虚空蔵山城(こくぞうさんじょう)

虚空蔵山城の基本情報

通称・別名

会田虚空蔵山城、会田城

所在地

長野県松本市中川

旧国名

信濃国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

岩下(会田氏)?

築城年

不明

主な改修者

主な城主

岩下(会田氏)?

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切、竪堀

指定文化財

再建造物

周辺の城

稲倉城(長野県松本市)[7.7km]
青柳城(長野県東筑摩郡)[7.7km]
平瀬城(長野県松本市)[10.2km]
麻績城(長野県東筑摩郡)[12.0km]
桐原城(長野県松本市)[14.3km]

虚空蔵山城の解説文

※この城郭は2020年4月6日に名称と位置が変更となりました。

虚空蔵山城(こくぞうさんじょう)は長野県松本市会田・中川にあった日本の城(山城)。

概要
虚空蔵山城は、会田盆地の北に聳え地域のシンボルともなっている独立峰虚空蔵山(標高1139m)にある山城である。山のほぼ全域南北800m、東西440mの範囲に複数の城が分布する城塞群と呼ぶべき壮大な構えで、比高は300mに達する。個々の城は山頂の峯ノ城、山腹の秋吉砦、中ノ陣城、南西尾根の砦、十二原沢上流の平場群などからなり、山麓の会田地区にあったと伝わる会田氏居館の詰城とされる。

虚空蔵山から西に続く尾根上にあるうつつ城や、花川原峠を挟んで北西に対峙する唐鳥屋城も広い意味では虚空蔵山城と一体的な関係にあった城とみることができる。

中ノ陣城は曲輪の周囲に鉢巻状に石垣を巡らせる。また、曲輪の背後に高土塁を築いて尾根後方からの攻撃に備えており、桐原城埴原城など松本周辺を中心とした旧小笠原氏領域の山城によく見られる構造をしている。 秋吉砦は小規模な曲輪ながら、前方に土塁や石塁を伴う3本の長大な竪堀を配している。

十二原沢上流の平場群は、中ノ陣城と秋吉砦に挟まれた標高920m前後の谷間には長さ40m~50m、幅10m前後の短冊形の平場が雛壇状に6段連なり、その東西を区切る土塁も含めて総石垣の構えとなる重厚な縄張である。平成24年~28年に3回の発掘調査が行われた結果、15世紀の寺院を前身として16世紀に城郭に整備されたことが判明しており、その規模や石垣のあり方からみて、虚空蔵山城の中心域は従来指摘されてきた中ノ陣城ではなく、この平場群である可能性が高まった。特に注目される石垣は、松本地域の山城に特有の平石積みの構造が見られるほか、群馬県の太田金山城に見られるアゴ止め石と同様な土台石や巨石の使用などの特徴がみられる。

歴史
会田氏は真田氏と同族で、東信濃の滋野氏を祖とする海野氏(岩下氏)がこの地に入ってきたもので、会田の領主であるとともに伊勢神宮内宮の会田御厨の地頭でもあった。戦国時代は府中小笠原氏の下で国衆として所領の経営にあたったが、天文19年の武田晴信(信玄)の松本平侵攻に続く天文22年の虚空蔵山城侵攻を契機に武田氏に降った。しかし、天正10年3月の武田氏滅亡と6月の本能寺の変による政情の混乱の中で上杉氏に与したため、7月に府中(松本)帰還を果たした小笠原貞慶によってその年11月に一期城において滅亡に追い込まれた。

虚空蔵山城は、戦国時代を通して会田盆地と筑北盆地の境目の城として政治的に重要な位置にあった。その一方で、虚空蔵山は古くからの信仰の山でもあり、現在も巨岩の洞窟に鎮座し虚空蔵菩薩を安置する岩屋神社がある。十二原沢上流の平場群も元々は山寺であり、戦国時代の不安定な情勢の中で聖地に築かれた城としても大変興味深い。

交通
松本市役所四賀支所から自家用車10分または徒歩1時間

情報提供:松本市教育委員会

虚空蔵山城の口コミ情報

カーネルさん[2019年03月07日]
林城の南西に下山したら、林小城との間の狭い舗装路を北西へ向かいます

「旧真観寺跡」の標識を過ぎた先に林小城の登山口があります。動物避けの柵を越え地獄の釜を左に見ながら登る

雪で道がよく分からない・・・。けど見上げると看板があったのでそのへ向かうと、林小城→の標識

右折しても、雪で道がよくわからないので、標高を上げずにトラバースするように山をまくと尾根にでて、尾根を登る下からの道に合流

ここからは、道は明瞭でした。あとは登ると石垣がわんさかと出てきて、石垣の上が主郭です。こちらも土塁の囲まれていて反対側に下ると、堀がありました

堀から道を下ると、主要道に合流するのでこれで下りましたが、雪のせいで1回道に迷いました

最後は柵を超えて舗装路に出て、松本駅に戻りました。松本駅から林城と林小城を経て松本駅に戻り200分でした

赤いRVR右京大夫@松本さん[2011年12月08日]
近年周辺町会で登城路が整備され、とても登りやすい。ただ、駐車スペースは近くにないので、少し離れた千鹿頭(ちかとう)神社の駐車場に止めるしかないか。
登城路は、山の西側から案内板に沿っていけば迷わずたどり着きます。途中雄大な竪堀を見ながら登ると15分位で主郭の前に出ます。登城路以外の場所にも遺構は多くありますが、少し分かりづらいかも。主郭を取り巻く石積みは見事。そこからの眺望もよい。

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