稲倉城(しなぐらじょう)

稲倉城の基本情報

通称・別名

所在地

長野県松本市稲倉1510

旧国名

信濃国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

赤沢氏

築城年

建武2年(1335)頃

主な改修者

主な城主

赤沢氏

廃城年

遺構

曲輪、帯曲輪、横堀(空堀)、物見台跡

指定文化財

市特別史跡(稲倉城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

平瀬城(長野県松本市)[4.9km]
桐原城(長野県松本市)[7.0km]
松本城(長野県松本市)[7.0km]
虚空蔵山城(長野県松本市)[7.7km]
林城(長野県松本市)[8.0km]
井川城(長野県松本市)[8.8km]
山家城(長野県松本市)[9.4km]
埴原城(長野県松本市)[12.0km]
青柳城(長野県東筑摩郡)[15.3km]
小岩嶽城(長野県安曇野市)[16.9km]

稲倉城の口コミ情報

2020年12月26日 内記かずりヾ(・ε・。)
猿ごや[稲倉城  周辺城郭]



猿ごやは稲倉城の北東約2.0km、標高1095mの山塊尾根上に主郭が存します。北麓を通る県道181号線からの比高は約330mあります。

行き方は北麓に信州ゴールデンキャッスルという西洋風のお城(門番はドラゴン退治中のSt.Georgeっす。)が建ってますので目標に設定して下さい。ちなみにこのお城の築城者は木下藤吉郎…養老乃瀧グループの創始者です。要らん情報ですが出身地らしいですね。話が脱線しましたが、このお城の裏が庭園になってますので最南端まで行きましょう。すると正面、西方へ延びる尾根にぶつかりますのでこれが登城路となります。獣柵ゲートを開けてひたすら尾根筋を進めば城域に入ることが出来ます。

信濃では猿と鬼が名前に付くお城は難城と考えて頂いて構いません。自分はめぐら〜として覚醒する前に真田町の鬼ヶ城に行った事がありますが、これがそもそもお城なのかも判らんし、あまりの軽装にクライマーの方に爆笑されるという屈辱を味わいましたw純粋にお城を楽しむというめぐら〜にとって費用対効果が極めて低い上に危険も伴うという行為は決して勧められるものではありません。ただこの猿ごやはお城として遺構がしっかりしてる上に比較的安心(迷わない。)して行けるので、体力に自信のある方は是非訪ねて頂きたいです。

登城路?は急坂です。比高もあるので早めに登山トランス状態に自分を追い込みましょう。何も考えず上を見ないで足元だけを見て前へ進みましょう。幸い尾根を登り切れば城域に入り、ここからのアップダウンは堀切ぐらいですので頑張るのみです。落葉と雪のおかげで手を着きまくりましたがお宝が待っててくれました。

お城は素晴らしいっす。南北に比較的長く痩せ尾根に造られていて、郭間の輪郭がはっきりしていて感動します。堀切竪堀は切れまくりだし主郭(岩盤だ…)のバベルの塔の様な存在感も素晴らしい!主郭にはびっくりすることに崩れてますが小さな祠があるので祈っておきましょう。自分は無神論者ですが山には神様が居ることを時々実感します。ちなみに自分が祈った後に雪が本降りになりました…ただ主郭に上がるにはちょっとした勇気(危険です。)が必要です。

そういえば城域を縦断するように雪の上に獣の足跡が付いてました。奴じゃないと思うけどそういう場所なので装備は万全に…人を寄せ付けない場所にお宝ありっすね!


2020年12月25日 内記かずりヾ(・ε・。)
掻揚城[稲倉城  周辺城郭]



掻揚城は稲倉城の北東約2.9km、戸谷峰から延びる山塊支尾根端部に主郭が存します。何だか美味しそうな名前ですが、掻き揚げ城とは「おろそかに構えたる城」を意味するらしく、お城に行っても特にさくさくした食感を味わえる訳ではありません。

お城は標高904mで比高約120m、行き方ですがGoogleマップに表示されるので北東麓まで行きましょう。お城からは北東に向けて尾根(途中から段郭が続く。)が延びていますのでこれに取り付きます。後は頑張って直登して下さいまし。適当な説明で申し訳ないですが、何ていうか目標となる物が無くてwただ獣柵があるので東麓にある沢脇の道を150m程進み、獣柵ゲートを開けて東から回り込む形で尾根に取り付いた方が楽だと思います。

お城の北麓には保福寺街道(律令制の東山道)が東西に走り、これを監視する目的で築城されたことは明白です。この往還は旧四賀村と青木村を結ぶ峠道で、小笠原氏の信濃守護時代は直接支配領域の北東端に当たり、天正壬午の乱の際には小笠原氏と真田氏との境目になりました。江戸時代になると中山道が開通され保福寺街道は北国脇往還の地位に転落しますが、松本藩主はこれを使って参勤交代しており、付近にある「殿野入」の地名はたぶんその名残りなんでしょか。ちなみに保福寺峠は地理上の分水嶺の一つでもあります。

重要な場所にあるこのお城ですが砦規模の縄張です。主郭には石積み付きの土塁が目立ち、主郭周りには崩落石が多数散見されることから往時は随分と派手目だったかもしれません。結構な数の段郭が付いてますが、ほぼ単郭で堀切と竪堀で山側を遮断しています。堀切は埋まり気味ですが、素晴らしいのは4条ある竪堀のうちの3条でして、そのうちの2条は東麓付近まで並走して落ちる長大なものでした。

何となく林大城の支城、水番城を思い出しましたが、全体的にはそれよりも随分と甘い感じ…施工主は小笠原氏だと思うのでマニアは是非コレクトしてみて下さいまし。

2020年12月12日 内記かずりヾ(・ε・。)
三才山砦[稲倉城  周辺城郭]



三才山(みさやま)砦は稲倉城の南東約1.9km、戸谷峰から西に延びる山塊支尾根のピークの一つ、標高約1105mの位置に主郭が存します。この砦は同地を領していた小笠原氏の庶流、赤沢氏(浅間の赤沢氏、後に武田氏に従属した。)によって築かれました。位置関係から稲倉城の支城もしくは詰城としての役割を果たしていたと考えられますが、まぁ今となったらどっちでもよい感じですかね。

砦は付近にある三才山峠からの通行を監視する目的もあったでしょう。三才山峠はかつて上田と松本を最短距離で結ぶ峠道にありました。が、現在は道自体が放棄されており、その役割を国道254号線に譲っています。

行き方は砦の東麓にある小日向集落の薬師堂を目標に設定して下さい。ただ駐車場所に困ると思います。此処から南に向かって林道?が延びてますので終点まで行きましょう。二つの山塊支尾根に挟まれた鞍部(寺社跡の趣きっす。)に到着しますが、支尾根のどちら側からでも山側を目指して行けば砦に辿り着きます。が、帰りに痛い目にあった経験から向かって左手の尾根を選択しましょう。尾根から麓付近まで落ちる竪堀様地形(信濃のお城の神が書いた縄張図にはちゃんとある。自分も遺構だと素直に感じました。)に沿って直登して砦のある稜線尾根上に出るのがベストだと思います。

さらっと書きましたが、鞍部から斜度40°〜45°の比高約150m分を稜線尾根上まで登らなくてはなりません(砦へは此処から更に登る…)ソロだったら帰るとこですが、今回は遠州の物好きめぐら〜さんが一緒でよかった!息も絶え絶え、明日筋肉痛必死のリア攻めでした。

砦は薄いかなぁと思ってたら意外にもしっかり遺構が残ってました。主郭には廃城後に秋葉社があったらしく、祭礼時には集落の子供達が皆此処まで登って行ったらしいです。今やったらたぶん虐待の類いに入ると思いますね。主郭はほぼ土塁囲み、虎口も確認出来ます。主郭周りは帯郭が付き、横堀らしきものも…そして主郭から派生する各尾根には浅くはなってはいますが、堀切と竪堀なんかを見ることが出来ます。

ネットでもあまり情報の無い砦ですが、登城が面倒、体力的に持ってかれるのが敬遠されている最大の理由でしょう。自分も「二回目は無いや…」て感じですかねwリア攻めを終えた今、個人的に所謂難城に分類されています。お勧めはしません。

2020年01月26日 内記かずりヾ(・ε・。)
荒神尾城[稲倉城  周辺城郭]



荒神尾城は稲倉城の北西約1.6kmの位置にあります。稲倉城から尾根伝いに行けるみたいですが、奥山に入ることになりますのでやめときましょう。お城の北側に旧四賀村があり、松本市四賀化石館近くに錦部郵便局がありますのでこれを目標に設定して下さい。

ここからの道は説明すんのが面倒なので、先人様達の写真付きブログを検索して参考にして下さい。→無責任…(*´ー`*)

自分もそうして途中まですこぶる順調だったのですが、間伐用作業路等に惑わされて奥へ奥へと進んでしまい、結果として城域の南側に出てしまいました。なんていうかセンスが無いのよ…駄目なところですね。おまけに謎も増えまして、そこから更に南へ進んだことにより、曲輪と思しき縄張図に無い広めの削平地(30m ×30m、詰めの段の趣き、腰郭、竪堀付き。)と堀切を見つけて困惑、更にそこから10分位頑張って登ると、ぱっと開けた尾根上の峠道にぶつかりました。たぶんこれ稲倉峠と刈谷原峠を結ぶ遊歩道だと思います。これを使えば鷹巣根城、稲倉城に搦め手から行ける気がしますが、往時もそうだったのかしらん。暫くこの辺りをうろうろしていましたが、遺構らしきものにぶつからないので諦めて北に向かい、尾根を降って帰ろうとしたら、ようやく縄張図にある堀切を見つけることが出来ました。冬場の貴重な時間を無駄にしましたねー

お城は尾根上に基本Y字に造られていて格好いいです。主郭を中心に北西尾根を堀切で切りまくり、北東尾根は段郭で守る感じ。段郭には1条堀切を介しています。主郭南側の曲輪のこんもり感と深い竪堀付き堀切も見所です。素晴らしいのは北西尾根から見る北東尾根でして、削平もしっかり残り、エッジの立った段郭が主郭も含めて4段見える様は初めて見る光景でした。アップした写真はちょっと遠いですが、感動しますよー

荒神尾城は街道を抑え、小笠原氏支配領域の北辺を守る重要なお城だったと思います。武田勢は2日でこのお城を陥落させたそうで、城主の太田弥助資忠は捕らえられ斬首されました。ちなみに太田資忠はあの太田道灌の一族らしいので、段郭ファンは勿論の事、道灌ファンも是非訪ねてみて下さい。近くにある洞光寺には太田資忠とその弟のものと伝わる五輪石塔があったりします。

2020年01月25日 内記かずりヾ(・ε・。)
伊深城[稲倉城  周辺城郭]



伊深城は稲倉城の西南約2.4kmに位置します。武田氏の中信濃侵攻の際に自落したとも稲倉城主の赤沢氏によって攻略されたとも伝えられています。

お城のある岡田伊深の地は源義光の五男、岡田冠者こと源親義所縁の地で、親義は木曽義仲に従い倶利伽羅峠の戦いで平清盛の七男、平知度と組討して討死しています。お城の東側にある慶弘寺跡には「伝 岡田冠者親義の墓」があります。

お城に行くには、この慶弘寺公園から入る道と南にある若宮八幡社から入る道があります。ただ二つの道は城域に入った辺りで合流するので「結局同じじゃん!」とか突っ込みたくなりますが、無駄無くスマートに帰るためにも慶弘寺跡側から登城しましょう。お城までは比高もそんなにないので楽に感じると思います。

お城は素晴らしいです。主郭は土塁付きで切岸には石積みが確認出来ます。主郭背後の尾根は5条の堀切で切り刻み、その内の1条はデカくて笑っちゃう二重堀切となっています。二重堀切には竪堀が付いていますが、面白いのは主郭からこの竪堀に斜めに合流する竪堀が1条ありまして、この竪堀は主郭西側腰郭から堀切底部に降りるのを今でも阻害していて腹立ちます。又、主郭部から南西尾根を降りてくと連続堀切があり、そのどちらにも竪堀が付いています。この竪堀は途中で合流した上で、更に別の二本の竪堀が合流して長大な竪堀を演出、凄いです。

帰り道は…そう!お城の北側まで見たら主郭に戻り、南西尾根を降りて堀切から東南側に落ちるこの竪堀を降りて帰って下さい。竪堀は麓付近まで続いていて、丁度若宮八幡社の裏手辺りに辿り着くことが出来るんです!若宮八幡社も由緒ある神社ですから見学して帰りましょう。なんてスマートなリア攻め!失敗続きのリアでしたが、自信が付きましたね!しかも車停めたのは若宮八幡社の駐車場、我ながら完璧すぎる…自分が恐いです。

とにかく、このお城も小笠原系?の築城技術の高さををばっちり堪能させてくれること間違いなしですので、松本に来ましたら是非訪ねてみて下さい。

2020年01月20日 内記かずりヾ(・ε・。)
早落城[稲倉城  周辺城郭]



早落城は稲倉城の南西約2.5kmの位置にあります。身も蓋もない名前ですが、競走馬で言ったら「落馬号」みたいなもんでしょか。元の名前は流石に違いまして洞城と言います。稲倉城主の赤沢氏の持城でした。ところが主家の小笠原氏に奪われて伊深城主の後庁氏に与えられたそうです。武田氏がこの地に勢力を伸ばすと赤沢氏は分裂し、浅間の赤沢氏が稲倉城主になりました。その際に洞城は真っ先に標的となり、あっと言う間に落城したことからこんな名前になっちゃいました。

お城はほぼ独立峰の小山に立地し、コンパクトというか、潔く南北にほぼ一直線、長さは約200m位でしょか、高低差も殆どなくて名前に相応しいです。全然期待してなかったのですが、意外にも堀切で細かく刻まれていて7条は確認出来ます。又、竪堀を数条見ることが出来ますが、1条を除いて他は心眼が必要です。

登城はお城の北端にある住吉神社からお願いします!リア攻めもあっと言う間に終わるでしょう。とても潔いお城ですので、稲倉城にお越しの際には是非立ち寄って下さいまし。

2020年01月20日 内記かずりヾ(・ε・。)
稲倉城



稲倉城に行くには、国道254号線の北側、稲倉集落内の稲倉峠口の道標がスタートとなります(国道には面していない。)。この峠道は新道と旧道がありまして、旧道の方は通れるかどうかも解りませんが、新道は舗装路で四賀の方へ抜けることが出来ます。峠口の道標から少し進むと「稲倉城主御屋敷館跡」の案内板が立っています。井戸跡とかあるらしいのですが、何処にあるのか全く解らないので完全無視でOK♪少し進むと車も通れる獣柵ゲートがありますので車で行きましょう。途中には旧道への分岐がありますが、車はおろか人も行けない感じがしますのでこれも完全無視でOK♪結論から言うと「稲倉城入口」の案内板まで車で行けて駐車スペースもあります。この案内板からは左右に道が別れていますが、登城するには左に進んだ方が良いです。右は結構な急坂なので帰りに使いましょう、左は比較的緩やかだと思います。途中に写真にあるような石積みとか散見されますが、後世の桑畑のものなので注意して下さいまし。道は途中で不鮮明となりますが、右手には尾根筋が見えているので迷うことは無いでしょう。

お城へはぴったり主郭に辿り着きます。城域は南北に伸びる尾根上に造られていて、奥も深くありません。特筆すべきはニノ郭でしょか、緩やかな段郭で構成されていて面積もあります。まるで天守台のような土壇もあったりして、「実際の本郭はこっちなんじゃないの〜」とか呟いたりしますが、本郭の段郭が意味無くなるので案内板のとおりでしょう。

帰りは三ノ郭を通ってそのまま降って行きましょう。ロープが張ってありましたので道は直ぐに見つかるかと思いますが、道は悪いので慎重に…さもないと勢い付き過ぎて止まれなくなって、枝を掴んで減速しようとした挙句、手のひらを怪我したりするかもしれません…

ちなみに稲倉城からは理論上、尾根を進んでいけば、荒神尾城、刈谷原城に辿り着けると思うんですが、流石にやる気にはなれませんでした。

2015年11月11日 黒曜石
稲倉城

稲倉峠への林道、途中で獣避けゲートがあります。
ゲートを開けて車で進んでOKです。
山の動物が間違えて里に降りない様に、ゲートを開けたら閉めて下さい^^

2012年07月15日 北川幸人
稲倉城

登城道は、伐採された木、倒木など見誤りやすいので気をつけて。

2011年08月02日 赤いRVR甲斐守@松本
稲倉城

稲倉集落から稲倉峠への林道を進むと、右手に駐車場があります。そこから15分くらいで主郭です。斜面は少しきついですが。

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