金山城(かねやまじょう)

金山城の基本情報

通称・別名

美濃金山城、兼山城、烏峰城

所在地

岐阜県可児市兼山町古城山

旧国名

美濃国

分類・構造

山城

天守構造

複合式層塔型[2重2階/築年不明/解体]

築城主

斎藤正義

築城年

天文6年(1537)

主な改修者

斎藤正義

主な城主

斎藤氏、森氏、石川氏

廃城年

慶長5年(1600)

遺構

曲輪、土塁、井戸、横堀(空堀)、石垣、移築門

指定文化財

国史跡(美濃金山城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

明智長山城(岐阜県可児市)[4.1km]
堂洞城(岐阜県美濃加茂市)[9.3km]
加治田城(岐阜県加茂郡)[10.5km]
根本城(岐阜県多治見市)[11.6km]
猿啄城(岐阜県加茂郡)[12.7km]

金山城の解説文

美濃金山城は、建物礎石、高石垣、瓦という3つの要素を併せ持っていたことが発掘調査から判明し、平成25年に国史跡に指定され、平成29年には日本城郭協会が選ぶ「続日本100名城」にも選定されました。

概要
天文6年(1537)に斎藤大納言妙春により築城され、烏峰城という名で呼ばれていました。

その後、永禄8年(1565)織田信長の美濃侵攻により家臣である森可成が城主となり、金山城と改称されました。その後、長可・乱丸・忠政と森家が城主となりました。

慶長6年(1601)頃に城が破却されたのでは、と考えられています。

特徴
美濃金山城は、木曽川中流域の左岸、可児市兼山の古城山にある戦国期から織豊期にかけて営まれた山城です。

山上の最高所(標高276m)に主郭を設け、その東・南・西に続く尾根筋に曲輪群を配置し、北麓部には米蔵跡と伝承される曲輪が存在します。

発掘調査の結果、4棟の礎石建物が検出された主郭をはじめ、各曲輪に川原石を用いた礎石建物が存在することが明らかとなりました。

出土遺物には土師器(かわらけ)、瀬戸美濃産陶器(碗・皿・鉢等)、中国製磁器、瓦等があり、最盛期とかんがえられる16世紀後半には10の曲輪に礎石建物があり、主郭には瓦葺の建物が存在していたと考えられます。

美濃金山城は後世の改変があまり加わらず、破城の様子をよくとどめている点でも価値が高く、瓦の導入や石垣の構築等、織豊系城郭の特徴をよく示し、山城の変遷を考えるうえで重要な遺跡として、平成25年に国史跡に指定されました。

景観
美濃金山城は、近隣の城や北を流れる木曽川を見渡せる高所に築造されています。本丸跡の標高は276m、城下町とは約170mの比高差があります。

構造
本丸
天守があった場所です。本丸を囲む斜面には石垣が見られます。多くの礎石から大きな建物があったと思われます。

二の丸
礎石の形状から、渡り廊下のある建物があったと考えられます。南側と西側に石垣があります。

二の丸西面石垣
この石垣は加工していない石を積む野面積みという積み方で造られています。隙間には間詰め石が詰められています。

三の丸
北・西・南の3方向に石垣が築かれています。礎石から建物があったことがわかります。岩盤を加工して虎口が造られています。

枡形虎口
3方向を石垣に囲まれた虎口で、門の礎石が見られます。左側が本柱の礎石、右側が控柱の礎石になります。

東腰曲輪/南腰曲輪/西腰曲輪
東腰曲輪は井戸跡があったといわれる場所です。ここでは破城の際に捨てたと思われる礎石や瓦が見られます。南腰曲輪、西腰曲輪では礎石が見つかっています。

左近屋敷
細野左近という武将の屋敷があったとされる場所です。北側に二段の石垣が築かれています。破城の際に石垣の天端(一番上端の石)の石や隅石を壊した状態が残っています。

米蔵跡
美濃金山城の米蔵があったといわれる場所です。北側に壮大な石垣が見られます。この場所から三の丸へ登ったと思われます。

発掘調査と出土遺物
平成18年度から22年度にかけて5回の発掘調査を行いました。発掘調査では、天守や門に使用された瓦などの出土遺物や建物礎石が見つかりました。また、茶碗や素焼きの皿・すり鉢などの陶器や古銭、製鉄に使用されたと思われる羽口や石製の容器も出土しています。

情報提供:可児市教育委員会

金山城の口コミ情報

修理大夫あさよし様[2017年08月14日]
金山城麓の民族資料館は自然災害により閉館中ですが、2階に山城委員会?(みたいな感じでした)の事務所があり、丁寧に色々と教えてもらえます。資料もたくさんいただけます。

まるき〜遠江守様[2017年05月01日]
金山城の麓の兼山歴史民俗資料館から300mほどの所にある伝米蔵跡の石垣が最近木を伐採したという事でとても見やすくなっていました。

こちらの米蔵で蓄えられたお米を船で木曽川を下り桑名まで運び、そこから江戸へ運び入れていたそうです。

民俗資料館内には金山城の他近隣の城跡の資料の他

「発見!ニッポン城めぐり」

のフライヤーも置いていましたよ〜

(=゚ω゚)ノ笑


野呂利駿河守休三25謎栗毛様[2016年10月08日]
大手は現在、南側の蘭丸ふるさとの森に設定されていますが、本来は三の丸の水の手門から下る道(立入禁止)とする見解もあります。
古い町は城の北側で永正二(1505)年創建の大通寺や斎藤正義(近衛稙家の落胤で斎藤道三の養子とも)の肖像を蔵する浄音寺などがあります。ただ森家ゆかりの森立寺や可成寺(可成や蘭丸らの墓)、常照寺もありますが、これらは元は別の場所にありました。可成寺は城と大堀切で隔たった場所にありました(整備されていないので見学は自己責任)。

町中に兼山歴史民俗資料館がありますが現在耐震工事で休館中。元は学校の校舎で掛け造り三階建ての珍しい建物です。
資料はもらえます。金山城、久々利城のリーフレット、可児市山城攻略図(地図)です。

城と町の間に小高い土盛りがありますが2001年に廃線になった名古屋鉄道八百津線の線路跡です。駅跡は広場になっています。

殺三千世界鴉⚡️晋作様[2016年10月07日]
道三の命により斎藤正義が烏峰城として築城。
しかし、土岐悪五郎頼興が正義を久々利城に招いて殺害。
十数年後、信長の命により森可成が入城。可成の戦死後は次男の長可、長可が川中島に移封されると三男の蘭丸、蘭丸が戦死すると再び長可、長可が戦死すると六男の忠政、忠政が川中島に移封されると石川貞清と変遷を辿って廃城。

斎藤正義を暗殺した土岐頼興は信長に降伏したのち、森可成・長可に仕えるものの、本能寺後、森家に対して反乱を起こし和睦。
和睦条件として長可は弟の忠政を久々利城に人質に出す。

翌年正月、金山城に新年の挨拶に出向いた土岐頼興は帰途暗殺される。殺したのは斎藤正義の孫にあたる加木屋正則。
同日深夜、長可は久々利城を急襲し、一晩で攻略する。
実は人質に出されていた忠政はニセモノ。
すなわち、頼興暗殺による久々利土岐悪五郎家の滅亡の黒幕は長可自身であった。

さらに、その長可は翌年、長久手で戦死する。

なお、長可の弟、蘭丸・坊丸・力丸が本能寺で戦死したのは有名だが、実は同じく戦死した久々利亀は頼興の一族らしい。

尾張守だもんで様[2015年09月24日]
ここはすごいです。まさに信長の見せる城だったわけですが、破城によって犬山に天守等がことごとく移築され、さらに昭和の時代に石垣のほとんどが取り出されてしまったものの、虎口や天守台の石垣はしっかりと残っています。特に本丸の桝形虎口は見事。天守の神社右裏手の虎口を出ると立派な天守台の石垣を確認できます。少し歩きますが大堀切も立派です。出丸との間にも堀切があったのでしょうが、今は埋められてトイレになってしまっています。岐阜や小牧山だけでなく、ここにも財源を充分に与え、さらなる発掘調査を進めてほしいものです。

はせちゃん弾正忠様[2013年02月20日]
3/9 13:30〜
金山城と城下町の説明会が実施されるとのことです

マリオ右兵衛督66様[2011年02月08日]
地元民は、城山という愛称で呼んでいる。

三河守コーキしゃん様[2010年11月07日]
各所に説明板があって親切です石垣などが結構残っていて何より枡形虎口があるのがいいです

傾奇揚げ仙兵衛様[2010年10月10日]
この地区で有名な八百津せんべいは群馬の磯部せんべいと同じヤーツ

金山城の周辺観光情報

常照寺

森家の家老であった林長兵衛為忠によって建立されました。開山は妙向尼の末子暮久と言われています。有髪と法体の二幅の妙向尼の画像や、蘭丸が愛用したといわれる槍の穂先が残されています。

妙向尼は金山城主森可成の妻であり、蘭丸の毋でもある人物で、信長と石山本.願寺との和睦に尽力したことでも知られています。また、 妙向尼画像(法体・有髪)各一幅と妙向尼墓所は、市指定文化財に登録されています。

お問い合わせ:常照寺
電話:0574-59-2346

可成寺

森家の菩提寺。蘭丸をはじめ、可成、長成、坊丸、力丸の墓があります。また、森武蔵守長可の画像や着用したと言われる脛当が残されています。

駐車場:58台
お問い合わせ:可成寺
電話:0574-59-2527
公式サイト:http://www.city.kani.lg.jp/4231.htm

情報提供:可児市観光交流課
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