鶴ヶ城(つるがじょう)

鶴ヶ城の基本情報

通称・別名

鶴ケ城、国府城、土岐城、神箆城、高野城

所在地

岐阜県瑞浪市土岐町鶴城中町

旧国名

美濃国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

土岐氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

土岐氏、織田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、井戸

指定文化財

県史跡(鶴ケ城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

小里城(岐阜県瑞浪市)[6.4km]
妻木城(岐阜県土岐市)[12.7km]
久々利城(岐阜県可児市)[14.0km]
多治見国長邸(岐阜県多治見市)[14.0km]
明知城(岐阜県恵那市)[15.0km]
明智長山城(岐阜県可児市)[17.0km]
岩村城(岐阜県恵那市)[17.0km]
金山城(岐阜県可児市)[17.1km]
根本城(岐阜県多治見市)[18.1km]
市場城(愛知県豊田市)[18.3km]

鶴ヶ城の解説文



鶴ヶ城(つるがじょう)は、美濃国、現在の岐阜県瑞浪市土岐町鶴城にあった日本の城。別名は神篦城・国府城・高野城・神野城。岐阜県指定史跡。

概要 

鎌倉時代

鎌倉時代初期に、源頼朝に仕えて功を挙げた土岐光衡によって築城されたと伝わる。光衡は、麓の一日市場館(瑞浪市土岐町)を本拠として「土岐」を号したとされ[1]、土岐氏発祥の地と云われている。

承久3年(1221年)の「承久の乱」では、光衡の子・土岐光行(土岐左衛門尉)は幕府方、土岐光時(土岐判官代)は上皇方についたと考えられる[2]。光行の孫・土岐頼貞の代でも一日市場館を本拠としており、元亨4年9月(1324年)の「正中の変」の直前には、日野資朝が土岐館(一日市場館)に訪れた[3]

土岐氏から遠山氏の城へ

建武の新政後の暦応2年(1339年)、土岐頼遠は、父の死により家督を継いで土岐氏惣領となり、美濃守護に就任する。同年に本拠地を鶴ヶ城から厚見郡に移動、守護所を長森城に定めた。 土岐氏が去った後は、恵那郡の遠山氏の城の一つとなり、神野遠山氏が入ったが、後に延友遠山氏が入った。

織田信長の来城

天正2年(1575年)正月6日には織田信長が明知城救援のため鶴ヶ城に入った[4]

十三河原の戦い

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの前哨戦である東濃の戦いにおいて、東軍の小里光親等の東軍が、西軍の城となっていた鶴ヶ城を攻めた際には、土岐川の「十三河原」が戦場となり、小里一族の和田太郎左衛門ら多くの者が戦死した。瑞浪市には、その供養のための五輪塔が残っている。鶴ヶ城は戦後に廃城となった。

遺構 

城は山城で、遺構として曲輪、土塁、堀切が残されている。

歴代城主 

土岐氏とその一族

  • 土岐光衡:土岐氏の祖。源頼朝に仕えた。
  • 土岐光行:光衡の子。
  • 土岐光定:光行の子。得宗家から妻を迎えた。
  • 土岐頼貞:光定の子。後醍醐天皇の詔を受け、討幕軍に加わった。
遠山氏とその一族
  • 遠山神野小太郎:長享元年(1487年)と延徳3年(1491年)に長享・延徳の乱が勃発した際に将軍足利義尚方として土岐政房と共に二番衆として参戦した。
  • 延友信光:織田家に属し岩村城の秋山信友と対峙した。
織田氏家臣
  • 河尻秀隆:織田家の重臣。秋山信友と対峙した。
森氏家臣
  • 関武兵衛:森可政の娘婿。
  • 林為忠:若年だった関武兵衛に代わり城代を勤めた。

参考文献 

  • 『瑞浪市史 歴史編』(瑞浪市、1974年)
  • 『土岐市史 第1巻』(土岐市教育委員会、1970年)
  • 『岐阜市史 通史編』(岐阜市、1928年)
  • 谷口研語『美濃・土岐一族』(新人物往来社、1997年、ISBN 9784404024985)

鶴ヶ城の口コミ情報

2022年03月22日 青コアラ美濃守
五郎小屋砦(五郎塞)[鶴ヶ城  周辺城郭]



刈安城の北方250mほどの尾根上に位置する砦。詳細不明。
刈安城との関連については想像するほかありませんが、刈安城とは尾根続きであり山全体を一つの城として捉えると、位置関係から言って刈安城の出丸だったのかもしれません。

縄張は中央に主郭を配置。主郭の東西に虎口が開いており、東の虎口は犬走り状の腰曲輪を経て南曲輪へ。(写真②③) 西の虎口は主郭の裾を通って北曲輪へとそれぞれ繋がっています。
北端から東側は崖になっていて、下から攻め上ってきた敵は強制的に西側へ進み、北曲輪を経て主郭へと至りますが、主郭の裾を縫うように細い道を歩かされ、その間主郭から横矢を浴びせまくられます。(写真①)
南曲輪の下には堀切が切られ、搦め手を遮断。(写真④)
小規模ながら意外と堅固な造りという印象です。

アクセスは刈安城の主郭から北へ尾根を下って行った先ですが、彷徨いながら大きく迂回して到達したので説明出来ません(^^; リア攻めマップを開いてスポット目指して歩いて下さい。ただし道と言うほどの道はありません。方向音痴な人はやめといた方がいいです。
碑・説明板の類はありません。遺構もマニア向けです。

2022年03月18日 青コアラ美濃守
大久後駐車場[鶴ヶ城  駐車場]

中山道歩き用の無料駐車場。刈安城(刈安神社)登り口まで徒歩5分。7~8台駐車可。東からのアクセスはかなり狭いので、南から来るのがいいでしょう。

2022年03月18日 青コアラ美濃守
刈安城[鶴ヶ城  周辺城郭]



どなたかが設置したスポットを利用させて頂きます。

刈安城は瑞浪市と恵那市の境、麓を中山道が通る権現山の山頂に築かれた山城です。城の歴史についてはいまいちはっきりしませんが、最も古い記録では応仁の乱中の文明年間に尾張大草城主西尾文永によって築かれたとされ、その後関ヶ原合戦時まで存在したようです。

城跡には現在刈安神社が鎮座し、この社殿のある曲輪が最も広くなっていますが、神社建立の為に拡張を受けており、石垣もその時のものと思われます。社殿の背後に物見に使ったと思われる烏帽子岩があり、さらに堀切を挟んで西側に主郭。主郭は東側以外は帯曲輪が取り巻き、西端に櫓台のような張り出し部があり、その直下を虎口として横矢が利いています。西側の帯曲輪にはうっすらと土塁が残り、開口部が平虎口となっています。

登城路は刈安神社の参道を利用します。登り口の前に駐車スペースがありますが、そこに至る道が狭いので少し東にある大久後駐車場に止め、束の間の中山道歩きを楽しみながら城を目指すのも一興かと。ただし登り口まで5分、さらに参道を15分、終始急坂が続くのでかなりしんどいです。

2022年01月10日 東濃武士でござる
鶴ヶ城

今の時期は中央アルプスの雪景色が綺麗にみえます。空気も澄んでいる朝が自分は好きですね。当時もこんな景色だったかとロマンが広がります。

2022年01月07日 山狐縫殿允友紀
一日市場館[鶴ヶ城  周辺城郭]

築城年代は不明ですが、美濃国守護として有名な土岐氏により建てられたと伝わっています。
現在は八幡神社の境内になっていて、「美濃源氏発祥の地」と掲げられています。

2021年06月20日 ばらく~だ
鶴ヶ城



本丸周辺の切岸、大堀切えげつないです。西出丸、東出丸と物見が出来る場所が2ヶ所あり、どちらも眺望がいいです。御城印は、きなぁた瑞浪で購入できます。

2020年12月04日 陸前守こうちゃん播磨の守☆
鶴ヶ城



鶴ヶ城駐車場の看板通りに進むと右手に見えて来て鶴ヶ城駐車場と小さく看板有ります。駐車場奥に公民館らしき建物が有り、その横から登城します。ちょうど中央道のガード下になります。ここの駐車場に車を停めると南側にある民家の方が登城記念の御城印を持って来て昏れました😳

2020年07月17日 【城郭道】尾張守たっきー
一日市場館[鶴ヶ城  周辺城郭]

車で行かれる際は、駐車場らしきところはあるのでそこを利用してみてください。中はそれなりの広さがあり、駐車場から奥の方に銅像や説明板があります。

2020年07月13日 ナンダル
鶴ヶ城

入口に杖が置いてあるのはありがたいです。

2020年02月02日 さきな
鶴ヶ城

今日の「麒麟が来る紀行」の最初の景色は鶴ヶ城跡から見た景色でした。ぜひ行って見てください。

2020年01月31日 陸奥守たろす
本丸北西堀切[鶴ヶ城  遺構・復元物]



本丸北西堀切◆
本丸全周が険しい切岸のため本丸からのアプローチは危険です。(危険喚起ロープあり)
私は西側に長く続く土塁の切れ目辺り(登城して突き当たりくらい?)を抜け土塁に沿って斜面を北進しました。
すぐに曲輪らしき平場も現れ歩き易くなり右側に本丸切岸を見ながら進むとえげつない(笑)本丸北西堀切に到達します。
さらに本丸切岸沿いの斜面を進むと本丸北東堀切に到達します。
ただその先は藪化が激しく断念。
代わりに尾根沿いに下山したら諏訪神社横の民家近くに出ました。
*この尾根、曲輪らしき平場が点在するも堀切はなし。堀切を配すれば防御力が向上すると思うが、本丸周りの急な切岸を見るとこの尾根からの攻撃は厳しいか…(*2/2追記)

参考に私が散策した軌跡も!
諏訪神社→登城口→西出丸→葵の井戸→東出丸→本丸→西側土塁を南進→土塁切れ目→土塁沿いを北進→北西堀切→北東堀切→北東尾根下山
これで散策しながら合計55分位でした。

※当然ですが一部不整備な部分を歩行します。冬は落ち葉も堆積し滑り易くなってますのでトレッキングシューズや手袋などを装備し安全を確保し自己責任で楽しみましょう♪

2020年01月27日 あきおこ
天神山城・裏天神山城[鶴ヶ城  周辺城郭]



城友さんが口コミに投稿され初めてこの城の存在を知りました。

一城別郭の様な縄張りですが別々の城です。手前を天神山城(標高276m/比高86m)、奥が裏天神山城(標高317m/比高126m)と呼ばれています。

鶴ヶ城の大手門とされる諏訪神社境内の左手に縄張図と登り口があり、少し登るとすぐ尾根に出て大堀切があります。大堀切から段曲輪を登ると自然地形の天神山城主郭に着きます。

更に奥に行くと少し緩めな2重堀切があります。ここから先が裏天神山城で更に奥に進むと小規模な斜め堀切を経て、しっかり削平された曲輪面が見えてきます。左手に土塁、右手に櫓台状土塁、竪堀、竪堀横の小曲輪などが現れテンションMAXです。主郭虎口を守る縄張りの様でかなりの厳重さを感じました。わくわくしながら中に入ると虎口と思った所には竪堀の看板があり登りきった自然地形の場所が裏天神山城主郭でした。主郭の北東谷沿いには竪堀と段曲輪群もありました。

主郭から奥は尾根続きになっており、2つの尾根に分かれて城の遺構と思われるものはありませんでしたが、左手の尾根先にはかなり広い平場があります。人工のものか気になります。

帰路は団地方面に降りましたが、こちらが大手方向なのか山麓には幾つもの削平地がありました。

全体的に自然地形が多めですが、しっかりとした城パーツもありますので鶴ヶ城訪城の際に立ち寄られてみてはいかがでしょうか。登城路はとても綺麗に整備されており感謝感激です。神社側、団地側共に駐車場あり、トイレは無し。

2020年01月06日 我流尾張守クール
天神山城・裏天神山城[鶴ヶ城  周辺城郭]



2012年に発見された模様。
諏訪神社より登城出来ます。
信長が武田攻めの為に鶴ヶ城に入城した際、河尻秀隆に命じて普請させたようです。
土塁、堀切、竪堀等々、手付かずの遺構が満載です。
諏訪神社口から入り、少し北東の団地口に下山しましたが、1時間程度でした。

やはり信長は武田軍にビビっていたのかな~
と思わせる山城でした。


2019年12月11日 あきおこ
戸狩城[鶴ヶ城  周辺城郭]



一乗院の西丘陵(標高260m/比高60m)にある山城。アクセスは一乗院を目指せばいいです。県道から折れてすぐの入口から寺の所有地となり、凄い傾斜の山道を車で登ると本堂に至ります。ここで住職さんに駐車の許可と城に登る事を伝えて登城。

敷地の左手にある七面大明神横の道から城へ登ります。天狗像後ろで二股に道が別れますが私は右手へ行きました。
すぐに大竪堀が見えます。竪堀左手上は曲輪でかなりの高低差、幅もかなり広いです。

竪堀横を登ると主郭背後を守る堀切にでます。幅が広い尾根なので堀切も長く続き横堀状になります。主郭との高低差は10mあり、なかなかいい感じの堀切です。

堀切の山側を少し歩きましたが城郭遺構はありません。しかし堀切外には居館か廃寺跡の横な人工的削平地がありました。何の遺構か気になります。

堀切からよじ登ると狭い主郭になります。ここから南にかけ階段状に複数の段曲輪が続きます。曲輪は全体的に横長で狭いですが削平はしっかりされており切岸も見事です。

段曲輪の最下段には食い違い虎口の様な、土塁がありました。大手かもしれません。

寺院跡を利用した様な古い縄張りですが、秋山信友の家臣、仁木氏が築いたと伝えられ、堀切と竪堀はなかなか見応えがありました。藪も少なく駐車場からすぐなので見易い城だと思います。

2017年09月10日 えこー
鶴ヶ城

入口前に駐車場所は無いので、中央自動車道ガード下をくぐって、すぐ右側にある諏訪神社に駐車しました。
出丸を見てまわっても、15分もあれば本丸まで登れます。

2012年09月20日 三河守コーキしゃん
鶴ヶ城

県道352号線の「鶴城」信号から、中央自動車道のガードをくぐります。
すぐに左に曲がり、その先に石碑があるのでそこから登ります。
大して高い山ではないので、簡単に登る事ができます。

鶴が翼を広げたような縄張りで、本丸の左右に西出丸、東出丸あり、その中央に葵の井戸があります。



鶴ヶ城の周辺スポット情報

 本丸北西堀切(遺構・復元物)

 鶴ケ城 跡 登城口(遺構・復元物)

 一日市場館(周辺城郭)

 戸狩城(周辺城郭)

 天神山城・裏天神山城(周辺城郭)

 市原砦(周辺城郭)

 刈安城(周辺城郭)

 山田砦(周辺城郭)

 深沢砦(周辺城郭)

 五郎小屋砦(五郎塞)(周辺城郭)

 釜戸陣屋(周辺城郭)

 諏訪神社(寺社・史跡)

 土岐頼兼公の墓(自刃洞)(寺社・史跡)

 秋葉(駐車場)

 大久後駐車場(駐車場)

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