埴原城(はいばらじょう)

埴原城の基本情報

通称・別名

所在地

長野県松本市中山

旧国名

信濃国

分類・構造

山城

天守構造

不明

築城主

村井(埴原)氏?

築城年

鎌倉時代?

主な改修者

主な城主

村井氏

廃城年

遺構

曲輪、石積、土塁、堀切、竪堀、井戸跡

指定文化財

県史跡(小笠原氏城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

林城(長野県松本市)[4.1km]
山家城(長野県松本市)[5.2km]
桐原城(長野県松本市)[5.4km]
井川城(長野県松本市)[6.0km]
松本城(長野県松本市)[7.0km]
稲倉城(長野県松本市)[12.0km]
平瀬城(長野県松本市)[12.5km]
武居城(長野県東筑摩郡)[14.5km]
花岡城(長野県岡谷市)[15.4km]
和田城(長野県小県郡)[17.1km]

埴原城の解説文

埴原城(はいばらじょう)は長野県松本市にあった城。

概要
埴原城は、信濃守護小笠原氏の家臣埴原氏(村井氏)の城であった。

天文19年(1550年)、武田晴信の攻撃により真っ先に攻撃され落城し、この後林城など小笠原氏の諸城は、続々と落城し、信濃守護小笠原氏はこの地を追われることになった。

武田氏滅亡後、松本平を奪還した小笠原貞慶が改修し、現在の城跡はその時のものと推定されている。

現在も石垣、土塁などが一部残る。

埴原城の口コミ情報

2021年04月23日 よっこいしょーいち
埴原城



塩尻市の桜沢砦の1291m峰まで登りましたが現地にあった曲輪状の物が砦の遺構かどうか判断できませんでした。
全体的に急登で両サイドが切れ落ちた細尾根の連続で危険です。
行かれる方はご注意下さい。あとクマが出ます。

2021年04月18日 国府武蔵守城介
赤木南城[埴原城  周辺城郭]



戦国時代には小笠原氏の支城の一つ

※本城郭は企業の私有地なので、勝手に入らず、車道等からの見学に留めること!

【歴史】
築城年代、築城者共に不明。
天正年間には、古川伝八郎が守っていたと云われている。また、天正13年(1585)に、井伊直政が塩尻峠に兵を進めた時に、小笠原貞慶がこの辺りに陣を張ったという。

【遺構】
赤木北城の南700mの比高30mほどの台地に造られている。現在はセイコーエプソンの敷地内となっているため、中に入ることは出来ず、車道から遺構を確認することしかできない。
遺構としては、2条の堀切や郭などを確認することが出来る。

【感想】
セイコーエプソンの敷地であることを示す看板が沢山あり、立入禁止や警備員巡回などと書かれているので、絶対に入らず、車道等からの確認だけに留めてください。若しくは、セイコーエプソンの社員になって、正々堂々と見学してくださいw
駐車場あたりの背後には郭があったり、車道脇にはっきりとした堀切を確認することができます。また、企業の敷地内ということもあり、ある程度整備されており、無理に遺構を破壊している様子は見受けられません。遺構を維持しつつ、見学開放とかしてくれるといいな~

【アクセス】
篠ノ井線・村井駅から徒歩35分。

【写真】
1:主郭と思われる郭(手前がエプソンの駐車場)
2:堀切1
3:堀切2
4:東側の車道から見た郭

2021年03月29日 国府武蔵守城介
赤木北城[埴原城  周辺城郭]



赤木氏の居館跡。

【歴史】
赤木氏の居館跡と伝わるが、築城年代等、詳細は一切不明。

【遺構】
北洞下堤南側にある比高20mの台地上に築かれている単郭の中世居館跡。
主郭を囲むように空堀、土橋や土塁は明瞭に残っている。

【感想】
畑の端っこにポツンと存在しており、主郭内には廃アパートがあり、夜に訪れたくはない雰囲気のお城跡です。
主郭の一部は藪で覆われているが、それほど深くないので簡単に突破できます。この城の周囲を囲う空堀は、よく往時の姿を残しており、特に西側の空堀は北側へ落ちていくように掘られている。また、東側の空堀側は台地の方が高くなっているのが特徴です。しかし、あまり保存状態は良くなく、空堀には粗大ごみが捨てられているのが残念である。

【アクセス】
篠ノ井線・村井駅から徒歩で40分程。

【写真】
1:南西にある土橋
2:西側の空堀
3:南側の空堀
4:東側の空堀
5:主郭内
6:説明板(赤木北城の西側にある桃水寺内にあります)

2020年06月02日 内記かずりヾ(・ε・。)
八間長者城(八間欠城・八軒城)[埴原城  周辺城郭]



八間長者城は埴原城の南方約3.9km、高ボッチ山から西方へ延びる尾根の一つ、標高約1020mの尾根上端部に主郭が存します。

築城年代、築城者は不明ですが、鎌倉〜室町時代初期、信濃源氏満快流の庶流、波多氏の可能性が指摘されています。ただし今もはっきりと残るお城の縄張は、明らかに戦国の厳しい時代を通過して成立したものである事は疑いなく、在地土豪が独力で築き上げたものとも考え難いことから、小笠原氏、武田氏等による改修があったであろう事は容易に想像出来ます。

行き方はGoogleマップに位置登録されている崖の湯温泉の山二旅館(館主夫妻は本当に良い方っす。)を目標に設定して下さい。旅館の裏手に観音堂があり、不鮮明ながらも道が付いてますのでこれに従いましょう。他にもルートはありますが、これを使えば城域東端に出るのが容易になりますし後々楽になるかと思います。ちなみにお城の最高所はこの城域東端の郭群ですが、此処でも比高は60m無いので安心して下さい。

松本平周辺には素晴らし過ぎる小笠原氏関連のお城が沢山ありますが、このお城はどうも個人所有の山に存しているらしく、整備も植林、間伐以外はされていないので史跡としては見過ごされがちです。しかしとんでもない遺構がほぼ完存していると思われ、山城マニアは唸らされる事間違いありません。下手な説明するよりも縄張図はネットの画像検索で容易に拾えますので、興味を持ちましたら是非見て下さいまし。巨大な二本の竪堀はサーベルタイガーの牙みたいで格好よいでしょ!又、縄張図に無い部分も現地に赴けば見つける事が出来るでしょう。主郭部北側にある自然地形の鞍部は手が加えられた巨大な空堀として機能しています。しかし何と言っても最も感動したのは主郭部周辺にある堡塁2つです。この堡塁の突飛なぽこりん感には思わず誰でも「ふぁぁ〜」等と呟くことでしょう。この堡塁を超える塁の存在に今後お目に掛かる事は無いと思います。

とにかく素晴らしいお城です!理屈じゃなく小笠原てよりも武田の匂いが強いような感じがします。夏場は藪が酷くなるかと思いますが、竪堀に植林された苗木が大木に成長する前に是非訪ねてみて下さいまし。

2020年05月27日 内記かずりヾ(・ε・。)
浅田城[埴原城  周辺城郭]



浅田城は埴原城の南西約3.1km、標高約747mの緩斜面上平場に存した居館城です。

築城年代は応永二年(西暦1395年)、築城者は浅田三郎義景と伝えられています。ところが正確な場所は特定されておらず、「大体この辺りにお城があったよ…」てな場所に石碑が立つのみで遺構は特にありません。周辺は舟沢川や川から分岐する水路が縦横に流れており、凄く優しい眼で見ると昔の堀跡の名残なのかなとか思ったりしますが、整地に伴う改変があるとされ、どんなに頑張っても城域の判定すら出来ないでしょう。

浅田氏は戦国時代には小笠原氏に従っていたようですが、城主の浅田長康、長寧父子は武田氏に攻められ、父子は栗林に退去したとされています。そして武田氏時代には曽根原孫右衛門が居城したとも伝えられています。が、石碑を頑張って読んでみた(漢文な上に序盤は擦り減りまくり…)んですが、解読出来たのは、甲州の将「甘利飯富(原文ママ)」に攻められて数日頑張ったけど衆寡敵せず落城しましたみたいな感じでしょか…この碑文どこから引っ張って来たのか解らないけど、一次資料が見当たらないので真相は闇の中といった感じっすね。

誰も行かないとは思いますが、Googleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。

有名な浅田飴の創業者はこの辺りの出身らしいです。良薬なのに甘い、お城も甘過ぎですが、興味を持ちましたら碑文の全文解読をお願いしたいところです。

2020年03月17日 RED副将軍
埴原城



蓮華寺前に整備された無料駐車場があります。
登山道は梅屋敷跡を過ぎると右に折れるのが正規のルートの様です。私は直進し積雪もあったので登山道が分からず、足場も悪い急坂を直登する羽目になりました。
写真の通り狭い足場や急坂も多く、相応の装備は必要です。
登頂だけなら50分くらいで登れると思いますが遺構が随所にあり、まともに全てを見るならば半日でも厳しいかと・・
連続堀切、段曲輪、畝状竪堀、石垣等、保存状態の良い素晴らしい遺構の宝庫でした。

2020年03月12日 征夷大将軍 びゅ~てぃみみ
北熊井城[埴原城  周辺城郭]



西に突き出た高い台地を五つの郭で区切り、本城含む6つから形成されたわりとシンプルな城跡。
各郭のまわりは深い空堀がめぐっています。

小笠原氏の城でしたが、塩尻峠の合戦前哨戦で武田信玄に攻め落とされたと言われています。

おおむね整備されているので見易いのですが、そうでない部分もありせっかくの空堀が…というところも。
本丸からの眺めは塩尻の街並と北アルプスが同じフレームに収まるという、何とも贅沢で素晴らしい景色が広がっていて、これは中々感動モノです。

ちなみに山城ではないので登りはありません。
近くまでいくと(位置はリア攻めマップ参照)案内板があるので迷うことはないと思いますが、入るところによっては途中道が狭いので大きな車だと草等があたり傷がつく可能性がありますのでお気をつけください。
駐車場はなかったため、大手を少し過ぎた東側付近にとめさせてもらいました。

松本付近はガッツリの山城が多いですが、ここはお散歩感覚でお手軽に土遺構を楽しむことができますよ。
城小腹が空いた時、ハードな山城散策前のウォーミングアップ…前菜的な感じで訪れてはいかがでしょうか。

2019年05月31日 龍馬太閤【鍋島杏葉】
埴原城



段郭から続く尾根上の連続堀切を上部より☆武田信玄様が松本へ侵攻した時まずこの埴原城を攻撃し占領☆埴原城落ちると小笠原氏の本城の林城をはじめ支城四城が自落する☆しかし武田氏滅亡後に松本盆地を奪還した小笠原貞慶が改修☆

2019年05月28日 龍馬太閤【鍋島杏葉】
埴原城



副郭側面部を守る石垣☆「小笠原氏城跡」の1つ☆標高1004mに造られた戦国の山城☆武田信玄様により攻撃され落城☆小笠原氏の諸城は続々と攻略される☆信濃守護小笠原氏はこの地を追われる事になる☆

2019年05月10日 龍馬太閤【鍋島杏葉】
埴原城



(右)は主郭守る大土塁☆(左)竪堀は急激に落ちる☆「小笠原氏城跡」の一つ☆埴原城は標高1000m付近に築城☆信濃国の守護・小笠原氏の家臣埴原氏(村井氏)の居城☆

2016年11月08日 おにぎり(縫殿助の佃煮)
埴原城

近くの保福寺に、小笠原長時妻子のお墓があります。
お寺自体もなかなかいいですよ。

2016年10月20日 おにぎり(縫殿助の佃煮)
埴原城

松本市立考古博物館の南東方向、蓮華寺前に駐車場があります。
駐車場内に郵便受けのようなものが立っていて、中にマップが入っています。
もしここになければ、考古博物館でももらえます(山中は脇道がいくつかあります)。

ルートは2つありますが、蓮華寺前の道路から入って行くのが一般的でしょう。

靴はしっかりしたものを用意したほうがいいです。

今回は時間が限られていたので、寄り道せずに、まっすぐ主郭を目指しました。

化粧水のところから、右に向かうと畝状竪堀群に、左に向かうと主郭に向かうルートになります。
主郭への道の方がやや分かりにくくなっているので注意です。

主郭から周囲を見回した後、そのまま下山。
今回は写真など撮りながら行って帰ってくるだけでしたので、所要時間は50分程度でした。
1時間半から2時間あれば、満足できるかと思います。

周辺には原始から古代にかけての遺跡も多くありますよ。

2013年10月23日 赤いRVR甲斐守@松本
埴原城

化粧水は、昔は結構な水量があって、コップも置いてあり、飲んだこともありましたが、現在はだいぶ水が少なくなりました。

2013年04月05日 赤いRVR甲斐守@松本
埴原城

ふもとの松本市立考古博物館に、中山史跡めぐりマップ③埴原城があります。博物館では、勾玉づくりなども体験できますよ!!城めぐりとあわせてどうぞ!

2010年06月20日 赤いRVR甲斐守@松本
埴原城

県道松本塩尻線柿の窪バス停近く、蓮華寺が目印、そこに駐車場あり。そこから山道、鹿柵のゲートから入る。違う尾根からも登れるが、鹿柵ゲート注意。

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