川越城(かわごえじょう)

川越城の基本情報

通称・別名

初雁城、霧隠城

所在地

埼玉県川越市郭町2他

旧国名

武蔵国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

太田道真、太田道灌

築城年

長禄元年(1457)

主な改修者

松平(長沢)信綱

主な城主

扇谷上杉氏、後北条氏、酒井氏、堀田氏、長沢松平氏

廃城年

明治3年(1870)頃

遺構

堀、土塁、御殿、移築物3棟

指定文化財

県有形文化財(川越城本丸御殿)、県史跡

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

河越館(埼玉県川越市)[3.7km]
砂久保陣場(埼玉県川越市)[4.5km]
大堀山城(埼玉県川越市)[6.4km]
中釘陣屋(埼玉県さいたま市)[6.5km]
永田陣屋(埼玉県さいたま市)[7.7km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

19 川越城

設置場所

川越城本丸御殿受付窓口[地図

川越城の解説文

川越城(かわごえじょう)は、埼玉県川越市にある日本の城。江戸時代には川越藩の藩庁が置かれた。別名、初雁城、霧隠城。関東七名城・日本100名城。通常、川越城の名称を表記する場合、中世については河越城、近世以降は川越城と表記されることが多い。

概要
武蔵野台地の北東端に位置する平山城。1848年(嘉永元年)に建られた本丸御殿の一部が現存する(埼玉県有形文化財)。かつての城は、現在の初雁公園から川越市役所に至る広さであった。大半は失われ、二の丸跡は川越市立博物館・川越市立美術館、三の丸跡は埼玉県立川越高等学校となっているが、高校の南に、小高い丘の「富士見櫓」跡(埼玉県指定史跡)が残り、頂に御嶽神社と浅間神社が建っている。川越城には天守はなく、宇都宮城の清明台櫓と同様に、城の中で一番高い所にあった富士見櫓が天守の代わりをしていた。富士見櫓は三層と考えられている。

中世から近世にかけて改築がなされ規模を大きく変えた。藩政時代には、酒井忠勝・松平信綱(知恵伊豆)や柳沢吉保など、幕府の要職についた歴代藩主が多く、幕閣の老中数7名は全国でも最多の藩の1つであり、江戸時代中期までは「老中の居城」であった(中期以降は親藩)。

別名
初雁城
 城内の三芳野神社に「初雁の杉」があった。毎年同じ時期に北から初雁が飛来し杉の真上で三声鳴き三度回って南に飛び去った、という故事による。太田道灌が川越城築城祝いで開いた宴の折も初雁が来て鳴いたことから道灌が「初雁城」と命名したとされる。3代目の初雁の杉が神社の社殿裏にある。
霧隠城
 城内に「霧吹きの井戸」という井戸があり、普段は蓋をしておくが危急の際は蓋を開くと霧が城を隠したという伝承による。井戸は移築され、現在は市立博物館の前庭にある。

歴史・沿革
室町時代
室町幕府より関東の押さえとしておかれた鎌倉府は、鎌倉公方足利氏と、その補佐役である関東管領上杉氏との内部対立が生じ、1454年に公方が管領を殺害するに至り、関東を戦乱の世とした享徳の乱が勃発、鎌倉府は壊滅し、公方は古河に拠点を構え、関東を二分した(古河公方)。 武蔵国は上杉氏と古河公方の対立の最前線となったため、足利氏の勢力(古河城関宿城忍城など)に対抗する上杉氏の本拠地として、1457年(長禄元年)、扇谷上杉氏の上杉持朝は、家宰の太田道真、太田道灌父子に川越城(河越城)の築城を命じ、自ら城主となった。また、南方の下総国との国境に江戸城も築城させ、道灌が江戸城主となった。さらに、両城を軍事道路(後の川越街道)で結び、古河公方への防衛線を構築した。

道灌の築城方法は、「道灌がかり」という「連郭式縄張り」で、子城、中城、外城など独立した曲輪を連ね、周囲に高さ二間ほどの土塁を築く。曲輪の間には堀を巡らし、飛橋と呼ばれる橋で連結、各入口には土橋、引き橋、食い違い虎口や横矢がかりなどの仕掛けを作った。敵が侵入しても中城に拠って防げる構造だった。城郭はおよそ5万坪、8門8櫓を構えた。 新編武蔵風土記稿によると本丸南西の20mの高台に富士見櫓を築いたのも道灌である。また三芳野神社が祀られた天神郭も造られた。城の北に赤間川(現新河岸川)が流れ、さらに北を入間川・越辺川などが流れて外堀の役割を果たす。城の南は遊女川(よながわ)の湿地帯であった。武蔵野台地の北端の丘陵に位置し、東方を睨んだ自然の要害に位置している比高5~6mの平山城である。
築城に際しては、太田道真主導説(北条五代記や永享記など)と太田道灌主導説(霊岩夜話や太田家記など)の2説ある。築城後、西に太田道真屋敷が、城の北西に太田道灌屋敷が築かれた。

太田道灌は乱の収束に尽力し、名声を高めたが、それを恐れた主君扇谷上杉定正により暗殺された。上杉家内も内部分裂と抗争を繰り返し、長享の乱となる。 扇谷上杉氏の当主・上杉朝良が居城する河越城に対抗して、1497年(明応6年)に山内上杉氏当主・上杉顕定は河越館に上戸陣を構築、古河公方の足利政氏を招いて7年間も睨みあった。...

川越城の口コミ情報

兵部卿織田晃司⑪③中国オフ様[2018年10月13日]
川越城前と隣に駐車場があります。
ただ、本丸御殿や美術館など利用施設から利用証明の印鑑をもらってください。

富士見櫓跡は住宅街にあって見落とす可能性があります。

川越市の観光で喜多院と時の鐘がある蔵造りの町並みがあります。
どちらも川越城本丸御殿からばらけてるので、時間に余裕の無い方はどちらかにしぼりこんだほうがいいです。

相模守愛洲久忠様[2018年08月18日]
公共交通機関を利用して川越城へ向かわれる方に、市内周遊バスのご利用をおすすめします。
川越駅西口から発着するボンネット型のレトロバスと、川越駅東口から発着する路線バスタイプの2種類があります。
西口からだと均一料金で@200、東口からだと博物館まで片道@190かかりますが、西口からの小江戸巡回バスは一日フリー乗車券@500、東口からの小江戸川越一日フリー乗車券@300でお得です。
どちらも小江戸協賛店で割り引の特典があり、レストラン、カフェ、お土産品、見学施設などで有効です。
喜多院はじめ時の鐘など見どころ沢山の小江戸の街歩きにいかがでしょうか。

ねこいんこ右近将監様[2018年01月23日]
本川越駅からだとわかりやすいです。
本川越駅東口に出て左へ。倉の街並み方面へ。
倉の街並みを見て、時の鐘を過ぎたら信号を右に曲がり、市役所と太田道灌さんの像を横目に進むと右手に中の門堀跡。さらにまっすぐ行くと、左に博物館(天海さん木造を間近で見れたり、川越城下の再現ジオラマがみられます。)右に駐車場に入る道があるので右へ進むと川越城前につきます。
川越城前の道を進んでいくと(車は多分無理)突き当たりに案内板があるので、案内通りに右へ行くと富士見櫓跡があり、道は学校で突き当たるので左へ曲がり学校沿い道なりに右折し、信号を左、まっすぐ行き道なりに左折すると右手に賑やかな通りと通りに入る小道があるので小道から通りへ、手押し信号を渡ると、成田山と奥に喜多院(江戸城から移築された客殿や天海さんのお堂とお手植えの槇など正直お城より見所が多いです)。
喜多院のどろぼう橋を渡ったら左へ行き、突き当たり右にまっすぐで本川越駅です。
この行程で3時間くらい?
川越駅から本川越駅へは東口出て左へ、2つ目の信号を右へ行くと本川越駅。
あっちの方みたいに適当に歩くと大体迷います。

やすし兵部大輔様[2017年05月08日]
川越市には、十字路が2つしかありません。城下町を迷子になりながら、堪能してみて下さい。

武蔵守護胆振守ひろと様[2017年05月08日]
川越城に行くまでに道に迷って、住宅街の中をうろついてた私...
川越城は川越駅よりも本川越駅の方が近いので、JRで行く際は、まず本川越の駅へ歩いた方がいいです。
この城の堀跡は古江戸の町の方にあります。

天下泰平左衛門督様[2017年01月22日]
近くにある喜多院もいいてすよ。江戸城から移築された客殿や仙波東照宮など川越城の南の守りに相応しい遺構も見られました。

【単騎駆】右衛門督かげちゃん様[2017年01月05日]
都市開発とかで遺構は、あまり残ってないです。本丸御殿と富士見櫓跡と水堀の一部分しか残ってないです。”小江戸”をぶらぶらしたついでに寄ってみる程度で充分です。

武田胆振守信玄餅様[2016年02月26日]
本丸御殿休館日に来てしまいましたが、100名城スタンプは市役所5階の観光課で無事に押せました。小さいサイズもありましたのでご安心を!

石田弾正大弼いしのすけ様[2015年10月23日]
本日、行ったら、休館でした( ;∀;)

100名城スタンプは、市役所の5F 観光課にあるとの看板が本丸御殿前にありましたので、行ってみました

スタンプは、大小あり、日本城郭協会のスタンプ帳に収まるものもありました。

シャチハタで、インク補充したばかりなのか、かなり、インクが濃かったです。
気をつけたつもりだったのに、対面の八王子城のところにくっきり、写ってしまいました( ;∀;)

あて紙を持参したほうがいいかもしれません。昔、6年ほど住んでいた川越ですので、懐かしかったです!

永眠武蔵守釋 葱進様[2015年08月11日]
市立博物館では、学芸員による定時解説が2回(平日)~4回(土休日)行われています。(他の時間帯も支障なければ個別対応可とのこと)
太田道灌の築城から明治期にいたる川越城と蔵の街の歴史を中心に、展示物を使いながらの解説となります。

城ノ内喰い鉄山城守夏葉様[2015年05月06日]
本丸御殿で入手したクリアファイルは、表は御殿の写真と城の縄張り、裏は全国の百名城のリストと日本地図がデザインされた優れものでした。

武蔵の獅子安房守様[2015年02月15日]
ウォーターボーイズの舞台となった県立川越高校が隣にあります。ちなみにここは県内no.2の進学校です。

鶴亀仙人様[2013年09月24日]
川越城は毎週月曜日(ハッピーマンデーの場合は翌日の火曜日)と第4金曜日が休館日なのでご注意下さい。
私はまんまと休館日に来てしまいました(^^;)
休館日でもスタンプは駐車場のおじさんから小片に予め押したものなら貰えます。
また、市役所の観光課に行けばスタンプがありますが、本物よりデカくスタンプ帳のマス目からはみ出るサイズです(>_<)
本物にこだわる方は開館日にお越し下さい。

オーロラブレス様[2013年06月07日]
川越城に行ったあとはうなぎがいいですよ!いちのやがオススメ!

素寒貧すっからかん杉様[2013年02月18日]
本丸御殿の駐車場は博物館等の五館共通で無料です。
駐車場にトイレはありますが、本丸御殿の中にもありました。
ここから富士見櫓跡と中ノ門堀跡も徒歩圏内です。
また本丸天神曲輪の三芳野神社は川越城築城以前からのもので、現在の社殿は三代将軍家光の幕命で酒井忠勝が寛永元年に建てたもの。ここは童謡『とうりゃんせ』が生まれた所と言われています。
車を停めたまま、川越観光のメインの蔵造りの一番街も歩いて行かれます。
また、本丸御殿の大広間には天下三槍の一つ結城家の御手杵の槍のカバー?(レプリカ)が展示されてます。川越藩の参勤交代時の馬印だったそうです。

傾奇揚げ仙兵衛様[2012年04月11日]
本丸御殿前の駐車場は無料ですが門限があります

かつおぶし武蔵守様[2011年08月03日]
ドラマ「JIN-完結編-」の撮影で本丸御殿が使用されたようです。

台本も展示されていて、河越藩でのワンシーンを読むことができました

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月25日]
[武将像]太田道灌像
川越市役所前に鎮座。

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月22日]
中ノ門堀は土塀も復元整備され、平成22年春から公開されています。写真アップしました。
また、現在本丸御殿の保存修理工事が進んでおり、見学できません。

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