難波田城(なんばたじょう)

難波田城の基本情報

通称・別名

南畑城、難波田氏館

所在地

埼玉県富士見市大字下南畑568-1

旧国名

武蔵国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

難波田高範

築城年

南北朝時代

主な改修者

上田氏

主な城主

難波田氏、上田氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁

指定文化財

県旧跡(難波田氏館跡)

再建造物

水堀、土塁、門、木橋、石碑、説明板

周辺の城

柏の城(埼玉県志木市)[2.8km]
道場城(埼玉県さいたま市)[4.3km]
御屋敷山(埼玉県さいたま市)[5.0km]
永田陣屋(埼玉県さいたま市)[5.4km]
真鳥山城(埼玉県さいたま市)[5.7km]

難波田城の解説文

難波田城(なんばたじょう)は、埼玉県富士見市南畑にあった城郭。埼玉県旧跡。

概要
富士見市東部の荒川と新河岸川の間の自然堤防上にある、難波田氏の居城である。鎌倉時代に村山党金子氏の金子家範の子、高範が当地を与えられ地名を苗字として館を構えたのが始まりと言われている。「新編武蔵風土記稿」には築城から廃城に至るまでだけでなく具体的に城郭の構造にも触れられており、「小田原編年録」の文化9年(1812年)の古図にも描かれている。河越夜戦で難波田氏の主家扇谷上杉氏の敗戦により難波田氏が没落すると上田朝直一族の上田周防守左近の知行地となり、支城として縄張りを広げ城郭を改築していった。しかし小田原征伐の武州松山城落城と共に廃城となった。

現在城跡は市の発掘調査後に「難波田城公園」として整備されている。市教育委員会の発掘調査によると古図とほぼ同様に三重の堀と本郭を中心に郭が同心円状に配置され、建物跡や倉庫跡が発掘された。

参考文献
西野博道 編『続・埼玉の城跡30選』埼玉新聞社 刊 ISBN 9784878892974
中田正光 著『埼玉の古城跡』 有峰書店新社 刊 ISBN 4870452227

難波田城の口コミ情報

ハチミツ式部卿様[2017年05月10日]
難波田城公園になっています。
敷地中央に難波田城資料館があり、
入館無料でした。
駐車場もあります。
私は車でしたが、東武東上線志木駅東口から、東武バス、ららぽーと富士見行き、「興禅寺入口」下車徒歩3分、
もしくは、鶴瀬駅東口から、市内循環バス「難波田城公園入口」下車徒歩2分だそうです。
公園内は、東西に長く、東側が難波田城の姿を復原した、城跡ゾーン、西側が古民家ゾーンになっています。
遺構は少ないですが、5~8月は、蓮やスイレンがとても綺麗で、ゆっくり散策できます。

従五位上右馬頭源義輝様[2015年09月22日]
敷地内の資料館で扇谷上杉家の重臣、難波田善銀の生涯が解説されています。主家を同じくする太田道灌とともに、主家の盛衰に関わった人物として興味深いです。

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