56年)、国の史跡に指定された。
  • 2003年(平成16年)3月、山の斜面にある苗木さくら公園が飛騨・美濃さくら三十三選に選ばれている。
  • 2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(142番)に選定された。

遺構 

  • 本丸・二の丸・三の丸などの石垣や大矢倉跡・風吹門跡・綿倉門などの門跡、堀が残っている。
  • 天守台や大矢倉の石垣、馬洗岩など巨大な自然石が複数箇所で利用されているのが特徴。
  • 菱櫓台の下に千石井戸と呼ばれる井戸が残る。大手口道は長さ500m、高低差150mあり「四十八曲り道」といわれている。
  • 建築物としては、大手門の扉と柱が残り、中津川市苗木遠山史料館にて展示されている。

伝説 

「赤壁城」の別名があり、城の壁は白漆喰ではなく赤土がむき出しになっていたと伝えられる。その理由については、木曽川に住む竜が白い色を嫌い、何度漆喰を塗り直しても嵐を起こしてはぎ取ってしまったという話が残されている。

また、中部日本新聞(後の中日新聞)夕刊に1960年代前半に掲載されていた「ふるさとの童話」という記事にも同じような物語が紹介された。苗木城は美しい白壁の城として完成したが、一夜明けると漆喰が全部落ちて赤土が露出している。何度塗りなおしても、朝になると同じことであった。殿様は、犯人を見届けてやろうと、一人で夜の天守閣で見張っていた。すると、夜空が掻き曇って雨風が出て来たかと思うと、恐ろしい大きな竜が現われ、熱い息を城に吐きかけると、たちまち壁が落ちてしまったという。

実際には、苗木藩が経済的に弱体で漆喰を塗る経費が捻出できなかったと思われる(幕末期に1万石で城持ちの藩は苗木藩のみである)。

城下町 

城山の北麓に存在していた。濃陽徇行記に、「町屋四町ほど続き、北より入り又東へ曲がり上町、下町という。東の町はづれに城門あり、上地にゆくには城門へ入り、直に天守台の下を通る坂をつづら折りに下る。四十八曲とあるといふ。坂の下り口に城の南門あり、門さきの渓流に欄干橋あり、此あたり勝景なり」と記されている。

苗木の武士の住居については、遠山家に残る士族屋敷の分布地図でみる限りでは、城を中心に城域内外に点在していたことがわかる。従って他領でみられるように、家臣を強制的に城下へ集める移住策はとっていないと考えられる。

遠山家の史料で見る限りでは、町は大別して上町門から上町、新町、下モ丁(町)、鉄砲町と町屋を作っていたことがうかがえる。そしてこの町屋の中に士族屋敷も混在し、下モ丁に多く見られる。

城下の町屋の発展については、詳細なことはわからないが、明治一六年に書かれた「苗木村旧上地村明細記幷遠山家年中行事藩士旦下々迠役名掟其外雑書名産荒増記」(新田家蔵-以下「苗木村明細記」-)によってみると、

(上町) 元禄の頃までは町屋が九軒であったが、追々町屋が建並び新町、本町、柳町と発展した。上町は明治以降上之町と改称された。

(新町) 北溪から梛(なぎ)へ行く四つ辻のところを広小路という。寛政年中は町屋があってせまい所であったが出火し、類焼してより火除地となり、広小路と呼ぶようになった。明治以後は本町と改称された。

(鉄砲町・足軽町) 本町の角を曲がった所から昔は鉄砲町・足軽町といい、足軽等が住んでいたが、年月を追うに従って町屋になって来た。鈴垣外への分れ道より下手の方は、三・四軒あって片側町であったが、文政年中建続き両側の町屋となった。

(柳町) 本町二丁目(明治一六年)折れ曲がった下の方を柳町という。文政二己卯年、高山村住居の木屋吉右衛門という者が遠山家に願い出て織屋を始めようと町屋を建てたので町名も卯年の卯に木屋の木を組み合わせて柳町とつけた。 これらの記述についても疑問は残るが、町屋の発展は江戸中後期以降順次町屋が並び町並が出来たと考えられる。 武士と町屋との行き来については、前述「苗木村明細記」によると、武士は町屋へ自由に出入りすることは許可されていなかったようで、買物等で出入りすることは苦しからずということであった。また城下町で芝居興行などがあり、村々での芝居狂言がある場合でも武士は勿論家族までも見物してはいけないという達しがあった。足軽には、そうした沙汰はなかった様である。しかし遠山家奥方が見物される時は、武士もその家族も見物勝手という達しがあった。こうした規制は再三にわたる家臣統制として出された倹約令或は奢侈を抑制する一環であったと考えられる。

関連画像 

参考文献 

  • 中津川市編『中津川市史(上巻)』中津川市、1968年。
  • 中津川市編『中津川市史(中巻)Ⅰ』中津川市、1968年。
  • 【書籍】「甲陽軍鑑 」
  • 【書籍】「寛政重修諸家譜 」

苗木城の口コミ情報

2022年11月24日 尼崎城摂津守一口城主
苗木城



10月22日、小里城下城後に山城サミットの恵那会場に立寄りガラポンをしたりブースを巡ったりした後、JR中津川駅から徒歩にて進軍。駅前の観光案内所に苗木城のパンフレットがあったのでパンフレットの地図を参考にお城を目指しました。中津川駅の地下道入口付近から苗木城登山口まで要所要所に道標があるので地図を見ずに辿り着けそうでした。道標を設置して下さった関係者の方々に感謝です😆

道中の玉蔵大橋からは木曽川と苗木城の景色が素晴らしかったです🤩帰路も通りましたが夕暮れ時に茜色の空をバックに撮る城山も素晴らしかったです🌅
道標に従って進んで行くとお城の麓の四十八曲り道の登山口に到着。中津川駅から登山口まで私の足で約40分かかり、登山口から本丸まで約20分かかったのでほぼパンフレットに書いてあった通りの所要時間で登城出来ました。写真を撮る向きを誤り説明板を載せれませんが四十八曲り道が領主の参観交代などに使われていたとありました。

苗木城は本丸をはじめ馬洗岩🐴🌾大矢倉、周囲の景色など見所満載でした。一通り散策した後、中津川苗木遠山資料館に降りて行きましたが入館受付時間を過ぎていたので御城印だけ窓口で購入。2年前に続100名城巡りで入館した時にはなかったバージョンの御城印に出会えて満足です。当日の予定を全て完了したので資料館前で恵那の山城サミット会場で調達していたお弁当を食べようとしたところ見当たらず心当たりのある観光案内所に電話したところあったとのことだったので早歩きで中津川駅に戻りました💦お腹は満たされなくても、絶景ポイント盛りだくさんで心が満たされるお城でした🏞

2022年10月29日 まー
苗木城

本丸からの眺めは最高。巨岩を活かした石垣が、見応えあります。

2022年10月24日 小太郎大膳大夫南海道17國守
苗木城



苗木遠山資料館に駐車し、続百スタンプと、御城印、お城資料を入手。地元ボランティアの方は、土日は込み合い、お城により近い駐車場もあるが、そちらから埋まりますとのことでした。同館から天守展望台までは30~40分の登り道ですが、よく整備されていました。まさに巨岩に築かれた荒鷲の城といったイメージで、展望台から見る大矢倉等の石組、曲輪や、場外の木曽川流域は見応えあります。

2022年10月23日 忍びⅡ
苗木城



いつ行っても、ここの景観は感動します。恵那峡との対比は見事です!初心者を連れて行ってあげればお城好きになるでしょう。

2022年10月02日 黒はんぺん美濃守
苗木城



素晴らしい山城でした。地元ボランティアさんが車を誘導してくれます。

2022年09月26日 na「s#s」
苗木城

9/25朝のわりと早い時間7:30快晴苗木城天守閣跡より眼下見下ろすと中津川市内の上空に薄っすらと靄がかかりなにやら神秘的 尚且つ中津川市内木曽川福岡町全て見渡せ絶景スポットでした心あらわれる朝でした👍

2022年09月05日 弾正少弼★LUNE✩.*˚
苗木城



山城マニアにお薦め。現存する石垣と、最高の眺め。車なら、岩村城とセット行くのがお薦めです❗

2022年09月02日 まるすみ商店
苗木城

どうでも良い話かもしれませんが、本丸辺りの石段のあちこちで尻尾の青いトカゲ(実はニホントカゲの幼体)を相当数見かけました。爬虫類が苦手な方はあまり下を見ない方が……って場所が場所だけに……まぁ襲ってくるようなことはないので……

2022年08月03日 山内中務丞媺威
苗木城



初めての登城です。こうした山城を見たことがなかったので、感動して眺めてました。
足軽の屋敷跡からの眺望もいいですが、屋敷跡→高森神社までの途中にある開けた場所(わざわざ伐採したそう)からの眺めは見事です。
巨石を生かして築かれた石垣に技術の高さを感じます。

2022年04月17日 ばらく~だ
苗木城



麓にある苗木遠山資料館には、苗木城の復元模型や、風吹門(唯一の残存建築物)などが展示されています。続100名城スタンプや御城印もここにあります。

2022年03月21日 千葉相模守早雲
苗木城



中津川から国道257号を下呂方面へ向かい、木曽川に架かる城山大橋を渡ると間もなく、「苗木城まで400M→」の看板があるので、場所は分かりやすいと思います。

私は苗木遠山史料館の裏手を上ったところにあるA1駐車場に停めました。
ここからだと足軽長屋を皮切りに攻城開始です。足軽長屋からは天守が一望出来ます!

風吹門からは大矢倉、本郭、天守が見渡せ、石垣と自然石と土の造形に圧倒されます。

本丸からは木曽川を見下ろす事が出来ます。霞ヶ城の別名の如く、霞掛かっていて幻想的でした。

1.本郭の石垣。
2.ニ郭。雲海が広がっています。
3.風吹門手前にある石垣。
4.天守を見上げる。霞掛かっています。
5.天守展望台。
6.眼下に木曽川が流れています。
7.本郭から見た大矢倉。

2022年03月10日 西洞兵庫允久郷
正岳院跡[苗木城  寺社・史跡]



苗木遠山資料館の駐車場
ここに正岳院と呼ばれるお寺があった
廃仏毀釈によって菩提寺なども廃寺としたため墓地はあってもお寺はない
資料館の南に大名や家臣団の墓地があるがそちらに遠山家の菩提寺雲林寺があったらしい

2022年03月10日 西洞兵庫允久郷
穴観音[苗木城  寺社・史跡]



明治初期の廃仏毀釈から仏像などを守るため大岩で洞穴を作り隠した場所
廃仏毀釈は苗木では特に厳しく行われ領内の寺を全て廃寺とし仏像から個人の位牌にいたるまで破壊し消却をはかったらしい

2022年01月16日 山狐縫殿允
源斎岩[苗木城  その他]

千旦林城主・吉村源斎が武田信玄の仕官のお誘いを断り、武田軍の攻撃を受けた際、この岩屋にこもったと伝えられています。
現在は源斎公園の一部となっていて、展望台になっています。

2021年12月03日 やしち勘解由長官
苗木城



関ヶ原古戦場記念館で資料見て、あまりにカッコ良いので攻城に来ました。実際に見ると遠めでも迫力あり、中々近寄れません。(遠くから見ていたくて)

大櫓の石垣群、様々な積み方の石垣、巨大な自然石と見所も多く、天守台からの景色も素晴らしいです。近くに岩村城もありますので、東濃の山城巡りにもいいですね。

2021年10月30日 瀧乃道宮内卿ユズル
苗木城



お城へ向かう道の途中にある、高森神社方向には立ち寄ると絶景ビューポイントがあります。必ずチェックしましょう~

2021年10月22日 くっしー主計頭尚人
苗木城



秋晴れの苗木城。とても美しいですよ!石垣の残りがいいです。積み方も種類が多くありますし、矢穴も観察できます。あと礎石がたくさん残っているのも特徴。かつての姿を想像しながら散策すると楽しいです。

2021年03月31日 そらそら伊勢守
苗木城

駐車場は遠山記念館よりも奥、城跡まですぐのところに20台ほど停められます。混んでいると、山の反対側の桜公園の駐車場を勧められ、そこからでも近いです。桜が満開のときは、そちらも混んでいるかもしれません。

2021年02月26日 かんちゃん紀伊守
苗木城



山城のため、かなり歩くことを覚悟していたのですが苗木城跡第一駐車場からはすぐに苗木城跡に着きました。
高森神社から見る苗木城もオススメですので是非立ち寄ってみてください(^.^)

2020年12月19日 さっきー
天守[苗木城  遺構・復元物]

何と、Free Wi-Fiが使えるんです!

2020年12月11日 【城郭道】たっきー
二ノ丸御殿跡[苗木城  遺構・復元物]



二段に分けられた二の丸の低い部分に御殿が構えられ、北側が政府の場、南側が城主の生活の場と区分されていました。現在は礎石が残ります。

2020年08月20日 旅行不支援?中納言速水右近
苗木城趾碑[苗木城  碑・説明板]

お盆の真っ只中でも特に混み合う事なく、三密は避けられます。灼熱の太陽でかなり暑いが、吹き抜ける風は涼しく眺めは最高!馬洗岩の看板の伝説がかなりウソくさいのが笑えた。

2020年08月20日 旅行不支援?中納言速水右近
中津川市苗木遠山史料館[苗木城  スタンプ]

余りの暑さに館内のクーラーが壊れて入室禁止!
スタンプのみ可能でした。

2020年07月15日 華菩備後守
苗木城

【通行止め情報】数日間進入禁止だった本丸と二ノ丸に入ることが出来るようになりました!(予定より早く復旧して良かった!)

現在の進入禁止区域は、南側(木曽川側)帯曲輪から二ノ丸下の的場てす。こちらは、前月末に不明門付近の岩が崩落して以来通行止めですが、開通時期は未定とのことです。中津川市役所ホームページに規制区域の図が出ております。

巨岩が間近に迫り、木曽川も望める帯曲輪も魅力的です。苗木城を全て満喫したいという殿、姫におかれましては、復旧状況を確認のうえお越しくださいませ。

2020年03月30日 シゲ越前守豊右衛門
苗木城



Yahoo!ナビで向かったところ、資料館からの入り口にはいかず、四十七曲の坂前に到着。当然、駐車場はなく路肩に駐車。他の車がちゃんと通れるようになるべく山肌につけ駐車して登城開始。

熊出現と言う看板が出ており、スマホの音楽流しながら登りました。道は、近江の小谷城より登りやすく、道もきちっと整備されていました。所々残っている石垣に感動を覚えながら、また湧水を飲んで登りました。

2019年09月22日 まさある甲斐守
中津川市苗木遠山史料館[苗木城  スタンプ]



苗木遠山史料館の1階受付に続100名城スタンプがあります。
御城印も受付で購入出来ます。
入館見学する場合は大人320円。


2019年04月29日 みるん織部佑
苗木城



山城デビューでした。だんだん見えてくる石垣・巨石に感動しまくりでした。
天守跡の裏側に小さなお社が…!!その真上の大きな蜂の巣にも驚きでした🐝

2019年04月03日 ドラガン尾張守店長
苗木城

春休み、娘と登城。
車で苗木遠山史料館の駐車場へ。
登りは山道を抜け、竹林と神社に出会う。
苗木城跡に着き、まずは立方体が複数合体したような大矢倉に登る。
三階建てで一階は倉庫として使用されていた要塞で、大門とともに城一番の虎口を形成。
搦め手には、木曽川に続く四十八曲の坂。
通り抜けると、二個の巨岩に建つ城本体へ登る。
途中、風が強い?風吹門。
年貢米の代わりに納められた綿を二階に貯蔵していた綿蔵門。
急坂の下には坂下門。
本丸直下には多門櫓など数々の門や櫓があり、高い防御性を有する。
本丸裏には、弓の訓練場である的場がある。
本丸にある木造の展望台に登ると、北には中央アルプス、南には恵那山、眼下には木曽川が流れる。
中仙道沿いの交通の要衝を巨岩から見下ろす苗木城、天晴れな名城なり♪

2018年09月15日 大納言Z越前守369
苗木城

2018年9月1日より、中津川駅~苗木城着の北恵那交通バス苗木城線が土日のみ1日4往復運転しています。片道500円、往復800円です。

2018年01月11日 摂津守いくpika
苗木城

中津川駅からの徒歩ルートにはポイントポイントで矢印看板が出ていました。
お陰で特に下調べをせずとも迷わずに四十八曲がり道の入口まで到着出来ます。

先ずは中津川駅の改札を出て左手にあるにぎわい特産館の目の前の地下道を降りて線路の反対側に出ます。
後は看板通りに進んで行くと約30分で中間地点の玉蔵橋に出ます。
玉蔵橋を渡るとバス停の前の丁字路を右へ一旦苗木城を背にする様になりますが、そのまま進むと木曽川の方へ降ってUターンして苗木城を見上げながら進む道になっています。
後は道なりに苗木城を見上げながら玉蔵橋バス停から約25分で四十八曲がり道の入口に到着します。
四十八曲がり道自体はそれほど急な道ではありませんでしたが、大変魅力的な石垣や巨岩が沢山ありましたので写真を沢山撮りながらで約30分で大矢倉台に到着しました。
尚、写真投稿をしたおびただしい数の矢穴の跡がある巨岩は四十八曲がり道の最後の方にありましたので、車で苗木遠山資料館側から来られた場合は、大矢倉の向かいの駈門跡→竹門跡を少し降れば見つけられますので是非とも見に行って欲しいと思いました。

2017年09月26日 W杯関白キッカーは晃司
苗木城

駐車場は竹門跡の手前(小)と苗木遠山史料館(大)があります。

三の丸にある大矢倉の石垣が苗木城の象徴。
隠れた象徴として帯郭
そして金沢城にもひけ劣らない石垣の種類が存在。
岩盤と石垣のコラボ。
展望台からの景色。
リア攻めすべき城です。

苗木の建物は赤壁(土塀)だったそうです。

苗木遠山史料館に行っても遠山の金さんにまつわる史料は無いと思います(笑)

2017年07月23日 ( *¯ ³¯)っ旦
苗木城

中津川駅から1番(赤色)乗車口のバスです。

正直、駅員に聞いたら突き放すような言い方で「向こうで聞いて」と言われるし、観光センターみたいなところで聞いたら「あのバス」って指さしして終わり。

中津川のサービス精神の無さを痛感した不愉快な観光になりそうなので、お城には行かず、後日に行くことにしました。

2017年05月14日 和泉守yukinezumi
苗木城

関西から1泊2日で行きました。中津川インターから車で10分程で着きます。午前中はまだ人も少なくゆっくり見て回ることができました。城郭入口付近に10台程度の駐車場がありますが天気の良い土日はすぐに満車になります。苗木遠山資料館前にはかなり広い駐車場がありました。
天然の巨岩を利用した城郭はかなり見応えがあります。山頂の天守展望台からの眺めも良く360度のパノラマが見れ最高でした。お弁当持参で行き、展望台付近で景色を眺めながら食べるのも良いと思います。
とても綺麗に整備されていて、数カ所設置されたポストの様なものの中に城郭のパンフレットが入っています。また城郭入口付近に水洗の綺麗なトイレもあります。
機会があればまた行きたいお城です。
苗木城跡から車で5分程の所に満天星一休という和菓子屋さんがあり栗おこわセットがあります。ランチに頂きましたが栗がたくさん入っていて美味しかったです。他にも中津川産の栗を使った和菓子がたくさんありました。

2017年05月13日 第六傾奇王右近衛中将紋次郎
苗木城

城めぐらーさんから勧められ苗木城と岩村城を同日登城しました。また違った雰囲気で両方感動しました!苗木城へ行かれた時は岩村城も是非回った方が良いかと!

2017年05月06日 猫多駿河守猫八郎忠勝
苗木城

本当に素晴らしい。
自然石と石垣 景色も最高。

2017年04月03日 しもじま
苗木城

二の丸的場跡、先月工事が終わりました。
組み直された石垣が一段新しいけど、持ち込みでしょうか?

2014年05月31日 ООトマシ
苗木城

車を史料館Pに止め、歩くこと数分でその上部にも駐車場があることが判明
しかし、帰りに遠山史料館裏手に通じる道を下りるのも趣向なのでこれはこれでありかなと
城郭そのものに巨石を包括したようなたたずまい、多彩な積みかたの石垣、苗木という名前も素敵ですが、かなりテンションの上がる城跡です
史料館、青邨記念館、少し足を伸ばして、熊谷守一記念館もオススメです
暑い日でしたが、本丸跡を吹き行く風はさわやかでした

2014年05月23日 コロ助
苗木城

中津川駅前の1番バス乗り場から、1時間に1本程バスが出ています。苗木バス停(駅から13分,\390)から徒歩25分程で苗木遠山資料館に到着します。

資料館の方の「今日はお天気が良いから景色が良いですよ」の言葉に期待を膨らませて登ったのですが、期待以上でした。特に、物見から眺める木曽川がキラキラして素敵でした。
馬洗岩や清水門跡の巨石は口があんぐりしてしまいました。「マムシに注意」の看板近くに本当にヘビがいました。ご注意を。


2014年01月10日 イソ弾正大弼ナミ
苗木城

中津川駅からレンタルサイクルがありますが、苗木城まで30分以上かかりました。
ダイソーという楽器店でヤマハの電動自転車を借りられます。3時間500円。

かなりの坂道で電動でアシストされるも人力だのみ(^^;
しかし、頑張ったかいがあったと思える絶景が見渡せます。

2013年10月13日 大宰大弐あさよし
苗木城

いい場所にありました。資料館から上がって48曲がり道からおりましたが、大手門跡地は確認出来ませんでした。恐らくありそうなところは電流入り鉄線が張られていて(動物除け)侵入はためらわれました。あと、そのあと市道で資料館まで帰ろうとするとかなり歩かないといけません。オススメできません。

2013年03月14日 三沢出羽守伊兵衛
苗木城

素晴らしい‼
自然の岩も利用した巧みな造り、大矢倉などの石垣、天守からの絶景。
100名城に選ばれてないことに怒りさえ覚えます。みなさん、ぜひ足をお運びください。

2012年08月31日 【隠者】史学会帰新参
苗木城

車で行くと楽に行けるが、それ以外だと大変。バスだとバス停から歩くし、歩いて行くには少し遠い。中津川駅前で自転車を借りるもそれでも大変だった。城の東の玉蔵大橋からは北恵那鉄道の廃線跡の橋梁越しに城跡が望める。城のふもとに大手門跡があり四十八曲がりの道と石垣がある。城跡のポストに見取り図がある。

2012年06月09日 傾奇揚げ仙兵衛
苗木城

苗木城からの眺めもさることながら奥恵那渓谷も見事です。(城山大橋)
個人的に栗きんとんより川上屋の『ささめささ栗』が好きです。

2012年04月01日 桑名中務大輔はまぐり〜
苗木城

岩山に張り付いた城です。よくあんな岩の上に建物を建てたものです・・・スゴイ!

2011年03月23日 三河守コーキしゃん
苗木城

眺めの良さはいままで行ったお城で一番でした自然の岩を上手く利用していて見応えのある構造です

2010年11月25日 tomm加賀守
苗木城

2010年11月7日に訪城した際には国道257号線の城山大橋はもう無料になってました

なぜ100名城に選定されなかったのか不思議なぐらい素晴らしい城跡ですよ

あ、中津川は「栗きんとん」発祥の地です

苗木城の周辺スポット情報

 大矢倉(遺構・復元物)

 天守(遺構・復元物)

 馬洗岩(遺構・復元物)

 二ノ丸御殿跡(遺構・復元物)

 坂下門跡(遺構・復元物)

 足軽長屋跡(遺構・復元物)

 大門跡(遺構・復元物)

 武器蔵跡・具足蔵跡(遺構・復元物)

 笠置矢倉跡(遺構・復元物)

 苗木城趾碑(碑・説明板)

 城跡(碑・説明板)

 高森神社(寺社・史跡)

 穴観音(寺社・史跡)

 正岳院跡(寺社・史跡)

 中津川市苗木遠山史料館(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 絶景ポイント(その他)

 源斎岩(その他)

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