明智長山城(あけちながやまじょう)

明智長山城の基本情報

通称・別名

長山城、明智城

所在地

岐阜県可児市瀬田長山

旧国名

美濃国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

なし

築城主

明智(土岐)頼兼

築城年

興国3年〔南朝〕/康永元年〔北朝〕(1342)

主な改修者

主な城主

土岐明智氏

廃城年

弘治2年(1556)?

遺構

曲輪

指定文化財

市史跡(長山城跡)

再建造物

石碑、説明板、模擬冠木門

周辺の城

久々利城(岐阜県可児市)[3.2km]
金山城(岐阜県可児市)[4.1km]
根本城(岐阜県多治見市)[7.4km]
堂洞城(岐阜県美濃加茂市)[10.4km]
多治見国長邸(岐阜県多治見市)[10.7km]

明智長山城の解説文

明智長山城は、美濃の守護、土岐頼清の次男である頼兼が、康永元年(1342)頃に開城した。

明智長山城跡主郭とされている地点は、現在配水池となっており、旧状はとどめていない。その他に、東出丸、搦手曲輪、二の曲輪、三の曲輪、西出丸、乾曲輪と伝わる場所がある。

明智氏一族と長山城
現在の可児市東部、平安時代に明知荘と呼ばれた地域にかかわりを持ったのが土岐明智氏であり、後に明智光秀を生む一族である。

室町幕府の奉公衆としての存在も確認でき、在京していたようである。

後々の記録では、土岐頼兼が明智氏を名乗って、康永元年(1342)に「長山城」を築き、その子孫が代々の居城にしたとある。弘治2年(1556)には、明智光秀の叔父にあたる光安・光久が城主だった時、稲葉山城主斎藤義龍の攻撃を受けて落城し、この城の付近が織田信長領となった後、先祖代々の旧跡として光秀の所領となり、代官として石森九郎左衛門が置かれたと伝わっている。

城跡北麓の天龍寺
青雲山天龍寺は、曹洞宗の寺院で、寺伝によれば伝龍寺という廃寺の後に建立したと伝わっており、そこには明智一族の墓所が整備されている。

情報提供:可児市教育委員会

明智長山城の口コミ情報

鎌倉又兵衛《》勘解由長官様[2017年08月15日]
この城を楽しむためには必ず北側の大手門近くの無料駐車場に車をとめて攻城しましょう。その反対の南側の二ノ丸曲輪付近に車で行くことはできますが、地形を活かした遺構を充分に楽しむことができません(たぶん違法駐車にもなります。。。)。

あと地元の方が頑張って整備してくれていますが真夏は薮が生い茂って、特に水の手曲輪や乾曲輪に近づくには、マムシに脅えながらの攻城になるでしょう。なるべくなら秋~春に是非。美濃の蝮にお気をつけて!(*^^*)

野呂利駿河守休三様[2016年10月09日]
【久々利城】
東南東3.5㎞程のところに可児郷土歴史館があります。道路を挟んで久々利城跡があります。南側の谷を囲むように縄張が展開しており、東側の尾根筋の曲輪は伐採がされていて非常に見易いです。
久々利城跡のすぐ西側に、江戸時代にこの地を治めた千村氏の墓所の東禅寺と、同氏の下屋敷の庭園であった春秋園があります。
バスが通っておらず、タクシーで行きました。市役所の近くから行きましたが2240円かかりました。
近くに喫茶店があります。

まー宮内卿様[2015年05月01日]
駐車場は大手門側に広い無料駐車場有りますが二の丸跡付近に2台ほどのスペース有ります。遊歩道ありますが見たいところは藪の中がほとんど。

三河守コーキしゃん様[2010年11月07日]
遊歩道になっていて散策しやすいです。
南東の方向約2㎞行くと久々利城があります。

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