砂久保陣場(すなくぼじんば)

砂久保陣場の基本情報

通称・別名

砂久保陣所

所在地

埼玉県川越市砂久保字見付

旧国名

武蔵国

分類・構造

平城

天守構造

なし

築城主

上杉憲政

築城年

天文14年(1545)

主な改修者

主な城主

上杉憲政

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

市史跡(砂久保陣場跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

川越城(埼玉県川越市)[4.5km]
河越館(埼玉県川越市)[6.0km]
城山砦(埼玉県狭山市)[6.7km]
難波田城(埼玉県富士見市)[7.9km]
永田陣屋(埼玉県さいたま市)[8.3km]

砂久保陣場の解説文

天正15年(1546)のいわゆる川越夜戦の時のことである。山内上杉憲政は前年の14年9月末からこの砂久保に陣をとり、先勢をもって川越城をせめさせた。

また、足利晴氏(古河公方)も加勢して川越に出馬し、その総兵力は8万余騎と称された。

しかし、川越城の北条綱成は、わずか3000の兵をもって翌15年4月までよく持ちこたえていた。やがて援軍にかけつけた北条氏康の8000の兵は、4月20日の夜半に憲政の陣を急襲して敗走させ川越城を救援するに至った。

この砂久保は川越城の南西約4キロのところにあり、正保の頃(1644~1648)に開墾された村であるが、この合戦の当時は広漠たる原野に過ぎなかった。ただ、砂久保という地名に導かれて史跡としたわけで、標示は便宜上字地内の稲荷神社境内に建てられた。

提供:川越市教育委員会文化財保護課

砂久保陣場の口コミ情報

津軽加賀守為信様[2011年08月21日]
今は、砂久保稲荷神社があります。
河越城の救援のために出陣した北条氏康が着陣した地がここです。

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