飯田城(いいだじょう)

飯田城の基本情報

通称・別名

長姫城

所在地

長野県飯田市追手町

旧国名

信濃国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

坂西氏

築城年

13世紀前期

主な改修者

秋山虎繁、毛利秀頼、京極高知

主な城主

坂西氏、秋山氏、毛利氏、京極氏、小笠原氏、脇坂氏

廃城年

遺構

空堀、土塁、赤門、八間門(移築)

指定文化財

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

松尾城(長野県飯田市)[2.8km]
鈴岡城(長野県飯田市)[3.2km]
大島城(長野県下伊那郡)[10.5km]
駒場城(長野県下伊那郡)[11.9km]
船山城(長野県下伊那郡)[13.7km]

飯田城の解説文

飯田城(いいだじょう)は、長野県飯田市にあった城郭。江戸時代には飯田藩の藩庁が置かれた。

概要
13世紀初めに小笠原氏の一族の坂西(ばんざい)氏により築かれたといわれる。戦国時代には武田家の支配するところとなり、伊奈郡代となった配下の秋山信友により強固な城へ改修された。

武田氏滅亡後は毛利秀頼、京極高知が入り、この頃に近世城郭としての姿が整えられた。江戸時代になると小笠原氏1代、脇坂氏2代と続き、寛文12(1642年)堀親昌が2万石で下野烏山より入封し、以後明治維新まで飯田城に居を構えた。

構造
城は天竜川の支流の松川と野底川にはさまれた河岸段丘の先端部分を利用して築かれた平山城である。

縄張りは、城郭の東部に本丸を置き、断崖に面して西部に向かって二の丸、桜丸、出丸と曲輪を配していた。建造物としては、東西南北100mの規模で土塀に囲まれた本丸御殿を中心に、7棟の建物が建てられていた。

遺構
現在、城の遺構はほとんど残っていないが、本丸は神社境内となり、石塁、空堀と土塁の一部が残っている。二の丸は美術館に、藩主の居館のあった桜丸は合同庁舎として利用され、わずかに桜丸水の手門の石垣が残っている。

建物としては、赤門とも呼ばれる桜丸御門が城内に、桜丸の門が市内上郷別府経蔵寺に、それぞれ移築され現存する。また、市内松尾久井の民家に、文禄年間の建築ともいわれる八間門が移築現存する。

飯田城の口コミ情報

まー蔵人頭様[2015年05月01日]
駐車場は美術館の駐車場を利用すると良い。休館日でも第一駐車場は開いているので停めてください。見所はあまりありません。桜門くらい。

傾奇揚げ仙兵衛様[2013年09月15日]
国道沿いに模擬天守発見!「お菓子の里 飯田城」
赤飯まんじゅうが名物らしい

御屋形様[2011年02月03日]
飯田市美術博物館の駐車場が良いかと思います。

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