平瀬城(ひらせじょう)

平瀬城の基本情報

通称・別名

平瀬城[本城・北支城・南支城]

所在地

長野県松本市島内下平瀬

旧国名

信濃国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

平瀬氏

築城年

戦国時代

主な改修者

武田信玄

主な城主

平瀬氏、原虎胤(武田氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、石積、土塁、堀切

指定文化財

市特別史跡(平瀬城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

稲倉城(長野県松本市)[4.9km]
松本城(長野県松本市)[5.7km]
井川城(長野県松本市)[7.3km]
林小城(長野県松本市)[8.7km]
林城(長野県松本市)[8.9km]

平瀬城の解説文

※この城郭は2019年4月6日に名称と位置が変更となりました。

平瀬城(ひらせじょう)は、長野県松本市にあった日本の城。

概要
平瀬城は小笠原氏の家臣平瀬氏の城であった。小笠原長時は天文19年(1550年)、武田晴信に攻められて本城である林城を捨ててこの平瀬城に撤退し、その後、村上義清を頼り葛尾城に落ちていった。砥石崩れにより武田氏は村上方に敗れたが、その機会に再び小笠原長時は村上義清の援助を得て平瀬城を奪還した。天文20年(1552年)平瀬城は武田晴信により落城し、城主の平瀬義兼は自刃した。晴信は平瀬城を改修し原虎胤に守らせた。天文22年(1553年)、筑摩郡は武田氏がほぼ平定したため、平瀬城は廃城となった。

平瀬城の口コミ情報

沼田上野介さん[2019年04月07日]
主郭までの登山道では連続した曲輪が見られます。
主郭より東の登山道では主郭と二の郭を隔てる連続した堀切、二の郭の東側の大きな堀切とそこから続く竪堀、さらに登山道を登っていくと堀底状通路跡がはっきりと観察できます。

沼田上野介さん[2019年04月07日]
登城口の南に3台分ほどの駐車場有り。
登城口から主郭までの登山道は地元の方により整備されておりますが、傾斜があり、乾燥していると滑りやすい土ですので注意が必要です。
登山口にある杖を借りるかストックを持って行った方が良いでしょう。
また、主郭の東側から連続堀切の土橋、二の郭を通り東側の稜線を登ってゆき、上にある市道まで続く、北支城への道跡の登山道も整備されています。北支城までは続いていませんのでそちらへ向かうにはこの市道付近から北支城への稜線を歩く必要があります。
南支城へは主郭への登山道の途中に分岐の看板はありますがそちらへの道は整備されていないため山をよじ登る準備が必要です。

⛫武蔵の出雲守の謙さん[2019年04月07日]
国道19号線に案内板有ります。JR篠ノ井線をくぐると道は狭いですが、専用駐車場にたどり着きます。トイレなし。登山口付近に案内板、ポストの中には縄張り図や資料が入っています。登山用の杖も備えてあります。登城路も整備されていて20~30分で平瀬本城主郭部にたどり着きます。

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