可成寺
可成寺([金山城 寺社・史跡])
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可成寺の口コミ情報
2025年03月17日 猫耳◇□◁△▷▽⊿萌
大龍山可成禅寺(臨済宗妙心寺派)
織田信長の宿将として数々の武勲を立て、元亀二年(1571)に宇佐山(大津市)で戦死した、金山城主森三左衛門尉可成公菩提のため、その子二代城主森長可公が父の名「可成」をそのまま寺号とし栄厳和尚を迎えて金山城東の寺が峰に創建された。
当寺開基の長可公は、信長・秀吉二君に仕え、鬼武蔵の異名をとったほどの勇将だったが、天正十二年(1584)長久手において戦死した。
その墓石が、父君可成公の墓石に合祀されている。
その後を継いだ三代城主忠政公が、慶長五年(1600)に川中島(長野県)へ転封されたとき、寺は現在地に移転されて今に至っている。また、昭和四十二年(1967)には、蘭丸・坊丸・力丸、三公の供養塔が八百津町中野より当寺に移され安置されている。
当寺は、森家の菩提寺であるまめ、堂塔のほとんどが江戸時代に森一族の赤穂・三日月・新見等の大名家から寄進されたものであり、明治までは三家から扶持が与えられていた。また、天和三年(1683)に長可公の百年遠忌法要が営まれて以来、可成・長可・蘭丸・坊丸・力丸諸公の遠年忌が執り行われてきている。寺内には、森家にまつわる文化財が多く残されている。
県指定重要文化財 脛当(長可公愛用の品)
市指定の文化財 森武蔵守長可公画像
森家の墓所(可成・長可・蘭丸・坊丸・力丸)
可児市教育委員会
立派な石垣が築かれ、山門前の石段がクランクする構造は城ぽいです。
参詣者用の駐車場があります。