大島城(おおしまじょう)

大島城の基本情報

通称・別名

台城

所在地

長野県下伊那郡松川町元大島古町

旧国名

信濃国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

片桐氏

築城年

12世紀後期

主な改修者

秋山虎繁

主な城主

秋山虎繁(武田氏家臣)、武田信廉(武田氏家臣)

廃城年

天正10年(1582)

遺構

曲輪、土塁、横堀(三日月堀)、馬出

指定文化財

町史跡(大島城跡)

再建造物

周辺の城

船山城(長野県下伊那郡)[4.3km]
飯田城(長野県飯田市)[10.5km]
飯島陣屋(長野県上伊那郡)[11.6km]
松尾城(長野県飯田市)[12.8km]
鈴岡城(長野県飯田市)[13.2km]

大島城の解説文

大島城(おおしまじょう)は信濃国伊奈郡(現在の長野県下伊那郡松川町元大島)にあった城である。別名台城。

概要
平安時代末期、片桐氏(大島氏)により築城された。元亀2年(1571年)、武田信玄が秋山信友に命じて大改修を施した。

信玄後期〜勝頼期の平山城の特徴である、台地の突端部を利用し戦闘正面を限定させる構造となっている。甲州流築城術の特徴である丸馬出し、三日月堀、枡形虎口などの遺構も良好な状態で残る。天竜川を背に城の側面・背面は台地の断崖となっており、前面の空堀がこの断崖へと続いている。また城正面の三日月堀は二重となっており特徴的である。

主な城将は武田信廉(逍遥軒信綱)、日向虎頭。武田氏の伊奈谷南部の拠点であり、遠江・三河・美濃侵攻の兵站基地でもある。天正10年(1582年)織田信忠が信濃に侵攻すると、国人衆が動揺・戦意を喪失し、城将の武田信廉は戦うことなく甲斐へと退却し大島城は自落した。

大島城の口コミ情報

カーネル様[2016年12月17日]
飯田線 山吹駅から

線路沿いに北に100mほど歩き、線路を越えて国道153号にぶつかったら左折して、100mくらいで右の斜面に入り込む坂を登ります

目指す台城公園は、地図で見ると北西と南東からアプローチできますが、北西の駐車場からだと、案内が充実しててよいかと思います。南東からも堀の底を歩いて公園に入れます

お城は、公園として整備されてますが、堀が深くて明瞭に残っているので、楽しめました

駅から公園まで片道20分、お城の滞在時間40分で合計1時間半弱を要しました

tossy様[2016年04月30日]
本丸と二ノ丸を分ける堀切に植えられたツツジが見頃でした。城跡も堀や土塁などの遺構がほぼそのまま残されていて見応えがありました。

三河守コーキしゃん様[2012年10月01日]
トイレ、駐車場は完備されています。

多少変革はされていますが、甲州流築城術を堪能できるお城です。

堀は谷の様に深く、迷路の様に複雑です。

丸馬出や三日月堀、土塁、堀底にある井戸等、見所満載です♪

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