二条城(にじょうじょう)

二条城の基本情報

通称・別名

二条御所

所在地

京都府京都市中京区二条通堀川西入二条城町

旧国名

山城国

分類・構造

輪郭式平城

天守構造

複合式望楼型[5重5階/1606年築/改築]、複合式層塔型[5重5階/1624年改/焼失(落雷)]

築城主

徳川家康

築城年

慶長7年(1602)

主な改修者

主な城主

徳川氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、御殿、櫓、門、石垣、横堀(水堀)、庭園

指定文化財

国宝(二の丸御殿6棟)、国重要文化財(建造物22棟、御殿障壁画954面)、国史跡(旧二条離宮(二条城))(二条城二之丸庭園)、特別名勝(二の丸御殿庭園)、世界遺産(古都京都の文化財)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

本能寺(京都府京都市)[1.0km]
二条古城(京都府京都市)[1.2km]
聚楽第(京都府京都市)[1.3km]
小泉城(京都府京都市)[2.1km]
船岡山城(京都府京都市)[2.9km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

53 二条城

設置場所

大休憩所[地図

二条城の解説文

二条城(にじょうじょう)・正式名称元離宮二条城(もとりきゅうにじょうじょう)は、京都市中京区二条通堀川西入二条城町にある、江戸時代に造営された日本の城である。京都市街の中にある平城で、後述する足利氏、織田氏、豊臣氏、徳川氏によるものがあるが、現在見られるものは徳川氏によるものである。また、後の近代において二条城は京都府の府庁や皇室の離宮として使用された。城内全体が国の史跡に指定されている他、二の丸御殿(6棟)が国宝に、22棟の建造物と二の丸御殿の障壁画計1016面が重要文化財に、二の丸御殿庭園が特別名勝に指定されている。さらに1994年(平成6年)にはユネスコの世界遺産(世界文化遺産)に「古都京都の文化財」として登録されている。

徳川家康の将軍宣下に伴う賀儀と、徳川慶喜の大政奉還が行われ、江戸幕府の始まりと終わりの場所でもある。 また、後の近代においては大正天皇即位の儀式である大典の饗宴場として使用された場所となった。

さまざまな二条城
日本の歴史書において「二条城」と呼ばれることのあるものは複数ある。当時の二条大路は朱雀大路が廃れた後、都一の大路であり、足利尊氏から義満まで3代の将軍が二条に屋敷を構えたため、将軍家の屋敷を「二条陣」または「二条城」といった。室町時代に平安京の左京にあった唯一の城である。ちなみに右京にも唯一、「西院城(さいのしろ)」があった。二条城と西院城を平安京の両城ともいう。

1.室町幕府13代将軍足利義輝の居城。「二条御所武衛陣の御構え」。
2.室町幕府15代将軍足利義昭の居城として、織田信長によって作られた城。二条通からは遠く離れていた。ただし平安京条坊制の「二条」(二条大路と中御門大路(現椹木通)に挟まれた地域)には城域の南部分がわずかに含まれる。義輝の「二条御所」とともに「二条」の名を冠して呼ばれるのはこのためと考えられる。
3.織田信長が京に滞在中の宿所として整備し、後に皇太子に献上した邸「二条新御所」。二条通にも面さず条坊制の二条にも属していない。二条家の屋敷跡に設けられたための呼称と考えられる。
4.徳川家康が京都の守護及び上洛時の宿所として造営した城。後の近代には宮内庁の所管となり「二条離宮」と改称する。現在の元離宮二条城のことである。

現存する元離宮二条城は4の城である。1と2は同じ場所に造られたが連続性はない。1を「二条城」と称した例は当時から現代に至るまで無いが2の前史としてここに紹介しておく。2と3は同じものと見る説もあるが、『信長公記』その他の史料、及び発掘結果、残存地名などを根拠として別のものとするのが現在では通説となっている。2及び3について「二条城」と呼ぶのは4.が完成した江戸時代以降のことであり、4と区別する趣旨で「旧二条城」「二条古城」などと呼ばれることもある。この節では、近世以降の現在の元離宮二条城である4.の前史として1の「武衛陣の御構え」と2と3の「二条城」について略説する。

足利義輝の二条御所武衛陣の御構え
永禄8年(1565年)、戦国乱世のただなかにあって義輝は幕府の重鎮であった斯波氏の屋敷跡に自らの城を築いた。武衛とは斯波氏の職名を由来とし、その屋敷は洛中洛外図にも「ぶえい」として登場する。現在の旧二条城跡地の地名が「武衛陣町」であるのはこれを由来としている。堀もあったが完成寸前(「京公方様御館の四方に深堀高塁長関、堅固の御造作有り。未だ御門の扉以下は出来(しゅったい)せず」『足利季世記』)に三好三人衆らの襲撃を受け、義輝は落命した(永禄の変)。変後、跡地には真如堂が移された。

足利義昭の二条城
義輝の弟・義昭は織田信長の武力を後ろ盾として永禄11年(1568年)に上洛、将軍就任後は六条本圀寺を居所としていたが、翌12年(1569年)、三好三人衆による襲撃を受けた(本圀寺の変)。この時は京都にいた信長家臣団および義昭の側近らの奮戦により防戦に成功するが、この報を受けた信長はさらに防備の整った城の必要性を認識し、義昭のために築城をすることを決めた。場所は義輝の武衛陣の城のあった地を中心に北東に拡張して約400メートル四方の敷地に2重の堀や3重の「天主」を備える城郭造の邸宅とした。

信長自身が普請総奉行として現地で陣頭指揮を執り、御殿などの建築を統括する大工奉行には村井貞勝と島田秀満が任じられた。建物の多くは本圀寺から移築され(フロイス『日本史』)さらには屏風や絵画などの什器までも本圀寺から運び込まれ、細川氏一族で分家・細川典厩家の細川藤賢邸から、文字通り「鳴り物入り」で名石「藤戸石」が搬入された。築城は約70日という短期間で終え、その年の4月に義昭はここに本拠を移した。この城の石垣には京都中から集められた墓石や石仏も使われた。山科言経は「石くら」に驚嘆している。石くらとは石垣のことで、この城が初めて本格的に石垣を積んだ城であったことを示している。周辺からは金箔瓦も発掘されており急ごしらえにしては豪壮な殿舎であったと考えられている。当時は「武家御所」「武家御城」「公方様御構へ」などと呼ばれていた。なお元亀3年(1572年)3月、信長は義昭の強い勧めもあってこの城の北方、武者小路辺に自らの屋敷を着工している(未完成)。...

二条城の口コミ情報

うめさん左兵衛佐様[2018年09月17日]
台風21号の影響で、庭園や本丸へは立ち入りが禁止されており、現在は二の丸のみの拝観となっています。その分、料金は400円となっていますが…久しぶりに行ったのに残念でした。いつまでかは確認してませんので、お出掛けの際は確認して下さい。

知らんけど征夷大将軍クララ姫様[2018年08月14日]
【二之丸御殿】の正式な漢字表記について。
『二の丸』や『二ノ丸』と表記されることがあるため、二条城事務局(京都市)に正式表記を確認。『二之丸』表記が正しいとの回答でした。

尾張守せんとくん様[2018年08月13日]
百名城スタンプを押そうと城めぐアプリのスタンプ設置場所の印の天守台近くにあるはずの大休憩所を探したら、そこではなくたまたま掃除をしている職員に聞いたら、東大手門の入口の右側にあると教えられ行ったらシャチハタ式のスタンプがありました。

そのスタンプを見たら印影がかなり劣化しており、押してみたらインクが薄く、インク飛びもあり、平行も取りにくく綺麗に押せません。

諦めて帰ろうとしたら、東大手門の出口の右側に案内所があり、そこにも百名城スタンプがありました。
そこのスタンプはスタンプ台のインクをスタンプにつけて押すタイプで、大休憩所のスタンプに比べてかなり綺麗に押せます。

兵部卿織田晃司⑪③中国オフ様[2018年02月12日]
二条城南側と東側に駐車場がありますが8:20開錠(違ってたらごめんなさい)なので早く行きすぎても停める事ができません。

入場券販売開始8:40 入城はきっちり8:45なので少し待たされました。

開城と同時で一目散に唐門へ行き撮影。すぐさま二の丸御殿を撮影。
一番槍のご褒美で写り込み無しの定番アングルを撮影することができました(もちろん唐門に戻りゆっくりと拝見しました)

2018/02/11では国許に帰ってた大名たちも二条城に戻り、将軍・慶喜公の大政奉還を聞いておりました(笑)

小学校の修学旅行で印象のあった「鶯張り」も健在でした。

城というより当時の貴賓館といった造りで防御という概念のない城です(あくまで個人的な感想です)

摂津守@秋刀魚に赤星様[2017年11月28日]
城郭説明にもあるように、西洋の方位磁石により縄張は堀川通に対し3度傾きがあります。
794年平安京建都の時に、北極星を北の目印に定め、碁盤の目の路を造営され、縦に走る路は、南北の軸に対して平行に造られました。
時を経て1602年二条城を造営した時は、当時先端技術の方位磁石を使い測量されましたが、当時の方位磁石が指す北は、北極星に対して東に3度ズレていたため、堀川通に対し少し傾いたそうです。ちなみに方位磁石の指す北は年々変化し、今の方位磁石の北は、北極星より西に7度くらい傾いているそうです。

以上、二条城を散策される時のコネタまで。
これから京都は底冷えの季節、散策後は生姜たっぷりのたぬきうどんが合います。

マッシュ淡路守飛鳥様[2017年05月08日]
城というよりはどちらかというと御殿、屋敷といった印象を受けました。
遺構は火事や落雷で焼失したものも多く、本丸御殿にはもうこりごりだと言わんばかりに避雷針が建っていました。
城内西側に織田信長の旧二条城石垣があるのですが、ひっそりとしているので少し見つけにくいかもしれません。
また、平成29年7月31日まで東大手門、東南隅櫓の特別公開をしていますが、日によって修復担当者の説明を受けられたりもします。

金森出雲守様[2017年04月15日]
東大手門と東南隅櫓の内部が特別公開中です。7月31日まで。入城料と別に400円のチケットを東大手門脇で購入してください。

青き巨星弾正忠かみさん様[2017年02月08日]
お城メダルの自動販売機は大休憩所にあります。
1種類です。

青き巨星弾正忠かみさん様[2017年02月08日]
現在二条城の二の丸御殿中庭が大政奉還150周年記念で特別公開中です。
警備員さんの話では平成29年3月下旬までとか。
ちなみに二の丸御殿大広間の大政奉還を再現した人形たちは現在帰藩していまして1人もいません。(正しくは色の塗り直しとのこと)

まるき〜淡路守様[2016年05月12日]
二条城の入城時間は夕方16:00までです。
16:00を回るといかなる理由があろうとも





(=゚ω゚)ノ
ツーか券売所が閉店ガラガラです。
駐車場はウェルカムなのに…

入り口〜出口は警備員さんにより堅固に守られています

泣きっ面で100名城スタンプを押しに来たと震える声で伝えた所
「せっかく来たのにな、スタンプ帳出して」と笑いながら手をさし出してくれスタンプ帳を持って城内に…
「今日のは例外だからね」と
皆さんはこういう事の無いように時間に余裕を持って二条城を訪れて下さい
そして隣接する駐車場は停めてから2時間までは800円
1時間増すごとに+200円となっております。
わずか10分停めても800円です(泣

一見さんには厳しおすな〜
京都の優しさと厳しさを垣間見ました。

とめ様[2016年02月29日]
2月下旬に訪れました。
現在入口になっている門が修復中で見られませんが、中の梅園は美しいです。
清水寺などと比べるとやや観光客も少なかったかな、とおもいますがやはり京都、人が多いです。平城とあって階段は少なく、二の丸は車椅子の方も見学できるようなスロープがありました。(本丸跡はすぐ手前に急な階段がありますが…)
二の丸内では部屋の前に設置されているボタンを押すと日本語で説明が流れます。中は広く、天井や戸、欄間の装飾が部屋ごとに異なる所も見どころです。特に老中の間とその他の間との違いがわかりやすいかなとおもいます。

庭園は松が多いのでそれほど寂しい雰囲気にはなっていませんでした。また、冬支度をした蘇鉄が他の日本庭園ではなかなか見ないような姿で面白いです。

まるき〜淡路守様[2015年02月01日]
二条城、想像していたよりかなり広いお城でした、二の丸御殿の中は見応え十分です。撮影禁止になっているのでしっかりと目に焼き付けましょう!
入城は大人600円かかります、パンフレット等は御殿入り口にあります。

邦順大和守大八郎宗久様[2015年01月12日]
二条城の東側、堀川には二条城外堀の石垣が史跡護岸として残されています。

見学費無料なので是非一度!

杏仁中務大輔豆腐様[2014年12月12日]
また、1口200円から1口募金城主を受け付けています。1口につきバッジが1つ、一気に5口だと5種類のバッジとステッカー、さらに5口毎にスタンプ1つ、10コ(つまり1万円)で1年間、二条城への入城が無料になります。

杏仁中務大輔豆腐様[2014年12月12日]
現在、東大手門が工事中で入口が北大手門に変わっています。地下鉄二条城前からはやや離れています。

徳川内大臣源朝臣康武様[2012年07月28日]
平成24年7月28日~9月23日まで、東京都の江戸東京博物館にて、『二条城』展が開催されます。

しまさ内大臣様[2012年02月26日]
「100名城スタンプ情報」
元離宮二条城事務所
(2012/1/30時点)

権大納言M三郎様[2011年07月19日]
二条城の正面を観ると、直線的な塁線、切石を用いた切込接布積の石垣、白亜の巨大な城門、初重中央に石落しを配した塗籠の二重櫓など、美しく迫力があり、徳川系城郭の特徴をよく伝えています。二の丸御殿や門から塀、庭園に至るまで格調高く、さすが世界遺産。見応えがあります。一方、本丸は整備年代などの違いからか、石垣など下部構造が重厚で秀逸なわりに城門は装飾性に乏しく、意外に機能重視との印象でした。難を言えば、外周の植え込みや城内の立入規制で外周部城内外が見え難いです。もっと見たい。改善お願いします

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