大島城(おおしまじょう)

大島城の基本情報

通称・別名

台城、伊那大島城

所在地

長野県下伊那郡松川町元大島古町

旧国名

信濃国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

大島氏

築城年

不明

主な改修者

秋山虎繁

主な城主

大島氏、秋山虎繁(武田氏家臣)、武田信廉(武田氏家臣)、日向虎頭(武田氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀・三日月堀)、馬出

指定文化財

町史跡(大島城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

船山城(長野県下伊那郡)[4.3km]
飯田城(長野県飯田市)[10.5km]
飯島陣屋(長野県上伊那郡)[11.6km]
松尾城(長野県飯田市)[12.8km]
鈴岡城(長野県飯田市)[13.2km]
赤須城(長野県駒ヶ根市)[17.0km]
駒場城(長野県下伊那郡)[22.1km]
市野瀬古城(長野県伊那市)[23.5km]
殿島城(長野県伊那市)[25.8km]
和田城(長野県飯田市)[28.4km]

大島城の解説文



大島城(おおしまじょう)は信濃国伊奈郡、現在の長野県下伊那郡松川町元大島にあった日本の城である。別名台城 (だいじょう)・伊那大島城。松川町指定史跡[1]。なお、同じ下伊那郡の大鹿村にある大島城とはまったく別の城である。

概要 

平安時代末期に片切氏より分かれた大嶋氏により築城されたという。戦国期には武田信玄が秋山虎繁(信友)に命じて大改修を施したとされ、永禄(1558年~1570年)初年頃と推定される年未詳8月18日武田晴信書状では、虎繁と推定される「秋山善右衛門尉」と室住虎光の在城が確認される。虎繁は大島城を拠点に下伊奈郡代(郡司)[2]として伊奈郡の支配を行った。

信玄後期~勝頼期の平山城の特徴である、台地の突端部を利用し戦闘正面を限定させる構造となっている。甲州流築城術の特徴である丸馬出し、三日月堀、枡形虎口などの遺構も良好な状態で残る。天竜川を背に城の側面・背面は台地の断崖となっており、前面の空堀がこの断崖へと続いている。また城正面の丸馬出には外周土塁はないが、外側の三日月堀は二重となっている。この丸馬出には左右両側の土橋から入る。丸馬出から城内に入ったところには枡形虎口がある。さらに北側台地端には角馬出が設けられている。

主な城将は武田逍遥軒信綱(信廉)・日向虎頭(玄徳斎)。武田氏の伊奈谷南部の拠点であり、遠江・三河・美濃侵攻の兵站基地でもある。天正10年(1582年)3月、織田信長による甲州征伐に際し織田信忠が信濃に侵攻すると、国人衆が動揺・戦意を喪失し、城将の武田信綱や安中七郎三郎は戦うことなく大島城は織田方の手に渡った。

現在は台城公園となっている[3]

参考文献 

  • 松川町編 『伊那大島城・解説』(https://www.town.matsukawa.lg.jp/material/files/group/10/0000014408.pdf)
  • 南原公平 著『信州の城と古戦場』 しなのき書房 2009年
  • 【書籍】「 信濃堀之内城・布引城郭群の馬出の謎 」

関連事項 

  • 日本の城一覧

大島城の口コミ情報

2022年06月19日 ほりーないと
大島城



「今日は正式ルートで行きます」
地元史学会の史跡巡りで大島城へ行きました。講師は資料館の元職員さんです。
お城の正式ルート? それは大手筋?!
三日月堀の向こう側(丸馬出し・枡形虎口)は民家のため正式ルートから入る事ができません。講師はその民家へ向かって歩き出す…。初めて丸馬出しに入らせていただきました。

大島城は武田信玄の命によって構築されました。片切氏分流の大島氏の小砦城をほとんど新規築城に近い状態に造り直したものです。
本丸は大島氏時代の城→二の丸が拡張→三の丸が拡張されたものだろうと出土品から実証されています。正式ルートで行くとよくわかります。

現在は公園の大島城、その入り口には二重三日月堀があります。丸馬出しには民家があり、土橋は車両通行できます。以前はリアカーが通れる程の幅だったそうです。枡形虎口から三の丸へ入ります。発掘調査で礎石が4つ確認されているので、立派な大手門(櫓門?)があったのでは…。
二の丸方向へ進むと馬出しと大きな堀が待ち構えています。三の丸増築以前の外堀と大手虎口馬出の跡です。この先へ…進める気がしない。地元史学会の見学も時間切れのため、本丸にたどり着けませんでした。

史跡巡りの日、守る会の皆様が三日月堀の草刈り作業をしていました。ありがとうございます。

【写真説明】
①丸馬出しから見た二重三日月堀
貴重な撮影チャンスでしたが、木々が生い茂っています。
②台城公園入口の二重三日月
(投稿枚数制限のため写真投稿は2枚です)

2022年05月05日 RED副将軍【新宮党】
大島城



今日は端午の節句
いつもは緑か茶色の空堀ばかりですが、カラフルな大空堀を口コミ投稿

オススメ度 ★★★★★

平安時代末期に船山城主の片切氏が大島郷を分知され、大島氏を名乗り城を築いたのが始まりと云われます。
1571年に、武田信玄は飯田城代であった秋山信友に命じて大島城を大改修を実施。郡代として伊那郡支配の拠点としました。
二重三日月堀や桝形虎口、やり過ぎとも言える複雑な空堀は武田流魔改変の特徴が出ています。
1582年、織田信長による甲州征伐に際して、織田信忠が飯田城を落とすと、国人衆は動揺し戦意を喪失。守将の武田信綱、安中久繁は戦わず城に火を放ち逃亡し落城しました。

見所
現在は台城公園として整備されています。
天竜川に突き出した台地上に、東から西へ本丸、二の丸、三の丸が連なり、天竜川を背後に天然の要害を利用。それぞれの曲輪は大規模な空堀が周囲を巡ります。
城域西端は、二重の三日月堀と丸馬出し、桝形虎口で強力な防御線が張られています。丸馬出しと桝形虎口は民家となっていますが、二重の三日月堀は見事に残存しています。
二の丸と三の丸の間は、二重の空堀に馬出しが併設される技巧的な縄張り。
本丸と二の丸の間も巨大なな空堀で分断。現代はキリシマツツジでカラフルにデコレートされています。
本丸の北側が搦手であり、石組みの井戸と埋門跡が残ります。

写真
①②本丸と二の丸を隔てる巨大な空堀。キリシマツツジと鯉のぼりで鮮やかに彩られていました。
③④二重の三日月堀
⑤ 二の丸と三の丸の間の二重空堀に馬出し
⑥三の丸を巡る空堀
⑦二の丸の櫓台
⑧井戸跡

2022年04月19日 ほりーないと
吉田古城[大島城  周辺城郭]



お城の桜と聞くと古木をイメージする方が多いのではないでしょうか。吉田古城に咲く「高森古城桜」は新品種への認定が期待されています。

かつて竹林が生い茂り、吉田古城は荒廃地と化していました。吉田城址愛護会の皆様の尽力で美しく整備されています。1998年に城跡の竹藪から発見されたのが「高森古城桜」です。花びらの形や葉などが類似品種と異なるそうです。原木の保護、苗木を育てて、現在17本が城跡に植わっています。「高森古城桜」は、古城で生まれ、古城で育っている桜です。

吉田古城については先人様の口コミをご参照ください。武田信玄狼煙リレー会場の一つです。吉田古城から次のリレー先の大島城が見えます。武田氏が大島城の普請をした中に「吉田」の郷名が入っているそうです。

「高森古城桜」は、ソメイヨシノより5日程開花が遅く、見頃は4月初旬から中旬です。古城に新品種の桜をぜひ見に来て下さい♪

2021年09月26日 ほりーないと
吉田城山城[大島城  周辺城郭]



吉田城ともいう。吉田上段地区のほぼ中央、残丘状の台地上にある。松岡氏の家臣吉村氏が永正年間頃には居城としていたとされる。主郭・二の郭・出郭からなる連郭式の城で、土塁・空堀が残る。(南信州山城マップより)

旧吉田小学校が建てられ、その後、公園として整備されています。春には桜が咲き、秋には彼岸花が咲き、地域の憩いの場となっています。このような城山公園は南信州に沢山あり、その公園で遊んだ子ども達が将来お城好きになってくれたら良いなと思います。
※一部、立入禁止エリアがありますので、ご注意とご配慮をお願いします。

写真
①公園入口の埋められた空堀
②主郭からの眺望
③空堀
④北側斜面

2021年03月08日 OROKA参議
天伯の城[大島城  周辺城郭]



【期待しすぎ禁物の城】

天伯の城は、大島城の西に位置する平山城です。築城年代や城主などは不明ですが、この地方によくある台地先端に作られた城で、地元豪族の城という雰囲気はあります。

アクセスとしてはこのスポットの北側の農道からアプローチしてください。ちょうど城との境は墓地がいくつかあり、お墓参り用なのか路駐もしやすいスペースがあります。お墓の目の前の林が城です。

道から城方面の林に一歩踏み入れると、立派な空堀と土橋のようなもの、その先に土塁と虎口的なやつが現れます。
のっけから強制的に期待が高まります。ええ、誰もが期待せずにはいれないでしょう。
しかし、この城で1番の見所はこのスタートの堀です。本丸はうっすら土塁に囲まれ、その下にある堀切と櫓台のような土塁に上から見ると心奪われますが、近づくと近世の石積でコーティングしてあり、少しがっかりします。
いえ、それでも切岸はとてもキレイです。

また、その下の郭は畑になっていて、さらに尾根沿いに段郭が展開されています。このあたり、土塁囲みぽくなっていて、なかなか楽しめます。

スタートで期待をしすぎなければ、なかなか良い城として楽しめるでしょう。自身の期待スイッチをオフにして、レッツキャッスル♪(´▽`)

2021年03月07日 OROKA参議
吉田本城[大島城  周辺城郭]



【スリルある木橋、渡れるか?】

吉田本城は大島城の南西にある平山城。

吉田古城と同じく詳細は不明で、松岡氏の家臣である吉田氏の居城。古城との関係も謎ですが、距離的に考えると同時に使っていた可能性もあるかもです。

アクセスと復元図は吉田古城を参考にしてください。駐車場から出丸を経由して徒歩数分の距離なので、一気に2城回りましょう。

間にある出丸跡は、現在は祠があり土塁や堀切がありそうですが藪でイマイチ。

二の郭から本郭の間には堀切に竹を束ねただけの簡単な木橋がかかっています。揺れるし滑るし手摺ないしでマジ怖いですが、スリルを楽しみたい方はぜひ。ちなみに、木橋を使わなくても横から堀切は渡れます(笑)

木橋を渡ると本郭の虎口と土塁があり、虎口が食い違いぽい配置になってる等、たしかに古城より技巧的に感じます。
しかし、本郭の下にある横堀と土塁は藪でほぼ確認できず…全体的には古城の方が満足度が高いかな?という感じです。もう少し藪刈りなどの整備がされれば逆転しそうですけど。

けど、どちらもコスパ最高な城。吉田古城とセットでぜひ~♪(´▽`)

2021年03月07日 OROKA参議
吉田古城[大島城  周辺城郭]



【シンプルだが侮れない、お手軽】

吉田本城は大島城の南西にある平山城です。詳細は不明ですが、あのステキすぎる未登録城・松岡城の松岡氏の家臣である吉田氏の居城のようです。

アクセスは、このスポットに向かって南から普通にアプローチしてください。最後に畑のような道に入るのが少し不安になりますが、その先にはキレイに草を刈り整備された駐車スペースと復元図の看板があります。そして、そこは本丸のすぐ横です。

伊那地区によくある、舌状台地の先端に作った典型的な城で、本丸あたりは畑になっていますが、とても見やすいです。
構造もいたってシンプル…ですが、侮っちゃなんねぇ。本丸前後を台地からぶった切る両堀切は、とにかくキレッキレのゴリゴリで深く鋭いです。

また、東側の堀切の先には櫓台とされる土塁とさらに続く尾根に堀切があり見応えがあります。

西側の堀切は壁面が改修されてますが、深さを味わう分には問題なし。大地が裂けたような土木量に感心しきりです。
あ、本丸にはほんの少しだけ土塁が残っています(笑)

駐車スペースから本丸まで20秒のお手軽城、大島城や松岡城のついでにぜひぜひ~♪(´▽`)

2020年09月20日 JC大宰大弐VD
原城[大島城  周辺城郭]



読み方は「はらんじょう」となります。Google Mapの検索で示された場所に、スポットを置かせていただきました。

2019年05月03日 はとまめ
二重の三日月堀と丸馬出[大島城  遺構・復元物]



二重の三日月堀と丸馬出が本当に見事です。
ここの馬出は現在、民家が立っているので入らないようにご注意下さい。

2019年04月30日 大隅守
駐車場[大島城  駐車場]

駐車場に説明板があります。

2018年05月09日 青コアラ美濃守
大島城

まずは駐車場に置いてある縄張図を手に入れましょう。この縄張図を見ながら歩いていると、駐車場から進入する道が本来の道ではなく、公園化にあたって造られた道である事に気付きます。この道の建設によって一部の土塁が破壊され、堀が埋められてしまっているようです。
これにより二の曲輪まで簡単に到達出来るようになっていますが、往時は二の曲輪と前面の馬出は木橋で結ばれていたようです。
この城最大の見所は何と言っても大手にある二重三日月堀ですが、その内側にある馬出は民家が建っていて見学出来ません。

2016年12月17日 カーネル
大島城

飯田線 山吹駅から

線路沿いに北に100mほど歩き、線路を越えて国道153号にぶつかったら左折して、100mくらいで右の斜面に入り込む坂を登ります

目指す台城公園は、地図で見ると北西と南東からアプローチできますが、北西の駐車場からだと、案内が充実しててよいかと思います。南東からも堀の底を歩いて公園に入れます

お城は、公園として整備されてますが、堀が深くて明瞭に残っているので、楽しめました

駅から公園まで片道20分、お城の滞在時間40分で合計1時間半弱を要しました

2016年04月30日 tossy
大島城

本丸と二ノ丸を分ける堀切に植えられたツツジが見頃でした。城跡も堀や土塁などの遺構がほぼそのまま残されていて見応えがありました。

2012年10月01日 三河守コーキしゃん
大島城

トイレ、駐車場は完備されています。

多少変革はされていますが、甲州流築城術を堪能できるお城です。

堀は谷の様に深く、迷路の様に複雑です。

丸馬出や三日月堀、土塁、堀底にある井戸等、見所満載です♪



2012年02月17日 赤いRVR甲斐守@松本
大島城

国道153号線から、台城(大島城)公園に行く道があります。駐車場完備(三日月堀を埋めて造った)です。

大島城の周辺スポット情報

 二重の三日月堀と丸馬出(遺構・復元物)

 原城(周辺城郭)

 吉田古城(周辺城郭)

 吉田本城(周辺城郭)

 天伯の城(周辺城郭)

 吉田城山城(周辺城郭)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 松川町資料館(その他)

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