平瀬城(ひらせじょう)

平瀬城の基本情報

通称・別名

平瀬城[本城・北支城・南支城]

所在地

長野県松本市島内下平瀬

旧国名

信濃国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

平瀬氏

築城年

戦国時代

主な改修者

武田信玄

主な城主

平瀬氏、原虎胤(武田氏家臣)

廃城年

遺構

曲輪、石積、土塁、堀切

指定文化財

市特別史跡(平瀬城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

稲倉城(長野県松本市)[4.9km]
松本城(長野県松本市)[5.7km]
井川城(長野県松本市)[7.3km]
林城(長野県松本市)[8.9km]
桐原城(長野県松本市)[9.0km]
虚空蔵山城(長野県松本市)[10.2km]
山家城(長野県松本市)[11.9km]
埴原城(長野県松本市)[12.5km]
中塔城(長野県松本市)[12.9km]
小岩嶽城(長野県安曇野市)[13.2km]

平瀬城の解説文

平瀬城(ひらせじょう)は、長野県松本市にあった日本の城。

概要
平瀬城は小笠原氏の家臣平瀬氏の城であった。小笠原長時は天文19年(1550年)、武田晴信に攻められて本城である林城を捨ててこの平瀬城に撤退し、その後、村上義清を頼り葛尾城に落ちていった。砥石崩れにより武田氏は村上方に敗れたが、その機会に再び小笠原長時は村上義清の援助を得て平瀬城を奪還した。天文20年(1552年)平瀬城は武田晴信により落城し、城主の平瀬義兼は自刃した。晴信は平瀬城を改修し原虎胤に守らせた。天文22年(1553年)、筑摩郡は武田氏がほぼ平定したため、平瀬城は廃城となった。

平瀬城の口コミ情報

2020年11月05日 内記がすりヾ(・ε・。)
平瀬南支城[平瀬城  周辺城郭]



さて、一体どれぐらいの方がこの情報を必要としているのか解らないですが、自分にとっては10ヶ月ぶりにもやもやが解消したことから口コミします。

前回は城域を勘違いして討死しましたが、今回無事にリア攻めを終えることが出来ました!自分の中では苦手な印象になってしまい再訪するのも躊躇してたんですが、冷却期間て必要ですね〜事前勉強もしっかりして落とすことが出来ましたわ…

このお城の最大の問題点は登城路が無いことです。比高は約110mで平瀬本城よりも低いんですが、山側はどこへ通じるかも判らん山塊、北東西は急峻な斜面、北と東には沢まで付いてます。特に東側の沢が問題でして、この沢脇の斜面を直登するのが一般的?らしいですが、土が水分を多く含んでいる上に崩れやすく、木に掴まろうにも殆どが枯木や枯根で登るのが非常に困難…泥だらけになりますわ…今回自分は帰りに竪堀を下りてしまったので再びこの沢脇の斜面に挑戦したんですがやっぱり泥だらけ…下りも厳しいです。

でもネットで検索してたら別に攻め易い方法があったんす。行かれる方は以下を参考にして下さいまし。

Googleマップで平瀬南支城を検索すると位置がずれてるんですが目標にはなります。この近くに「八王子神社」という神社が表示されるのでそこに向かって下さい。後は神社裏を直登するだけですw神社はお城の西麓にあるので上を目指せば城域に入ります。急峻ではありますが木々が元気なので直登し易く、よく見りゃ誰かが山に入ったような跡(道とは決して言わない。)も付いてるじゃないすか!途中写真にあるよな断崖の岩場にぶち当たりますが岩場の向かって左に出る事を意識すれば大丈夫っす。尾根に出れば城域の丁度北端に到着、此処からは平瀬本城が俯瞰出来ます。

そもそも平瀬南支城への案内板の立ち方に問題があるんす。決して間違ってないけど多くの方にとっては悪夢でしょう。お城は武田の匂いも感じさせてくれる素晴らしさなので実に勿体ない…こんなに判り易い集合竪堀なんて他では滅多に見る事が出来ないですよ〜登城路造りを無給で手伝ってもよいので是非お願いしたいところです!

2020年11月01日 内記がすりヾ(・ε・。)
平瀬南支城[平瀬城  周辺城郭]



平瀬南支城は平瀬城の南約400m、南沢と言う沢を挟んだ山塊支尾根に主郭が存します…

て、行ったことねぃくせに語るんじゃね〜wいやいやあのですね…今年の1月30日にこのお城を目指したことは間違いないんす。先人様のブログを参考に南支城の案内板から沢筋に沿って登城、竪堀を使って城域には入ったと思ってたんす。ただその後、縄張図と現地を照らし合わせてみると訳解らん…不安も感じたのでそこで撤退…不完全燃焼に終りました。今回、塔ノ原城に行った際にもう一度リベンジを果たそうと思ってたんですが、日が暮れてしまい断念、自分の中のもやもやは晴れませんでした…

しかし改めて縄張図を確認すると重大なミスを犯していたことが判明…沢を登って右手に見える尾根にお城があるんですが、自分は左手に見える山塊を登っていたという…我ながら阿保♪さ加減に呆れ返りましたわ…全く縄張図に関係ない所を城域と判断してましたw

じゃぁ自分が登った竪堀は何だったんでしょかね。これ竪堀としては曲げも伴う超一級品でして、遺構としては消失しやすい部類に入る竪堀としては残存率が極めて良好です。竪堀の頂部は虎口状になっていて、そこからは割と広めの削平地が連続してました。自分は此処から更に山側へ登っていったことにより城域を完全にロストしましたが、この辺りはいかにもな謎地形でした。

南支城はひょっとしたら主郭部の北東を流れる沢の対岸にも尾根を介して続いていたんじゃないのかなと疑問を持った次第です。今となったら確かめる術はないと思いますが、ひょんなことから生まれた疑問故今回書き留めておきます。

※写真はその時のものです。完全に縄張図からは外れてますが、皆様の心眼で御判断願います。

2020年10月30日 内記がすりヾ(・ε・。)
塔ノ原城[平瀬城  周辺城郭]



塔ノ原城は平瀬城の北方約7.0km、安曇野市民に親しまれている長峰山から派生する支尾根の一つ、標高約750mの位置に主郭が存します。築城者は小県郡海野氏の庶流の者と伝わり、地頭職を経て在地、国人領主化、地名を取って塔原氏を名乗ったようです。

お城への行き方ですが、比高は200m位で地図上からも簡単に行けそうな気がするんですが、この辺の山塊の西側、犀川に面する方は大概が急傾斜崩壊危険区域に指定されていて直登はほぼ不可能です。しかし距離は結構あります(2.5km弱?)が、県道302号線から分岐する対面通行可能な舗装林道がお城の近くまで付いてますので、Googleマップにもある金○池を目標に設定して下さい。此処は広場になっていて駐車も可能です。この広場の入口付近に長峰山に通じる北へ方角を取る未舗装林道が分岐しますので徒歩で向かいます。分岐から約5分でお城の案内板をきっと見つけることが出来るでしょう。ちなみに軽四駆なら此処まで車で行くことが出来ますが、転回は保証出来ません。

つまりはお城の最高所まで車で行けるんです…ただ初めて登城した時には案内板からどっちがお城なのか解らず、思わず長峰山に進路を取ってしまいましたw結構登ってから失敗に気付き、去年の自分は文句たらたらでしたね〜まぁ独り言ですがw

お城はつまんない説明はしないことに…ググると神が書いた俯瞰図を引っ張り出せるので是非ご覧あれ!扇の形の集合竪堀が凄いでしょう!ただ現況は堀切としてきちんと確認出来るのは4条ぐらい、竪堀は藪と倒木、急傾斜で辿る気を失います。たぶん下りたら登るはめになるのでやめときましょう。又、主郭から北側には帯郭のような段郭を多数連ねていますが、西側端部を竪土塁で繋げており、途中で土塁が切られたりもしています。面白い造りなので是非現地で確認してみて下さいまし。

とても楽に行けるお城なので皆様も是非!紅葉も来週は随分と進んでいることでしょう。

※止め山ですが別目的ならOK♪(ハイキングコースでもある。)熊はこの山にはたぶん居ないそうです。

2020年02月04日 内記がすりヾ(・ε・。)
平瀬城



平瀬城には本城と北支城、南支城があります。本城から帰る時に登城口付近を自転車でうろうろしてるお爺ちゃんに話を聞いたのですが、北支城は道が無く、お城も崩れまくっているので行ってもしょうがない。南支城は堀が凄いけど、やっぱり道が無いとのことでした。地元有志で南支城への登城路を造る予定があったそうですが、今は頓挫した模様です。南支城へは本城の登城路に分岐があって案内板も立っているんですが、指し示す方向は山から流れてくる沢でして、思わず誰でも「これを行けと!?」とか呟くと思います。沢に沿って60°位の斜面を斜めに登って行きますが、枯木しか無い上に斜面が崩れまくり、生えてる枯草を束ねて手で掴んで支点を取ったりする有様で、いい大人が登城3分位で泥だらけになったりします。しかもその3分で登れるのは5mにも満たないという…気持ちが折れまくりますが、進むと後戻り出来ないので覚悟を決めて下さい!沢に降りればとか思ったりしますが、砂防堤が所々あって行手を阻むのでやめときましょう。沢の平場に出るまで我慢です!距離的には本当に大したことないけど30分位掛かりました。平場に出ると竪堀末端が見えるので、自分はこの竪堀を使って攻め込みました。ただこの竪堀、獣も利用してるらしくこの時期でも十分不安な気持ちになります。

さて…冒頭のお爺ちゃんとの話にも戻るんですが、南支城に行くには平瀬城登城路入口の南側に位置する住宅の裏山(ちなみにこの裏山、城域外ですが、竪堀が数条付いていて住宅地から確認出来ます。)を直登して尾根に出るのが1番よいらしいです…先に会っときゃよかったのに…もしくは分岐の案内板の背後の斜面を直登した方がなんぼかましです。

…自分城域内に入ったのは間違いなかったのですが、縄張図とコンパスを読み違えて訳解らなくなってお目当ての遺構に出会えずじまい、直感でどことなく意味の無い不安も感じてしまい撤退、不完全燃焼に終わりました。現在、南支城に一緒に行ってくれる方を募集中ですw完全に攻略しましたら南支城のスポット作成したいと思いますw

2019年04月23日 沼田上野介
平瀬城登城口の説明板[平瀬城  碑・説明板]



登城口には平瀬城の歴史、構造の概略が書かれた説明板があります。
掲示板右側が主郭へ向かう遊歩道です。
ここには貸出用の杖やパンフレットも置いてあります。

2019年04月23日 沼田上野介
平瀬城跡駐車場[平瀬城  駐車場]



平瀬城跡へ登城する方用の駐車場
登城口は駐車場から北へ約50mです。

2019年04月07日 沼田上野介
平瀬城

主郭までの登山道では連続した曲輪が見られます。
主郭より東の登山道では主郭と二の郭を隔てる連続した堀切、二の郭の東側の大きな堀切とそこから続く竪堀、さらに登山道を登っていくと堀底状通路跡がはっきりと観察できます。

2019年04月07日 沼田上野介
平瀬城

登城口の南に3台分ほどの駐車場有り。
登城口から主郭までの登山道は地元の方により整備されておりますが、傾斜があり、乾燥していると滑りやすい土ですので注意が必要です。
登山口にある杖を借りるかストックを持って行った方が良いでしょう。
また、主郭の東側から連続堀切の土橋、二の郭を通り東側の稜線を登ってゆき、上にある市道まで続く、北支城への道跡の登山道も整備されています。北支城までは続いていませんのでそちらへ向かうにはこの市道付近から北支城への稜線を歩く必要があります。
南支城へは主郭への登山道の途中に分岐の看板はありますがそちらへの道は整備されていないため山をよじ登る準備が必要です。

2019年04月07日 ⛫武蔵の謙
平瀬城

国道19号線に案内板有ります。JR篠ノ井線をくぐると道は狭いですが、専用駐車場にたどり着きます。トイレなし。登山口付近に案内板、ポストの中には縄張り図や資料が入っています。登山用の杖も備えてあります。登城路も整備されていて20~30分で平瀬本城主郭部にたどり着きます。

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore